弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

労働者の供述による就労意思の認定-どこまでの積極性が必要なのか?

1.就労意思の認定

 解雇無効の判断を勝ち取ったとしても、就労の意思が認定されないと、バックペイ(解雇無効の判断が出た時に、解雇の意思表示がなされた時点に遡って支払ってもらえる賃金のこと)を得られないことがあります。

 そのことを十分に留意したうえで、労働者側が当事者尋問を準備する必要があることは、以前、このブログで指摘させて頂いたとおりです。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/04/14/010059

 それでは、就労の意思が失われたと認定されないためには、どの程度、積極的な供述があればよいのでしょうか。消極的なことを言ってしまったら、就労意思を認定してもらうことはできなくなってしまうのでしょうか。

 昨日ご紹介させて頂いた、東京高判平31.3.14労働判例1218-49コーダ・ジャパン事件は、この問題を考えるうえでも参考になります。

2.コーダ・ジャパン事件

 コーダ・ジャパン事件は、時間外勤務手当(残業代)の請求が問題になるとともに、解雇の効力が問題になった事件でもあります。

 解雇という切り口から言うと、本件は、パワハラを理由に勤務先を普通解雇された労働者が、その効力を争って、地位確認と未払賃金の支払いを求めた事件です。

 裁判所は結論として解雇は無効だと判示しました。

 しかし、バックペイの請求には、単純に解雇を無効としてもらうだけでは足りません。就労の意思や能力を認定してもらう必要があります。他社就労しながら解雇の効力を争う場面では、就労意思や能力(就労可能性)が問題になることは少なくありません。

 本件の原告労働者も解雇された後に他社就労していたため、バックペイの請求にあたり就労の意思の認定が問題になりました。

 この局面において、裁判所は、次のように判示して、就労意思の存在を認定しました。

(裁判所の判断)

使用者が労働者の就労を事前に拒否する意思を明確にしている場合には労働債務は履行不能となるが、当該労働者は、使用者の責に帰すべき事由によるものであることを主張立証したときは賃金を請求することができるところ(民法536条2項)、その前提として、労働者が客観的に就労する意思と能力とを有していることを主張立証しなければならない。
「これを本件についてみると、・・・一審原告は、同僚である松為との本件暴力トラブルがあり、そのことなどを理由として本件解雇をされ、本件解雇直後である平成26年9月下旬には新たな職場に就職し、その後、1回の転職はあったものの、本件解雇以降は、ほぼ一貫して新たな職場における職務に専念しているものと認められる。しかし、他方、本件訴訟において、一審被告との間で、一貫して労働契約上の地位にあることの確認を求め、職場復帰の意思を示していること、転職先の給与額が一審被告において一審原告が支給されていた平均給与支給額よりも相当低額であること、一審原告本人尋問の結果中には、一審原告訴訟代理人の『法律的に違法なことを全部改めてくれたら、会社(注:一審被告)に戻る考えはありますか。』との質問に対し、一審原告が『少しは。』と回答するにとどまる供述が存在するが、訴訟係属中であって紛争が解決していない間は、職場復帰に不安を有し、上記のような控え目な供述をするにとどまるのもやむを得ないといえ、上記供述をもって就労意思を有していないとは認め難いこと、被控訴人が控訴人に対して職場復帰を命じたにもかかわらず、控訴人がこれに応じずに労務提供をしないといった事実は認められないこと、以上の事情によれば、本件解雇後において、一審原告が一審被告において客観的に就労する意思と能力を有しており、一審原告の労働債務が履行不能であるのは、使用者である一審被告の責に帰すべき事由によるものであると認められる。そうすると、割増賃金を控除した本件解雇前3か月間の平均支給月額57万5666円からその4割を控除した月額34万3999円の支払を求める一審原告の本件解雇後の賃金請求には理由がある。」

3.「問:戻る考えは?-答:少しは。」でも就労意思の認定は可能

 本件の労働者は、代理人弁護士からの復職意思を尋ねる質問に対し、「少しは。」としか回答しなかったようです。

 しかし、裁判所は紛争状態においては控え目な供述をするのもやむを得ず、上記の発言から就労意思を否定することはできないと判示しました。

 本件は主尋問の発言ではありますが、使用者側からの反対尋問によって就労意思について労働者本人から消極的な発言を引き出されたとしても、この裁判例で述べられている経験則を使うことにより、ある程度の手当は可能になります。

 就労意思の認定という観点からも、本件は他の事案に活用する余地のある重要な裁判例であると思われます。