弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

ハラスメントの調査を求めるメール類は文言や内容が攻撃的になっても、かなりの程度までは許容される

1.ハラスメントの相談と不利益取扱い

 男女雇用機会均等法11条は、1項で、

「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定し、2項で、

事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 労働施策総合推進法は30条の2は、1項で、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定し、2項で、

事業主は、労働者が前項の相談を行つたこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

と規定しています。

 こうした規定により、セクシュアルハラスメントやパワーハラスメントの被害者は、事業主に相談したことで不利益を受けない立場を保障されています。

 しかし、法律相談を受けていると、ハラスメントの相談をしたことを事業主から否定的に取り扱われている人を見ることが少なくありません。単に供述が対立していて事実を認定できなかっただけであるのに「故意に嘘を言って同僚を貶めた」ということで懲戒処分や雇止めを受けたり、相談で用いられた言葉に品位がないということで逆に叱責を受けたりすることが典型です。

 もちろん、このような取扱いは法的に問題ありとされる可能性が高いのですが、後者のようなケースは、具体的なペナルティとの結びつきまでは認めることができないこともあって事件化することが稀で、裁判所がどのように考えているのかが今一よく分からない状態にありました。

 しかし、近時公刊された判例集に、強めの文言でハラスメントの相談をすることの適否が問題となった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、鹿児島地判令4.2.1労働判例ジャーナル124-72 国立大学法人鹿児島大学事件です。

2.国立大学法人鹿児島大学事件

 本件で被告になったのは、鹿児島県に主たる事務所を置く国立大学法人(被告大学)と、その教授C(被告C)の二名です。被告Cは口腔微生物学を専門とする研究者であり、被告大学において、発生発達成育学講座(本件講座)の唯一人の教授で、講座長を務めていました。

 原告になったのは、被告大学の助教の方です。過去本件講座に所属していた方です。本件講座に所属していたeが原告からハラスメントを受けていると被告大学の相談員に申し出た後、原告からも被告c、e、dからハラスメントを受けているとの申し出を行いました。

 その後、被告大学のハラスメント調査委員会は、

原告がハラスメントを行った事実も、

被告c、e、dがハラスメントを行った事実も、

いずれも認められなかったと結論付けました。

 しかし、被告大学総長は、原告に対し、

「〔1〕前記ハラスメント調査委員会の調査に当たって、ハラスメントの申立てとして多数の文書をメールで調査委員会及び労務調査室に送付したが、その中には、自己の主張を正当化するために本件講座の同僚の職員を個人攻撃するものがあり、職員としての節度を逸している、

〔2〕教室の運営について不満をもち、一方的な非難を行うなど同僚の教員との信頼関係を喪失させているとした上で、それらが職場環境を乱し、服務規律を欠いた行為であること」

を理由に厳重注意処分を行いました(本件処分)。

 原告の方は、本件処分が違法であることを主張し、損害賠償等を請求する訴えを提起しました。

 本件で原告が発出したメール・文書は、次のようなものであったと認定されています。

(裁判所の事実認定)

「原告は、同委員会による調査が行われていた同月24日、労務調査室に対して、以下の内容の文書をメールに添付して送信した・・・。」

「〔1〕dについて、『第三者の評価』として、dの表情や目線の異常性から精神的な問題を抱えている可能性が否定できない、暴力的な行動もしばしばだが、通常の態度、身振りによって、人格や尊厳を傷つけたり、精神的な傷を負わせて、職場の雰囲気を悪くさせるモラルハラスメントに該当する行為があることは明らかで、過去においてもそれら態度の悪さ、機嫌がすこぶる悪いなどは多くの人が目撃している、などと記載した文書」

「〔2〕eについて、『自身で語ったものや、第三者が評した内容』として、『思い込みが激しく、思い込んだことと異なる事実を受入れることが出来ず、ストレスを感じ、切れたり非常に攻撃的な態度に出る』、『非常に視野が狭く、客観性に乏しい』、『行動や考えは、一般からずれている事が多く』、『実験についても、正しく理解して鑑みる事が困難なことも多い』、『指摘された事実をハラスメントととらえる感覚』がある、『鹿児島大学においては、不適切が認められる事で助長を招き周りへの負の影響を増大させてい』る、『既にこれまでに、自らハラスメントを行わないことを約束しました。しかし、事実を正しく認識できず、自分が悪いわけでもないのに謝罪させられたという概念が自己の中で存在し、大きなハラスメントを導いたと考えます』、『一般社会では、認められない行動様式が多数あり、是認不可です。これらにより医局の体制を混乱に導いた事態は、懲戒に相当するだけの事由となりえると考えられます。』などと記載した文書」

 以上のようなメール・文書の提出行為を理由とする厳重注意処分の国家賠償法上の違法行為該当性について、裁判所は、次のとおり述べて、これを肯定しました。

(裁判所の判断)

「被告大学において、就業規則上の厳重注意は、服務を厳正にし、規律を保持するために必要があるときに行われること、教員の昇給の判断に際して、D区分該当者はA、B及びC区分該当者に比べ、昇給の幅が小さいところ、就業規則上の厳重注意処分を受けた者は、自動的にD以下の区分に該当することとされていたこと、被告大学の勤勉手当の金額は、職員の勤務成績に応じて決められるAからDまでの成績評価区分によって定められ、D区分は懲戒処分を受けた者又はその他懲戒処分に準ずる処分を受けた者等特に勤務成績が不良な者であるとされていたことが認められる・・・。」

「これらの事実に照らすと、厳重注意処分は、対象者の昇給については直ちに影響し、勤勉手当の金額についても影響する可能性があるなど、対象者に実際に経済的な不利益を生じさせ得るものであることから、そのような不利益を踏まえて、その適法性を検討すべきである。」

