弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

日時を特定しない居眠りの主張・立証に意味はあるのか?

1.居眠りの主張・立証

 使用者側から解雇事由の一つとして、勤務時間中の居眠りを指摘されることがあります。また、残業代を請求した時に、「居眠りをしていたから払わない。」という反論が寄せられることがあります。

 しかし、大抵の場合、

「それでは、何年何月何日の何時から何時まで居眠りをしていたのか。」

と釈明を求めても、具体的な回答が返ってくることはありません。概ねのケースでは、「居眠りばかりしていた。」などという抽象的な主張が繰り返されたり、同僚と称する人物の「居眠りばかりしていました。」という趣旨の陳述書が出てきたりするだけです。

 こういう主張や供述には、日時が特定できなければ詳細な認否反論が不可能であることを指摘したうえ、単純否認していれば、裁判所から無視・黙殺してもらえることが多いように思われます。

 しかし、残念なことに、どれだけ無駄だと指摘しても、鸚鵡のように「居眠りをしていた。」という抽象的な主張を繰り返し述べられる事案に一定頻度で遭遇します。

 こうした事態に対応するため、引用できる裁判例がないかと思っていたところ、近時公刊された判例集に、参考になる裁判例が掲載されていました。大阪地判令2.3.27労働判例ジャーナル102-52 太平洋ディエムサービス事件です。

2.太平洋ディエムサービス事件

 本件は普通解雇の無効を理由とする地位確認の可否等が問題になった事件です。

 被告になったのは、顧客である官公庁や企業から、個人情報が記載された書面や個人情報に係る電子データを預かり、同データの加工、個人情報が印字された書面の封入等の作業を受託することを主要な業務内容とした会社です。

 原告になったのは、被告で従業員として雇用されていた方です。被告から普通解雇されたことを受け、地位確認等を求める訴訟を提起したのが本件です。

 被告が主張した解雇事由は幾つかありますが、その中の一つに、

「睡眠時無呼吸症候群を原因とする居眠り」

がありました。

 より具体的に言うと、被告は、

「原告は、平成27年8月頃以降、睡眠時無呼吸症候群の影響により、勤務時間中、頻繁に居眠りをするようなり、同月中、B取締役が何度も注意をした。原告は、同年9月、そのような居眠りにつき、睡眠時無呼吸症候群によるものであり、治療をしているので今後は改善する旨説明をし、その旨記載された同年10月2日付け診断書を提出したので、懲戒処分に付すことなく改善を待っていたが、居眠りの1日当たりの回数、時間が増え、約1時間近く眠っている日も少なくなかった。原告の居眠りは、職場の規律や業務遂行に影響を及ぼす程度のものであり、平成29年1月までのおよそ1年6か月間にわたって改善せず、原因である睡眠時無呼吸症候群は治癒していないのであるから、被告の就業規則上の解雇事由『精神もしくは身体の障害により、業務に堪えられないと認められるとき』(就業規則54条1号・・・)に該当する。」

と主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、居眠りを理由とする解雇を否定しました。

(裁判所の判断)

被告は、原告が睡眠時無呼吸症候群の影響により、勤務時間中、頻繁に居眠りをするようなり、その後においても、居眠りの1日当たりの回数、時間が増え、約1時間近く眠っている日も少なくなかったなどと主張する。

「そして、前記前提事実のとおりに認められる医師の診断内容等・・・に照らせば、原告が治療の継続を必要とする程度の睡眠時無呼吸症候群に罹患していたということはできるものの、被告主張に係る上記のような回数、時間に及ぶ居眠りがあったことについては、被告代表者の供述や被告従業員作成の陳述書・・・等があるほかに客観的な裏付け証拠はなく、他方で、これを否定する趣旨の原告の供述があることに照らせば、そのような居眠りがあった事実を認定することはできない。

「以上によれば、被告主張に係る『睡眠時無呼吸症候群を原因とする居眠り』の点については、その回数、時間等が『業務に堪えられない』との程度に至っているとの評価を可能とするだけの事実を認定できないから、被告主張に係る就業規則上の解雇事由への該当性が認められず、さらには、ほかにこの点を理由とした解雇に客観的な合理的理由があり、社会通念上相当であるとの評価を基礎付ける事実を認めるに足りる証拠はないというべきである。」

3.頻繁な居眠り、約1時間近く眠っている日も少なくなかった→✕

 裁判所は、客観証拠もない中で「頻繁な居眠り」「約1時間近く眠っている日も少なくなかった」といった抽象的な主張を行い、それを供述証拠で立証しようとしても、反対当事者から否認されれば、居眠りの事実を認定することはできないと判示しました。

 当たり前の判示だとは思いますが、個人的な実務経験の範囲で言うと、こうした当たり前の帰結を省みずに居眠りの主張をする使用者は一定数います。

 そのため、本件のような判示も、存外、参照頻度を持ってくるかもしれないなと思い、備忘を兼ねて紹介することにしました。

 

固定残業代の亜種-さじ加減によって支払われていた「時間外手当」「休日手当」は有効な残業代の弁済になるのだろうか

1.ランダムに額が決められている「時間外手当」「休日手当」

 固定残業代は、一般に、

「時間外労働、休日および深夜労働に対する各割増賃金(残業代)として支払われる、あらかじめ定められた一定の金額

として定義されています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕115頁参照)。

 この固定残業代の有効性について、最高裁は二つの要件を定立しています。

 一つは判別要件です。固定残業代が有効といえるためには、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外の割増賃金に当たる部分とが判別できる必要があります(最一小判平24.3.8労働判例1060-5テックジャパン事件、最二小判平29.7.7労働判例1168-49医療法人社団康心会事件)。

 もう一つは、対価性要件です。一定の金額の支払が残業代の支払といえるためには、時間外労働等の対価として支払われたものであることが必要です(最一小判平30.7.19労働判例1186-5日本ケミカル事件)。

 ある「一定の金額」が固定残業代としての有効要件を満たすのかは、上述のとおり判別可能性、対価性の二つの観点から検討されます。

 それでは「時間外手当」「休日手当」との名目で支払われている金銭について、法定の計算方法や特定の法則性に依拠することなく、ランダムに金額が決定されていた場合はどうでしょうか?

