弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

追従・迎合は同意・承諾ではない-懇親会での大学准教授の「あっちで子どもでも作ってこい」の発言等がセクシュアル・ハラスメントとされた例

1.大学教授・准教授と学生との関係

 最一小判平27.2.26労働判例1109-5L館事件は、管理職からのセクハラについて、

「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感等を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」

との経験則を示しました。

 この判決が言い渡されて以来、加害者の責任追及にあたり、被害者の迎合的言動をそれほど問題視しない裁判例が多数現れています。

 その適用範囲は、職場の上司-部下という関係性だけではなく、大学教授-学生といった関係にまで広がりを見せています。

 例えば、宮崎地判令3.10.13労働判例ジャーナル120-40 学校法人順正学園事件では、大学院生がセクシュアル・ハラスメントを理由に大学や大学教授に損害賠償を請求した事案において、

「原告は、被告q2の言動に不快な感情を抱いたものの、指導教授である被告q2の機嫌を損なうと不利益な扱いを受け、大学院生としての研究活動が続けられなくなると不安を感じていた。しかも、大学院入学のために尽力してくれた被告q2に恩義や後ろめたい感情を抱いていた上、当時は、他の大学院生よりも大幅に出遅れてしまったと焦燥感を持っていた。そのため、被告q2の行き過ぎた言動に対して毅然とした態度を取ることができず、今後の処遇を慮って、被告q2の機嫌を伺う態度を取らざるを得なかったものである。」

と判示し、迎合的言動を責任追及の妨げとはしませんでした。

 また、東京地判令4.6.9労働判例ジャーナル131-52 学校法人関東学院事件は、ハラスメントを理由に懲戒解雇された大学准教授が地位確認等を請求した事案において、

「原告は、『基礎ゼミナール』において履修生を指導教育し、履修生の成績評価を行う立場にある者であったところ、そのような立場の原告から得意芸を披露する機会を設けられた場合、仮にこれを肯定的・積極的に受け止める者がいたとしても、これを否定的・消極的に受け止める者からすれば、特定の人数で構成された基礎ゼミナール内に籍を置くため、暗黙のうちにも同調せざるを得ない環境が生じ得ることは、容易に想定することができるのであって、原告において直接的に強制・強要をすることがなかったとしても、履修生において強制されたように受け止める可能性を排除することはできない。」

とし、

「履修生に対して得意芸を披露することを強制したことはないし、成績にも影響しない旨を説明していた」

との原告の弁解を排斥しました。

 近時公刊された判例集にも、こうした系譜に一例を加える裁判例が掲載されていました。東京地判令4.8.26労働判例ジャーナル134-48 国立大学法人東京学芸大学事件です。

2.国立大学法人東京学芸大学事件

 本件で被告になったのは、東京学芸大学を運営する国立大学法人です。

 原告になったのは、被告の教育学部准教授であった方です。学生に対するハラスメント(アカデミック・ハラスメント、セクシュアル・ハラスメント)を理由に諭旨解雇処分(本件処分)を受け、辞職願を提出したものの、その効力を争い、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認等を請求したのが本件です。

 本件ではハラスメントとして五つの非違行為が主張されていますが、そのうち、セクシュアル・ハラスメントに関係するものは、非違行為1と非違行為5です。

 それぞれの非違行為は、次のようなものであったとされています。

(非違行為1)

「原告は、令和元年5月ないし6月頃、原告と学生P3及び大学院生P7のほか、他の研究室に所属する複数の男子学生らが出席して行われた懇親会において、その場に居合わせた学生らの面前で、学生P3(一部は学生P3及び大学院生P7)に向けて、『もう(大学院生P7と)付き合っちゃえよ』、『そんな告白とかはもういいから、向こうでお前ら、子どもでも作ってこいよ。』などと申し向け、客観的に見て学生P3に性的な意味で不快感を与えると認められる発言をした」

(非違行為5)