被告大学は、原告が被告大学の労務調査室に対し送付したメールの中に、同僚の職員を個人攻撃するものが含まれていたことや、教室の運営について不満をもって、一方的な非難を行うなど同僚の教員との信頼関係を喪失させていること・・・を本件処分の理由としているところ、原告が前記メールを送信した時点において、原告は、被告c、e及びdによる原告に対するハラスメントを訴え、また、eが原告によるeへのハラスメントを訴えている状況だったのであるから、前記メールは、原告の主張を補充し、eからの訴えに対して防御するための手段であったというべきであり、そうであるとすれば、自己の主張の正当性を強調するため、文言や内容が攻撃的になることも、かなりの程度までは許容されるべきものであるといえる。しかも、原告のメールは労務調査室のみを宛先とするもので、メールを閲覧できたのは労務調査室の職員だけであったことから、メールの送信によって本件講座の構成員間の信頼関係が失われ、職場環境が乱されるなどの事態が生じることもない。そして、前記のとおり、厳重注意処分は、経済的な不利益を実際に生じさせ得るものであって、その適法性を慎重に考慮する必要があることも考慮すれば、前記メールの送信は、厳重注意処分の事由である『服務を厳正にし、規律を保持するために必要があるとき』には該当せず、これに該当するとして行われた本件処分は違法であるといえる。

3.eからの申し出に対するカウンターという意味合いもあるが・・・

 上述のとおり、裁判所は、

「自己の主張の正当性を強調するため、文言や内容が攻撃的になることも、かなりの程度までは許容されるべきものである」

などと述べて、メール・文書の提出行為を理由とする厳重注意処分の違法性を認めました。

 本件は単純なハラスメントの相談事案ではなく、eからの申し出に対するカウンターという意味合いがあることも押さえておく必要はあります。

 それでも、ハラスメントの申し出についての

「文言や内容が攻撃的になることも、かなりの程度までは許容される」

との判示には重要な意味があります。申し出や相談の仕方を問題にされた時には、この裁判例を引用しながら反論することが考えられます。

 

助教の取得した科研費(科学研究費補助金)を講座全体で管理・費消したことに違法性が認められた例

1.科研費(科学研究費補助金)

 「人文学、社会科学から自然科学まで全ての分野にわたり、基礎から応用までのあらゆる『学術研究』(研究者の自由な発想に基づく研究)を格段に発展させることを目的とする『競争的研究費』であり、ピアレビューによる審査を経て、独創的・先駆的な研究に対する助成を行う」ことを「科学研究費助成事業」といいます。この事業に基づいて個々の研究者に交付される資金を、科学研究費(科研費)といいます。

科学研究費助成事業|日本学術振興会

 科研費は基本的に個々の研究者と紐づいたものですが、これを切り離し、研究者により取得された科研費を所属講座全体で管理・費消することは許されるのでしょうか? 科研費をとってきた部下に対するハラスメントにならないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。鹿児島地判令4.2.1労働判例ジャーナル124-72 国立大学法人鹿児島大学事件です。この事件は、助教が取得してきた科研費を、講座全体で管理するとして教授・講座長が使ってしまうことが、助教に対する不法行為(国家賠償法違反)を構成すると評価された点に特徴があります。

2.国立大学法人鹿児島大学事件

 本件で被告になったのは、鹿児島県に主たる事務所を置く国立大学法人(被告大学)と、その教授C(被告C)の二名です。被告Cは口腔微生物学を専門とする研究者であり、被告大学において、発生発達成育学講座(本件講座)の唯一人の教授で、講座長を務めていました。

 原告になったのは、被告大学の助教の方です。過去本件講座に所属していた方です。取得した科学研究費補助金を被告Cに費消されたなどと主張し、被告らに対して損害賠償の支払いを求める訴えを提起しました。

 本件の争点は多岐に渡りますが、裁判所は、次のとおり述べて、被告Cの行為に違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告cが原告の科研費を流用したため、科研費を自身の研究のために使用できなかった旨主張する。」

「前記・・・で認定した事実関係によれば、そもそも科研費はこれを取得した者が補助の対象とされた研究に必要な経費のみに充てることができるものであり、現に被告cが本件講座に着任する前は、原告が自身の取得した科研費を自身の研究に充てていたのである。しかるに、被告cの着任後、同人の発案によって、本件講座においては原告の取得した科研費も含めて講座全体で管理し、これを共通物品の購入等に充てるような仕組みが導入され、原告が取得した科研費を原告の自由に使用できなくなったばかりか、年度によってはその大部分が共通物品の購入に充てられている。このような仕組みの発案や導入、運用は、原告の科研費に関する自由を侵害するものとして被告cによる違法な行為と認めるのが相当である。」

「これに対し被告らは、原告の科研費で購入した一般試薬を他の研究に用いたとしても問題はなく、現に被告c、e及びdの科研費からも共通物品を購入しており、原告の科研費に占める共通物品の割合は他の研究者のそれより大きいわけではないなどと主張する。」

「しかしながら、科研費について前記・・・で認定したところに照らすと、他の研究のためにこれを用いることが許容されているとは認め難い。また、本件講座の他の職員の科研費も共通物品の購入に充てられていた事実も被告cが原告の科研費に関する自由を侵害したことの違法性を左右する事情には当たらない。」

「したがって、原告の科研費に関する被告cの行為は違法であり、争点・・・・についての原告の主張は理由がある。

3.講座長・研究グループの長・プロジェクトの長が資金を代表で管理する手法

 このブログを見て相談に来てくれる方にの中には、大学教員の方が相当割合で含まれています。彼ら・彼女らの働き方を見ていると、配分される研究費の管理が、講座毎、研グループ毎・プロジェクト毎になされ、それらの長によって出納に係る意思決定が行われているケースが散見されます。結果、科研費を取得した年次の浅い研究者が研究に支障を感じ、相談に来るといった経過が辿られています。

 特定個人の支配のもと十分に研究ができないという不利益から若手研究者を解放するにあたり、本裁判例には大いに活用して行くことが考えられます

 

