弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

盛りすぎ就業規則の失敗例-行方不明による自然退職(自動退職)規定の解釈

1.自然退職(自動退職)

 私傷病休職の場面で、自然退職規定・自動退職規定といった言葉が使われることがあります。

 この場合の自然退職規定・自動退職規定とは、

「休職期間が満了しても休職事由が消滅しない場合には、従業員は、休職期間の満了をもって退職する。」

といった規定をいいます(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版、平29〕308頁参照)。解雇の意思表示を要することなく、期間満了時に退職という効果が自動的に発生することが名前の由来となっています。

 この自然退職規定・自動退職規定を、

「◯日以上連絡がとれないときは、◯日を経過した時に退職する」

といったように、無断欠勤の場面でも使うことは可能なのでしょうか?

 また、可能だとして「連絡がとれない」という趣旨の要件は、どのように理解されるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.4労働判例ジャーナル101-42 O・S・I事件です。

2.O・S・I事件

 本件は、セクシュアルハラスメントをしたという疑いをかけられた従業員が、勤務先に出勤しなかったところ、自然退職扱いされた事件です。自然退職扱いの効力が、争点の一つとなりました。

 被告会社の就業規則には、

「従業員の行方が不明となり、14日以上連絡が取れないときで、解雇手続を取らない場合には退職とし、14日を経過した日を退職の日とする」

との定めがありました(本件退職条項)。

 被告会社は本件退職条項を根拠に原告を自然退職扱いにしましたが、原告は休暇届等と題する書面をファクシミリで送信するなどの行為に及んでおり、双方向的なコミュニケーションはとれていなくても、連絡手段が完全に途絶していたわけではありませんでした。

 このような事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、自然退職の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

被告の就業規則中には、本件退職条項のほか、従業員について、正当な理由なく欠勤が14日以上に及び、出勤の督促に応じない又は連絡が取れないことを懲戒解雇事由とする規定・・・があることが認められる。そして、被告の就業規則中にあえて上記規定と別個に設けられた本件退職条項の趣旨は、被告が従業員に対して通常の手段によっては出勤の督促や懲戒解雇の意思表示をすることができない場合、すなわち、被告の従業員が欠勤を継続し、被告が通常の手段によっては出勤を命じたり解雇の意思表示をしたりすることが不可能となった場合に備えて、そのような事態が14日以上継続したことを停止条件として退職を合意したものと解される。

「したがって、本件退職条項にいう『従業員の行方が不明となり、14日以上連絡が取れないとき』とは、従業員が所在不明となり、かつ、被告が当該従業員に対して出勤命令や解雇等の通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったときを指すものと解するのが相当である。

「本件において、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告に対し、本件施設に出勤しなくなった平成27年9月22日以降、同月25日から同月28日まで、連日、休暇等届と題する書面等をファクシミリを利用して送信するとともに、同月28日には、同年10月分の勤務の予定をファクシミリを利用して送信するよう求め、同年10月2日には、重ねて上記要求をし、さらに、同月20日には、電子メールを送信して、休職を申し出るとともに、電子メールアドレスを開示して電子メールで連絡をするよう求めていたことが認められる。」

「これに対し、被告代表者及びcの各陳述書・・・中には、この間、被告代表者やcが原告に電話を架けても応答がなかったとの記載部分があり、被告代表者の本人尋問における供述中には、原告は上記電話に1回しか応答せず、被告の従業員が原告方を訪ねても原告は応対しなかったとの供述部分がある。しかし、仮にそのような事実があったとしても、原告の所在がこの間被告に不明であったとの事実や、被告が原告に対してファクシミリや電子メールを利用して上記通知や意思表示をすることが不可能な状況にあったとまでは認められない。」

「以上によれば、原告について、平成27年9月22日以降、本件退職条項にいう『行方が不明となり、14日以上連絡が取れないとき』に当たる状況にあったものとは認められない。したがって、本件雇用契約が本件退職条項により終了したとの被告の主張は理由がない。」

3.盛りすぎ就業規則の失敗例

 裁判所は、無断欠勤の自然退職規定について、

「従業員が所在不明となり、かつ、被告が当該従業員に対して出勤命令や解雇等の通知や意思表示をする通常の手段が全くなくなったときを指すものと解するのが相当である。」

とかなり厳格な理解を示しました。意思表示をする通常の手段としては、訪問・電話・郵便・メール・ファックスなど種々の方法が考えられるため、これらが「全く」なくなるという場面は極めて限定的だと思います。

 こうした限定的な理解が示されたのは、被告会社に無断欠勤を懲戒解雇事由とする規定が並置されていて、それとの住み分けが問題になったからだと思われます。安易に自然退職を認めることは慎まれるべきではありますが、もし、被告会社が自然退職規定のみを置いていたとすれば、この規定はこういう場合を想定したもの、あの規定はあの場合を想定したもの、といった場面毎の切り分けの必要がなくなるため、よりラフな規範が示されていた可能性は否定できないと思います。

 中小企業の就業規則を見ていると、何の哲学もなく思いつくままに従業員を縛り付けようとしたとしか思えない、奇妙な盛られ方をしているものを目にすることが少なくありません。

 本件の被告会社でも、懲戒解雇にもできるし自然退職にもできるし会社にとって都合がいい、といった認識のもとで懲戒解雇事由と自然退職規定を並置するような就業規則が設計された可能性があるのではないかと思います。

 しかし、そうしたパッチワーク的な発想は逆効果になることも多く、本件のように使用者側からみて就業規則を脆弱にすることもあります。

 字面の上で雁字搦めになっているように見えても、足し算を繰り返して奇妙な形態になっている就業規則は、解釈という作業を経ることによって粗を見いだせることが少なくありません。そのため、理不尽と感じられるような扱いを受けた労働者は、その根拠となる就業規則の文言だけを見て、安易に絶望しないことが大切です。