「原告は、令和元年7月頃、研究室において、原告と学生P3の2人のみが在室し、学生P3が物理の勉強をしていた際、重力や摩擦の問題について教授するに際し、学生P3を立たせ、学生P3の顎の下辺りを両手で持って頭部を二、三回上方に持ち上げたほか、座っている学生P3の右側から、同人の上腕部辺りを擦った。また、学生P3の飲みかけの飲料を、学生P3の同意を得ることなく、学生P3が使用していたストローで一飲みし、これらの行為により学生P3に性的な不快感を与えた」

 裁判所は、次のとおり述べて、これらの非違行為がセクシュアル・ハラスメントに該当することを認めました。結論としても、諭旨解雇は有効だと判示しています。

(裁判所の判断)

・非違行為1関係

「原告は、学生P3に対し、懇親会の席上、大学院生P7を評した上で、『あっちで子どもでも作ってこい』等と発言したものであり・・・、当該原告の発言の意味内容をみると、学生P3に対し、大学院生P7と性的関係を持つよう促すものであって、一般社会的に見ても、性的嫌悪感を招くものといわざるを得ないのであって、就業規則32条1項5号及び8号、38条1号及び2号、ハラスメント防止規則2条1号、2号、3条に違反するものということができる。」 

「原告は、上記発言が学生P3と大学院生P7が親密に過ごしている場面での冷やかし程度であり、原告の上記発言後も、学生P3は、原告の横に座って歓談し、気分を害する様子は見られなかったと主張する。」

「しかしながら、ハラスメント防止規則は、セクシュアル・ハラスメントについて、『職員が他の職員、学生等及び関係者を不快にさせる性的な言動並びに学生等及び関係者が職員を不快にさせる性的な言動』と定めており・・・、上記言動が文理上、性的関係を持つことを意味し、本件全証拠を精査しても、学生P3が原告に対して当該言動を受容する旨の明確な意思を表明していたとは認めるに足りないことからすると、上記ハラスメント防止規則の定めるセクシュアル・ハラスメントに該当することは否定し難い。」

この点、学生P3は、令和元年6月27日当時、懇親会において、大学院生P7とともに打ち解けた様子で写真に写っていたものと認めることができるが・・・、学生P3は、原告の主宰する研究室に所属する学生であって、原告において学生P3の成績評価・単位認定等に係る権限を有し、教育上の優位な立場にあったといえることからすれば、一般的に学生P3が原告の言動について追従的、迎合的な態度を示すことがあっても、直ちに同意・承諾していたものと解することはできない。そして、学生P3は、平成30年10月30日から平成31年4月12日までに実施されたゼミに度々遅刻し、関与したTAにおいて測定装置の設置を誤って測定をやり直すに至り、同月25日以降の研究紹介発表を欠席し、その後の令和元年5月14日及び同月21日のTAも続けて欠席し、同月29日に着手した実験、同年6月24日及び同月25日に行った実験にも失敗しており、摩擦や重力についても原告から個別に教授を受けていた立場であったのであって・・・、このような学生P3の置かれた具体的な環境に照らしてみれば、学生P3が、学生らの歓談する懇親会の席上で、原告の言動に対して否定的態度を示すことは、非常に困難であったというべきであって、上記学生P3が打ち解けた様子を示していたことから、学生P3の同意・承諾があったと解することはできない。

「したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。」

・非違行為5関係

「原告は、学生P3に対し、令和元年6月頃、摩擦の問題を教えるため、学生P3の右上腕部を指でなぞるように擦ったこと、その頃、重力の問題を教えるため、学生P3の顎に両手を添えて、上向きに力を加えたことがあったものである・・・。」

「また、原告は、令和元年7月4日、学生P3の宿題について教え、その際、学生P3の飲み物を学生P3が使用していたストローで一飲みしたことがあった・・・。」

「このような原告の行動は、学生P3の身体に不必要に接触し、また性的嫌悪感を催させるものであって、就業規則32条1項5号、38条1号及び2号、ハラスメント防止規則2条1号、2号、3条に違反するものということができる。」