シフト数削減の合意の認定・労働条件不利益変更該当性

1.固定シフト合意

 大学教員などの特殊な業種を除き、労働者の就労請求権を一般的に肯定することは困難であるとされています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元249頁参照)。

 そのため、シフト制の労働者は、出勤日を減らされても、使用者に対して不服を述べることが難しい関係にありました。

 こうした問題に対処すため、従来二つの法律構成が試みられてきました。

 一つは、最低シフト数(所定労働日数)の合意の成立を主張することです(横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件等参照)。

 もう一つは、シフト決定権限の濫用です(東京地判令2.11.25 労働経済判例速報2443-3 有限会社シルバーハート事件等参照)。

 昨日は、これら伝統的に提唱されてきた構成に加え、近時公刊された判例集に掲載されていた東京地判令3.12.21労働判例ジャーナル123-38 医療法人社団新拓会事件を基に、固定シフト合意という法律構成の可能性についてお話ししました。

 この医療法人社団拓新会事件は、一旦成立した固定シフト合意を削減することの法的性質や、その合意の認定の在り方を考えるうえでも参考になります。

2.医療法人社団新拓会事件

 本件で被告になったのは、ファストドクター株式会社(ファストドクター)と共同して、医師が患者や患者家族から求めがあった際に車で往診する業務を行っていた医療法人社団です。

 原告になったのは、日中、大学病院において勤務していた医師で、被告と雇用契約を交わしていた方です。被告から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後、違法に解雇されたと主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、当初、「スポット」と称する、被告が募集をかける曜日および時間帯に対してその都度応募するという方法で勤務していました。

 その後、被告との間の合意により一定の勤務日・勤務時間に働くようになりましたが、次のようなやりとりを経て、勤務日が減らされるようになりました。

(裁判所で認定された事実)

「ファストドクターの担当者は、令和元年5月2日、原告に対し、

『6月1日から、平日20(19)~24時までのシフトについてレギュラー勤務を廃止することが決まりました。限られたシフト枠を多くの先生にご勤務いただくことを目的としております。…何卒ご理解と、引き続きのお力添えをよろしくお願い申し上げます。』

というメッセージをLINE上で送ったところ、原告は、直ちに

『今後もレギュラー枠で勤務したいのでレギュラー枠で空いている曜日と時間を教えてください。』

と返信した・・・。」

「dは、被告の理事であり、夜間の往診部門の責任者であった・・・。この後、原告は、LINEによって直接dに対し、固定勤務の削減には反対である旨伝え、令和元年5月までの労働条件と同年6月以降の労働条件を明確化した労働条件通知書の提出を求めた・・・。」

「dは、令和元年5月15日、原告に対し、令和元年5月までの労働条件を明記した労働条件書と同年6月からの労働条件を明記した雇用契約書(以下『本件雇用契約書』という。)を送信した・・・。原告は、同日、dに対し、

『ご対応ありがとうございました。6月のシフトに着きましてもご配慮よろしくお願いいたします。』、

『勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。』

というメッセージをLINE上で送った。dは、令和元年5月16日、

『応募数の中で全体の先生が満遍なく勤務出来るように判断致します。a先生のみ特別扱いは難しく多くの先生が週2回程度の勤務になりますので、ご了承くださいませ。』というメッセージをLINEで送り、原告は、

『了解しました。よろしくお願いいたします。』

と返信した・・・。」 

「本件雇用契約書は、標題が『雇用契約書(日雇:医師)』というものであり、始業及び終業の時刻について『始業20時00分、終業24時30分』、賃金は『時給(8000円)22時以降(10000円)』とあるのみであり、勤務日の記載はなかった。」

「dは、令和元年6月1日、原告に対し、LINE上、本件雇用契約書への押印を求めたが、原告はこれを拒否した。dは、同月2日、原告に対し、再度本件雇用契約書への押印を求め、雇用契約書に押印しないと勤務はできない旨LINEで伝えたが、原告はこれを拒否し、話合いの機会を設けることを求めた。dは話合いの機会を設けることに同意し、原告は、予定を調整する旨伝えたが、その後連絡を取ることはなかった・・・。」

 以上の事実関係のもと、被告は、

「原告は、令和元年6月以降、シフトに入りにくくなることを承諾しており、被告がした勤務日及び勤務時間の削減に同意したものである。」

「本件業務は、繁忙期と閑散期に応じて顧客の需要が増減するため、登録医師の勤務をシフト制に応じて柔軟に変更する必要があり、仮に原告のみ特別扱いをすれば、登録医師間の公平平等な取扱を害することになるし、被告も経営破たんすることになりかねない。原告の勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、被告に『責めに帰すべき事由』(民法536条2項)はない」

などと主張し、賃金支払義務の存在を争いました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

-被告がした勤務日及び勤務時間の削減に原告が同意したか-

「被告は、原告が、令和元年5月16日、被告に対し、『了解しました。よろしくお願いいたします。』というLINE上のメッセージを送り、勤務日及び勤務時間の削減に同意したと主張する。」

「しかし、原告は、前記・・・のとおり、勤務日及び勤務時間の削減について同意していない旨をLINE上で明確に伝え、本件雇用契約書への押印を拒否しているのであり、dとの交渉の過程で発せられた上記メッセージを取出してこれをもって原告が勤務日及び勤務時間の削減に同意したものと認めることはできない。」

「したがって、被告の前記主張を採用することはできない。」

「被告は、原告が、令和元年5月15日、被告に対し、『勤務につきましては週に3~4日程度定期的に入れれば幸いです。』というLINE上のメッセージを送ったことにより、週3日の勤務とすることに合意した旨主張する。」

「しかし、上記メッセージは、原告が被告と交渉する経緯の中での妥協案として提案したものと認められるところ、被告は、結局、この提案を受け容れたものとは認められないことに照らせば、上記メッセージをもって原告と被告が週3日の勤務日とする合意をしたものと認めることはできない。」

