弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

求人票の記載を鵜呑みにしないこと

1.いわゆる求人詐欺の問題

 求人票の記載と採用後の実際の労働条件が、相違しているという問題があります。

 なぜ、このような問題が生じるのかというと、募集要項等の内容は、直ちに労働契約の内容になるわけではないからです。

 一般論として、労働者の採用は、

① 使用者による求人広告、求人票などによる募集、

② 労働者の応募、

③ 使用者による労働条件の通知、

④ 意思の合致による労働契約の締結、

という段階を経て行われます。

 募集をかけた使用者と、これに応募した労働者との間で、労働条件に関する交渉が行われることは珍しくありません。また、③の労働条件の通知は、労働基準法15条1項によって使用者に義務付けられたことでもあります。

 そのため、契約で定められた労働条件がどのようなものなのかを考える場合には、求人広告や求人票の記載よりも、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書に何と書いてあるのかが重視される傾向にあります。

 しかし、こうしたルールのもとでは、求人票や求人広告で優れた労働条件を示しながら、採用間際になった異なる労働条件を示し、なし崩し的に労働契約を締結するといった弊害が生じがちです。これが俗に求人詐欺と言われる問題です。

 求人詐欺に対しては、国も決して手をこまねいているわけではありません。平成30年1月1日施行の改正職業安定法により、労働者の募集を行う者は、募集にあたって明示した労働条件を変更等する場合、変更箇所を明示しなければならないとされました(即業安定法5条の3等参照)。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000171017_1.pdf

 しかし、未だ求人詐欺の問題は解決するには至っていません。近時公刊された判例集にも、この問題が議論された裁判例が掲載されていました。東京地判令2.6.19労働判例ジャーナル105-56 交通機械サービス事件です。

2.交通機械サービス事件

 本件は原告に対する雇止めの可否が問題になった事件です。

 被告になったのは、東日本旅客鉄道株式会社所有の車両用機器の修繕、清掃業務等を主要業務とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で有期労働契約締結した方です。原告が被告と交わした「期間限定雇用員契約書」(本件契約書)には、契約期間について、

「期間の定めあり(平成27年4月15日~平成27年9月30日)」

と記載されており、更新の有無については、

「更新する場合がある」

となっていました。

 しかし、原告が見たハローワークの求人票には、雇用期間について、

「雇用期間の定めあり 6ケ月 契約更新の可能性あり(原則更新)」

と書かれていました。

 被告が平成27年9月30日をもって雇用契約を終了させたところ(本件雇止め)、求人票の記載等を根拠に、原告がその効力を争ったのが本件です。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、雇用契約の終了を認めました。

(裁判所の判断)

「原告と被告との間では、これまで雇用契約が更新されたことはなく、雇用継続期間は6か月であることからすると、本件雇用契約が長期にわたるものであるということはできない。また、原告は、被告との間で、本件雇用契約を締結するにあたり、本件契約書に署名押印しているが、本件契約書には、約6か月間の雇用期間が明記された上で、更新の有無について、『更新の契約をしない場合がある』、『更新する場合があり得る』、『更新の契約をしない』の3段階の定型文言が記載されているところ、本件雇用契約では、『更新の契約をしない場合がある』ではなく、『更新する場合があり得る』が選択されており、契約更新の際に考慮する事情の記載があることからすると、本件契約書の文言からは、本件雇用契約の更新が当然に予定されていたということはできない。さらに、被告は、平成27年及び平成28年の2年間で、原告以外の3人について、初回の有期雇用契約を更新せずに期間満了で雇用契約を終了しており、被告において、有期雇用契約が当然に更新されるという運用がなされていたということはできない。その他、被告において、採用面接時や雇用契約締結時、原告に雇用継続の期待を持たせる言動があったと認めることはできない(この点について、原告は、採用面接時のやりとりや本件契約書を交付する際の被告とのやり取りについて、覚えていない旨供述している。・・・)。これらの事情に鑑みると、本件雇用契約について、本件雇用契約の期間満了時に、『労働契約が更新されるものと期待することについての合理的理由がある』と認めることはできない。

「これに対し、原告は、本件求人票には、雇用期間について『原則更新』の記載があることから、雇用契約が更新されるものと期待することについての合理的理由がある旨主張する。しかしながら、本件求人票の雇用期間の欄には、単に『原則更新』と記載されているのではなく、『契約更新の可能性あり(原則更新)』と記載されていることや、原告は、本件雇用契約を締結するにあたり、上記のとおり、契約期間や更新の有無について明記された本件契約書に署名押印して被告に交付していることからすると、この点に関する原告の主張は、上記判断を左右するものではない。

3.求人票の記載を鵜呑みにしないこと

 採用間際の段階で契約更新に関する原則と例外を逆転させられても、話が違うと声を挙げることは労働者にとって、決して容易ではないと思います。

 そういう意味で、求人詐欺が問題となる事案には、

① 契約書等の記載を見過ごしたケース、

② 契約書等の記載を認識していながら異議を述べられなかったケース、

の二通りがあると思います。

 本件がどちらのケースに該当するのかは、判決文を見るだけでは分かりません。

 しかし、①のケースに関して言えば、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書の記載をよく確認することで紛争は回避できます。

 平成30年1月1日から施行されている改正法による是正が期待できるものの、本件のような裁判例もあることを踏まえると、求職者には、安易に求人票の記載を鵜呑みにせず、労働条件明示書面(労働条件通知書)や雇用契約書の内容を十分に確認してから労働契約を締結することが推奨されます。

