弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメント対策と働き方改革の板挟み?

1.ハラスメント対策と働き方改革の板挟み?

 ネット上に、

「ハラスメント対策と働き方改革の板挟み…管理職3人の嘆き」

という記事が掲載されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191014-00013860-toushin-bus_all&p=1

 記事は、

「セクハラ、パワハラ、マタハラなどハラスメント行為にはさまざまな種類があり、最近はそうした行為に対する見方が以前よりも厳しくなってきました。」

「社会の風潮としてはいいことなのですが、中には逆パワハラのようにハラスメントに厳しい風潮を利用する人もいるようです。そこで今回は、ハラスメント問題に対して疑念を抱いている管理職3人に話を聞いてみました。」

としたうえ、三つの事例を紹介しています。

 しかし、いずれの事例も、法を誤解しているか、単に管理職としての適性がない人を管理職にしていることに起因する問題をハラスメント対策の問題と誤認しているかであるように思われます。

2.Aさんの事例

(1)ハラスメントとの関係について

 記事には、

「あるIT企業で管理職をしているAさんは『ハラスメントの定義があいまいすぎて、どうしたらいいかわからない』と嘆きます。」

Aさんの会社で行われた管理職向けのハラスメント研修では、ハラスメント行為であるかどうかを判断するのは被害を受けた本人、そして周囲の人であり、ハラスメント行為を行ったとされる本人の意思や意図にかかわらず、被害者本人や周囲が不快になったらそれはハラスメント行為なのだと教わったのだそうです。

「Aさんは『それでは明確な基準があるとは言えず、人によって差が出るので対処が難しい』と言います。Aさんの会社では、多くの管理職が既に『ハラスメント対策疲れ』の状態なのだそう。」

と書かれています。

 これでAさんが悩んでいるとすれば、それは研修の講師が間違ったことを教えたからであり、働き方改革とは関係がありません。

 パワハラの行政解釈は、

「職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。」

とされています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370-att/2r9852000002538h.pdf

 当たり前のことですが、業務の適正な範囲内で、精神的・身体的苦痛が生じることは許容されており、「被害者本人や周囲が不快になったらそれはハラスメント行為なのだ」という極端な理解は採用されていません。

 また、裁判所もパワーハラスメントの成立には、一定の質量を要求しており、被害者が不快になればハラスメントであるといった極端な理解は採用していません。

 例えば、東京地裁平24.3.9労働判例1050-68ザ・ウィンザー・ホテルズインターナショナル(自然退職)事件は、

「パワーハラスメントといわれるものが不法行為を構成するためには、質的にも量的にも一定の違法性を具備していることが必要である。したがって、パワーハラスメントを行った者とされた者の人間関係、当該行為の動機・目的、時間・場所、態様等を総合考慮の上、『企業組織もしくは職務上の指揮命令関係にある上司等が、職務を遂行する過程において、部下に対して、職務上の地位・権限を逸脱・濫用し、社会通念に照らし客観的な見地からみて、通常人が許容し得る範囲を著しく超えるような有形・無形の圧力を加える行為』をしたと評価される場合に限り、被害者の人格権を侵害するものとして民法709条所定の不法行為を構成する」

と判示しています。

 記事にある

「ハラスメント行為を行ったとされる本人の意思や意図にかかわらず、被害者本人や周囲が不快になったらそれはハラスメント行為なのだ」

といった極端な理解は、かなり特異な理解であり、このようなことを聞いて迷っている方がいるとすれば、それは研修講師の人選を間違えているだけで、働き方改革とは関係がないと思います。

(2)残業との関係について

 記事には、

「同じくAさんの会社では、仕事がほとんどないのにわざと遅くまで仕事をしている人がいます。」

「生活残業という側面もあるのかもしれませんが、最近は働き方改革も始まっています。Aさんの会社では19時以降に仕事をする場合は上司に連絡するルールとなっていますが、Aさんの部下で一人、何も仕事はしないけれど20時や21時になっても帰らない部下がいるのだそうです。」

「何も連絡がないため、Aさんは残業しているときに何をしているか把握しきれていないとのこと。しかし、彼から出てくる成果物が時間の割にあまりに少なく、何度も『ルールを順守し、できるだけ早く帰ってほしい』と伝えたり、『残業時間の成果物は?』と尋ねたりしているものの、適当な言い訳ではぐらかされてしまいます。」