 ランダムに決められた「時間外手当」「休日手当」が、時間外勤務手当等の弁済としての効力を有するか否かの判断は、固定残業代の有効要件と同様に考えることができるのでしょうか?

 それとも、判別可能性、対価性の要件は、飽くまでも「一定の金額」の支払に時間外勤務手当等の弁済としての効力が認められるための要件であり、ランダムに決められている「時間外手当」「休日手当」の支払は、判別可能性や対価性を論じることなく、名目通り時間外勤務手当等の弁済としての効力が認められることになるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題(判別可能性・対価性が固定残業代固有の有効要件なのか、それとも、凡そ「時間外手当」等の名目で支払われる金銭一般についてそれが有効な残業代の弁済と認められるために必要な要件なのか)を考えるうえで、参考になる裁判例が掲載されていました。

 昨日もご紹介した大阪地判令2.5.28労働判例ジャーナル102-32 タカラ運送ほか1社事件です。

2.タカラ運送ほか1社事件

 本件はトラック運転手の方が原告となって提起した残業代請求訴訟です。

 被告会社は「運行時間外手当」「休日手当」との名目で適当な額の金銭を支払っていましたが、これは被告(元)代表者(被告P5)の匙加減(トラック運転手がよく頑張っているかどうかの判断)によって決められているものでしかありませんでした。

 本件では、この「運行時間外手当」「休日手当」が時間外労働等の対価と言えるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次の通り述べて、時間外労働等に対する手当としての性質を有すると認めることはできないと判示しました。

(裁判所の判断)

-運行時間外手当-

「賃金明細書には、『運行時間外手当』欄があり、同欄に記載された金額は、原告P1の平成24年6月分及び原告P2の平成25年2月分を除き、賃金明細書下部の『内訳』欄にある『ベース』、『時間外手当』、2つの『割増』、『高速還付金』の各欄に記載された金額の合計額に一致する・・・。」

「しかしながら、原告P1の平成24年6月分及び原告P2の平成25年2月分の『運行時間外手当』欄に記載された金額と同月の賃金明細書下部の『内訳』欄にある『ベース』、『時間外手当』、2つの『割増』、『高速還付金』の各欄に記載された金額の合計額は、大きくそごしている。また、それ以外の期間についても、上記内訳の項目については、いずれも有無や金額が変動しているのみならず、如何なる趣旨で、どのような算出根拠及び計算方法により算出されたか判然としない。更に、『ベース』欄及び2か所の『割増』欄の金額は、被告P5が、さじ加減(トラック運転手がよく頑張っているかどうか)により決定されていたというのである・・・。

そうすると、運行時間外手当について、対価性・明確区分性があるとはいえず、時間外労働等に対する手当としての性質を有すると認めることはできない。

-休日手当-

「賃金明細書には、『休日手当』との欄があるが、当該記載のみから、これが法定休日労働に対する対価であるのか、それとも法定外休日労働に対する対価であるのか、その性質は判然としない。」

「また、証拠・・・によれば、被告アイシスは、従業員に対して、10トン車の場合、休日に積み降ろしのみ行ったときは8000円、終日作業をした場合は1万6000円を支給していたことが認められるものの、その算出根拠は不明である(被告アイシスは、原告らの時間単価について、759円程度である旨主張するところ、割増賃金の計算式から説明ができない。)。」

「そして、上記bの『ベース』欄及び2か所の『割増』欄の金額で述べたとおり、被告P5は、さじ加減(トラック運転手がよく頑張っているかどうか)により従業員の支給額を決定していたことも踏まえると、休日手当についても対価性・明確区分性があるとはいえず、時間外労働等に対する手当としての性質を有すると認めることはできない。

(中略)

「以上によれば、原告らの割増賃金の基礎となる賃金には、被告アイシスから原告らに対して支給された全額が算入されることとなる。」

3.勤務実体と大幅に乖離する僅少な残業代しか支払われていなかった時に、その支払いが残業代の弁済であることを否定できるか?

 上記の判示は、

「割増賃金の基礎となる賃金の考え方」

という論点の中での判示になります。

 つまり、「運行時間外手当」「休日手当」が割増賃金を計算するうえでの基礎賃金に該当するかという脈絡で判断されたものであって、「運行時間外手当」「休日手当」名目での金銭の支払が、時間外勤務手当等の弁済として有効かどうかという脈絡で判断されたものではありません。

 そのため、判別可能性・対価性を、ランダムに決定されている「時間外手当」「休日手当」が有効な時間外勤務手当等の支払と認められるための要件として位置付けたものなのかは、明確に読み取れるわけではありません。

 しかし、

「時間外労働等に対する手当としての性質を有すると認めることはできない。」

のであれば、それが時間外勤務手当等の弁済であることもないはずであり、判別可能性・対価性を、凡そある金銭の支払が、時間外勤務手当等の有効な弁済として認められる要件として理解したものという考え方も可能だと思います。

 もし、判別可能性・対価性が残業代の弁済一般の有効要件であるとするのであれば、実際の時間外労働等の分量に比して、少額の時間外勤務手当等の支払しかされていない場合、その乖離の大きさによっては、対価性がないことを理由に、時間外勤務手当等の支払があったことを否定することができるかもしれません。

 判別可能性・対価性が時間外勤務手当の弁済一般の有効要件なのか、引き続き裁判例の動向を注視して行く必要があります。

 

就業規則の周知性-物理的に知ろうと思えば知れればいいのか?