「したがって、被告の前記主張を採用することはできない。」

-被告の「責めに帰すべき事由」の有無-

「以上によれば、原告と被告は、本件雇用契約において、前記・・・のような固定した勤務日及び勤務時間を合意していたところ、被告は、前記・・・のとおり、一方的にこれを削減するという労働条件の切下げをしたものであるが、これは無効かつ違法であるというべきであり、被告に『責めに帰すべき事由』があることは明らかである。」

「これに対し、被告は、前記のとおり、原告の勤務日及び勤務時間の削減はやむを得ないものであり、被告には『責めに帰すべき事由』はない旨主張する。」

「しかし、被告は、前記・・・のとおり、原告との間で、本件雇用契約において、固定した勤務日及び勤務時間について合意していたものであるから、原告に割り当てる固定した勤務日及び勤務時間を除いてシフトを組めばよいのであって、原告の勤務日及び勤務時間の削減がやむを得ないとはいえない。そもそも被告は、前記・・・のとおり、平成30年12月の時点で登録していた医師が約50名にすぎず、ファストドクターの担当者の『はい。大歓迎でございます!』というメッセージ・・・からもうかがわれるようにシフトを埋めることに努力を要する状況にあったことが推認されるところ、前記・・・のとおり、令和元年6月の時点で登録する医師が約200名に増加したため、原告の固定する勤務日及び勤務時間が逆に業務の支障になったものであり、被告の都合で、それまで大幅にシフトを埋めていた原告の勤務日及び勤務時間を一方的に切り下げたものと認められる。

「したがって、被告の前記主張を採用することはできない。」

3.合意の認定は慎重になされ、不利益変更該当性も肯定される

 以上のとおり、裁判所は、シフト数削減の合意について、かなり抑制的な認定を行いました。また、合意されていたシフトを削減することについて、一方的な労働条件の切り下げであるとの評価を下しました。

 一旦既得権として得た固定シフト枠を消滅させることが労働条件の不利益変更とされることや、労働条件の不利益変更であることを踏まえて削減合意の認定が慎重に行われることを示した裁判例として、本件は注目されます。

 

シフトに入れてもらえないという問題への解決策Ⅱ-固定シフト合意の可能性

1.シフトに入れてもらえない問題

 シフト制の労働者の脆弱性の一つに、使用者からシフトに入れてもらえなくなることがあります。

 現行法制上、稼働しなかった日に対応する賃金は、支払われないのが原則です。例外として、使用者の「責めに帰すべき事由」(民法536条2項)によって労務を提供できなくなった場合に限り、賃金を請求できます。

 しかし、使用者からシフトに入れてもらえなければ、そもそも労務提供義務自体が発生しません。労務提供義務がないときに労務を提供しなかったからといって、賃金が発生することはありません。このようにして、シフト制の労働者は、解雇されなくても、シフトに入れてもらえないことにより、生活の糧を失ってしまいます。

 こうした場合、労働者にどのような対抗措置が考えられるのかは、従来から議論されてきました。

 代表的な法構成は二つあります。

 一つは、最低シフト数(所定労働日数)の合意を導き出すことです。契約書に明確に定められていなかったとしても、合理的な意思解釈によって、労使間で最低シフト数が合意されていたとする理論構成です。最低シフト数の合意を導き出すことができれば、そのシフト数に満つるまで稼働できなかったことは、使用者の責めに帰するべき事由によることになります。この法律構成を採用した裁判例に、横浜地判令2.3.26労働判例1236-91 ホームケア事件があります。

シフトに入れてもらえないという問題への解決策 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 もう一つは、シフトに入れずに労働者を干すことが、使用者に認められている裁量を逸脱・濫用しているという法律構成です。この法律構成を採用した裁判例に、東京地判令2.11.25 労働経済判例速報2443-3 有限会社シルバーハート事件があります。

シフト制労働者-シフトに入れろと要求できるか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

 法律構成としては概ねこの二つに限られると思っていたのですが、近時公刊された判例集に、もう一つの可能性を示唆する裁判例が掲載されていました。東京地判令3.12.21労働判例ジャーナル123-38 医療法人社団新拓会事件です。

2.医療法人社団新拓会事件

 本件で被告になったのは、ファストドクター株式会社(ファストドクター)と共同して、医師が患者や患者家族から求めがあった際に車で往診する業務を行っていた医療法人社団です。

 原告になったのは、日中、大学病院において勤務していた医師で、被告と雇用契約を交わしていた方です。被告から一方的に勤務日及び勤務時間を削減されるという労働条件の切り下げを受けた後、違法に解雇されたと主張し、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の方は、当初、「スポット」と称する、被告が募集をかける曜日および時間帯に対してその都度応募するという方法で勤務していました。

 しかし、次のようなやりとりを経て、一定の勤務日・勤務時間に働くようになりました。

(裁判所で認定された事実)

「原告は、上記応募の手続が煩雑であったため、決まった曜日と時間帯に勤務することを希望し、平成31年1月24日、ファストドクターの担当者に対し、

『別の外勤先が医局の方針で撤退することとなり、定期で入れるバイト先を探しています。』、『ファストドクター様は定期で入ることは可能ですか?』

というメッセージをLINE上で送ったところ、ファストドクターの担当者は、原告に対し、

『はい。大歓迎でございます!深夜24-06の時間帯ご希望ですか?2月はすでに埋まっている日もございますが深夜は火・木・金・土・日が固定曜日として空いています。』、『深夜枠以外ですと、14-20:30(日曜日)、18-24:30(土/日曜)、19-24:30(全日)、20-24:30(全日)上記大丈夫です。特に週末(金土日)は先生不足しておりますので何卒ご検討のほどよろしくお願い致します。』

と返信した。原告は、同日、ファストドクターの担当者に対し、LINE上で

『固定曜日の件ですが、月火木の18-24:30、金の19-24:30、土曜日深夜(ただし、第4土曜日除く)、日曜日14-20:30で検討しています。』、『ただ、学会や急用で入れない場合もあるので、その場合は事前にご連絡させていただくということでも大丈夫でしょうか?』

