弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

教師の生徒に対するわいせつ行為に対する処分量定-退職手当全部不支給処分が適法とされた例

1.教師のわいせつ行為に対する処分量定

 教師のわいせつ行為に対する処分量定は、かなり厳しいものになっています。

 例えば、東京都教育委員会の

「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」

では、

同意の有無を問わず、直接陰部、乳房、でん部等を触わる、又はキスをした場合」

原則として懲戒免職になることが定められています。

教職員の主な非行に対する標準的な処分量定|東京都教育委員会ホームページ

 成人に近い年齢の生徒と同意のうえで行為に及んだとしても、処分量定は懲戒免職が標準となります。懲戒免職処分は退職手当の不支給と紐づけられており(東京都職員の退職手当に関する条例17条1項1号参照)、懲戒免職処分になると原則として退職手当は全部不支給になります(東京都職員の退職手当に関する条例の解釈及び運用方針参照)。

 近時公刊された判例集にも、教師の生徒に対するわいせつ行為の処分量定の厳しさがうかがわれる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.12.11労働判例ジャーナル110-36 東京都・都教委事件です。

2.東京都・都教委事件

 本件は都立高校の教諭が、懲戒免職処分及び退職金全部不支給処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 懲戒免職処分・退職金全部不支給処分を受けたのは、生徒である女子生徒と不適切な内容のLINEメッセージを送信したほか、個別指導時に多数回に渡りキス行為をしたからです。原告の主張の骨子は、懲戒事由の認定に誤りがあるほか、処分が重すぎるというものです。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職金全部不支給処分に問題はないと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は本件懲戒免職処分を受けて退職した者に当たるところ、本件運用方針・・・によれば、退職手当等の全部を支給しないことが原則となる・・・。そして、本件運用方針・・・では、懲戒免職処分を受けた者につき退職手当等の一部を支給しない処分にとどめることができる非違の内容及び程度を限定列挙し、しかも、その場合であっても、公務に対する都民の信頼に及ぼす影響に留意して慎重な検討を行うものとする旨定めている・・・。」

「本件非違行為は前記・・・のとおりであって、列挙されている事由のいずれかに該当すると認めることはできないから、本件運用方針によれば、本件において例外的に退職手当等の一部を支給しない処分にとどめる余地はないことになる。また、原告は教育公務員として高度の倫理性が求められる職務を担当する責任ある立場であるにもかかわらず、前記・・・のとおり、約7か月間にわたり、本件高校の教室内で個別指導の際、当時本件高校第2学年で未成年であった本件生徒に対しキス行為を少なくとも合計30回繰り返し、さらには路上でもキス行為をし、生徒との間の私的な連絡を禁止されていたにもかかわらず、本件生徒に対し不適切なLINEのメッセージを繰り返し送信したのであり、本件非違行為の内容及び程度は重大で、また、本件非違行為が公務に対する信頼に及ぼす影響は大きいといわざるを得ない。そして、被告での勤続期間が臨時的任用教員であった期間を含めても平成28年4月1日から平成30年9月25日までの2年6か月にとどまること・・・などを併わせ考慮すると、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き、都教育員会の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用があったということはできない。」

「以上に対し、原告は、〔1〕本件生徒とのキス行為に関しては本件生徒の思わせぶりな行動があり、〔2〕当時原告は多忙な勤務のためうつ病及び双極性障害にり患し、正常な判断を行うことが著しく困難な状況下で断り切れずに応じてしまった、〔3〕本件生徒は成人に近い年齢であったなどの事情を参酌すべきと主張する。」

「しかし、原告の上記主張〔1〕のような事実を認めるに足りる的確な証拠はなく(かえって、比較的長期間にわたって多数回キス行為を繰り返したこと、原告と本件生徒との間のLINEのやり取りや原告の本件生徒に対する謝罪文の内容等・・・からすれば、原告は積極的に本件キス行為に及んだことが推認される。)、仮にそのような事実があったとしても、本件高校の教員として本件生徒を指導する立場にあった原告においてキス行為を多数回繰り返したことを正当化する事情には到底なり得ず、参酌すべき事情といえない。また、原告の上記主張〔2〕については、原告は、平成29年9月から平成30年6月7日までの間に、精神科に通院したり精神的な不調を理由に休暇の取得を申し出たり、実際に休暇を取得したりしたことはなく・・・、また、同月9日に精神科を受診した際に、原告は、医師に対し、同月7日、保護者からのクレームがあり、そこからゆううつ感、不安感、意欲低下、食欲不振といった症状が出現した旨申告したことからすれば・・・、原告の抑うつ状態が出現したのは、本件生徒の親が本件非違行為につき申告をした日である同日以降であると認められ、同日以前に、抑うつ状態であった事実を認めるに足りる証拠はない。さらに、原告の上記主張〔3〕については、本件生徒は原告自らが指導する対象者であり、かつ未成年であることからすれば、本件生徒の年齢は前記・・・の判断を覆すに足りない。

「したがって、本件不支給処分が社会通念上著しく妥当を欠き、都教育委員会の裁量権の範囲を逸脱し、又はその濫用をした違法があったということはできないから、本件不支給処分には取り消すべき違法性はないこととなる。」

3.どちらから迫ったのかも年齢も関係ない

 上述のとおり、裁判所は、仮に生徒からの思わせぶりな態度があったとしても、それはキス行為を正当化する事情には到底なり得ないと判示しました。また、対象者の年齢も、自ら指導する未成年の生徒である以上、処分量定を減じる理由にはならないとしました。

