弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

手当型の固定残業代の有効性の検討のポイント-契約書等に記載がない・明確な説明がなかった・想定残業時間数と実際との乖離

1.手当型の固定残業代の有効要件

 平成30年7月19日に手当型の固定残業代の有効性についての最高裁判決が言い渡されました(最一小判平30.7.19労働判例1186-5日本ケミカル事件)。

 日本ケミカル事件の最高裁判決は、

「使用者は、労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより、同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。」

と、手当型の固定残業代が割増賃金の支払いと認められるにあたっての要件として、当該手当が時間外労働等に対する対価であることを掲げました。

 そして、日本ケミカル事件最高裁判決は、ある手当に時間外労働等に対する対価としての性質が認められるか否かについては、

「雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。」

としています。

 以降、手当型の固定残業代の有効性は、日本ケミカル事件の最高裁判決に示された規範が引用され、これに基づいて判断されています。

 日本ケミカル事件の最高裁判決が言い渡されたのは、昨年7月19日と比較的最近のことです。最高裁が示した規範が、下級審の裁判例において、どのように運用されて行くのか気になっていたところ、近時の公刊物に、この規範に準拠して、手当型の固定残業代の有効性を判断した裁判例が掲載されていました。東京地判31.4.26労働判例1207-56国・茂原労基署長(株式会社まつり)事件です。

2.東京地判平31.4.26労働判例1207-56国・茂原労基署長(株式会社まつり)事件

(1)事案の概要

 この事件は労災認定処分に対する取消訴訟です。

 原告になったのは、過重労働による不整脈で夫を亡くした妻の方です。

 遺族給付や葬祭給付の支給を申請したところ、夫の死は労災とは認められたものの、固定残業代を除外した賃金をもとに給付基礎日額が認定されました。

 これに対し、問題の固定残業代は、固定残業代としての有効要件を満たすものではなく、これを除外した賃金をもとに給付基礎日額を認定するのはおかしいとして、国(処分行政庁:茂原中央労働基準監督署長)を訴えたのが本件です。

(2)裁判所の判断

 裁判所は日本ケミカル事件の最高裁判決を引用したうえ、次のとおり判示し、固定残業代の有効性を否定しました。

(判決要旨)