というメッセージをLINE上で送ったところ、ファストドクターの担当者は、

『はい。事前にわかった時点でご連絡下されば大丈夫です。また、月火木は平日ですので19時スタートとなります。月火木金(第1金除く)19-24:30 土(第4除く)24-06 日14-20:30 でよろしいでしょうか?』

と返信した。原告は、その直後、ファストドクターの担当者に対し、

『すみません、月火木は20時スタート、金は19時スタートでお願いいたします。』というメッセージをLINE上で送ったところ、ファストドクターの担当者は、『かしこまりました。』

と返信した。」

「原告は、平成31年2月21日、ファストドクターの担当者に対し、

『以前ご連絡させていただきました3月からのレギュラーの件ですが、下記でお願いできれば幸いです。すでに連絡済みの内容、月火木の20-24:30、金(第1金除く)の19-24:30、土(第4除く)24-06、日14-20:30 上記に加え水曜日も追加できますでしょうか?水 19-24:30』

というメッセージをLINE上で送ったところ、ファストドクターの担当者は、

『3月からのレギュラーの件、毎週水曜19-24:30を追加承りました。』

と返信した・・・。」

「原告は、平成31年3月4日、ファストドクターの担当者に対し、

『土曜日の深夜ですが、…19-24:30もしくは20-24:30に変更することは可能でしょうか?』

というメッセージをLINE上で送ったところ、ファストドクターの担当者は、

『固定土曜日深夜から夜勤への変更、お時間は20-24:30でお願い致します。』と返信した」

 このようなやりとりのもと、本件では、固定の勤務日及び勤務時間を定めたといえるのかどうかが問題になりました。

 被告は、

「被告と原告は、毎月原告が個別に希望を出さなくても原告が希望する固定の日時に被告がシフトを優先的に割り当てるということを合意していたにすぎない」

と主張し、固定の勤務日及び勤務時間が定められていたことを争いましたが、裁判所は、次のとおり述べて、合意の成立を認めました。

(裁判所の判断)

「原告と被告は、前記・・・のとおり、本件雇用契約において、平成31年1月の時点で固定した勤務日及び勤務時間とすることを定め、同年3月4日、勤務日及び勤務時間を、月曜日、火曜日、木曜日、土曜日(第4土曜日除く。)の20時から24時30分まで、水曜日、金曜日(第1金曜日除く。)の19時から24時30分まで、日曜日14時から20時30分に修正したことが認められる。」

「これに対し、被告は、原告を始めとする医師との間で、1か月ごとのシフト制の雇用契約を締結しており、原告との間で固定の勤務日及び勤務時間について合意していない旨主張する。」

「しかし、シフト制であることと一部の労働者に固定したシフトを割り当てることとは何ら矛盾するものではない。被告の前記主張を採用することはできない。」

「また、被告は、原告が主張する固定の勤務日及び勤務時間と異なる勤務日や勤務時間に勤務していることをもって、原告との間で固定の勤務日及び勤務時間について合意していない旨主張する。」

「しかし、原告は、前記・・・のとおり、差支え等が生じた場合、事前にファストドクターの担当者に連絡して了解を得てスケジュールを変更していたことからすれば、原告が固定の勤務日及び勤務時間と一部異なる日時に働いたことと固定の勤務日及び勤務時間の合意とは何ら矛盾するものではない。被告の前記主張を採用することはできない。」

3.固定の勤務日及び勤務時間の合意(固定シフト合意)の認定は緩い?

 上述のとおり、裁判所は、固定の勤務日及び勤務時間の合意を認定しました。

 本件で特徴的なのは、かなりラフに合意が認定されていることです。原告と被告は書面を交わしているわけではありません。交わされているのは、ライン上でのメッセージだけです。この程度のやりとりでも、労働条件の重要部分である勤務日や勤務時間を固定する合意の成立が認定されたことは、注目に値するように思われます。

 合意の認定に必要なやりとりがこの程度で足りるのであれば、シフト制の労働者について、勤務日や勤務時間を固定する合意(固定シフト合意)の存在が認められる場面は、相当数あるのではないかと思います。

 本件の判示は、固定シフト合意が成立したといえるために必要な事情を考えるにあたり、参考になります。

 

本来的人格構造・発達段階での特性・傾向と休職理由(適応障害)を区別すべきとした例

1.精神疾患による休職

 発達障害の方は、ストレスを言葉で表現することが上手くできない場合も多く、環境的な要因の結果として様々な精神的な症状に苦しめられることがあります。これを「二次障害」といいます。

https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/chusou/joho/rifuretto.files/R2hattatsu.pdf

 発達障害とまではいかなくても、元々の人格・特性に一定の傾向があり、それが一因となって精神疾患を発症してしまう方は少なくありません。

 比較的大きな会社では傷病で一時的に働けなくなった方のために休職制度を設けている例が多く見られます。こうした会社に勤務している方は、精神疾患で働けなくなってしまった場合、先ずは休職制度の利用を試みることになります。

 精神疾患を理由とする休職の特徴の一つに、必ずしも復職が容易ではないということが挙げられます。

 復職するためには、傷病が「治癒」している必要があります。「治癒」とは「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」ことを意味します(佐々木宗啓ほか編著『労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕479頁参照)。精神疾患の場合、「従前の職務を通常の程度に行える健康状態に回復した」といえるのか否かの評価が必ずしも容易ではありません。そのため、精神疾患からの復職の可否は、しばしば裁判でも熾烈に争われます。

 この精神疾患からの復職の可否をめぐり、近時公刊された判例集に、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。横浜地判令3.12.23労働判例ジャーナル123-36 シャープNECディスプレイソリューションズ事件です。何が興味深いのかというと、本来的人格構造・発達段階での特性・傾向と休職理由(適応障害)を峻別すべきことを明言した点です。