 教師の生徒に対するわいせつ行為に対して、裁判所は重大な処分を許容しやすい傾向にあります。比較的多くの事案でなされる、思わせぶりな態度をとられた、同意があった、成人と遜色ない年齢であったなどの弁解は、刑事処分との関係では意味を持っても、懲戒処分との関係では、殆ど意味を持ちません。

 圧倒的多数の教師は生徒に恋愛感情を持つことはないわけですが、処分量定が重く、弁護も困難であるため、異性に接する時、教師の方は、常に自分の立場を意識しておく必要があります。

 

公務員の懲戒処分は審査請求期間に注意-病気でも救済はない

 1.審査請求前置

 公務員が懲戒処分の効力を争う場合、裁判所に訴訟を提起するに先立って、審査請求という行政不服申立をしておく必要があります。

 これについては、国家公務員に関しては、国家公務員法92条の2が、

「第八十九条第一項に規定する処分であつて人事院に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事院の裁決を経た後でなければ、提起することができない。

と規定しています。

 地方公務員に関しては、地方公務員法51条の2が、

「第四十九条第一項に規定する処分であつて人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事委員会又は公平委員会の裁決を経た後でなければ、提起することができない。

と規定しています。

 ここで注意しなければならないのは、審査請求の期間が3か月と極めて短く設定されていることです(国家公務員法90条の2、地方公務員法49条の3参照)。3か月というのは、割とあっという間で、審査請求をしないまま、この期間が過ぎてしまうと、懲戒処分の取消訴訟を提起しても、不適法却下されてしまいます。

 この点、裁判所はドライであり、滅多なことでは救済はされません。近時公刊された判例集にも、その片鱗を見ることができる裁判例が掲載されていました。東京地判令2.12.11労働判例ジャーナル110-36 東京都・都教委事件です。

2.東京都・都教委事件

 本件は都立高校の教諭が、懲戒免職処分及び退職金全部不支給処分の取消を求めて裁判所に出訴した事件です。

 懲戒免職処分・退職金全部不支給処分を受けたのは、生徒である女子生徒と不適切な内容のLINEメッセージを送信したほか、個別指導時に多数回に渡りキス行為をしたからです。原告の主張の骨子は、懲戒事由の認定に誤りがあるほか、処分が重すぎるというものです。

 しかし、原告の方は、訴訟提起に先立ち、懲戒免職処分への審査請求を前置していませんでした。審査請求をしなかった経緯について、原告は、

「平成30年6月11日にうつ病及び双極性障害を発症し少なくとも平成31年3月15日までその症状が継続し、審査請求の期限である平成30年12月25日時点においても審査請求をすることが現実的に困難な状況であった。・・・また、原告がうつ病及び双極性障害を発症した原因が過酷な勤務実態にあることからすれば、原告が審査請求をできなかったことをもって本件懲戒免職処分の取消しの訴えを不適法とすることは勤労者の権利保障の観点からも著しく正義に反するというべきである。

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、懲戒免職処分に係る取消訴訟を不適法却下sました。

2.裁判所の判断

「地公法51条の2、49条1項は、懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分であって人事委員会に対して審査請求をすることができるものの取消しの訴えは、審査請求に対する人事委員会の裁決を経た後でなければ、提起することができない旨定めている。本件懲戒免職処分は、上記の懲戒その他その意に反すると認める不利益な処分に当たるところ、前記第・・・のとおり、原告は、被告の人事委員会に対して本件懲戒免職処分を不服とした審査請求をせず同委員会の裁決を経ないまま、本件懲戒免職処分の取消しの訴えを提起している。」

「したがって、本件懲戒免職処分の取消しの訴えは審査請求前置の要件(行訴法8条1項ただし書)を充足していない。」

「以上に対し、原告は、・・・主張欄記載のとおり、平成30年6月11日にうつ病及び双極性障害を発症し、少なくとも平成31年3月15日までその症状が継続していたから、地公法51条の2、49条1項適用の前提である適正な判断能力を欠いていたし、また、審査請求をすることが現実的に困難な状況であったとして、地公法51条の2及び同法49条1項の適用がないなど主張する。
原告主張の趣旨は必ずしも明らかではないが、地公法51条の2、49条1項がうつ病及び双極性障害を発症していないことをその適用要件としているとの趣旨であるとすれば、そうとは解せられない。また、行訴法8条2項3号所定の『その他裁決を経ないことにつき正当な理由があるとき」に該当するか否かを検討しても、後記・・・のとおり、原告は抑うつ状態との診断を受けたことはあるものの、本件全証拠によっても、原告が本件懲戒免職処分の不服申立期間内に審査請求をすることが客観的に見て極めて困難であるなど審査請求前置主義を緩和すべき具体的事情を認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の上記主張はいずれにしても採用することができない。

3.懲戒処分の効力を争う場合、処分後すぐに弁護士に相談を

 上述のとおり、裁判所は、病気等の事情があっても、審査請求前置主義を緩和する事情にはあたらないと判示しました。

 裁判所は、期間制限について、これを形式的に理解する傾向がみられます。懲戒処分の効力を争うにあたり、門前払いにならないためには、法に定められた手続を踏みはずすことなく争って行く必要があります。

 しかし、法の内容は単純ではなく、一般の方が手続を踏みはずすことなく懲戒処分の効力を争って行くことは、必ずしも容易ではありません。

 懲戒処分の効力に疑義を覚えた場合には、やはり、できるだけ早い段階から弁護士に相談し、争って行くための手順等を確認しておくことが重要です。

 

 