「原告は、学生P3の上腕部を指でなぞるように擦ったこと及び学生P3の顎に両手を添えて、上向きに力を加えたことについて、学生P3の了解を得ていたと主張する。」

「しかしながら、摩擦の問題を理解させるために上腕部を直接に擦りつけ、重力の問題を理解させるために顎の下を両手で持ち上げる方法が、当該各問題を教えるに当たり、適切な教育方法であったといえるかについて疑義がある。すなわち、原告は、調査委員会に提出した書面において、学生P3の顎の下を持って上向きの力を加えるに至った経緯について、『足の裏の感覚が変わるのがわかるかもしれないからちょっと持ち上げてみるか?』、『脇や腰は持てないので』等と説明したとする一方で、脚も腰も使わずに腕だけで四、五十キログラム近くあるものを持ち上げることはできないなどとも説明しており・・・、結局、当該実験により、学生P3に何を体感させる目的があったのか明確にされていなかったのである。」

「また、これを措いても、本件全証拠を精査しても、原告が、学生P3に対し、具体的にどのような説明を果たした上で、学生P3から了解を得たのか明らかではない。この点、原告も、調査委員会に提出した書面において、学生P3の上腕部を擦りつけた経緯について、この実験を行ったとき、学生P3が『分かった!』とうなずいて嬉しそうであったと説明していたものと認めることができるが・・・、学生P3の同意を得た経緯について具体的にどのような説明をし、どのような了解を得たのか説明をしていないのである。

そして、学生P3は、原告の主宰する研究室に所属する学生であって、原告において学生P3の成績評価・単位認定等に係る権限を有し、教育上の優位な立場にあったといえることからすれば・・・、一般的に学生P3が原告の言動について追従的、迎合的な態度を示すことがあっても、直ちに同意・承諾していたものと解することはできないし、摩擦及び重力に関する指導・教示の場面であったという学生P3の置かれた具体的な環境に照らしてみれば、原告の行動に対して否定的態度を示すことは、非常に困難であったというべきであって、上記学生P3が明らかな拒絶をしなかったことから、学生P3の同意・承諾があったと解することはできない。

「なお、原告は、学生P3の飲み物を学生P3が使用していたストローで一飲みしたことについては、学生P3の同意を得ておらず、単に、過去の懇親会の席上で、学生P3が飲料を分け合ったことがあったというにすぎない。この点、原告は、調査委員会に提出した書面において、学生P3の飲み物を一飲みした経緯について、『私に対して最上級の思いやりを持っている架空の学生の言葉を借りて遠回しに説明すれば』、『「失礼とは思いましたが自分の氷で薄まった残り物のコーヒーを差し上げた。」このようになるかと思います。』、『自分の為に説明をして喉が渇いた相手にコーヒーを少し飲まれたことを天秤にかけたとき、相手の思いやりを感じる心や感謝の気持ちが持てるような普通の人間の感覚であれば、仮に嫌だと感じてもその程度では訴えるようなことまでは絶対にしないと思うのです。』等と説明しており・・・、原告自身も、学生P3の同意を得ておらず、原告の一方的価値判断から出た行動であったことを認めているのである。」

「したがって、この点に関する原告の主張は、採用することができない。」

3.追従・迎合は同意・承諾ではない

 上述したとおり、裁判所は、追従・迎合は同意・承諾ではないし、学生が否定的態度を示すことは非常に困難であるとして、学生側の同意・承諾があったとの原告の主張を排斥しました。

 権力勾配がある中での同意・承諾の主張は、容易には認められない傾向があります。

 また、性的言動は、職場や学校で行う必要があるわけでもありません。

 外形的行為があると擁護が難しい行為類型でもあるため、リスク管理上、性的言動は一切とらないに越したことはありません。外形的に対象者が同意・承諾しているように見えても、真に受けないことが大切です。

 他方、被害者の側からみると、こうした裁判例の蓄積により、近時は追従的・迎合的態度をとってしまったことが責任追及の支障になりにくくなっています。外形上、同意・承諾と捉えられかねないような態度をとってしまっていたとしても、責任追及を断念する必要がないことは、覚えておくと良いと思います。