1.就業規則の周知性

 労働契約法7条本文は、

「労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。」

と規定しています。

 この「周知させていた場合」の意味については、

「労働者への実質的な周知・・・があれば足りる」

と理解されています。

https://www.jil.go.jp/hanrei/conts/04/24.html

 「実質的な周知」の意味については、一般に、

「労働者が知ろうと思えば知り得る状態にしておくことで足りる」

という説明がなされています(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕190頁等参照)。

 しかし、この、

「知ろうと思えば知り得る状態」

とは、どのような状態を言うのでしょうか? 物理的に「知ろうと思えば知り得る」と言えれば、それで周知性は満たされるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる近時の裁判例に、大阪地判令2.5.28労働判例ジャーナル102-32 タカラ運送ほか1社事件があります。

2.タカラ運送ほか1社事件

 本件はトラック運転手の方が原告となって提起した残業代請求訴訟です。

 被告が支給していた各種手当に残業代としての性質が認められるか否かに関連し、就業規則の周知性が争点の一つになりました。

 就業規則を見たこともないと主張する原告に対し、被告は、

「被告アイシスの就業規則は、被告アイシスの事務所兼被告P5宅に保管していた。」

「具体的には、建物の玄関に入り、すぐ左側に位置する部屋が、被告アイシスの事務所となっていたところ、同部屋の壁に掲げられていた額縁の中に就業規則を入れており、従業員に就業規則の存在を目に見えるように分からせていた。」

「もちろん、従業員においては、自由に額縁から就業規則を取り出して内容を検分することができる状態となっていた。」

「被告P5も、『事務所に来れば、いつでも就業規則を見せることができる。』と従業員全員に説明していた。実際に、これまで経営してきた間、従業員が事務所にて就業規則を見ていたこともある。」

などと反論しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、就業規則の周知性を否定しました。

(裁判所の判断)

「使用者が定める就業規則が、労働者との間の雇用契約の内容となるためには、当該使用者が、合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていることを要する(労働契約法7条)。」

「この点につき、被告アイシスらは、就業規則を、被告アイシスの事務所兼被告P5宅の壁に掲げられた額縁の中に入れており、従業員に就業規則の存在を目に見えるように分からせていた、従業員においては、自由に額縁から就業規則を取出して内容を検分することができる状態となっており、従業員に対し、事務所に来ればいつでも就業規則を見せることができると説明していた旨主張する。」

「しかしながら、上記主張は、額縁に就業規則を入れていたという点で不自然であるのみならず、被告P5は、本人尋問において、額縁の中に入れていたのは就業規則の表紙だけであり、就業規則の中身は被告アイシスの事務所のロッカーに入れていた旨供述しており・・・、被告アイシスの就業規則の保管場所に関する主張とそごする供述をしていることからすると、上記主張及び被告P5の供述は、いずれも信用しがたい。
 また、上記額縁があるとされる事務所すなわち就業規則の保管場所は、原告らが業務中に立ち寄っていた埼玉県所在のプレハブ小屋・・・ではなく、原告らがトラックで立ち寄ることができない被告アイシスの事務所兼被告P5宅であり、実際に、原告らは、就業規則の保管場所である被告アイシスの事務所兼被告P5宅に行ったこともない・・・というのである。

そうすると、被告アイシスは、原告らに対し、就業規則を周知させていたということはできず、当該就業規則が、本件各雇用契約の内容を構成すると認めることはできない。

3.物理的に知ろうと思えば知れるだけでは足りないのであろう

 裁判所では上記判示の前提として、

「被告アイシスの事務所は、埼玉県所在の被告タカラのP6営業所と表示されたプレハブ小屋にあり、原告らは、業務中に同所の駐車場に車を止めて、同事務所に立ち寄っていた。」

「他方、原告らは、被告アイシスの事務所兼被告P5宅には、トラックの駐車場はなく、原告らが同所を訪ねたことはない。」

との事実が認められています。

 判決文では、トラック運転手として雇入れた原告らについて、普段出勤するわけでもなく、トラックを止める駐車スペースもない事務所内に就業規則を備置しておいたところで、周知性を認めることはできないとの趣旨が示されています。

 このような判示から考えると、

「知ろうと思えば知り得る状態」

という意味内容は、やはり単純に物理的に知ろうと思えば知れれば良いとするわけではないのだと思われます。

 周知性に関する判断は、分かるようで分かりにくく、裁判所の判断も、必ずしも明確ではありません。

 周知性を争う手掛かりになりそうな裁判例については、引き続き注視して行く必要があるように思われます。

 

医療従事者の「休憩時間」は労働時間である場合が相当程度あるのではないだろうか

1.手待時間

 使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない時間を手待時間といいます。休憩とされている時間も、手待時間であると認められれば、労働時間となります。

 実務上、手待時間への該当性は、職業運転手の待機時間、事業場内における仮眠時間、住込みのマンション管理員の不活動時間などで問題になったことがあります(以上、白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕64ー65頁参照)。

 こうした紛争実例に加え、近時公刊された判例集に、看護師の深夜勤時間帯における休憩時間が手待時間(労働時間)に該当するかが問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した大阪地判令2.5.20淀川勤労者厚生協会事件です。