専門的業務における指揮監督関係

1.労働者性の判断基準

 労働法の適用を逃れるために、業務委託契約や請負契約といった、雇用契約以外の法形式が用いられることがあります。

 しかし、当然のことながら、このような手法で労働法の適用を免れることはできません。労働者性の判断は、形式的な契約形式のいかんにかかわらず、実質的な使用従属性を勘案して判断されるからです(昭和60年12月19日 労働基準法研究会報告 労働基準法の「労働者」の判断基準について 参照 以下「研究会報告」といいます)。業務委託契約や請負契約といった形式で契約が締結されていたとしても、実質的に考察して労働者性が認められる場合、受託者や請負人は、労働基準法等の労働法で認められた諸権利を主張することができます。

https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000000xgbw-att/2r9852000000xgi8.pdf

 研究会報告によると、労働者性の有無は、

「指揮監督下の労働」という労務提供の形態

「賃金支払」という報酬の労務に対する対償性

の二つの基準に基づいて判断されます。

 この

「指揮監督下の労働」

と認められるか否かを検討するにあたっての重要な考慮要素の一つに、

「業務遂行上の指揮監督の有無」

があります。

 業務の内容及び遂行方法について「使用者」の具体的な指揮命令を受けていることは、指揮監督関係の基本的かつ重要な要素であると位置付けられています。

2.フリーランスとの関係

 令和3年3月26日、内閣官房、公正取引委員会、中小企業庁、厚生労働省が連名で公表した「フリーランスとして安心して働ける環境を整備するためのガイドライン」において、フリーランスは、

「実店舗がなく、雇人もいない自営業主や一人社長であって、自身の経験や知識、スキルを活用して収入を得る者を指す」

とされています。

 この定義からも分かるとおり、フリーランスの仕事には、一定の専門性があることが少なくありません。

 専門性のある仕事は、上司自身が仕事の内容や遂行方法を理解していないことも多く、仕事の内容や遂行方法を細かく指示されにくいという特徴があります。

 つまり、フリーランスは、その概念上、「業務遂行上の指揮監督の有無」という要素において、労働者に該当しにくいことになります。

 しかし、業務遂行上の指揮監督が緩いのは、使用者との間で雇用契約を締結して専門的な業務に従事している労働者でも同じです。社会が複雑・高度化し、業務の専門分化が進む昨今、「業務遂行上の指揮監督の有無」の位置付けも、再検討が必要であるとはいえないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.3.25労働判例1239-50 ワイアクシス事件です。

3.ワイアクシス事件

 本件はコピーライターの労働者性が問題になった事件です。

 本件で被告になったのは、広告、広報に関する企画及び制作等を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の下、月額45万円の固定額で、コピーライティング業務等を行っていた方です(本件契約)。被告が原告との間の「業務委託契約」を終了するという通知を出したことを受け、本件契約は、雇用契約であり、被告が行った「解雇」の意思表示は無効だと主張し、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 この訴訟では、本件契約が、業務委託契約なのか、雇用契約なのかが問題になりました。この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を肯定しました。

(裁判所の判断)

「労基法9条及び労契法2条1項の各規定によれば、労働者とは、使用者との使用従属関係の下に労務を提供し、その対価として使用者から賃金の支払を受ける者をいうと解されるから、労働者に当たるか否かは、雇用、請負といった法形式のいかんにかかわらず、その実態が使用従属関係の下における労務の提供と評価するにふさわしい者であるかどうかによって判断すべきである。」

「そして、実際の使用従属関係の有無については、指揮監督下の労働であるか否か(具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮監督関係の存否・内容、時間的場所的拘束性の有無・程度、業務提供の代替性の有無)、報酬の労務対償性に加え、事業者性の有無(業務用機材等機械・器具の負担関係、専属性の程度)、その他諸般の事情を総合的に考慮して判断するのが相当である。」

(中略)

被告が受注した広告制作業務の過程において、コピーライティング業務については、被告代表者や被告の社員が原告に対して具体的な指示をすることはあまりなく、原告に相当程度任されていたと認められるが・・・、これは、コピーライティングという業務の専門性によるところが大きいといえる。また、原告は、依頼者である顧客のディレクターの指示には従って修正を重ねていく必要があったものであり・・・、その指示に従わずに自由に作成することなどは許されていなかった・・・。」

「そして、被告においては、月に2回の定例会議において、被告代表者が、原告を含む各社員に対し、担当業務の進捗状況や進行予定などを確認していたほか、前月の売上の数字を出して発破をかけるなどしていた・・・。」

「このように、コピーライティング業務自体についてはその業務の性質上、被告代表者や被告の社員から具体的な指示はあまりされていなかったものの、顧客のディレクターの指示には従って業務を進める必要があり、被告においても、原告の業務の進捗状況や進行予定については、毎月2回の定例会議で確認し、原告に対しても他の社員とともに前月の売上げの状況を踏まえた訓示がなされ、少なくとも既存の顧客との関係では売上げを増やすための努力を求められていたと推認されることからすると、これらの業務に対する指示の状況は、コピーライティング業務を委託する場合に通常注文者が行う程度の指示等に留まるものと評価することは困難である。

被告は、原告のコピーライティング業務について被告代表者が口出しすることはないことから、指揮監督関係はなかった旨主張するが、被告代表者はデザイナーであり、コピーライティングという専門的な業務の性質上、コピーの内容に立ち入った指示が困難であったものであるから、コピーの内容について具体的な指示をあまりしていなかったことが、直ちに指揮監督関係を否定する要素とはいえない。

(中略)