 

大学教授会への出席・参加に権利性が認められた事例

1.大学教員の特殊性

 労働者の中でも、大学教員は、かなり特殊な地位にあります。それは、大学の自治や、学問の自由といった、通常の労働契約にはない価値観を、労働契約の中に読み込んで行く必要があるからです。

 そうした特殊性が発露する一場面が、就労請求権の問題です。一般の労働者にとって、就労はあくまでも義務であり、権利性までは認められないのが原則です。しかし、大学教員の場合、学生に対して講義・指導を行うことなどの就労に権利性が認められた裁判例は少なくありません(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕9-10頁参照)。

 このブログを見て法律相談を申し込んでくれる方の中で、大学教員の方は、結構な割合を占めています。そうした関係もあり、大学教員の労働契約上の地位の特殊性について、学術的に興味深い領域の一つとして、関心を持っていたところ、近時公刊された判例集に目を引く裁判例が掲載されていました。東京地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-56 公立大学法人都留文科大学事件です。何に目を引かれたのかというと、教授会への出席・参加に権利性が認められた点にです。

2.公立大学法人都留文科大学事件

 本件で被告になったのは、大学を設置運営する地方独立行政法人です。

 原告になったのは、被告との間で雇用契約を締結し、文学部教授として勤務していた方です。前職の大学で学生に対してハラスメントを行ったことを理由に被告から解雇されたところ、地位確認等を求める訴訟を提起し、復職和解が成立しました。

 しかし、復職後も、被告は、教授会への出席を拒否するなどの対応をとりました。

 具体的には、次のような事実が認定されています。

「c(被告理事、副理事長 括弧内筆者)は、被告大学教授会の案内先のリストに原告を含めず、これにより原告に教授会への出席を許さなかった。なお、平成30年10月24日開催の教授会について、原告に案内が誤送信されたことから、原告が一旦はこれに出席したものの、途中で被告職員から退出するように指示されたことから、退出した。」

 こうした妨害行為の排除を請求の趣旨の一つに掲げ、原告は被告を訴えました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、原告が大学教授会に出席・参加することに権利性を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、前訴和解により、被告が原告に対し、被告大学の教授会に出席させ、審議に参加させる義務を負うと主張する。」

「前記認定事実・・・のとおり、被告大学教授会は、被告大学に関する重要な事項について、学長の決定に際して意見を述べる権限を付与されている機関である。このことからすると、被告においては、教授会が、大学の自治を支えるべき中核的な存在であるというべきであって、教授会の構成員においては、教授会への出席及び審議への参加が、義務にとどまらず、権利でもあるというのが相当である。

原告は、前訴和解の効力により、継続して教授の地位にあることから、前記認定事実・・・のとおり、教授会の構成員に該当するところ、原告について、教授会への出席を許さない正当な理由は認められない。仮に他の教員等に配慮をすべき何らかの事情があったにしても、被告としては、前訴和解の内容に鑑み、速やかに支障となっている事項を解消して、原告を教授会に出席できるようにすべきであったといえ、少なくとも、別訴判決確定後3年以上という長期にわたって、原告の出席を認めない理由はない。」

「また、原告が出席を阻害されていたのが、教授会の決議等によるのではなく、前記認定事実・・・のとおり、cが単独で行ったものであることにも鑑みると、原告には、教授会へ出席し、その審議に参加する権利があると認められる。

「そして、前記認定事実・・・のとおり、原告には教授会の案内が送られておらず、原告が教授会に出席した際には、被告大学の職員から退出するよう指示され、退出を余儀なくされたことがあると認められる。このことからすると、原告の教授会出席及び審議への参加は、現に妨害され、将来にも妨害されるおそれがあるというべきである。」

「以上より、原告の妨害予防請求のうち、教授会への出席等への妨害予防を求める部分は、理由があると認められる。」

3.教授会の決議があれば別かも知れないが・・・

 被告において、大学教授会は、次のように位置づけられていたと認定されています。

「被告大学教授会規程によると、教授会は、学長、副学長、教授、准教授、専任講師及び助教により構成されると定められており、その他出席制限等の定めはない。また、教授会においては、学生の入学、卒業及び修了に関すること、学位の授与に関すること、教育課程の運用及び実施に関すること等、学生の身分や教育研究に関する重要な事項について審議し、学長の決定に際して意見を述べることとされている」 

 規程の上で、出席制限等の定めがなかったこと、教授会に意見を述べる権限が付与されていたことなどの前提事実は抑えておく必要がありますが、裁判所は、原告が大学教授会に出席・参加することに権利性を認めました。

 また、裁判所は、

「 原告が、被告の副理事長であるcにより、教授会の案内先から除外され、被告大学教授として有する教授会への出席及び審議への参加の権利を害されてきたと認められ、当該行為は、原告に対する不法行為に当たる。」

と判示し、教授会への出席妨害が不法行為に該当することも認めました。 

 教授会の議決によって締め出された場合にどうなるかという問題は残るものの、教授会への出席・参加に正面から権利性を認めた裁判例は珍しく、注目に値します。

 また、この裁判例は、教授会から締め出されたという場面だけではなく、非公式の場で意思決定がなされていて実質的な意思決定に参加できないというケースに応用できる可能性がある点においても、画期的な判断だと思われます。

 

公務員-懲戒処分を受ける以前の事情聴取段階から弁護士の関与を

1.公務員の懲戒処分の事前手続

 以前、公務員の懲戒処分は、行政手続法の適用除外となっているため、どのような事前手続が踏まれれば、手続的な適正さが担保されたことになるのかが明確でないというお話をしました。