2.淀川勤労者厚生会事件

 本件は、看護師の方が原告となって、勤務先医療機関(本件病院)を運営する一般社団法人である被告に対して残業代等を請求した事件です。

 労働時間の認定にあたり、深夜勤の「休憩時間」が手待時間(労働時間)に該当するのではないかが問題になりました。

 本件病院では、

午前0時45分から午前8時45分まで

ないし、

午前0時30分から午前9時15分まで

の勤務時間帯が「深夜勤」として定義されており、その中で1時間が所定休憩時間とされていました。

 本件で休憩時間の手待時間(労働時間)該当性が認められたのは、6階の急性期病棟で勤務していた時の「深夜勤」の所定休憩時間です。

 本件病院の6階病棟の体制は、入院患者のベッド数54床、所属看護師37名程度(パート職員、准看護師を含む)、看護助手6名程度であり、これが「日勤」(平日111名程度)、「準夜勤」(3名)「深夜勤」(3名)に割り振られていました。

 そして、「深夜勤」の看護師は、午前4時30分から午前5時30分にかけて全員が同時に休憩をとる仕組みがとられていました。

 原告の方は、この休憩時間について、

「本件病院においては、慢性的な人員不足による多忙等のため、実際に休憩できないことがあったほか、休憩とされている時間であっても、ナースコール等があれば対応しなければならず、被告の指揮命令下から解放されていないいわゆる『手待ち時間』として労働時間に当たる。」

として、残業代請求の基礎としての労働時間に組み込まれると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、6階急性期病棟の「深夜帯」の休憩時間に労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

-本件病院6階病棟勤務期間における「深夜勤」時-

「原告は、この期間における『深夜勤』時について、実際に休憩できないことがあったほか、休憩とされている時間であっても、ナースコール等があれば対応しなければならず、被告の指揮命令下から解放されていないいわゆる『手待ち時間』として労働時間に当たるなどとして、休憩時間がないものと主張する。」

「そして、前記前提事実及び認定事実によれば、『深夜勤』時における看護師の勤務人数と入院患者のベッド数・・・のほか、本件病院6階は『急性期』病棟であって・・・、時刻を問わない急な患者対応等があり得るものとみられること、『深夜勤』時のものとしては、勤務看護師(3名程度)が同時に休憩を取る仕組みが採用されており・・・、これは対応すべき順序が決まっていないことによって看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組みであると評価し得ることといった事情が認められ、このような事情を総合考慮すれば、『深夜勤』時の休憩時間については、被告の指揮命令下から解放されていなかったと認めることが相当である。

「そうすると、本件病院6階病棟勤務期間における『深夜勤』時について、原告の主張どおり、休憩時間がないものと認めるべきことになる(休憩時間0分)。」

3.看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組み

 裁判所は、病床数、深夜勤に割り振られていた看護師の数、病棟の性質(急性期病棟)、休憩の同時性に触れたうえ、

「看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組みであると評価し得ることといった事情」

があるとして、休憩時間の労働時間性を認めました。

 裁判所は原告の方が回復期病棟で勤務していた時の「深夜勤」の休憩時間の労働時間性については、

「本件病院3階は『回復期』病棟であり・・・、時刻を問わない急な患者対応等は少ないであろうとみられること、前記認定事実のとおり、看護師が交代によって休憩する仕組みが採用されていたこと・・・等といった事情が認められるところ、これら全期間を通じて休憩時間がないことについて立証が尽くされているとは認め難い。」

と休憩時間の労働時間性を否定しています。

 回復期病棟は、ベッド数56床、所属看護師24名程度、所属介護士8名程度の体制であり、深夜勤には看護師2名のほか介護士1名が割り振られていました。ベッド数や割り付け人数に特段の差異がないことからすると、休憩時間の労働時間性の判断に本質的な影響を与えたのは、やはり、

担当業務との関係で、

「看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組み」になっていたのかどうか、

という点だと思われます。

 翻って考えてみると、本邦の急性期医療を担う病院において、少人数の医師・看護師などの医療従事者が、全員で患者対応をすべき可能性を排除し得ない仕組みのもとで稼働していることは、それほど珍しくはないように思われます。淀川勤労者厚生協会事件の裁判所が示したような形で休憩時間に労働時間性が認められるとすれば、医療従事者の休憩時間には、労働時間に該当するものが相当程度含まれることになるのではないかと思います。

 コロナ禍の医療従事者については、求められる仕事の質・量の水準が上がっているにもかかわらず、就業環境や勤務条件が悪化しているという話を耳にすることがあります。休憩時間なのに休めていないとお感じの方は、せめて時間外勤務手当くらい出して欲しいとして、法的措置に及ぶことを、検討してみても良いのではないかと思います。

 

早出残業による残業代請求は意外といける?-裏付けとなる証拠は、どの程度のものが必要なのか

1.早出残業はそう簡単には認められない

 始業時刻前に出勤して働くことを、俗に「早出残業」といいます。

 早出残業をした場合も、業務命令に基づいて労務の提供を行っていたと認められる関係がある限り、時間外勤務手当を請求することができます。

 しかし、以前、

「業務開始時刻(早出残業)の認定は厳しい」

という記事の中で触れたとおり、早出残業を時間外勤務手当の対象として認めてもらうことは、決して簡単ではありません。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/03/13/011014

 始業時刻前に出勤していた事実が証拠によって認定できたとしても、

始業時刻までの間に本当に働いていたといえるのか、

働く必要があったのか、

働くことを使用者が指示・黙認していたのか、

といったことが問題となり、何だかんだで、労務提供は、就業規則や雇用契約書で定義された始業時刻から開始されたと認定されることが少なくありません。早出残業を時間外勤務手当の対象として裁判所に認めてもらうためには、業務命令に基づいて労務の提供を行っていたことを裏付ける証拠が必要になります。