「以上検討したところによれば、原告の業務については、具体的な仕事の依頼、業務指示等に対する諾否の自由はなく・・・、原告は、被告からの指示の下、顧客からの指示に従って業務を行っていたほか、月2回の定例会議における業務の進捗状況の確認を受けるなど、被告の業務上の指揮監督に従う関係が認められ・・・、時間的場所的拘束性も相当程度あり・・・、業務提供の代替性があったとはいえないこと・・・からすると、被告の指揮監督の下で労働していたものと推認される。これに、原告に支払われる固定報酬の実質は、労務提供の対価の性格を有していると評価できること・・・、原告には事業者性が認められず・・・、専属性がなかったとはいえないこと・・・、被告も原告を労働者として認識していたことが窺われること・・・等を総合して考えれば、原告は、被告との使用従属関係の下に労務を提供していたと認めるのが相当であって、原告は、労基法9条及び労契法2条1項の労働者に当たるというべきである。

4.主要業務に具体的な口出しがなくても指揮監督関係は肯定されることはある

 以上のとおり、主要業務に具体的な口出しがなかったとしても、それが専門性に由来する場合には、周辺的な事情から指揮監督関係が肯定されることがあります。指揮監督関係が認められるかは、通常注文者・委託者が行う程度の指示に留まっていたのかどうかが検討のポイントになります。

 専門性が高く、主要業務に具体的な口出しがなかったからといって、直ちに労働者性の主張が妨げられるわけではありません。

 突然契約を解除されたり、長時間働かせ放題になっている場合、フリーランスの方は、労働者性を主張できないのかを検討してみても良いだろうと思います。労働者性の判断には高い専門性が必要になるため、詳しく聞きたい方は、弁護士への相談をご検討ください。

他社就労して解雇前と同水準以上の給与を得ても就労意思(労務提供の意思)が否定されなかった例

1.違法無効な解雇後の賃金請求と就労意思(労務提供の意思)

 解雇されても、それが裁判所で違法無効であると判断された場合、労働者は解雇時に遡って賃金の請求をすることができます。いわゆるバックペイの請求です。

 バックペイの請求ができるのは、民法536条2項本文が、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。」

と規定しているからです。

 違法無効な解雇(債権者の責めに帰すべき事由)によって、労働者が労務提供義務を履行することができなくなったとき、使用者(労務の提供を受ける権利のある側)は賃金支払義務の履行を拒むことができないという理屈です。

 しかし、解雇が違法無効であれば、常にバックペイを請求できるかというと、そのようには理解されていません。バックペイを請求するためには、あくまでも労務の提供ができなくなったことが、違法無効な解雇に「よって」(起因して)いるという関係性が必要になります。つまり、何等かの理由によって、違法無効な解雇とは無関係に労務の提供をしなくなった場合、バックペイの請求は棄却されることになります。

 この違法無効な解雇とは無関係に労務の提供をしなくなったといえる場合の一つに、他社就労した場合が挙げられます。

 もちろん、解雇の効力を争って裁判をしている時に、生計を立てるため、やむなく行う他社就労の全てが、労務提供意思の喪失と認定されるわけではありません。例えば、アルバイトや非正規の仕事についたにすぎない場合には、通常、労務提供意思の喪失を認定されることはありません。しかし、解雇前と同水準の賃金額での正規雇用についたりすると、その時点から労務提供意思の喪失を認定されることがあります。

他社就労しながら解雇の効力を争う場合の留意点-黙示の合意退職を認定されないためには - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、解雇前と同水準以上の給与を得ていても、労務提供の意思の喪失は認められないと判示した裁判例が掲載されていました。東京高判令2.1.30労働判例1239-77 新日本建設運輸事件です。この裁判例は、以前本ブログで紹介した地裁判決の控訴審事件です。

「もう来なくてもいい」系の言動への対応-働く気はないけれどもクビになるのは納得できない方へ - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.新日本建設運輸事件

 この事件で被告(控訴人兼附帯被控訴人)になったのは、一般貨物自動車運送事業等を目的とする特例有限会社です。

 原告(被控訴人兼附帯控訴人)になったのは、被告でトラック運転手として働いていた人達です。賃上げ等の労働条件の改善をめぐって会社と話し合いをしていたところ、会社側から解雇通知を受け取るのか、これまでの問題行動を謝罪して交渉を白紙化するのかの選択を迫られ、解雇されてしまいました。これを受け、地位の確認やバックペイの支払い等を求めて被告会社を提訴しました。

 本件は解雇の効力のほか、原告が解雇前と同水準以上の給与を得ていたことが、就労意思を喪失した徴表といえるのではないのかが争われました。

 一審裁判所も二審裁判所も解雇の効力は否定しましたが、一審裁判所は、次のとおり述べて、就労意思(労務提供の意思)の喪失を認定しました。

(一審裁判所の判断)

原告らは、上記・・・のとおり、本件各解雇からほとんど間を置かずに、同業他社に就職するなどしてトラック運転手として稼働することにより、月によって変動はあるものの、概ね本件各解雇前に被告において得ていた賃金と同水準ないしより高い水準の賃金を得ていたものである・・・。これらの事情に加え、上記・・・のとおりの本件各解雇に至る経緯を考慮すると、原告X1については、遅くとも有限会社Nに再就職した後約半年が経過し、本件各解雇から1年半弱が経過した平成29年11月21日の時点で、原告X2及び原告X3については、遅くとも本件各解雇がされ再就職した後約1年が経過した同年6月21日の時点で、いずれも客観的にみて被告における就労意思を喪失するとともに、被告との間で原告らが被告を退職することについて黙示の合意が成立したと認めるのが相当である。