2.シャープNECディスプレイソリューションズ事件

 本件で被告になったのは、映像表示装置及び映像表示ソリューションの開発等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成26年4月1日、被告会社との間で総合職正社員として期限の定めのない雇用契約を締結した方です。平成27年12月19日、精神科の医師から適応障害との診断を受け、年次有給休暇の取得⇒病気欠勤を経て、平成28年3月26日から私傷病休職に入りました。その後、復職可能な状態にあるとは認められないとして、休職期間の満了日である平成30年10月31日付けで自然退職とされました(本件自然退職)。これに対し、休職理由は自然退職とされる以前に既に消滅していたはずだとして、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の事案としての特徴は、原告の方に適応障害を発症する以前から一定の顕著な特性(職場内で馴染まず一人で行動することが多い・上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等)がみられたことです。こうした傾向を休職理由との関係でどのように評価するのかが問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり判示し、自然退職を無効だと結論付けました。

(裁判所の判断)

「本件において、原告がり患した傷病、すなわち原告が休職するに至った原因、理由について検討することとする。」

「原告は、平成27年12月19日、有隣メンタルクリニックの精神科を受診して、e医師に対し、歓迎会等で酒を勧められ仕事の話をされたこと、上司が他人の悪口を言うこと、終業のタイムカードを押した後に仕事を覚えるために残業していたところ上司から怒られたことなどについて、不満や辛さを感じ、勤務中にトイレに行き泣いていたなどと訴えたところ、e医師は、原告のストレス適応性の低さ、人格構造の問題が前提にある旨の意見を有してはいたものの、主たる症状は職場ストレスに起因する情緒の障害である旨の認識の下、『適応障害(情緒の障害を主とするもの)』の症状のため現時点では労務の継続は困難な状態であると判断するとの診断書を作成した・・・。また、原告が平成28年5月12日に受診したひがメンタルクリニックのf医師も、原告について、内省に乏しく、ベースに人格的又は発達的な問題があり、発達障害及び自己愛性パーソナリティ障害(NPD)との鑑別を要する旨の意見を有してはいたものの、診断名としては適応障害であるとの診断をした・・・。そして、同年8月から原告を継続的に診察していた被告cも、背景に発達障害ないし自閉症スペクトラム障害(ASD)があるとの疑いを有しつつも、平成29年4月24日付けの診断書における病名を適応障害としている・・・。そうすると、原告が平成27年12月19日以降に療養を要することとなった直接の原因は、適応障害の症状であったものと認められる。」

「これに対し、被告会社は、原告は何らかの精神疾患による健康状態の悪化のため、業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態となり、これを根本的な原因として上司の指示及び指導に従わない等業務に支障を来す状態になったものであり、適応障害という医学上の病名ではなく、この症状を休職理由としていた旨主張する。」

「確かに、被告会社は、平成27年6月の時点で、原告について、注意をしても、報告・連絡・相談ができず、無届残業を繰り返し、本人の意見を聞いても泣いてしまい話にならないことなどを問題視していたことが認められる・・・。そして、被告会社は、原告に対し、同年12月18日には、原告の問題として、業務中、長時間涙を流し、また、上司に無断で頻繁に長時間(2時間程度)離席することの他、上司から指示を受けても指導通りに行動しない、また行動しようとする姿勢が見受けられないことを指摘し、被告会社の要望として、長時間泣いてしまうことの理由の説明と、上司の指導を理解、実践し、協調して業務遂行することを求めていることを伝え・・・、平成28年2月2日にも、原告が真摯に自らのこれまでの言動と向き合い、今後、どのようにすれば職場内外での意思疎通を円滑に図ることができるか熟考し、復職の際に説明することを求めていた・・・ことが認められる。そうすると、被告会社としては、原告の休職時点で、原告が理由も述べずに長時間泣いてしまい業務に支障が出ることに加え、上司や同僚と意思疎通を取れず、業務指示にも従えないことも、『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』として、休職理由に含めていたものと認められる。」

「しかし、原告の休職理由となった健康状態は、被告会社の認識としては、証人kが、『原告は平成27年(社会人2年目)になってから、徐々にその状態が悪化し、普通に仕事ができない状態になり、その原因として何らかの病気が疑われるようになった』、 『(コミュニケーションが取れないとか広い視野、調整能力を欠いているという状況は)いつからというのは具体的にはわかりかねるところがございますが、入社2年目とかそこらへんだと思うんです』と説明するとおり、原告の入社2年目頃から発症した、『何らかの病気』を原因とする『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』を指しているものと解される・・・。そして、適応障害は、主観的な苦悩と情緒障害の状態であり、通常社会的な機能と行為を妨げ、重大な生活の変化に対して、あるいはストレス性の生活上の出来事の結果に対して順応が生ずる時期に発生するものであるところ・・・、被告会社が主張する『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』は、いずれも適応障害から生じる症状として説明可能なものである。一方、前記・・・によると、e医師、f医師及び被告cは、原告のコミュニケーション能力や社会性等の問題も指摘しており、この問題は、原告が本来的にもつ人格構造や発達段階での特性や傾向に起因するものと認識したことが認められるが、原告の休職理由に含まれる『業務の遂行に必要とされるコミュニケーション能力、社会性等を欠く状態』は、原告が本来的にもつ人格構造や発達段階での特性や傾向に起因するコミュニケーション能力や社会性等の問題とは区別されなければならない。

「以上によると、原告の休職は、あくまで適応障害により発症した各症状(泣いて応答ができない、業務指示をきちんと理解できない、会話が成り立たない)を療養するためのものであり、原告が入社当初から有していた特性、すなわち前記・・・の記載のとおり、職場内で馴染まず一人で行動することが多いことや上司の指示に従わず無届残業を繰り返す等の行動については、休職理由の直接の対象ではないと考えるべきである。」

(中略)

