弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

固定残業代における残業時間数の上限について

1.固定残業代における残業時間数の上限

 あらかじめ定められた一定の金額で残業代を支払うシステムを固定残業代といいます。この固定残業代に異様な想定残業時間数が組み込まれていることがあります。例えば、80時間分の残業代として〇〇手当を支払う、100時間分の残業代として〇〇手当を支払う、といったようにです。

 労働基準法上、月の残業時間は、原則として45時間以内にすることが求められています(労働基準法36条4項参照)。こうした法の定めと比較すると、80時間分、100時間分といった想定残業時間を固定残業代に組み込むことの異様さが理解できると思います。

 異様な想定残業時間を組み込んだ固定残業代の有効性は、これまでの裁判例でも、しばしば問題になってきました。近時の例で言うと、公序良俗の観点から月80時間分に相当する固定残業代の有効性を否定した事案に、東京高判平30.10.4労働判例1190-5イクヌーザ事件があります。また、月82時間分に相当する固定残業代の有効性を否定した事案に、東京地判平29.5.31労働判例1167-64ビーエムホールディングスほか1社事件があります。

 ただ、異様な想定残業時間が設定されていれば、それだけで公序良俗に違反することになるかと言うと、そういうわけでもありません。例えば、東京高判平28.1.27労働経済判例速報2296-3X社事件では、70時間分の時間外労働・100時間分の深夜労働の対価として支給されていた固定残業代について違法とは認められないとの判断をしています。また、以前、このブログで紹介した東京高判平31.3.28労働判例1204-31 結婚式場運営会社A事件は、87時間分の時間外労働に相当する固定残業代の有効性を認めています。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/09/13/011408

(固定残業代における残業時間数の上限については、第二東京弁護士会労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平30〕118頁以下、第二東京弁護士会労働問題検討委員会『働き方改革関連法 その他重要改正のポイント』〔労働開発研究会、第1版、令2〕362頁以下などに多くの事例が掲載されています)。

 想定残業時間数という観点から固定残業代の有効性を眺めると、裁判例の傾向は非常に不安定な状態を示しています。

 そうした状況の中、70時間分の時間外労働と30時間分の深夜労働を組み込んでいた固定残業代を有効だと判示した裁判例が出されました。東京地判令元.12.12労働判例ジャーナル100-50 レインズインターナショナル事件です。

2.レインズインターナショナル事件

 本件は、固定残業代の有効性を主要争点の一つとする残業代請求訴訟です。

 被告になったのは、飲食店の運営、フランチャイズチェーン加盟店の募集及び加盟店の経営指導等の事業を行う株式会社です。

 原告になったのは、アルバイトから正社員となって、店長として働いていた方です。

 問題になったのは、

「70時間相当の時間外勤務手当と30時間相当の深夜勤務手当分」

を実質とする固定割増手当の有効性です。

 固定残業代の有効性が否定されると、固定残業代の支払に残業代の弁済としての効力が認められなくなるほか、使用者は固定残業代部分まで基礎単価に組み込んで計算した割増賃金を改めて支払うことになります(白石哲ほか編著『労働家計訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕118頁「いわゆる残業代のダブルパンチ」参照)。

 そのため、固定残業代の有効性は、残業代を請求する訴訟において、しばしば熾烈な争点になります。

 本件では、上記「固定割増手当」が公序良俗に反して無効であるかが争点の一つになりました。

 裁判所は、次のとおり述べて、固定残業代としての有効性を認めました。

(裁判所の判断)

原告は、要するに、本件固定割増手当規定が三六協定に関する基準が定める月45時間を大きく超える時間外労働を予定しているものであるから公序良俗に反する旨主張するが、前記のとおり労基法37条は労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものであることを踏まえると、本件固定割増手当規定においてあらかじめ支払うこととされる固定割増手当に係る時間外労働時間数が三六協定に関する基準に定める時間外労働時間数を上回るというだけでは、直ちに本件固定割増手当規定自体が労基法又は公序良俗に反するということはできない。
「また、原告は、本件システムの労働時間の記録を意図的に改ざんしていたことを理由として本件固定割増手当規定が公序良俗に反する旨主張するが、労働時間の把握の問題と割増賃金の支払方法の問題とは異なる問題であるから、本件固定割増手当規定が公序良俗に反するということはできない。」
「前記・・・に述べたところによれば、固定割増手当の支払は割増賃金の弁済として有効である。」

3.残業時間数の上限は重要な指標ではあるのだろうが・・・

 異様な想定残業時間を組み込んだ固定残業代に関しては、有効とする裁判例と無効とする裁判例が錯綜した状態にあります。

 こうした裁判例の不安定さは、固定残業代の反公序性を判断するにあたり、想定残業時間数の長短だけでは有効/無効の結論が決まらないことを示しています。

 それでは、他にどのようなファクターによって固定残業代の有効/無効が決まっているのかというと、そこまではあまりよく解明されていません。

 反公序性を論証するにあたって必要な、想定残業時間の異様さ+α の+α部分が果たして何なのか、理論的な究明が望まれます(論文のテーマにすると面白いかも知れません)。