 しかし、二審裁判所は、次のとおり述べて、就労意思(労務提供の意思)の喪失は認められないと判示しました。

(二審裁判所の判断)

「被控訴人は、本件解雇後、代理人弁護士に相談した上、離職の2日後には、本件解雇が無効である旨通知し、控訴人との間で労働契約上の権利を有する地位にあることを明示し、平成28年6月分以降の賃金の支払を求めている・・・から、同通知が復職を求めるものであることは明らかであり、これに対し、控訴人は回答書・・・において被控訴人が従業員の地位にないとして争っていて、被控訴人が勤務継続を要求しても控訴人がこれに応じないことも明らかであったから、被控訴人が上記通知に加えさらに勤務継続を明示に要求しなかったとしても、そのことから被控訴人の離職時に就労意思がなかったということはできない。また、解雇された労働者が、解雇後に生活の維持のため、他の就労先で就労すること自体は復職の意思と矛盾するとはいえず、不当解雇を主張して解雇の有効性を争っている労働者が解雇前と同水準以上の給与を得た事実をもって、解雇された就労先における就労の意思を喪失したと認めることはできない。被控訴人による上記のLINEのメッセージ(「会社が潰れない事祈ってます」とのLINEのメッセージ 括弧内筆者)は控訴人主張の趣旨とは解されず、これをもって就労の意思を喪失したと認めることはできない。」

「なお、被控訴人は、平成28年7月からB、平成29年6月からC、平成31年2月から現在までDにおいて稼働し、それぞれ転職を繰り返しており、各再就職先において、完全にその職務に専念し、控訴人における就労意思を喪失したと認めるに足りる証拠はない。

「以上のとおり、控訴人の主張事実は、被控訴人が離職時又はその後、就労の意思を喪失し、又は黙示の退職の合意が成立したと推認するに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。」

3.賃金給与が同水準以上でも必ずしも就労意思(労務提供の意思)は否定されない

 賃金給与が解雇前と同水準以上だと、就労意思の喪失を認定されるリスクがあることは否定できません。しかし、だからといって、賃金給与が解雇前と同水準であれば直ちに就労意思が否定されるというものでもありません。本件のように、勤務先を定期的に変えていて、恒久的に他社で働くような形になっていない場合には、就労意思の喪失は認定されにくいのだと思われます。

 生活水準は解雇前の賃金額を基準に設定されていることが多いため、解雇の効力を争いながら当面の仕事を確保するにしても、労働者ができるだけ解雇前に近い水準の賃金を希望することは自然なことです。本裁判例は、他社就労しながら働く労働者に有利な先例として、参考になります。

 

「区切りのよいところで身を引くことを考えます」等の発言がありながら合意退職が否定された例

1.退職を承諾したかのような言動

 以前、退職勧奨を受けた時に、本当は退職したくないのに、その場の雰囲気にのまれて「分かりました。」などと回答してしまう方がいることを、お話しました。

退職勧奨を受けての「分かりました」という発言・転職活動があっても合意退職が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 退職の合意は、一旦成立したと認定されてしまうと、錯誤・詐欺・強迫などの事情がある場合を除き、容易には効力を否定できません。そのため、合意退職の効力を争う事件では、しばしば「合意の成立自体を否定することができないか?」という観点からの事案の検討が意味を持ってきます。

 こうした検討作業を行うにあたり、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令2.12.4労働判例ジャーナル110-48 東京都就労支援事業者機構事件です。注目に値するのは「区切りのようところで身を引くことを考えます。」等の言動をとったことが認定されながら、退職合意の成立が否定されている点です。

2.東京都就労支援事業者機構事件

 本件はセクシュアルハラスメント等を理由とする事務局長から事務局職員への降格の可否や、合意退職の成否等が争点になった事件です。

 被告になったのは、事業者の立場から犯罪者等の就労を支援し、再犯防止に寄与していくことを目的としていくことを目的として設立された特定非営利活動法人です。

 原告になったのは、法務省を定年退官した後、被告との間で有期雇用契約を締結した方です。当初、事務局長として勤務を開始しましたが、被告の女性職員C氏に対してセクシュアルハラスメントに及んだことなどを理由に事務局員に降格されたうえ、退職勧奨に応じたことなどを理由に、雇用契約を更新しない扱いを受けました。これに対し、降格の無効を主張したうえ、被告に対して、事務局長としての地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 被告が合意退職の成立を主張したのは、原告が退職勧奨に応じるかのような言動をとっていたからです。

 被告理事B会長は、原告に対し、二度に渡り退職勧奨の面談を行いました。

 一度目の面談で、C氏が労働局に訴えると考えているようだと伝えられた際、原告は、自らが辞めなければB会長に迷惑が掛かるのではないかと思い、

「区切りのよいところで身を引くことを考えます。」

「後任者については,会計課の後輩でMという男がいます。本人には未だ話していませんが、適任者だと思います。」

などと述べました。

 また、B会長に対し、

「私の退職のことで私の希望を申し上げますと、当職を含め全職員の任期は平成31年3月31日となっております(更新は可なのですが、F所長は退職を強く希望し承認、N支援員は定年で退職)。責任を顧みずと思われるかもしれませんが、私を含め3人が退職となると機構全体の業務に支障が出るのではと危惧しております。無責任に辞したと揶揄されるのは心外であることから、後任の体制を整えるのは常務理事の責任であると自覚しており、平成31年3月までに体制を整えるよう努力したいのでその時点での退職ができればと考えておりますことを申し述べます。大変失礼とは思いましたが、私の本心を述べさせていただきました。」