公務員の懲戒処分-事情聴取と弁明の機会付与が渾然一体となっている問題 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 そのため、手続的な観点からの違法/適法の境目は、裁判例の傾向を分析して判断して行くしかありません。昨日紹介した 大阪地判令2.6.29労働判例ジャーナル105-42 守口市門真市消防組合事件は、弁明の機会付与という観点からも有益な示唆を与えてくれます。

2.守口市門真市消防組合事件

 本件は、

「平成26年10月から平成27年12月までの間、整骨院と共謀し、診療報酬を欺いたこと」(本件非違行為)

を理由に懲戒免職処分、それに引き続く退職手当全部不支給処分を受けた消防士長が、勤務先である特別地方公共団体・守口市門真市消防組合に対し、各処分の取消を求めて出訴した事件です。

 懲戒免職処分の有効性は幾つかの観点から争われていますが、その中の一つに手続的観点からの問題があります。

 懲戒免職処分は、守口市門真市消防組合消防職員の懲戒の手続及び効果に関する条例(本件懲戒手続条例)に基づいて行われました。

 しかし、この手続条例には、処分の際に、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存在しませんでした。

 こうした状況のもと、事情聴取に引き続いて懲戒免職処分が行われたことを捉え、原告は、

「本件は、詐欺の故意や共謀という行為者の主観面が問題となる上、免職という職員の地位を失わせる処分についてのものであり、原告の反論を聞くべき必要性が高い事案であるから、本件懲戒免職処分に先立ち、聴聞を行うべきであったところ、被告は、原告に対し、事情聴取(原告が被告担当者からの質問に答えるのみで、反論を行うものではない)を行ったにすぎない。そうすると、適正手続の観点から、公正な処分であったとはいえない。」

と主張しました。

 これに対し、被告消防組合は、

「被告担当者は、本件懲戒免職処分に先立ち、平成29年1月10日及び同月15日、原告に対する事情聴取を行っており、原告に弁明、反論の機会を十分に与えている。」

「したがって,本件懲戒免職処分にあたり手続違反はない。」

と反論しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、手続的な観点からの問題はないと判示し、結論としても懲戒免職処分の有効性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件懲戒免職処分に先立ち、聴聞を行うべきであったところ、被告は、原告に対し、事情聴取(原告が被告担当者からの質問に答えるのみで、反論を行うものではない)を行ったにすぎない旨主張して、本件懲戒免職処分の手続に問題がある旨主張する。」

しかし、本件懲戒手続条例には、懲戒処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しない・・・のみならず、処分行政庁は、原告に対し、本件懲戒免職処分をするに先立ち、2度にわたり、何に関する事情聴取であるかを伝えた上で質問したり、説明等を聴取しているのであって、その過程で供述を強制された旨の主張やこれを認めるに足る証拠もない。

そうすると、本件各処分をするに先立ち、原告に対して弁明の機会も与えられていたといえる。

「よって、この点に関する原告の主張は採用できない」

(中略)

「したがって、本件懲戒免職処分が違法であるとはいえない。」

3.放っておいたら反論の機会は付与されない

 告知・聴聞の手続をきちんと条例で定めていない自治体は、少なくないように思います。こうした自治体で懲戒処分を受けそうになった場合には、手続規定が欠けている場合に求められている弁明手続が裁判例でどのように理解されているのかを前提に防御方法を考えて行くしかありません。

 以前紹介した、津地判令2.8.20労働判例ジャーナル105-28 津市事件もそうですが(冒頭のリンク先参照)、裁判所は明示的に反論を述べる機会を付与しなくても、事情聴取の手続が前置されていれば、弁明の機会が付与されていたと判断する傾向があります。

 問題視されない以上、自治体には、処分に先立ち、被処分者に対して明示的な反論の機会を与える誘因がありません。そのため、懲戒処分を受けそうになっている方としては、反論のための機会が別途付与されないことを前提に、事情聴取の機会を利用して適切な反論を展開して行く必要があります。

 事情聴取と同時に反論を展開するという作業は、一般の方にとって決して簡単ではありません。一旦懲戒処分が出されると、その効力を争うことが必ずしも容易でないことからも、懲戒処分のための手続が開始された場合には、処分が出る前の段階から弁護士を関与させることが推奨されます。

 

公務員は公務外非行の詐欺でも退職金(退職手当)まで吹き飛ぶ

1.公務員の懲戒処分

 公金に関する公務員の不正行為に対して、法は極めて厳格な立場をとっています。

 国家公務員の場合、公金を横領、窃取、詐取した職員は、基本的に免職になります(「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68)(人事院事務総長発)最終改正: 令和2年4月1日職審-131参照)。

懲戒処分の指針について

 また、懲戒免職処分等を受けて退職したことは、退職手当の支給制限事由に該当します(国家公務員退職手当法12条1項1号)。懲戒免職処分を受けた場合、退職手当は全部不支給が原則になるため(国家公務員退職手当法の運用方針 昭和60年4月30日 総人第261号 最終改正 令和元年9月5日閣人人第256号参照)、公金を横領、窃取、詐取して懲戒免職とされた国家公務員は、ほぼ自動的に退職金の全部不支給処分を受けます。

https://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/jinjikyoku/files/s600430_261.pdf

