弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

手当型固定残業代の有効性を判断するうえでの「実際の労働時間等の勤務状況」の位置づけ

1.手当型の固定残業代の有効要件

 手当型の固定残業代の有効要件について、最一小判平30.7.19労働判例1186-5・日本ケミカル事件は、

「使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。」
「そして、雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」

と判示しています。

 この「労働者の実際の労働時間等の勤務状況」の考慮要素としての位置付けに関しては、裁判例において、必ずしも安定していないように思われます。

 近時の公刊物に、時間外手当に相当する時間数と実際の時間外労働時間数との間に相当程度の差異があることを認めながら、手当型の固定残業代の有効性を肯定した裁判例が掲載されていました。

 東京地判平31.4.26労働経済判例速報2395-3・飯島企画事件です。

2.飯島企画事件

 本件で被告になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告でトラック運転手として勤務していた方です。「時間外手当は、実際の時間外労働に係る時間数とは無関係に定められているから、時間外労働に対する対価としての性質をもたない」などと主張し、「時間外手当」の固定残業代としての有効性を争い、被告に対して残業代を請求する訴訟を提起しました。

 裁判所は次のとおり判示し、「時間外手当」の固定残業代としての有効性を認め、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「本件雇用契約における時間外手当は、本件雇用契約締結当初から設けられたものであり、その名称からして、時間外労働の対価として支払われるものと考えることができる上に、実際の時間外労働時間を踏まえて改定されていたことを認めることができる。」

「これらの事実によれば、時価外手当は、時間外労働に対する対価として支払われるものということができ、・・・有効な固定残業代の定めがあったということができる。」

確かに、被告が給与計算において考慮した時間外労働等に係る時間数(書証略)と、上記(1)エの時間数は相当程度異なるが、被告の給与計算においてコース組みに要した時間が含まれていないこと、被告の給与計算によっても平成28年2月16日から同年3月15日の間に38時間以上、平成30年1月16日から同年2月15日までの間に47時間以上時間外労働をしていたこと(書証略)を考慮すると、上記判断は左右されない。」

※ 上記(1)エにおいて裁判所で認定された時間外手当に相当する残業時間(抜粋)は次のとおり

平成27年9月16日から平成28年9月15日まで・・・約62時間

平成29年9月16日から平成30年3月15日まで・・・約51時間

3.想定残業時間よりも実際の残業時間が少ない場合、その乖離は固定残業代の有効性を判断する上での消極要素にはならないのか?

 以前、このブログで紹介した、東京地判平31.4.26労働判例1207-56国・茂原労基署長(株式会社まつり)事件は、手当型の固定残業代の有効性を判断するにあたり、

「超過手当においてあらかじめ想定される時間外労働時間数(約67時間)と被災者の実際の時間外労働時間数(約123時間ないし約141時間)から窺われる勤務状況との間に約2倍もの大きな乖離が見られるところであり、この点はかえって本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われていないことを推認させるものである。」

と実際の時間外労働時間数が想定残業時間を上回る方向で乖離していることを固定残業代の有効性を判断する上での消極要素として位置付けました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/10/30/012925

 しかし、飯島企画事件では、想定残業時間と実際の残業時間が相当程度異なることを認めながらも、それを固定残業代の有効性を判断するうえでの消極要素としては重視しませんでした。

 判例集では書証の内容等が省略されているため、どの方向にどの程度の乖離があるのかは明確には分かりません。しかし、平成28年2月16日から同年3月15日の間、及び、平成30年1月16日から同年2月15日までの間への言及と、「時間外手当」で想定されている残業時間との対比から推察する限り、実際の残業時間は想定残業時間をかなり下回っていたのではないかと思われます。

 実際の残業時間が上回る方向での乖離を消極要素としながら、下回る方向での乖離を消極要素として重視しないとすれば、そこに理論的な一貫性があるのかは疑問に思われます。また、幾ら想定残業時間が多かったとしても、実際の労働時間が少なければ問題ないと考えているのだとすれば、それは不適切であるように思われます。時間外労働が極端に多くならない限り定額で労働者を使用できる途を開きかねず、残業を抑制しようとする法意との関係で疑義があるからです。