「しかし声を荒げてはいけないと、Aさんは根気強くその部下に言い聞かせていました。すると、ある日突然『A部長から、仕事が終わっていないにもかかわらずあまりにしつこく早く帰宅するよう言われすぎてノイローゼになりそうだ、あれはハラスメントではないかと、相談された』と人事から連絡があったのだそう。」

との事例が紹介されています。

 これも特に頭を悩ませるような問題ではなく、単に残業禁止命令を出せばよいだけです。

 東京高判平17.3.30労働判例905-72神代学園ミューズ音楽院事件は、

「賃金(割増賃金を含む。以下同じ。)は労働の対償であるから(法11条)、賃金が労働した時間によって算定される場合に、その算定の対象となる労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下にある時間又は使用者の明示又は黙示の指示により業務に従事する時間であると解すべきものである。したがって、使用者の明示の残業禁止の業務命令に反して、労働者が時間外又は深夜にわたり業務を行ったとしても、これを賃金算定の対象となる労働時間と解することはできない。

 業務量が所定労働時間内に十分にこなせるレベルのものであれば、残業禁止命令を出せば済むだけの話だと思います。これでノイローゼになるのは、単純に法務が弱いからであり、これも働き方改革とは関係がないのではないかと思います。

3.Bさんの事例

 記事には、

「ある金融機関勤務のBさんは、女性部下に対して何も言えなくなってしまったと言います。」

「Bさんがいるのは女性が働きやすい職場と言われていますが、そんな社内でも深い悩みがあるのだそう。『セクハラと訴えられるのが怖くて女性の部下に何も言えない。すでに何人か顔見知りの支店長や課長などがハラスメント行為を働いたものとして社内処分が出ている』と表情を曇らせます。」

と書かれています。

 これも、なぜ、このようなことで悩むのか率直に言って良く分かりません。

 セクハラの行政解釈は、

「職場におけるセクシュアルハラスメントには、職場において行われる性的な言動に対する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受けるもの(以下『対価型セクシュアルハラスメント』という。)と、当該性的な言動により労働者の就業環境が害されるもの(以下『環境型セクシュアルハラスメント」という。)がある。」

というものです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000133471.html

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf

 これについても、「被害者本人や周囲が不快になったらそれはハラスメント行為なのだ」などという極端な理解は採用されていません。

 例えば、大阪地判平10.10.30労働判例754-29大阪セクハラ(歯材販売会社)事件は、

「性的不快感を与えるに過ぎない行為は、これが不法行為と評価されるためには、右行為が、原告に対し性的不快感を与えることをことさら意図して行われたものであることを要する

性的不快感を与える発言は、常に不法行為となるのではなく、これが雇用関係上の地位を利用し、ことさら性的不快感を与えたり、あるいは性的関係を強要したりした場合に不法行為となる

といった解釈を示しています。

 普通の日常会話がセクハラに該当することは考えらえにくいです。仮に、性的不快感を与えたとしても、その全てが違法とされるわけではりません。軽率・不相当では済まされないレベルのことをしない限り、違法性を認定されることはありません。

 違法でないことで会社から懲戒処分を受けたとしても、その効力は十分に争う余地があります(労働契約法15条)。大したことをしていないのに処分すれば訴訟リスクがあるため、普通の使用者は無茶なことはしません。

 女性の部下に対して何も言えなくなってしまうというのは、管理職として当然備えておくべき法的知見を備えていなかったという属人的な問題であり、これも働き方改革とは関係がないと思います。

4.Cさんの事例

 記事には、

「同じく金融機関で働くCさん。彼は、妊娠しているからと言ってほとんど仕事をしない女性社員の扱いに困っています。」

「『具合が悪いと言っているので「体のことが一番だから仕事のことは気にせず帰ってもらって大丈夫ですよ」と伝えているのに、全然帰らない。帰らないで具合悪そうにして、なぜか18時半くらいまで残業をする』のだとか。」

「彼女のような人がいると周囲の人のモチベーションを下げる一つの要素となりうることもあり、Cさんは早々に人事部に相談。しかし、人事部は『妊娠しているから大事に』の一点張り。」

と書かれています。

 これも上述のとおり残業禁止命令を出せば済む話です。問題は人事部が機能不全に陥っていることであり、働き方改革とは関係がありません。

5.ルールを批判するのは自由であろうが・・・

 ルールを批判するのは自由だとは思いますが、誰も採用していないような極端な理解をもとに、それを現状のルールの問題点だと喧伝することには慎重になった方が良いのではないかと思います。また、一般の方を不安にさせないためにも、存在する解決策(残業禁止命令・許可残業制など)にはきちんと言及した方が親切であるように思われます。