 このように公金に関する不正行為には厳格な姿勢がとられていますが、公務外非行にに対しては、そこまで厳しい立場がとられているわけではありません。

 同じく横領、窃取、詐欺をしたとしても、それが公務外非行であれば、「免職又は停職」が標準的な懲戒処分になります(前掲「懲戒処分の指針について」参照)。

 また、懲戒免職処分を受けた場合でも、前掲「国家公務員退職手当法の運用方針」で、

「停職以下の処分にとどめる余地がある場合に、特に厳しい措置として懲戒免職等処分とされた場合」

が退職手当不支給を一部に留められる場合として規定されているため、全額とまではいかなくても、退職手当の一部は受給できる余地が生じます。

 上述の国家公務員に関するルールは、多くの地方自治体でも参考にされているため、地方公務員が懲戒処分を受けた場合にも妥当します。

 しかし、公務外非行であるからといって、必ずしも処分が甘くなるとは限りません。近時公刊された判例集に、公務外非行の詐欺で懲戒免職・退職手当全部不支給処分の有効性が認められた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.6.29労働判例ジャーナル105-42 守口市門真市消防組合事件です。

2.守口市門真市消防組合事件

 本件は、

「平成26年10月から平成27年12月までの間、整骨院と共謀し、診療報酬を欺いたこと」(本件非違行為)

を理由に懲戒免職処分、それに引き続く退職手当全部不支給処分を受けた消防士長が、勤務先である特別地方公共団体・守口市門真市消防組合に対し、各処分の取消を求めて出訴した事件です(ただし、退職手当全部不支給処分の処分事由には過去の勤務態度などの事情も付加されています)。

 原告の方は直接詐欺行為に及んだわけではなく、謝礼(月額5000円)をもらって詐欺行為に加担した立場にありました。

 直接現金を詐取した方(F)は、起訴され、次の事実で有罪判決を受けたとされています。

「Fは、C、D、E院長及び原告と共謀の上、柔道整復施術療養費名目で現金をだまし取ろうと考え、・・・平成26年11月11日頃から平成28年2月10日頃までの間、15回にわたり、真実は、原告が本件整骨院に約40日しか通院していないのに、合計238日間通院して、柔道整復師による施術を受けたとする内容虚偽の柔道整復施術療養費支給申請書等を作成の上、大阪府市町村職員共済組合(以下『共済組合』という。)に提出して、柔道整復施術療養費の支払いを請求し,共済組合の職員らをしてその旨誤信させ、よって、平成27年2月3日から平成28年5月6日までの間、15回にわたり、共済組合から25万7577円を詐取した」(本件詐欺行為)

 ただし、原告の方は本件詐欺行為について不起訴処分(起訴猶予)を受ける留まりました。

 こうした事実関係のもと、裁判所は、次のとおり判示し、各処分の適法性を認めました。

(裁判所の判断)

-懲戒免職処分の裁量逸脱・濫用の有無について-

「原告は、Dらとの共謀に基づいて、本件詐欺行為を行ったものであって、原告の行為は、詐欺罪(刑法246条1項)に該当する刑法上の犯罪行為である。詐欺罪の法定刑は10年以下の懲役であるところ、原告は、本件詐欺行為において、首謀者たる地位にあるとはいえないものの、自らの保険証を提供し、自らが通院したとの事実を仮装することが可能な日を伝えるなどして、原告が本件整骨院へ通院した事実を仮装し、柔道整復施術療養費の詐取を可能ならしめるにあたり、重要な役割を果たしている上、かかる犯罪行為への関与につき、月額5000円という比較的少額のものとはいえ、多数回にわたり報酬を受領している。」

「以上によれば、原告の行為は、公務に対する信頼を著しく損なう悪質なものであり、厳しい非難に値するものというべきであって、原告が指摘する事情を踏まえても、被告が、原告に対する事情聴取を経て、懲戒処分として免職処分を選択したことは、社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したものということはできない。

-退職手当全部不支給処分の裁量逸脱・濫用の有無について-

「退職手当の性格は、勤続報償的要素のほか、生活保障的要素、賃金後払い的要素が含まれると解されるものの、原告は、上記のとおり、刑法上の犯罪行為である本件詐欺行為において重要な役割を果たし、相当期間にわたり、少額とはいえ報酬を多数回にわたって受領していることからすると、本件非違行為の内容は悪質であって、原告が占めていた職の職務内容や責任の程度のいかんを問わず、本件非違行為が公務に対する信頼に消極的影響を及ぼし、原告の継続勤務の功を抹消するものと言わざるを得ない。」

「なお、本件退職手当条例は、国家公務員退職手当法とほぼ同様の文言を用いた規定となっているところ、国家公務員の退職手当法の運用方針においては、懲戒免職処分がされた場合、退職手当を全部不支給とすることを原則とし、例外的に退職手当一部不支給処分とすることができるとする4項目・・・を定めるが、本件は、このいずれにも該当しない。また、本件退職手当条例には、処分をする際、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることを定めた規定は存しない・・・のみならず、本件各処分をするに先立ち、原告に対して弁明の機会も与えられていたといえることは上記・・・で説示したとおりである。」

「以上の事情のほか、原告が本件非違行為を行うに至った経緯に特に酌むべき事情があるとは認められず、共謀の事実を否認したり、本件非違行為の社会的影響などを過小視する等、真摯な反省の情を示しているとも認められないことにも鑑みると、本件詐欺行為について原告の氏名が報道されたとは認められないことなど、原告の主張内容を考慮しても、退職手当の全部を不支給とした被告の判断に裁量権の逸脱又は濫用があるということはできない。