本件雇用契約は、口頭でされたにすぎず、これを証する契約書は作成されていない・・・。また、本件会社名義の就業規則・・・及び賃金規程・・・は、本件会社の設立日(平成25年7月25日)よりも前の平成22年11月1日にいずれも施行されているなどの問題があることからその効力を認めることはできない(当事者間に争いがない)。さらに、G社長が被災者に対して本件雇用契約締結時において本件固定残業代と割増賃金の関係について説明したことも証拠上窺われない。
「以上に対し、被告は、本件固定残業代(「超過手当」、「深夜業手当」)の名称・・・からすれば、社会通念上、超過手当が時間外労働に対する手当、深夜業手当が深夜労働に対する手当と認識することができること、賃金台帳及び給料明細書に基本給及び役職手当とは別に本件残業代が記載されていること・・・、本件会社は被災者に対して同給料明細書を交付していること・・・、本件固定残業代が現に支払われていたこと・・・からすれば、本件会社及び被災者は、本件固定残業代が時間外労働等の対価として支払われていたことをそれぞれ認識していた旨主張する。確かに、被告主張の事実からすれば、本件会社が本件固定残業代を時間外労働等の対価として支払う旨の認識があったことを推認できなくはないし、他方で、被災者もそのような推測をすることが不可能であったとはいえない。しかしながら、被災者が、上記のとおり、雇用契約書も就業規則もなく、しかも、本件雇用契約締結時において、本件会社から本件固定残業代についての説明がされたことは窺われないような状況において、わずか4か月程度の給与明細書の交付と本件固定残業代の受領・・・のみをもって、本件雇用契約の締結に当たり、本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われることについてその内容を理解した上で、応諾するに至ったことを推認することまではできず、その他にこれを認めるに足りる証拠はない。
「また、被告は、G社長が本件雇用契約の締結に先立って被災者の前職の給料を確認していること、基本給の金額について本件雇用契約(基本給と役職手当)と前職の雇用契約とでおおむね整合すること、本件固定残業代が支払われていることからすれば、被災者と本件会社は、一定程度の時間外労働等を想定し、本件会社がその対価として本件固定残業代を支払い、被災者がこれを受領することをそれぞれ認識した上で本件雇用契約を締結したことを推認することができる旨主張する。しかしながら、この被告主張事実をもってしても、本件会社側の意図はさておき、被災者において一定程度の時間外労働等を想定した上でその対価として本件固定残業代が支払われるという内容の契約として本件雇用契約を理解し締結したことまで推認するには足りないといわざるを得ない。上記被告主張は、そもそも本件固定残業代が有効であるか否かによってこれが通常の労働時間の賃金に含まれるか否かが決せられるべきであるにもかかわらず、通常の労働時間の賃金(労基法37条)が基本給と役職手当とに限られ本件残業代がこれに含まれないことを前提としてしまっているきらいもあり失当であるといわざるを得ず、採用することができない。
「さらに、被告は、超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当するところ、被災者と本件会社との間において、本件会社が被災者に対して前職の月給21万円の2倍以上にあたる月給約46万円を支払う旨の雇用契約が成立していたとは考えられないから、時間外労働等の対価として本件固定残業代を支払う旨の合意があった旨主張する。しかしながら、具体の固定残業代について、それが雇用契約の内容となっていることが否定された以上は、使用者の雇用契約締結時に有していた意図等の如何にかかわらず、法律上通常の労働時間の賃金として組み入れざるを得ないのである。その意味で、本件固定残業代が通常の労働時間の賃金に組み入れられた場合の賃金水準の問題を指摘する被告の上記主張は失当であり、採用することができない。本件雇用契約の契約当事者の合理的意思を推認するための基礎事情との観点からしても、被告は、上記のとおり、超過手当10万円は約67時間の時間外労働に対する割増賃金に相当することのほか、被災者の本件算定期間中の時間外労働時間数は約123時間ないし約141時間であることを主張するが、その主張を前提としても、超過手当においてあらかじめ想定される時間外労働時間数(約67時間)と被災者の実際の時間外労働時間数(約123時間ないし約141時間)から窺われる勤務状況との間に約2倍もの大きな乖離が見られるところであり、この点はかえって本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われていないことを推認させるものである。
「以上の事情を総合的に考慮すると、本件雇用契約において本件固定残業代が時間外労働等に対する対価として支払われているものとはされておらず、ひいては本件固定残業代が本件雇用契約の内容となってはいないこととなる。」

3.雇用契約書等の客観証拠がなく、想定時間外労働時間数と実際の時間外労働時間数にある程度の乖離が認められれば、対価性を争える可能性はある

 日本ケミカル事件の最高裁判決は、

① 雇用契約に係る契約書等の記載内容

② 使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、

③ 労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情

を考慮要素として指摘しました。

 本裁判例は、

①に対応する事実として、雇用契約書の不存在、有効な就業規則・賃金規程の不存在を指摘し、

②に対応する事実として、雇用契約締結時において固定残業代と割増賃金の関係について説明したことをうかがわせる証拠はないと指摘し、

③に対応する事実として、想定時間外労働時間数(約67時間)と実際の時間外労働時間数(約123時間ないし約141時間)の乖離を指摘し、

固定残業代の有効性を否定しました。

 被告側は雇用契約書等の客観証拠がないことを前提に、本件残業代が記載されいてる給与明細書を交付していたことなど、労働者が本件固定残業代を時間外労働等の対価であると認識していたことを推測させる周辺事実を積み重ねる形で応訴活動を展開しています。しかし、こうした主張はことごとく排斥されています。裁判所は、①契約書等の記載内容、②説明内容に関しては、かなり明確なものを求めていて、「空気読んだら分かるでしょ。」といったレベルのことでは足りないと考えているのではないかと推測されます。

 そうなると、当該手当が時間外労働等の対価であることについては、それをうかがわせる周辺事情がそれなりにあったとしても、明確な書証・文書が存在しない場合には、それなりに争う余地があるのではないかと思います。

 想定時間外労働時間数と実際の時間外労働時間数との乖離が大きい場合には、それを補強材料として勝ち切ることができるかも知れません。

 固定残業代に関する紛争は頻発しています。その有効要件は比較的厳しめに判断される傾向にあるので、「この仕組みはおかしいのではないか?」と思ったら、弁護士に相談してみるとよいと思います。固定残業代の有効性を否定できると、それが通常の労働時間分の賃金に組み入れられたうえ、改めて残業代を請求できるため、かなりの経済的利益に繋がる場合もあります。