 それでは、早出残業をしていたことの裏付けとなる証拠としては、どの程度のものが必要になるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.5.29労働判例ジャーナル102-30 淀川勤労者厚生協会事件です。

2.淀川勤労者厚生協会事件

 本件は、看護師の方が原告となって、勤務先医療機関を運営する一般社団法人である被告に対して残業代等を請求した事件です。

 残業代請求の対象期間は、平成27年4月1日から平成28年11月14日までの間です。

 被告での勤務は、平成28年4月10日以前と同月11日以降で時間帯の異なるシフト制が採用されていて、その内容は次のとおりとなっていました。

〔平成28年4月10日以前〕

日勤  午前8時45分~午後4時45分

準夜勤 午後4時45分~翌日午前0時45分

深夜勤 午前0時45分~午前8時45分

〔平成28年4月11日以降〕

日勤  午前8時45分~午後5時30分

準夜勤 午後4時30分~翌日午前1時15分

深夜勤 午前0時30分~午前9時15分

 原告の方は、

「本件病院では、ほとんどの看護師が、所定始業時刻前に出勤して患者情報(状況、治療内容、薬剤情報等)の収集をするなどしていた。平成28年2月に『パートナーナーシングシステム』(看護師2名が1組となって病室での患者の検温等を担当する仕組みをいい、『PNS』と略称される。)が導入されて以降、『日勤』時の患者情報の収集は減少したが、『準夜勤』『深夜勤』時については看護師一人で対応しなければならず、所定始業時刻前に出勤してそれを行う必要はあった。」

などと主張し、

着替え等の時間を考慮したうえ、出退勤システム(ICカードを機器にかざして出退勤時刻を記録するシステム)上の記録時刻よりも10分早い時刻が始業時刻になると主張しました。

 これに対し、被告は、指揮命令下にあったのは、所定労働時間のみであるとして、早出残業の存在を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、早出残業の存在を認めました。

(裁判所の判断-PNS導入以前(平成28年1月以前)の「日勤」の早出残業)

「原告は、所定始業時刻よりも早い、本件出退勤システム上の記録時刻・・・に依拠して、その始業時刻に関する主張を構成しており、先輩看護師から所定始業時刻前に出勤して患者情報を収集するよう指示された、看護師の『ほぼ全員』がそのようにしていたなどとこれに沿う供述をする・・・。」

「そして、前記認定事実によれば、P3師長がした平成28年3月時点の発言の中に、同年2月にした『日勤』時におけるPNS導入の下、午前8時45分以降に2名で情報収集から始めるよう指示しており、『早くから出勤する職員は減ってきている』というものが含まれているところ・・・、これはPNS導入前、所定始業時刻前に出勤して患者情報の収集等をしていた看護師が原告以外にも一定数いたことを示唆するものであり、P3師長自身、所定始業時刻前に出勤していた看護師は『3分の1もいなかった』などと供述している・・・。このような証拠関係に照らせば、原告が『ほぼ全員』と表現するまでの多数であったとは認められないにせよ、平成28年1月以前(PNS導入前)の「日勤」時には、一定数の看護師が所定始業時刻前に出勤して患者情報の収集等の業務に従事していたものと認定でき、ひいては、被告において、このような一定数の看護師がしていた行動について、担当業務の遂行方法の一つとしてこれを容認していたとみられ、この点に被告による黙示の業務命令があったと認定でき、この認定を覆すに足りる証拠はない。」

「さらに、原告がそのような黙示の業務命令の下で労務提供をしていたか否かについてみるに、原告は、患者情報の収集をしていた旨供述するが、前記・・・に説示したとおり、所定始業時刻前に一定数の看護師が出勤して、現に患者情報の収集等をしていたと認められるところ、原告が所定始業時刻前に出勤していた限りにおいて、そのような業務を行う者の一人であったことを否定する事情は見当たらない(当時、原告は入職後間もない時期にあり、先輩看護師らが業務をする中で、あえて何の業務にも携わっていなかったというのもかえって不自然である。)。そして、本件証拠上、この期間における『日勤』で原告に係る電子カルテ操作履歴が判明しているのは平成27年5月15日のみであるが、所定始業時刻が午前8時45分であるのに対し・・・、同日の本件出退勤システム上の記録時刻は午前8時10分であり・・・、電子カルテ操作は午前8時19分から開始されていることが認められる・・・。通常想定され得る看護師業務と電子カルテの関係に照らし、原告において、看護師業務の一環として電子カルテを使用していたものと推認できるところ、所定始業時刻前に出勤して、本件出退勤システム上の記録時刻からさほど時間を置くことなく、このような電子カルテ操作が開始されていることからすれば、この点によっても、原告の供述には一定の裏付けがあるというべきである。

「そうすると、原告は、この期間における『日勤』時について、前記のとおりに認められる黙示の業務命令に基づき、本件病院建物への到着後間もなく、労務提供を開始していたと認定できる。

「これに対し、被告の主張には、原告に係る電子カルテ操作履歴につき、原告が職務とは関連性のない操作をしていたとする部分があり、被告は、原告による操作傾向と他の看護師のそれが異なるとの指摘をしつつ、電子カルテ操作履歴を労務提供の裏付けとすることを争う旨の主張をする。しかし、本来担当すべき業務を行わず、不要な電子カルテ操作を繰り返すような行動があれば、他の看護師らが注意指導をして然るべきところ、本件全証拠によっても、そのような注意指導があった形跡が見当たらないことからして、原告が看護師業務の一環として電子カルテを使用していたという前記推認を覆すには足りず、被告の主張によって前記認定判断は左右されない。」

3.全体の3分の1以下の稼働実体+電子カルテ1日分のデータでOK?