3.報道なし、利益少額、起訴猶予でも厳しい

 公務員に限ったことではありませんが、懲戒処分の効力を検討するにあたり、報道がされたかどうかが考慮要素の一つになることがあります。

 報道されるかどうかは本人のコントロールできない偶然的な事情に依拠することから、これが考慮要素とされることに違和感を持つ方もいるのではないかと思います。

 しかし、懲戒処分を行うにあたっては、企業の場合には対外的な信用性がどれだけ毀損されたのか、公務員の場合には公務に対する国民の信用がどれだけ毀損されたのかが問われることになります。こうした観点から、報道の有無は、一定の重さを持つ考慮要素になるとされています。

 本件の場合、報道されたわけでもなく、得た利益も少額で、刑事的にも起訴猶予処分を受けるに留まっています。このレベルの公務外非行で懲戒免職処分・退職手当全部不支給処分というのは、やや厳しいようにも思われますが、裁判所は、いずれの処分の適法性も認めました。

 やはり、犯罪は割に合いません。公職に就いている方は、そのことを特に自覚した方が良さそうです。

 

労災が否定されても民事訴訟での損害賠償請求は可能?-業務起因性がないことは不法行為法上の相当因果関係がないことを意味しないとされた例

1.相当因果関係概念の相対性

 民法709条は、

「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」

と規定しています。

 ここでいう「よって」とは、加害行為と権利利益の侵害(損害)との間に、相当因果関係を要する趣旨であると理解されています。相当因果関係というのは、簡単に言うと、当該行為から当該結果が生じることが社会通念上相当だと認められる関係のことで、賠償義務の対象となる損害を合理的な範囲に限定する役割を果たしています。

 この「相当因果関係」という概念は、労災の場面にも転用されています。例えば、最二小判昭51.11.12最高裁判所裁判集民事119-189は、疾病や負傷が「公務上」(「業務上」とほぼ同義です)のものであると認められるための要件として、

「相当因果関係のあることが必要」

であるとの判断を示しています。

 どのような場合に疾病や負傷と業務との間に相当因果関係が認められるかに関しては、労災の認定基準(行政解釈)を下敷きにした膨大な裁判例の集積があります。

 そのため、仕事が原因で疾病・負傷・死亡等の結果が発生した事案において、勤務先に損害賠償を請求する民事訴訟を提起する場合、相当因果関係が認められるか否かの判断にあたっては、労災の場面で用いられている相当因果関係の認定手法が、逆輸入するような形で用いられることが多く見られます。

 同じ用語であることもあり、不法行為法上の「相当因果関係」と、業務(公務)起因性が認められるか否かを判断する基準としての「相当因果関係」は、しばしば混同されがちです。

 しかし、両者は概念として区別するのが正確です。確かにオーバーラップする部分が大きいことは否定しませんが、飽くまでも別の概念であることを理解していなければ、損害賠償請求訴訟における主張、立証のポイントを外しかねません。また、労災が否定されても民訴でなら芽のある事案を見落としてしまう危険もあります。近時公刊された判例集にも、そのことが看取される裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した仙台地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-40 北海道事件です。

2.北海道事件

 本件は北海道の公立高校の自殺した教諭(亡e)の両親が、自殺の原因は先輩教諭からのパワー・ハラスメントにあるとして、北海道を相手取って国家賠償を請求した事件です。

 この事件では幾つもの争点が提示されていますが、その中の一つに義務違反と死亡結果との間に相当因果関係が認められるかという問題がありました。

 被告北海道は、

「亡eのi教頭に対する相談及び亡eの遺書に記された自殺時の心情には、他人を非難する内容は含まれておらず、かえって自己の不甲斐なさを訴えるものであったのだから、業務の過重化及びg教諭による叱責が亡eを自殺に追いやった原因であるとはいえない。加えて、亡eは、稚内高校に勤務する前にも、自殺を数回試みたことがあるなど、性格や精神的傾向において著しい脆弱性があった。そうすると、本件においても、亡eは、必要以上に自分自身を追い詰めて自殺に至ったものであるから、仮にh校長らに安全配慮義務違反があるとしても、亡eの死亡との間に相当因果関係はない。」

などと主張し、亡eが自殺したのは、そのメンタルの脆弱性が原因であって、自分達の安全配慮義務違反に原因があるわけではなないと主張しました。

 被告北海道の主張は、労災の場面で用いられる「ストレス-脆弱性理論」に依拠した議論です。

 「ストレス-脆弱性理論」とは、労災の「対象疾病の発病に至る原因」について「環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が生ずる」とする考え方をいいます。

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 これは個体側の脆弱性によって発病したといえる場合に、疾病の業務起因性(業務との相当因果関係)を否定する脈絡の中で、しばしば論及される考え方です。

 不法行為の成否や安全配慮義務違反が問題となる損害賠償法のもとでの「相当因果関係」が、労災の場面で用いられている「相当因果関係」と同一のものであるとすれば、被告北海道の組み立てた議論は原告の主張に対する有効な反論になります。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、相当因果関係の存在を認め、被告北海道の主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「・・・h校長らの安全配慮義務違反と亡eの自殺との間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。」