などと書かれた書面を送付しました。

 その後、B会長は、再び原告と面談し、後任の事務局長が内定したことを伝えるとともに、改めて平成30年10月末日に退職することを求めました。

 これに対し、原告は、

「分かりました。」

などと回答しました。

 また、原告は、B会長に対し、更に、

「『昨日会長から「自己都合退職(一身上)」にするか「解雇」にするしかないと言われ、自己都合退職にしますと申し上げ』ましたが、『会長は一方的な方向からしか見ていないのではないだろうか、これまでの私の実績を全く評価していないのではないか、当職の置かれた立場を考えていただいていないように思うようになりました。』、『弁護士の先生に相談したり、初めて昨晩今回のことを妻にも話しましたが、会長の立場をおもんばかって、自己都合退職とすることは止めた方がよいとのことです。その理由として、自己都合退職を希望する場合は、30日前までに退職願いを提出し承認を受けなければならないと就業規程第8条にあります。』、『今回の当職の退職は、年度当初の辞令どおり平成31年3月31日とすべきであると思われますが、会長の意向を汲んだとしても平成30年12月31日で退職させていただければと考えております。』、『ご了解いただけるのであれば、すぐに自己都合退職の願いを送付させていただきます』」

などと記載した書面を送付しました。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり述べて、退職合意の成立を否定しました。

(裁判所の判断)

「上記認定事実・・・によれば、第1回面談において、原告が、B会長に対し、『区切りのよいところで身を引くことを考えます。』などと発言したことや、後任として適任であると考えている者がいると発言したことは認められる。しかしながら、被告の職員が退職を希望する場合、就業規程8条4号によれば、退職願を提出することが求められているところ・・・、原告が被告に対し退職願を提出したとの事実を認めることはできない以上、原告による退職の意思表示がなされたかどうかについては、慎重に検討する必要がある。そして、原告は、面談の理由を告げられることなく第1回面談に臨んでおり、自らの退職が話題になるとは想定していなかったと考えられること、そのような状況の下、30分程度の面談において、原告が退職の意思を固めたとは通常は考え難いこと、第1回面談における原告の発言内容を見ても、退職時期が明確に示されたとまでは言い難いことからすると、第1回面談においては、原告と被告との間で、後任の事務局長について適任者が見つかった段階で、原告は退職を検討するといった方向性の確認がなされた程度であり、原告が、被告に対し、後任の事務局長が決まり次第、事務局長を退任して退職する旨の意思表示をしたとまでは認めることができない。」

「また、上記認定事実・・・によれば、第2回面談において、B会長が、平成30年10月末日での退職を求めたのに対し、原告は『分かりました』などと答えたことは認められる。しかしながら、上記認定事実・・・によれば、原告は、第2回面談前に、B会長に対し、任期どおり平成31年3月31日の時点で退職したい旨を文書により伝えていること、第2回面談において、原告は、退職について直ちに了承しておらず、B会長とのやり取りを重ねた後に、B会長に対し、『分かりました』などと答えただけであり、原告自身が、平成30年10月末日をもって事務局長を退任し、被告を退職すると明確に発言したとは認めることができないこと、第2回面談の翌日には、B会長に対し、自己都合退職することはやめる旨を記載した文書を送付したことが認められる。これらの事情に加え、前記のとおり、原告が被告に退職願を提出していないことを併せ考えると、第2回面談における原告の発言をもって、原告が被告に対し、平成30年10月末日に事務局長を退任し、被告を退職する旨の意思表示をしたと評価することはできない。」

「さらに、上記認定事実・・・によれば、第3回面談やその前後における原告とB会長との文書のやり取りにおいて、事務局長の退任や退職について、原告とB会長の意向は食い違っており、原告と被告との間で、原告の事務局長退任や退職に関する合意が成立したと認めることはできない。」

「以上によれば、原告と被告との間で、原告が平成30年11月10日に事務局長を退任し、平成31年3月31日をもって本件雇用契約を終了する旨の合意が成立したと認めることはできない。」

「これに対し、被告は、原告がB会長との各面談の前後に送付した文書の内容が、事務局長の退任や退職を前提とするものであり、原告が退任や退職を容認していたことは明らかである旨主張する。しかしながら、原告の作成した文書は、いずれも原告が事務局長の地位のままで退職することを前提として作成されたものであり、本件雇用契約の契約期間中に事務局長を退任し、契約期間終了時には事務局職員として退職することを容認する内容であるとは認めることができない。また、原告が、退社連絡票の原案を作成したこと・・・、D氏に対する引継作業を行ったこと・・・、本件降格後に長期にわたり有給休暇や病気休暇を取得したこと・・・、誓約書(退職時用)に署名押印して被告に提出したこと・・・は認められるが、これらの事実をもって、原告自身が事務局長からの退任や退職を容認していたとまでは認めることができない。したがって、この点に関する被告の主張は採用することができない。」

3.手続規定が手掛かりになる

 上述のとおり、裁判所は、手続規定に準拠した形で退職意思が表示されていないことを根拠に、退職合意の認定に慎重な姿勢をとりました。

 従業員の離職を防ぐためか、退職にあたっては、就業規則等で、一定の重みを伴った手続の履践が求められていることが少なくありません。使用者側からの不意打ち的な退職勧奨に応じてしまったとしても、所定の手続が踏まれていない段階であれば、まだリカバーを図れる可能性があります。

 矛盾する挙動をとっておくことが合意の成立を否定する根拠になることも考えると、不本意な退職合意を交わしてしまった方は、一早く対応を弁護士に相談することが推奨されます。

 