 上述のとおり、裁判所は、早出残業の事実や、それが被告の業務命令に基づいていたことを、病院側看護師の「(所定労働時刻以前に出勤していた看護師は)3分の1もいなかった」という供述と、僅か一日分でしかない始業時刻前に電子カルテが操作された痕跡から認定しています。

 人によって感覚が異なる可能性はありますが、私個人の実務感覚に照らすと、本件は早出残業が時間外勤務手当の対象になることについて、かなりラフに認定しているように思われます。

 このレベルの立証で足りるのであれば、早出残業を基に時間外勤務手当を請求することについて、それほど悲観する必要はなくなってくるかも知れません。

 看護師という業態や電子カルテの証拠としての特徴に着目した事例判断なのか、早出残業を基に時間外勤務手当を請求するハードルを易化することを志向したものなのかは慎重に見極める必要がありますが、本件は、早出残業に基づいて時間外勤務手当を請求する労働者側にとって、参照価値のある認定方法を示した事例といえるのではないかと思います。

 

労働時間概念の相対性-労災認定の場面では厳密な労働時間「数」の立証がいらないこともある

1.労災認定の場面における「労働時間」の重要性

 精神障害の発症が労災と認定されるためには、時間外労働の時間数が重要な意味を持ちます。

 具体的に言うと、

「心理的負荷による精神障害の認定基準について(平成23年12月26日付け 基発1226第1号)(令和2年8月21日改正)」

は、

「発病直前の連続した2か月間に、1月当たりおおむね120時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった」場合や、
「発病直前の連続した3か月間に、1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働を行い、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものであった」場合、

精神障害の発症の原因となり得る強度の心理的負荷が生じるとしています。

https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/090316.html

https://www.mhlw.go.jp/content/000661301.pdf

 そのため、労災認定の局面では、時間外労働の時間数が攻防の対象になることが珍しくありません。

2.労働時間概念は相対的なものなのか?

 この「労働時間」の概念をめぐっては、残業代請求の場面の「労働時間」の概念と同様に理解して良いのかという問題があります。

 令和元年11月26日、東京地裁労働部と東京三弁護士会との間で協議会が開催されました(労働判例1217-5参照)。

 この協議会の議題としても、残業代請求の場合と労災認定の場合とで労働時間の概念は異なるのではないかとの問題提起がなされました。

 ここで当時の東京地裁の裁判官は、

「残業代請求事件における労働時間と労災事件・安全配慮義務違反に基づく損害倍書う請求事件における労働時間とを対比する本協議問題に適切にお答えするのは、かなり難しいと感じております。」

と前置きしたうえ、要旨、

残業代請求の場面での労働時間は割増賃金を請求するための要件事実そのものであるから、労働密度が比較的少ない仮眠時間(不活動仮眠時間)であっても労働時間に当たると認められる場合がある、

労災事件・安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の場合には、労働時間やその長さは、業務起因性や相当因果関係の要件を判断するに当たっての要素の一つとして考慮されるという位置づけになるため、労働密度や業務の困難性といったものを併せて考慮することになる、

といった形で、労働時間概念が相対的なものであることに、含みを持たせた説明をしました(上記労働判例1217-28佐藤卓裁判官の発言部分参照)。

 この協議会での議論を見て以来、残業代請求の場面と労災認定の場面との労働時間概念の差異について触れた裁判例が現れないかを注視していたのですが、近時公刊された判例集に、この論点に踏み込んだ裁判例が掲載されました。盛岡地判令2.6.5労働判例ジャーナル102-26 地方公務員災害補償基金岩手支部長事件です。

3.地方公務員災害補償基金岩手支部長事件

 本件は公務外災害と認定する処分に対する取消訴訟です。

 平成26年6月10日、奥州市の職員に医師として採用され、前沢診療所で勤務していた方(亡P4)が、電気コードで首をくくって自殺しました。

 医師の妻が原告となって自殺が精神障害に起因する公務災害(労災の公務員版です)であることの認定を求めたところ、処分行政庁はこれを公務外災害と認定する処分をしました。

 これに対し、原告が公務外災害の取消訴訟を提起したのが本件です。

 しばしば労災の取消訴訟で問題になるとおり、本件でも時間外労働時間の多寡が争点になりました。

 この争点について、原告は、

「亡P4は、平成25年1月頃に前沢診療所の常勤医師が亡P4 1名となって以後、平成25年10月15日から同月20日までの期間を除くと、学会や研修などでやむを得ず奥州市を離れなければならない日を除いて毎日宅直業務を行っており、平成25年1月から平成26年1月までの宅直日数は、別紙3『被災職員の宅直一覧表』中『○』で表示されているとおり、396日中351日に上る。亡P4は、宅直業務中、飲酒を控える等の気配りの上、携帯電話を入浴中には風呂場に就寝時には枕元に置くなどして自宅で待機し、入院患者の容体急変や急患の搬送などの問題が生じた場合には前沢診療所に駆けつける体制を取っていた。亡P4は、このような状況により、終日精神を解放することができず、絶えず緊張状態に置かれ、不眠に悩まされていた。」

「また、上述した宅直業務の際の状況からすると、亡P4は、ほぼ毎日労働義務を負っていたというべきであるし、宅直業務については実作業を行っていない不活動仮眠時間についても市の指揮命令下に置かれていたといえるから、これらも時間外労働時間に算入すべきである。