「これに対し、被告は、亡eの遺書には、他人を非難する内容は含まれておらず、かえって自己の不甲斐なさを訴える内容であったのであり、元来有していた精神的脆弱性と相まって、必要以上に自分を追いつめて自殺に至ったものであるから、h校長らの安全配慮義務違反と亡eの自殺との間には相当因果関係がなく、また、労災認定基準によれば、亡eのうつ状態は、業務を起因として発病した精神障害には当たらず、うつ状態による自殺も業務に起因するものではないから、仮に被告の安全配慮義務違反が認められたとしても、亡eの自殺との間に相当因果関係はない旨主張する。」

「しかしながら、前記認定事実によれば、亡eが残した遺書には、g教諭の副担任が割り当てられた4月から状況が一変し、仕事のミスで周囲に詫びる日を繰り返し、消えたくなる気持ちで一杯であり、g教諭の足を引っ張ってばかりいた趣旨が記載されていたことからすれば、当該遺書にg教諭に対する直接的な非難の言葉が記載されてなかったとしても、亡eの自殺の原因自体がg教諭からの注意であったことは、上記遺書自体からも読み取り得るというべきである。のみならず、前記認定事実によれば、自殺に至る直前である平成27年7月22日には、実家に帰省する予定を立てて夏期休暇を取得し、スポーツ観戦のチケットの購入を原告aに依頼するなどしていたのであり、g教諭の注意のほかに、自殺に至る原因を認めるに足りる的確な証拠がないことからすると、前記認定事実に係る事実経過を踏まえれば、亡eの自殺の原因は、教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあったとするのが自然である。」

「また、被告主張に係る災害補償制度は、使用者が労働者を自己の支配下に置いて労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み、業務に内在ないし随伴している危険が現実化して労働者に傷病等を負わせた以上、使用者に無過失の補償責任を負担させるのが相当であるとする危険責任の法理に基づくものである。そのため、業務と傷病との間の相当因果関係の有無は、その傷病が当該業務に内在又は随伴する危険の現実化したものであるかどうかによって判断されるべきものである。これに対し、不法行為法は、損害の公平な分担を趣旨とし、使用者側の過失に基づき、労働者が被った損害を填補させるものであるから、不法行為における相当因果関係の有無は、債務者の有責行為と損害との間における事実的因果関係及び債務者に当該損害を負担させる相当性の有無によって判断されるべきものである。

そうすると、上記制度趣旨の相違に鑑みると、業務起因性がないことをもって直ちに不法行為法上の相当因果関係がないとはいえず、被告の主張を踏まえても、上記判断を左右するに至らない。

「したがって、被告の主張は、採用することができない。」

3.労災が否定されても民事訴訟での損害賠償請求が可能な場面はある

 本件の裁判所は、労災の場面での相当因果関係と、民事訴訟の場面での相当因果関係とが別の概念であることを正面から判示し、業務起因性がなかったとしても、直ちに不法行為法上の相当因果関係がないことを意味するわけではないとしました。

 相当因果関係概念の相対性を指摘する考え方は従前からありましたが、ここまではっきりと概念上の差異を区別した判示は比較的珍しいように思います。

 確かに、疾病や負傷に労災認定を受けられなかった場合、民事訴訟で勤務先の責任を問うことが容易でないことは否定できません。また、責任が認められたとしても、ストレスへの脆弱性が背景にある場合、相当割合の素因減額が見込まれます。

 しかし、自殺事案のような深刻な被害が発生している事案では、素因減額がされてもなお、損害賠償額がかなりの金額に及ぶことは珍しくありません。本件でも6割の素因減額がされましたが、原告aに1300万1699円、原告bに1234万1699円と、合計2500万円以上の損害賠償請求が認められています(弁護士費用含む)。

 労災が認定されなかった事案でも、民事訴訟の芽はなくはありません。労災給付の不支給処分を受けて釈然としない思いをお抱えの方は、損害賠償請求の可否について、一度、弁護士のもとに相談に行ってみると良いと思います。

 

職業人として生きて行く自信を喪失させるような注意をする先輩を新人から引き離すべき注意義務

1.新人指導に向かない先輩「〇〇に向いていない」

 新人時代、上司や先輩から「お前は、〇〇(教師・弁護士・営業等)に向いていない。」という叱責を受けた人は少なくないと思います。

 何一つ具体的な課題の解決に結びつかないうえ、経験不足から先輩の言葉を真に受けがちな新人の心を大きく傷つける言葉であり、こうした言動をとる人こそ、新人の指導には向いていないように思います。

 一昔前ならともかく、こうした新人指導に向かない人材は、できるだけ新人から隔離するのが正解です。新人がメンタルヘルスを損なうようなことがあれば、組織として責任を問われることになるからです。近時公刊された判例集にも、職業人として生きて行く自信を喪失させるような先輩から新人を引き離すべき注意義務の存在を認めた裁判例が掲載されていました。仙台地判令2.7.1労働判例ジャーナル105-40 北海道事件です。

2.北海道事件

 本件は北海道の公立高校の自殺した教諭(亡e)の両親が、自殺の原因は先輩教諭からのパワー・ハラスメントにあるとして、北海道を相手取って国家賠償を請求した事件です。

 亡eに心理的負荷を与えたと思われる言動は幾つかありますが、一例を挙げると、次のような事実が認定されています。

「g教諭は、平成27年6月23日、亡eに対し、亡eの生徒への関与姿勢について、約36分間にわたり、『生徒の方見てるっつうのは答えひとつだべや。関わっていくしかねーべや、お前向いてねーって。うそつけって。おまえ向いてねえから答えでねえんだよ。』、『行動しろよって言われて怒られてんのに行動しないっていう選択をするの?』などと言って注意した。また、g教諭は、上記注意の際、亡eに対し、『そのスタンスを否定するわけじゃないから。』と話す一方、『何もしないことを怒られているのに、何もしないことを取るのか。』と言い、亡eの生徒に関する関与姿勢を変えるように執拗に促した。g教諭による上記注意の中には、教育の根本たる亡eの生徒への関与姿勢そのものを否定するなど、亡eの生徒指導の姿勢ないし言動を批判する言葉が多数含まれており、亡eは、従来からのg教諭による度重なる注意とあいまって、教師として生きてゆく自信を喪失した。・・・」