「主治医である被告cが診断した平成29年4月24日頃には、原告の適応障害は寛解したものと認められるものの、前記・・・のとおり、被告会社における原告の業務を知りうる立場にある産業医が、原告の復職を可能と判断したのが同年7月28日となっていることからすると、原告の休職理由となった、適応障害の症状のために生じていた従前の職務を通常の程度に行うことのできないような健康状態の悪化が解消したといえる時期は、同年7月28日であると認めるのが相当である。よって、被告会社は、この産業医の診断が出た翌月の同年8月1日以降、従業員就業規則79条の規定に基づき、原告を超過勤務に従事させず段階的に復職させるべきであったと認めるのが相当である。」

(中略)

「被告会社が従業員就業規則85条2号の規定に基づき平成30年10月31日付けで原告を自然退職としたことは無効であり、原告は、被告会社に対し、雇用契約上従業員としての地位を有すると認められる。」

3.一次障害・本来的人格と休職事由である二次障害は区別されているか?

 本件の裁判所は、元々の人格・発達特性・傾向と休職事由である適応障害とを明確に区別すべきであると判示しました。理論的にはこの考え方が正解だと思います。

 しかし、元々の人格・発達特性・傾向と、それに関連して発生した精神疾患とを明確に区別せずに議論している例は、実務上相当数あるのではないかと思います。それは明確な区別が難しいからです。両者を明確に区別するためには、両者が異なることをかなり強く意識しておく必要があるように思います。

 個人的な実務経験の範囲内でいうと、精神疾患に罹患する方が、元々、特徴的な人格・特性・傾向を有していることは少なくありません。本裁判例は、そうした方の復職の可否を争うにあたり、重要な判断を示した裁判例として位置付けられます。

 

無分別に連帯責任を問うことが失態を犯した者に対する安全配義務違反とされた例

1.指導・教育の場面での連帯責任

 集団に対して指導・教育が行われる場面で、一人の失態の責任を全員に負わせることがあります。時代によるかも知れませんが、子どもの頃、学校等でこうした指導を受けた方も、少なくないのではないかと思います。

 このような責任の問い方は、大抵、人間関係に無用な軋轢を生じさせます。失態を犯した者は自己否定感や羞恥心に苦しむことになりますし、特段の非のない者は失態を犯した者や指導者に対する悪感情を募らせることになります。

 こうした教育・指導の在り方には常々疑問を持っていたところ、無分別に連帯責任を問うことが失態を犯した者に対する安全配慮義務違反を構成すると判示された裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。熊本地判令4.1.19労働判例ジャーナル123-44 国・陸上自衛隊事件です。

2.国・陸上自衛隊事件

 本件で原告になったのは、陸上自衛隊の陸曹候補生課程に入校し、共通教育中隊に配属中に自殺した陸士長(本件学生)の父母です。本件学生の自殺の原因が、被告A(教官)及び被告B(助教)による指導の名を借りた暴力的、威圧的ないじめないし嫌がらせ行為にあると主張して、A、B、国を相手取って損害賠償を請求する訴えを提起しました。

 本件で、いじめ・嫌がらせとして問題視された行為は複数に渡りますが、その中に次のような行為がありました。

「被告Aは、同日(平成27年10月6日 括弧内筆者)午後7時30分頃、全学生を△△△号隊舎の屋外に集め、入室要領ができていない学生がいるとして本件学生に手を挙げさせて説教をし、午後8時10分までに学生間で話合い、躾教育に関する認識を共有するよう指示した。」

「被告Aは、午後8時10分頃に再度集合した学生らに対し、居眠りをしていた学生がいたため、本日は消灯を早めると言い、本来は午後11時である学生らの消灯時刻を30分早め、午後10時30分に消灯することとした(なお、被告国及び被告Aは、消灯時間を早めたのは昼間寝ていた学生がいたことから学生らの睡眠時間を確保するためであった旨主張するが、学生らの側ではそのような受け止めはせず、制裁的な指導であると受け止めていたものと考えられる。)。」

 上記事実について、裁判所は、次のとおり述べて、安全配慮義務違反にあたると判示しました(ただし、これ以外の違法行為を含めて検討しても、相当因果関係が認められないとして自殺との因果関係は否定しています)。

(裁判所の判断)

「被告国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が被告国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務を負っている(最高裁昭和50年2月25日第三小法廷判決・民集29巻2号143頁参照)。上記義務は、被告国が公務遂行に当たって支配管理する人的及び物的環境から生じ得る危険の防止について信義則上負担するものであると解される。」

「被告国は、その所轄する陸上自衛隊に、陸曹及び陸士としての職務の遂行に必要な知識及び技能を習得させるための教育訓練を行うことを任務とする教育部隊である陸曹教育隊を、その中に陸曹候補生課程の教育を担任する共通教育中隊を設置し、陸曹候補生課程に入校した学生に対し教育訓練を実施し、隊舎等の施設を提供して施設内の生活を営ませている・・・。」

「したがって、被告国は、陸曹候補生課程に入校した学生に対し、学生が教育訓練を受け、隊舎等の施設内において生活を送るに当たり、共通教育中隊の組織、体制、設備を適切に整備するなどして、学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する義務(安全配慮義務)を負っているものと認められる。」

「被告Aは、本件学生が所属していた共通教育中隊第1区隊の区隊長であり、学生全体の躾教育を担当する役割を担う同期生会指導部の指導幹部であったこと・・・から、直属の部下であった本件学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことは明らかである。また、被告Bは共通教育中隊第3区隊の2班長であるが、学生全体の躾教育を担う同期生指導部の指導陸曹であったこと(同エ)から、本件学生の生命、健康に対する危険の発生を防止する義務(被告国の履行補助者としての安全配慮義務)を負っていたことが認められる。」

(中略)