と自宅での待機時間も全て労働時間としてカウントされるべきだと主張しました。

 裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働時間のカウントの仕方こそ否定したものの、宅直業務で強い心理的負荷がかかっていたことを認め、結論としても公務外認定処分の取消請求を認めました。

(裁判所の判断)

-労働時間のカウントについて-

「原告は、診療などの業務による負荷について、宅直業務を行った際の不活動仮眠時間も市の指揮命令下に置かれていたといえるから、これも時間外労働時間に算入すべきであり、そうすると、亡P4の時間外労働時間は1月当たり400時間前後になるから同人の負荷が強度であったことは明らかであると主張する。」

「しかしながら、精神疾患に関する公務起因性の検討において時間外労働時間を考慮するのは、賃金請求事件において対価を支払うべき時間外労働時間が存在するか否かを問題にするのとは異なり、労働そのものがもたらす肉体的負荷などに精神疾患を発症させ又は増悪させる一定程度以上の危険性が内在するか否かを判断するためである。そうすると、たとえ不活動仮眠時間が時間外労働時間にあたる場合であっても、当該労働のもたらす負荷が著しく低い場合などに不活動仮眠時間を時間外労働時間に算入して公務起因性を検討すると、その負荷の評価を見誤りかねない。この点、亡P4の宅直業務の様子をみるに、本件記録中、原告が不活動仮眠時間と主張する時間に亡P4が昼間の診療活動に匹敵する肉体的負荷を受けるような具体的な業務を行っていたとは認められないから、拘束に伴う精神的負荷などを別途考慮する余地はあるとしても、これを時間外労働時間に形式的に算入しても、負荷の強度を測ることにさして役立つものではない。

原告の上記主張を採用することはできない。

-宅直業務による心理的負荷について-

「宅直など自宅における業務についてみると、亡P4は、自宅にて、

〔1〕所長としての管理業務、

〔2〕2時間おきの心電図の確認、

〔3〕外来及び入院診療業務に関する電話による指示、

〔4〕呼出しに応じるということを務めていたことが認められ・・・、

亡P4の正確な従事時間を裏付ける的確な証拠はないものの、相応の時間外労働を行っていたと考えるのが合理的である。」

「また、平成25年1月以降、亡P4がほぼ毎日夜間の宅直当番を務める状態に陥っていることは上記ア記載のとおりであって、亡P4は、本件疾患を発症するまでの1年間、常に前沢診療所の入院診療を気にかけ続けながら生活していたのであり、一時も公務から解放されて心を休めることもままならず、精神的に疲弊する状況だったといえる。確かに、上記〔3〕及び〔4〕の回数は多数回とまではいえないが、時には深夜や早朝にされるなど不規則に行われていたものであり、しかも、それをあらかじめ予測することもできないのである。そうすると、1回あたりの所要時間は短かったとしても、それらによる精神的な負荷は大きいといえる。」

「以上を総合すると、亡P4は自宅で相当の時間外労働を行うことで肉体的負荷だけでなく精神的な負荷も受けたといえ、結局、宅直など自宅における業務による負荷は非常に強度であったというべきである。

-精神疾患発症の公務起因性について-

亡P4は、平成25年1月以降、1年を通して夜間も完全に業務から解放されることなく昼間の休息もままならない状態を継続し、市当局の物的心理的両面の支援も何らなく患者虐待問題という極めて深刻な問題の対応を迫られ、その後、明らかに市当局との対立状況を意識せざるを得ない中で病床廃止問題につき住民側の姿勢に立った意見をもって市当局などと対応せざるを得なかったのである。そして、平成25年11月頃からは患者数の増加などにより診療業務も繁忙になって時間外労働時間も増加し、本件疾患を発症する直前には1か月以上に渡って連続勤務を強いられ、更に肉体的にも精神的にも強い負荷を受けたものである。このことは、亡P4が、病床廃止問題に関して市当局との対立が鮮明になった平成25年夏頃から愚痴を言う、苛立つ、怒鳴るなどの行動を取るようになり、次第にその内容が深刻さを増していったことからも明らかである・・・」

「以上によると、平成25年1月以降、特に同年11月頃からの公務による精神的及び肉体的な負荷は本件疾患を発症させるほど客観的に過重であると認められる。

4.労働時間的に公務災害が認定されるには厳しい事案であったが・・・

 本件では亡P4が精神障害(双極性感情障害)を発症した時期について、平成26年1月ころであると認定されています。

 そして同月から遡って半年間の時間外労働時間は、次のとおり認定されています。

平成25年8月 31時間27分
同年9月    36時間27分
同年10月   37時間59分
同年11月   41時間00分
同年12月   40時間47分
平成26年1月 48時間58分

 弁護士的な発想で言うと、時間外労働が精神障害の発症に因果性を与えたというには、冒頭で述べたとおり、100時間~120時間くらいの時間外労働が必要だというのが一般的な捉え方ではないかと思います。

 時間外労働の時間が本件程度しかカウントされていないにもかかわらず、宅直と言う業務の性質に着目して、「相当の時間外労働」という概念を用いて時間外労働による強度の精神的負荷を認め、労災(公務災害)認定の途を切り開いたのは、非常に画期的なことだと思います。

 従来、労災の取消訴訟では、労働時間のカウントをめぐって、長期間に渡り、細かくて熾烈な攻防が繰り広げられていました。

 この判決が用いたロジックは、各日の労働時間の実体がどうなっていたのかという膨大な主張・立証活動の負担から、被災者(遺族)を解放する可能性を持っています。

 使える業態が医師の宅直に類似したものに限られるであろうこと、本件が宅直だけで勝負が決まった事案ではないことには留意しておく必要がありますが、本件は労災事件・労災民訴を扱う弁護士にとって極めて重要な裁判例として位置付けられると思います。

 

有給休暇取得時に支払われる「通常の賃金」-所定労働時間が深夜帯等に係っていても割増賃金部分は考慮されないのか?

