弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

降格に名を借りた減給の効力-10%以上の減給を伴う場合には争えないか要検討

1.減給の制裁

 労働基準法91条は、

「就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。」

と規定しています。

 これは一回の事案に対して減給の総額は平均賃金1日分の半額以内でなければならない、一賃金支払期に発生した数事案に対する減給の総額は当該賃金支払期における賃金の10分の1以内でなければならないという意味です(厚生労働省労働基準局編『平成22年版 労働基準法 下』〔労務行政、平成22年版、平23〕915-916頁参照)。

 この規定があることにより、何か不祥事をしてしまったとしても、労働者は一気に10%以上も賃金を減らされるといった過酷なことにはなりません。

 それでは、制裁としての減給といった形ではなく、賃金テーブルを降給させる場合はどうでしょうか?

 この場合も、

「従来と同一の業務に従事せしめながら賃金額だけを下げるものである場合には、・・・本条にいう減給の制裁に該当する」

と理解されています(前掲文献915頁)。

 会社から目を付けられた労働者は、しばしば不祥事を取り上げられては賃金を減らされるといった嫌がらせを受けることがあります。「減給の制裁」という文言から、降格・降給の場合にも使える条文であるというイメージが湧きにくいため見落とされがちですが、労働基準法91条は過酷な賃金テーブルの降給から身を守るための条文としても活用することができます。

 近時公刊された判例集にも、その実例となる裁判例が掲載されています。東京地判令2.2.26労働判例ジャーナル101-40 ビジネクスト事件です。

2.ビジネクスト事件

 本件は降格による賃金減額の有効性等が問題となった事件です。

 原告は被告で人材開発部長として賃金月額36万円で雇われていましたが、営業成績の不振等を理由に部長の任を解かれ、賃金を月額28万円まで減らされました(本件降格処分1)。

 その後、更にパートナー会社からクレームを受けるなどしたことの非を問われ、今度は職務内容の変更を伴わないまま、賃金を28万円から22万9950円に減らされました(本件降格処分2)。

 こうした流れのもと、裁判所は、本件降格処分1の有効性は認めたものの、次のとおり判示して、本件降格処分2の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件降格処分2の当時、原告には、P3に対するハラスメントを行い、反省文を提出したが、なお同様の行為を繰り返す等の問題があったこと、業務遂行に関して、パートナー会社からのクレームを受けたことに加え、人材開発部部長として営業成績不良等の問題も継続していたこと等の降格を相当とする事情があった旨主張する。」

「これらの点に関し、パートナー会社からのクレームを受けたことについては、原告自身が認めており、営業成績についても、同年2月の本件降格処分1の時点から特段の改善は見られなかったことが認められるから・・・、原告の業務遂行に関する問題は存在していたといえる。他方、P3に対する恫喝的な言動や、セクシャルハラスメントに当たる言動について、原告は、これらがあったことを認め、始末書を提出しているものの、P3とのトラブルの背景には、P3からの原告に対する暴言と評価しうるような言動も一部あったことがうかがわれ・・・、原告が一方的にハラスメントを行ったとはにわかに断定しがたい面もあり、これらの事情を総合すると、本件減給処分2について相当かつ十分な理由があったといえるか疑問が残る。以上に加え、被告の賃金規程10条には、基本給を対象として、毎年給与改定を行うこと(1項)及び臨時の給与改定があること(3項)が定められているものの・・・、本件降格処分2は、8万円もの賃金減額を伴う本件降格処分1からわずか3か月のうちに新たになされたものであり、降格に伴う賃金減額分が5万0050円に上ることを考慮すると、これを正当化するほどの事情があるとまでは言い難い。また、本件降格処分2は原告の職責や職務内容に変更をもたらすものではないから、通常の労働に対する対価としての賃金を継続的に一定額減給するもの(28万円を22万9500円に減額するもの)であって、『減給の制裁』(労働基準法91条)に当たるというべきであり(昭和37年9月6日基収第917号)、かつ、同条の定める『総額が一賃金支払期における賃金の総額の10分の1を超え』るものに該当するから、同条にも抵触することとなる。

「以上を踏まえると、被告の上記主張は採用することができず、本件降格処分2は、被告の人事評価権を濫用したものとして無効である。」

3.職責や権限の変更を伴う本件降格処分1は有効とされたが・・・

 裁判所は、職責や権限の変更を伴う場合に労働基準法91条が盾になることは消極に解しました。しかし、職責や職務内容に変更をもたらすものではないにもかかわらず、降格の名の下に、法で定められた閾値を超える実質的な減給の制裁を行うことは明確に否定しました。

 今後、コロナ禍のもとで余力を失った中小の企業体を中心とする事業者が、人件費圧縮の手段として、従業員の非を目ざとく捉え、同じ仕事に従事させる一方で、降格・降給の形式で賃金を減額することは、生じても全く不思議ではない出来事です。

 職責や権限が変わっている場合には複雑な利益衡量をする必要があるにしても、一つの目安として、10%を超える減額があった場合には、その適否を弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。