「そのため、亡eは、同月24日、自殺を図ろうとして稚内市内のホームセンターにおいて練炭を購入するとともに、同日、自宅において、ベルトで自分の首を絞めて自殺を図ったが、痛くなり、これを中止した・・・。」

「なお、亡eは、g教諭との上記やりとりを録音していたため、平成27年6月23日の上記注意は、亡eが自殺した後に初めて発覚した。」

 こうした事実関係が積み重ねられていたことから、本件の原告らは、

「被告の設置する稚内高校の管理職員であり、公共団体である被告の公権力の行使に当たる公務員であるh校長らは、稚内高校定時制課程の教諭を管理するに当たり、勤務する教諭間の力関係によって仕事の配分が決定されて偏りが生じたり、若年教諭に対するアドバイスの域を超えた詰問や叱責により、若年教諭が心理的打撃を受けて心身の健康を害し、労働の提供が困難になり、あるいは、不可能になるような事態が発生することがないよう配慮するとともに、そのような状態が発生した場合には、速やかに改善して労働環境を整備する義務を負っていた。それにもかかわらず、h校長らは、業務の過重化及びg教諭による叱責を防止するための具体的措置を講じず、被告は安全配慮義務に違反した。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり判示したうえ、h校長の安全配慮義務違反を認めました。

(裁判所の判断)

「i教頭は、亡eから、g教諭から注意を受けることにつき度々相談を受けていたところ、平成27年6月26日には、亡eから、教師として生きてゆく自信を喪失させるような注意をg教諭から受けたことについて相談を受けた上、心療内科を受診する旨告げられ、同月29日には、亡eが、心療内科においてうつ状態であると診断された旨報告を受けたのであるから、i教頭から上記報告を伝えられたh校長を含め、g教諭による注意を原因として亡eがうつ状態となっている事実を現に認識していたものと認めるのが相当である。そして、一般的に、うつ状態の患者には自殺念慮がみられるところであるから、亡eについてそのほかに自殺の兆候が見られなかったとしても、g教諭の注意により亡eが教師として生きてゆく自信を喪失して悩んでいた従前からの相談内容を踏まえると、g教諭が亡eに対する注意を再び行った場合には、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を再び喪失させるなどして亡eがうつ状態を更に悪化させ、亡eに対し自殺を動機付けるなど亡eの生命又は心身の健康を損なうことになることは、h校長らにとって予見可能であったものと認めるのが相当である。
 そうすると、被告に代わって亡eに対し業務上の指揮監督を行う権限を有するh校長らは、少なくとも、亡eがうつ状態であると診断された旨報告を受けた平成27年6月29日以降は、同校の教諭に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡eの心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたものと解するのが相当である。」

「したがって、h校長らは、上記注意義務の内容に従って、g教諭に対し、亡eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあることを自覚させ、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように、亡eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すとともに、亡eの意向を聴取するなどして亡eの精神状態に配慮した上で亡eの意向に反しない限度で、g教諭が業務において亡eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたというべきである。

(中略)

「 h校長らは、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して亡eの心身の健康を損なうことがないように、g教諭に対し、亡eのうつ状態の原因が教師として生きてゆく自信を喪失させるようなg教諭の度重なる注意にあることを自覚させ、未だ勤務経験2年余りにすぎない亡eが教師として生きてゆく自信を喪失させないように、亡eにこれ以上の注意をしないよう自制を促すともに、亡eの意向を聴取するなどして亡eの精神状態に配慮した上で、亡eの意向に反しない限度で、g教諭が業務において亡eに接触する機会を減らす措置を講じる義務を負っていたにもかかわらず、これを怠ったものというべきである。

「したがって、h校長らは、亡eの心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務に違反したものと認めるのが相当である。」

3.課題の解決に役立たない先輩からの暴言は上長に相談を

 冒頭に述べたとおり、新人の方は経験が不足しているため、先輩からの言葉を真に受けがちな傾向があるように思われます。

 しかし、他人が他人の職業適性を正確に評価することは土台無理な話です。同じ職業でも、数年も経てば、必要な能力が変わってくることも珍しくありません。向いているか向いていないかは、何年もその仕事に取り組んでみて初めて朧気に自覚できるものでしかありません。

 向いていようがいまいが新人としては目の前の課題に立ち向かうしかないのですから、課題の解決に役立つことを言えず、圧をかけることしかできない先輩を指導担当にされた時には、できるだけ速やかに上長に指導担当の変更を申し出ることが推奨されます。新人を壊す従業員は組織にとってリスク要因になる時代なので、法令遵守に鋭敏な職場であれば、適切な対応をしてくれると思います。

 また、メンタルヘルスを損なったり自殺したりするよりは遥かにましなので、自分で言い出せない場合や、組織が適切な対応をしてくれない場合には、多少大げさに見えても、選択肢の一つとして、弁護士に職場との交渉を委ねることも検討してみて良いのではないかと思います。