1.有給休暇を取得した時に幾ら支給されるのか?

 労働者が有給休暇を取得した場合、使用者は、

「平均賃金若しくは所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金又はこれらの額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した額の賃金を支払わなければならない」

とされています。

 この

「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」

の理解に関しては、通達があり、昭27・9・20基発675号、平22・5・18基発0518第1号が、

「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金を支払う場合には、臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は参入されない

とされています。

 こうした通達があるため、残業が常態化していたとしても、有給休暇の取得日に支払われる賃金には残業代は含まれないのが普通です。

 しかし、所定労働時間自体が深夜時間帯に渡っていた場合はどうなのでしょうか?

 この場合、所定労働時間稼働すれば、必然的に深夜割増賃金が発生することになります。だとすると、深夜割増賃金も「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」と言えそうな気がしてきます。このような場合であったとしても、有給取得日に支給される「通常の賃金」として深夜割増賃金を考慮してもらうことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.19労働経済判例速報2420-23 日本エイ・ティー・エム事件です。

2.日本エイ・ティー・エム事件

 本件は、コールセンターのオペレーターとして働いていた方が、有給休暇を取得した際に支払われるべき賃金に未払があるとして未払賃金などを請求した事件です。

 原告労働者の勤務時間と賃金の定め方は、次のようになっていました。

〔勤務時間〕

午後1時50分から午後10時50分まで(休憩1時間)

〔賃金〕

時給(税込) 1442円

〔時間外手当〕

1時間当たりの単価=時給×1.3(1日当たり7時間45分を超えて勤務した場合)

〔深夜勤務手当〕

1時間に対する手当=時給×1.3(午後10時から午前5時まで勤務した場合)

〔シフト勤務手当〕

900円/1回(12:00~14:59の間に出勤し、7時間45分以上の勤務実績がある場合)

 現行法上、

「午後十時から午前五時まで」

の労働に対しては、深夜割増賃金を支払わなければならないとされています(労働基準法37条4項)。

 原告の方は、標準的な勤務時間を午後10時50分までとされていたため、出勤すれば通常深夜割増賃金が発生することになります。

 本件では、このような場合であったとしても、使用者が有給休暇を取得した労働者に対し、深夜割増賃金を考慮した額を「通常の賃金」として支払わなくても良いのかが争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のように述べて、使用者には深夜割増賃金を考慮した額を支払う義務がないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告においては、7時間45分以上勤務した場合、時間外手当として1時間当たりの単価を時給×1.3とし、午後10時から午前5時までの間に勤務した場合に深夜手当として1時間当たりの単価を時給×1.3として支払うとされていることが認められるところ、時間外労働及び深夜労働に対して割増賃金を支払う趣旨は、時間外労働が通常の労働時間に付加された特別の労働であり、深夜労働も時間帯の点で特別の負担を伴う労働であることから、それらの負担に対する一定額の補償をすることにあると解される。年次有給休暇を取得した場合、実際にはそのような負担は発生していないことからすれば、年次有給休暇を取得した場合に、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金としては、割増賃金は含まれず、所定労働時間分の基本賃金が支払われれば足りると解される。

したがって、被告は、原告に対し、原告が年次有給休暇を取得した場合の賃金として、7時間45分を超える午後10時35分から午後10時50分までの15分の時間外手当(時給×0.3×15分)及び午後10時から午後10時50分までの50分に対する深夜手当(時給×0.3×50分)を支払う義務を負わない。

3.シフト勤務手当の判断と整合するのだろうか

 本件では、シフト勤務手当を「通常の賃金」として考慮しないことが許されるのかも争点になりました。

 裁判所は、これについては、

「シフト勤務手当は、午前12時00分から午後2時59分の間に出勤し、7時間45分以上の勤務実績がある場合に、1回当たり900円が支払われるものであることが認められる。そして、前提事実・・・によれば、原告の労働時間についての勤務条件は、始業時刻が午後1時50分、終業時刻が午後10時50分、休憩時間が1時間であり、1日の所定労働時間は8時間であることが認められるから、原告が出勤し、所定労働時間勤務した場合には、必ずシフト勤務手当の900円が支払われるといえる。

そうすると、シフト勤務手当は、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金に当たると解するのが相当であるから、契約社員就業規則34条が、年次有給休暇を取得した場合の賃金について、シフトに係る手当は含まない旨規定している部分は労基法に反し、原告と被告との間の労働契約の内容を規律する効力を有しないと解される(労働契約法13条)。」

したがって、被告は、原告が年次有給休暇を取得した場合、原告に対し、シフト勤務手当を支払わなければならないところ、シフト勤務手当は『日によって定められた賃金』(労基法施行規則25条1項2号)に当たると解されるから、その額は年次有給休暇1日当たり900円である。」

と、使用者に支払義務があることを認めています。

 シフト勤務手当は、支給要件上、出勤すれば必ず支払われることから、有給休暇の取得時に支給される「通常の賃金」として考慮されなければならないと判示しました。

 しかし、この理屈が通用するのであれば、上述の深夜勤務手当等についても、「通常の賃金」として支払われなければ、理論的に一貫しないような気がします。所定労働時間との関係で、出勤すれば、普通は時間外手当・深夜勤務手当の支給要件を充足するはずだからです。

 個人的な感想としては、裁判所は通達の「割増賃金」という部分に引きずられてすぎて、理論的一貫性を犠牲にしてしまったのではないかと思っています。