セクハラ被害者から席替えを求められたら真摯な対応が必要

1.セクハラ被害者による席替えの要請

 厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(最終改正:令和2年1月15日第6号)は、職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合、

「被害者と行為者を引き離すための配置転換」

等の措置を講ずべきことを定めています。

男女雇用機会均等法関係資料 |厚生労働省

https://www.mhlw.go.jp/content/000643869.pdf

 セクシャルハラスメントの被害者の中には、行為者との接点を減らして欲しいという要望を持つ方が少なくありません。こうした要望を実現するにあたっては、上記の指針を根拠に配置の転換を求めて会社と交渉して行くことが考えられます。

 しかし、小規模な会社では、引き離しのための配置転換を求めるにしても、候補となる事業所や部署がないことがあります。こうした場合、職場に席替えを求めて行くことはできるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.12.4労働判例ジャーナル110-48 東京都就労支援事業者機構事件です。

2.東京都就労支援事業者機構事件

 本件はセクシュアルハラスメント等を理由とする事務局長から事務局職員への降格の可否等が争点になった事件です。

 被告になったのは、事業者の立場から犯罪者等の就労を支援し、再犯防止に寄与していくことを目的としていくことを目的として設立された特定非営利活動法人です。

 原告になったのは、法務省を定年退官した後、被告との間で有期雇用契約を締結した方です。当初、事務局長として勤務を開始しましたが、被告の女性職員C氏に対してセクシュアルハラスメントに及んだことなどを理由に事務局員に降格されたうえ、雇止めにされました。これに対し、降格・雇止めの無効を主張し、被告に対して事務局長としての地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 原告の女性職員C氏に対するセクシュアルハラスメントとしては、先ず、平成30年に次のメッセージ(本件メッセージ)を送信したことが挙げられます。

 原告送信 4月10日20時19分 

『いま電車に乗りました。8時50分頃に着くと思います。』

 原告送信 同日20時41分

『とどいているかな』

 原告送信 4月11日20時23分 

『これから帰ります。21時頃に着くと思います。』

 C氏送信 同日20時24分 

『局長、Cです。LINEを間違えて送信されているみたいです。』

 原告送信 同日20時26分 

『申し訳ありませんでした。』

 C氏送信 同日20時36分 

『私は大丈夫です。』

 原告送信 同日20時39分 

『ありがとう。一度は女性に言ってみたかったんだ?』

 C氏は上記のメッセージを読んだ際に、原告のことを気持ち悪いと感じました。

 翌日、原告は、C氏に対し、本件メッセージの誤送信について謝罪の言葉を述べた後に、『あなたから待っていますという返事がきたらどうなったんだろうね。」などと発言しました(本件発言)。この発言を聞いたC氏は、原告に嫌悪感を抱きました。

 これ以降、C氏は原告と距離を置きたいと思い、事務的な態度で接するようになりました。態度の変化したC氏に対し、原告も威圧的な態度で接するようになり、「あなたの歪んだ性格を直せ。」などといった発言にも及びました。

 こうした言動を受け、C氏は一連のセクハラ行為で原告への嫌悪感や恐怖感から仕事に集中できないなどとして、原告の隣の机から別の机に席替えを求めました。

 しかし、原告は本件メッセージの送信がセクハラにあたることを否定するなど、数か月に渡って席替えの要請を認めませんでした。

 本件では、こうした原告の対応の適否が問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の対応には問題があると判示しました。結論としても、こうした対応を理由にした降格処分・雇止めの効力を認めています。

(裁判所の判断)

「原告は、C氏に対し、平成30年4月11日、誤送信を謝罪する旨のメッセージを送信した直後に、『ありがとう。一度は女性に言ってみたかったんだ?』とのメッセージを送信したこと、翌日の同月12日、本件メッセージの誤送信について謝罪の言葉を述べた後に、『あなたから待っていますと言われたらどうなっていたんだろうね。』との発言をしたことが認められる。このような本件送信等は、男性の上司である原告が、女性の部下であるC氏に好意を抱いていることを連想させる内容といえる。そして、上記・・・のとおり、C氏は、5人の支援員が外勤している際に、事務室内の原告と隣接する机で、原告と2人きりで勤務せざるを得なかったことを併せ考えると、本件送信等は、C氏に原告に対する嫌悪感や恐怖感を抱かせるおそれのある内容であったといえるのであり、上司として不適切な言動であったといえる。」

「また、原告は、上記・・・のとおり、上司として不適切な言動をとったのであるから、C氏から本件送信等に由来する何らかの申出があった際には、C氏の上司かつ被告の事務局長として、C氏の感情に配慮した適切な対応をとるべき職責を負っていたといえる。しかしながら、上記認定事実・・・によれば、原告は、C氏から、本件送信等の後、原告に対する嫌悪感や恐怖感が原因で仕事に集中できない旨の申出があり、席替えを求められたにもかかわらず、本件メッセージの送信はセクハラに当たらず、業務にも支障が生じるという自らの見解に基づき、数か月にわたり、席替えを拒否したこと、その後、席替えの条件として職員全員の同意を求め、同意が得られた後も、席替えの実施前に、本件確認書に署名押印して提出するように求めたこと、提出を求めた本件確認書は、今回の席替えが臨時的・非常措置であり、平成30年12月末又は平成31年3月末日で終了することを確認するとともに、業務遂行にあたってC氏が順守すべき事項を確認するという内容であったこと、そのため、C氏は、公的機関に相談せざるを得なくなったことが認められる。このような原告の対応は、自らが行った不適切な言動については何ら顧みることなく、C氏に一方的に負担を課した上で、席替えの許可を一時的に与えるというものであり、C氏の感情に何ら配慮しない問題のある対応であったということができる。それに加え、上記認定事実・・・によれば、原告は、事務的な態度で自らに接するようになったC氏に対し、威圧的な態度で接するときがあったことも認められる。以上によれば、原告は、本件送信後、C氏に対し、上司かつ被告の事務局長として、不適切な対応をとったと評価することができる。」

