弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

有給休暇取得時に支払われる「通常の賃金」-所定労働時間が深夜帯等に係っていても割増賃金部分は考慮されないのか?

1.有給休暇を取得した時に幾ら支給されるのか?

 労働者が有給休暇を取得した場合、使用者は、

「平均賃金若しくは所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金又はこれらの額を基準として厚生労働省令で定めるところにより算定した額の賃金を支払わなければならない」

とされています。

 この

「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」

の理解に関しては、通達があり、昭27・9・20基発675号、平22・5・18基発0518第1号が、

「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金を支払う場合には、臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は参入されない

とされています。

 こうした通達があるため、残業が常態化していたとしても、有給休暇の取得日に支払われる賃金には残業代は含まれないのが普通です。

 しかし、所定労働時間自体が深夜時間帯に渡っていた場合はどうなのでしょうか?

 この場合、所定労働時間稼働すれば、必然的に深夜割増賃金が発生することになります。だとすると、深夜割増賃金も「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金」と言えそうな気がしてきます。このような場合であったとしても、有給取得日に支給される「通常の賃金」として深夜割増賃金を考慮してもらうことはできないのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.2.19労働経済判例速報2420-23 日本エイ・ティー・エム事件です。

2.日本エイ・ティー・エム事件

 本件は、コールセンターのオペレーターとして働いていた方が、有給休暇を取得した際に支払われるべき賃金に未払があるとして未払賃金などを請求した事件です。

 原告労働者の勤務時間と賃金の定め方は、次のようになっていました。

〔勤務時間〕

午後1時50分から午後10時50分まで(休憩1時間)

〔賃金〕

時給(税込) 1442円

〔時間外手当〕

1時間当たりの単価=時給×1.3(1日当たり7時間45分を超えて勤務した場合)

〔深夜勤務手当〕

1時間に対する手当=時給×1.3(午後10時から午前5時まで勤務した場合)

〔シフト勤務手当〕

900円/1回(12:00~14:59の間に出勤し、7時間45分以上の勤務実績がある場合)

 現行法上、

「午後十時から午前五時まで」

の労働に対しては、深夜割増賃金を支払わなければならないとされています(労働基準法37条4項)。

 原告の方は、標準的な勤務時間を午後10時50分までとされていたため、出勤すれば通常深夜割増賃金が発生することになります。

 本件では、このような場合であったとしても、使用者が有給休暇を取得した労働者に対し、深夜割増賃金を考慮した額を「通常の賃金」として支払わなくても良いのかが争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のように述べて、使用者には深夜割増賃金を考慮した額を支払う義務がないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告においては、7時間45分以上勤務した場合、時間外手当として1時間当たりの単価を時給×1.3とし、午後10時から午前5時までの間に勤務した場合に深夜手当として1時間当たりの単価を時給×1.3として支払うとされていることが認められるところ、時間外労働及び深夜労働に対して割増賃金を支払う趣旨は、時間外労働が通常の労働時間に付加された特別の労働であり、深夜労働も時間帯の点で特別の負担を伴う労働であることから、それらの負担に対する一定額の補償をすることにあると解される。年次有給休暇を取得した場合、実際にはそのような負担は発生していないことからすれば、年次有給休暇を取得した場合に、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金としては、割増賃金は含まれず、所定労働時間分の基本賃金が支払われれば足りると解される。

したがって、被告は、原告に対し、原告が年次有給休暇を取得した場合の賃金として、7時間45分を超える午後10時35分から午後10時50分までの15分の時間外手当(時給×0.3×15分)及び午後10時から午後10時50分までの50分に対する深夜手当(時給×0.3×50分)を支払う義務を負わない。

3.シフト勤務手当の判断と整合するのだろうか

 本件では、シフト勤務手当を「通常の賃金」として考慮しないことが許されるのかも争点になりました。

 裁判所は、これについては、

「シフト勤務手当は、午前12時00分から午後2時59分の間に出勤し、7時間45分以上の勤務実績がある場合に、1回当たり900円が支払われるものであることが認められる。そして、前提事実・・・によれば、原告の労働時間についての勤務条件は、始業時刻が午後1時50分、終業時刻が午後10時50分、休憩時間が1時間であり、1日の所定労働時間は8時間であることが認められるから、原告が出勤し、所定労働時間勤務した場合には、必ずシフト勤務手当の900円が支払われるといえる。

そうすると、シフト勤務手当は、所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金に当たると解するのが相当であるから、契約社員就業規則34条が、年次有給休暇を取得した場合の賃金について、シフトに係る手当は含まない旨規定している部分は労基法に反し、原告と被告との間の労働契約の内容を規律する効力を有しないと解される(労働契約法13条)。」

したがって、被告は、原告が年次有給休暇を取得した場合、原告に対し、シフト勤務手当を支払わなければならないところ、シフト勤務手当は『日によって定められた賃金』(労基法施行規則25条1項2号)に当たると解されるから、その額は年次有給休暇1日当たり900円である。」

と、使用者に支払義務があることを認めています。

 シフト勤務手当は、支給要件上、出勤すれば必ず支払われることから、有給休暇の取得時に支給される「通常の賃金」として考慮されなければならないと判示しました。

 しかし、この理屈が通用するのであれば、上述の深夜勤務手当等についても、「通常の賃金」として支払われなければ、理論的に一貫しないような気がします。所定労働時間との関係で、出勤すれば、普通は時間外手当・深夜勤務手当の支給要件を充足するはずだからです。

 個人的な感想としては、裁判所は通達の「割増賃金」という部分に引きずられてすぎて、理論的一貫性を犠牲にしてしまったのではないかと思っています。