被告Aが平成27年10月6日午後7時30分頃、伝令業務ができていない者として本件学生に全学生の前で手を挙げさせ、全学生に午後8時10分まで躾教育で教育された事項を話し合うよう指示したこと・・・及び話合いの後再度集合した学生に対し消灯の時間を早めると伝えたこと・・・は、本件学生に自らの失態のために全学生が連帯責任を負わされたという屈辱感を与える不適切なものであったし、被告Aは同日午後6時45分頃に本件学年に半長靴は磨かなくて良いと言っていた・・・ことからすれば、本件学生は伝令業務を行わなくて良い状況にあったといえるにもかかわらず、全学生の前で挙手させることにより本件学生に自己否定感や羞恥心を抱かせ、更に他の学生の消灯時間を早めることにより本件学生を心理的に追い詰めたものであり、安全配慮義務違反に該当するというべきである。

3.無分別に連帯責任を問うことが否定された例

 本件の舞台になったのは自衛隊ですが、連帯責任を問う教育・指導方法は、学校や民間企業においても散見されます。

 このような人権侵害的な吊るし上げが安全配慮義務違反として判断されたのは、意味のあることだと思います。本裁判例は、連帯責任を問う吊るし上げが自殺に繋がる危険な行為であることの警鐘となるほか、こうした教育・指導の在り方を是正させるための根拠として活用できる可能性があります。

 

交際関係にあって通常の雇用プロセスを経ていないことが労働者性を否定する一要素とされた例

1.交際関係が先行していて法律関係が良く分からない問題

 交際関係にある人同士が、取引関係を持ったり、共同して事業を営んだりすることがあります。こうした場合、契約書が作成されず、当事者間の法律関係が良く分からないことが少なくありません。

 当事者双方の関係が良好である場合には、それでも困りません。しかし、交際関係が上手く行かなくなってくると、しばしば法律関係が明確にされないまま放置されてきたことによる紛争リスクが顕在化します。

 これは労働契約においても同様です。近時公刊された判例集にも、交際関係が下地にあって法律関係が不明確であったことが労働者性をめぐる紛争に繋がった裁判例が掲載されていました。名古屋地岡崎支判令3.9.1労働経済判例速報2481-39 TRYNNO事件です。

2.TRYNNO事件

 本件で被告になったのは、元々自動車製造設備の製造補修等の事業を行っていた株式会社です。

 原告になったのは、元々個人事業主として美容師業を営んでいた方です。店舗を借りて美容師業を営むことを考え、それを当時交際中であった被告代表者に相談しました。被告は原告が美容師業を営むための店舗についての賃貸借契約を締結し、平成29年2月3日に開業した美容室(本件美容室)で働くようになりました。しかし、平成31年3月9日頃、被告代表者と口論となり、被告代表者から本件美容室の脱毛器購入代金等に充てるため提供された資金の返還を求められ、同月11日頃、交際を解消するに至りました。

 その後、被告から本件美容室の賃貸借契約の解除、廃業届の保健所への提出等が行われたことを受け、原告は、平成31年3月11日付けで解雇されたと主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 本件では原告の労働者性が争点となりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を否定しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件美容室での業務については、その遂行過程において被告から指示を受けることなく、そもそも顧客からの予約を受けるか否かという点も含めて自らの判断で行っていたことが認められる。その勤務状況を見ても、特段被告に指示を仰ぐことなくカット等の業務をこなしており、また、勤務時間については、予約が入っていない際に本件美容室から外出することもあるなど、かなり自由に行動していたことがうかがわれ、時間的にも場所的にも被告によって拘束されていたとはおよそ認めがたい。これらの事情だけをもっても、原告と被告との間に、本件美容室の業務に関する指揮命令関係を見出すことは困難である。」

「原告は、原告が被告からタイムツリーというアプリを用いて指揮命令を受けていたと主張するが、単に予約状況を共有していたというものにすぎず、それ以上に指揮命令を基礎づける事情とはいえない。」

「さらに、原告の給与は、毎月一定額を支給されるというもので、残業や欠勤の際に報酬が増減したといった事実は認められないのであり、労働の結果によって報酬が左右される性質を有していない。他方で、原告は、原告が受け取っていた給与については、給与所得として源泉徴収及び雇用保険料を徴収していたことが認められるが、報酬が固定であったことも併せ考えれば、被告において原告に安定した収入を得させる目的で便宜的にそのような扱いをしたものと見ることができるのであり、労働者性の認定にあたって上記の推認を覆すほどの強い事情とまでいうことはできない。」

また、原告と被告は、もともと交際関係にあったものであり、いわゆる面接、採用という通常の雇用契約に想定される手続を経ているものではないし、就業規則や服務規律、退職金制度、福利厚生の有無についての定めも一切ない。しかも、これらについて原告が被告に不満を訴えたりした事情は認められない。これらの事情は、原告及び被告が、原告の本件美容室での業務において労働基準法等の起立に服することを想定していなかったことの証左である。

「以上に加え、原告が、本件美容室の開業について、一定の物品を負担したこと、被告から店舗からの退去を求められる前後を通じて、独自の商号を用いて営業を行っていたことなどを踏まえると、原告は、被告に対して使用従属関係にあったということができず、原告の労働者性を肯定することはできない。」

3.交際関係にあるからといって、なあなあにしないこと

 労働者性の判断に関しては、厚生労働省 労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」(昭和60年12月19日)が強い影響力を持っています。

 「採用、委託等の際の選考過程が正規従業員の場合と同様であるか否か」は、「『労働者性』の判断を補強する要素」という項目の中において「当事者の認識を推認する要素に過ぎないものではあるが、上記の各基準によっては『労働者性』の有無が明確とならない場合には、判断基準のひとつとして考えなければならないであろう」と位置付けられています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 要素としての意味合いは必ずしも強くはありませんが、それでも雇用プロセスの履践を疎かにしていると、足元を掬われる材料になることがあります。

 いざ交際関係が解消された時に身を守ることを考えると、例え今、関係が良好であったとしても、ビジネス上の関係はなあなあにしておかないことが大切です。