3.被害者からの損害賠償請求訴訟ではないが・・・

 本件は、あくまでも降格の適否が争われた事件であり、被害者からの損害賠償請求訴訟事件ではありません。それでも、上司の職責として、席替えなどの被害者の心情に配慮した対応をとるべきであったとしている点には、なお重要な意味があります。裁判所の判示事項を考えると、オフィスが一区画しかないような小規模な会社だったとしても、

「どうせ顔を合わせるのだから、席なんか変えても仕方がないだろう。」

といった態度で被害者に対応することは、法的に許容されない可能性があります。

 セクシュアルハラスメントの被害者で職場に席替えを求めたいとお考えの方は、本件のような裁判例を根拠に交渉することを検討してみても良いかもしれません。

 

組織改編によるポジション(地位)の消滅を理由とする解雇が否定された例

1.ポジション(地位)の消滅を理由とする解雇

 特定の地位に就くことを前提として、高待遇で採用されてきた労働者に対し、組織改編に伴う地位の消滅を理由に解雇することが許容されるのかという問題があります。

 特定の地位が念頭に置かれていようが、待遇が高かろうが、

「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」

と規定する労働契約法16条は適用されます。その意味で、客観的合理性・社会通念上の相当性のない安易な解雇が認められることはありません。

 しかし、配転による回避措置を期待しにくいなどの考慮が働くため、特段の職種限定がなく、待遇も極端に高いわけではない典型的な労働者との比較において、幾分か解雇が容易になる傾向があることは否定できません。

 こうした状況のもと、近時公刊された判例集に、組織改編によるポジション(地位)の消滅を理由とする解雇の効力が否定された裁判例が掲載されていました。昨日も紹介した、東京地判令2.11.24労働判例ジャーナル110-40 メガカリオン事件です。

2.メガカリオン事件

 本件で被告になったのは、iPS細胞から高品質の血小板及び赤血球を産生し、計画的安定供給が可能で、安全性の高い血液製剤の開発を目的としている従業員数約20名の株式会社です。

 原告になったのは、平成29年8月1日に被告との間で無期労働契約を締結し(賃金等月額117万円)、Eエンター長として勤務していた方です。

 平成30年8月16日、被告は、Eセンターの廃止を理由に、原告に対し、会社都合での退職を勧奨しました。

 その後、被告は、

本件労働契約は平成30年4月30日の経過をもって、退職合意により終了した、

仮に、退職合意が争われるとしても、Eセンターの廃止、従業員に対するパワハラ、能力不足等を理由に予備的に解雇する、

と通知しました。

 これに対し、原告は、退職合意の成立、及び、解雇の有効性を争い、地位確認等を求める訴えを提起しました。

 裁判所は、退職合意の成立を否定したうえ、Eセンターの廃止に伴う解雇の可否について、次のおとり判示し、これを否定しました。

(裁判所の判断)

「被告は、本件労働契約において原告の職種はEセンター長という特定の地位に限定されているところ、組織改編によってEセンターが廃止され、原告がEセンター長としてなすべきマネージメント業務は消滅したから、本件予備的解雇には客観的合理的理由があると主張する。」

「しかしながら、被告の主張する組織変更の後も、Eセンターを構成していたDオフィスとラボはそのまま残っており、そこで研究員らが研究開発等を行っているという実態にも変更はなく・・・、したがって、原告がEセンター長として担当していた研究業務の推進、京都研究拠点の組織マネジメント業務や、ラボ管理・機器管理・健康管理・GXP教育訓練等の総務的業務などの業務自体も、そのまま残存していることが推認される。被告が主張するのは、要は、従来Eセンター長に担当させていたこれらの業務を、生産技術研究部、薬事・臨床開発部などの各部門の部長らに分掌させることにしたというものと解される。そうすると、被告は、担当する業務内容をEセンターのマネジメント業務等と定めて原告を採用しながら、それから半年も経たないうちに、研究開発の機動性と能率を高めるためといった被告側の理由により、一方的に原告から業務を取上げ、解雇をしたものと言わざるを得ない。被告は、このような措置を採らなければならない合理的必要性を具体的に主張・立証しておらず、解雇を回避するための措置を検討した様子も伺われない。原告をEセンター長として採用しておきながら、それから半年も経過しないうちにEセンターの廃止を理由とする本件退職勧奨をし、原告がこれに応じないがためにした本件予備的解雇は明らかに信義に反するものであり、客観的・合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められない。

3.半年も経たないうち行われた地位の消滅・解雇は信義に反する

 本件の判断の特徴は、「半年も経過しないうちに・・・した本件予備的解雇は明らかに信義に反する」と採用から地位の消滅までの時間的近接性に注目して解雇無効の結論を導いた点にあります。

 昨今では、比較的短い間隔で組織再編が行われることが、珍しくなくなっています。こうした情勢下で、半年という具体的な期間を明示したうえ、信義則違反を認定した点は注目に値します。採用から短い期間で地位を消滅させられている同種事案に波及する可能性を持っているからです。

 請われて高待遇で重要な地位に迎え入れられたものの、事情が変わったとして短期間でお払い箱にするかのような対応をとられているケースは、意外と多く目にします。本件のような裁判例もありますので、お困りの方は、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。