 

97時間分の固定残業代の合意が有効とされた例-裁判所は小規模零細事業者に甘すぎないか

1.裁判所の問題点-小規模事業者・素人に甘い

 以前、

裁判所は素人による逸脱した行為(弁護士の頭越しに行う直接交渉)に甘すぎではないだろうか - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 私の個人的な実務経験の範囲内で言うと、素人や小規模零細事業者といった法律を読み込む力のない方に対し、裁判所が甘すぎると感じることは少なくありません。大企業や法専門家が行えば厳しい非難の対象になりかねない行為が、能力が不足している以上は仕方ないといわんばかりに放任されるのは、端的に不公平であり、裁判所の問題点の一つではないかと思っています。

 近時公刊された判例集にも、使用者側の事業が小規模な八百屋であるこが考慮要素の一つとされ、相当長時間の時間外労働を予定した固定残業代の合意が有効とされた裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.7.16労働判例ジャーナル105-56野菜村事件です。

2.野菜村事件

 本件は被告会社の元従業員が、退職後に残業代を請求した事件です。

 残業代請求の可否及び額を計算するにあたり、固定残業代の合意の有効性が争点の一つになりました。固定残業代の合意の有効性は、幾つかの観点から問題にされていますが、その中の一つに想定残業時間の長さがありました。

 原告の賃金は月額28万円とされていました。被告会社は内13万円は固定残業代として合意された手当に相当すると主張しました。そのような理解に対し、原告は、

「労基法32条は、労働者の労働時間の制限を定め、同法36条は、36協定が締結されている場合に例外的にその協定に従って労働時間の延長等をすることができることを定め、36協定における労働時間の制限は、月45時間と定められている(平成10年12月28日労働省告示第154号)。被告が主張する固定残業代(計13万円)の合意は、約120時間分の時間外労働に対する割増賃金の額に相当するところ、上記法令の趣旨に反し、恒常的な長時間労働を是認する趣旨で合意されたものと考えざるを得ず、公序良俗に反し、無効である。」

と主張しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、固定残業代の合意の効力を認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、被告が主張する固定残業代(計13万円)の合意は、約120時間分の時間外労働に対する割増賃金の額に相当するところ、労働省の労働時間の制限を定める労基法32条、36条及び平成10年12月28日労働省告示第154号といった法令の趣旨に反し、恒常的な長時間労働を是認する趣旨で合意されたものと考えざるを得ず、公序良俗に反し、無効である旨主張する。」

「この点、本件労働契約の固定残業代のうち、時間外割増賃金に相当する早朝手当及び時間外手当計10万5000円を863円(基本給15万円を被告における1か月の所定労働時間数173.8時間で除したもの)に時間外割増賃金率1.25を乗じた1079円で除すると、約97時間分の時間外労働に相当することとなる。

「しかしながら、上記労働省告示154号の基準は時間外労働の絶対的上限とは解されず、また、これらの法令に反する時間外労働が行われたとしても、割増賃金支払義務は当然に発生するから、そのような場合の割増賃金の支払を含めて早朝手当及び時間外手当を本件労働契約において定めたとしても、それが当然に無効になると解することはできない。確かに、労基法36条6項3号(平成30年7月6日法律第71号により改正[平成31年4月1日施行]された。なお、本件割増賃金請求権は、同改正前のものである。)で定められた労働時間(1か月あたり平均80時間)等も超える点で、相当長時間の時間外労働を予定するものであるけれども、上記労働時間を約17時間超えるにとどまること、被告の事業が小規模な八百屋であること等も考慮すると、公序良俗違反として約97時間分の固定残業代全部を無効とするまでの不当性は認められない。なお、労基法36条6項2号及び同項3号の労働時間は休日労働も含むものではあるが、原告が法定休日労働を行っていない月も相当数見られる(休日出勤手当に相当する法定休日労働を行っていない)本件において、休日出勤手当の分も含めて何時間分の労働時間に相当するのか算定し、公序良俗違反の有無を検討することは相当でない。」

「そうすると、本件労働契約の固定残業代の合意が公序良俗に反し、無効であるとまでは認められない。

3.中小企業の人材難は司法に対する不信感も一因となっているのではないか

 中小企業の経営者から、募集をかけても人材が集まりにくいという声を聞くことがあります。その背景には、幾つもの要因があるとは思いますが、法の不遵守が甘くみられていて、いざとなった時に法による保護を受けられるかどうかが不安であることも挙げられるのではないかと思います。

 必ずしも一定しているわけではありませんが、想定残業時間の多さから固定残業代の効力を否定した裁判例は幾つもあります。

固定残業代として許容されない想定残業時間のライン - 弁護士 師子角允彬のブログ

固定残業代における残業時間数の上限について - 弁護士 師子角允彬のブログ

 元々、法令順守の行き届いた大企業では、顕著な労基法違反は生じにくい傾向にあります。働き方改革関連法の成立により、折角残業規制が強化されても、小規模事業者であることが公序良俗違反を否定する事情になり得るとされては、法の趣旨が大きく毀損されることになります。

 流石に小規模事業者であることだけで公序良俗違反が否定されることはないにしても、素人や小規模事業者であること(法の読み込み・遵守を行う力が不足していること)を法違反かどうかを判断するにあたり考慮することは、端的に言って裁判所の悪習ではないかと思います。

 真面目に法令順守に取り組んでいる中小事業者が割を食うことにもなりかねませんし、こうした悪習は直ちに是正されるべきではないかと思います。