弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

早出残業による残業代請求は意外といける?-裏付けとなる証拠は、どの程度のものが必要なのか

1.早出残業はそう簡単には認められない

 始業時刻前に出勤して働くことを、俗に「早出残業」といいます。

 早出残業をした場合も、業務命令に基づいて労務の提供を行っていたと認められる関係がある限り、時間外勤務手当を請求することができます。

 しかし、以前、

「業務開始時刻(早出残業)の認定は厳しい」

という記事の中で触れたとおり、早出残業を時間外勤務手当の対象として認めてもらうことは、決して簡単ではありません。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/03/13/011014

 始業時刻前に出勤していた事実が証拠によって認定できたとしても、

始業時刻までの間に本当に働いていたといえるのか、

働く必要があったのか、

働くことを使用者が指示・黙認していたのか、

といったことが問題となり、何だかんだで、労務提供は、就業規則や雇用契約書で定義された始業時刻から開始されたと認定されることが少なくありません。早出残業を時間外勤務手当の対象として裁判所に認めてもらうためには、業務命令に基づいて労務の提供を行っていたことを裏付ける証拠が必要になります。

 それでは、早出残業をしていたことの裏付けとなる証拠としては、どの程度のものが必要になるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令2.5.29労働判例ジャーナル102-30 淀川勤労者厚生協会事件です。

2.淀川勤労者厚生協会事件

 本件は、看護師の方が原告となって、勤務先医療機関を運営する一般社団法人である被告に対して残業代等を請求した事件です。

 残業代請求の対象期間は、平成27年4月1日から平成28年11月14日までの間です。

 被告での勤務は、平成28年4月10日以前と同月11日以降で時間帯の異なるシフト制が採用されていて、その内容は次のとおりとなっていました。

〔平成28年4月10日以前〕

日勤  午前8時45分~午後4時45分

準夜勤 午後4時45分~翌日午前0時45分

深夜勤 午前0時45分~午前8時45分

〔平成28年4月11日以降〕

日勤  午前8時45分~午後5時30分

準夜勤 午後4時30分~翌日午前1時15分

深夜勤 午前0時30分~午前9時15分

 原告の方は、

「本件病院では、ほとんどの看護師が、所定始業時刻前に出勤して患者情報(状況、治療内容、薬剤情報等)の収集をするなどしていた。平成28年2月に『パートナーナーシングシステム』(看護師2名が1組となって病室での患者の検温等を担当する仕組みをいい、『PNS』と略称される。)が導入されて以降、『日勤』時の患者情報の収集は減少したが、『準夜勤』『深夜勤』時については看護師一人で対応しなければならず、所定始業時刻前に出勤してそれを行う必要はあった。」

などと主張し、

着替え等の時間を考慮したうえ、出退勤システム(ICカードを機器にかざして出退勤時刻を記録するシステム)上の記録時刻よりも10分早い時刻が始業時刻になると主張しました。

 これに対し、被告は、指揮命令下にあったのは、所定労働時間のみであるとして、早出残業の存在を争いました。

 裁判所は、次のとおり述べて、早出残業の存在を認めました。

(裁判所の判断-PNS導入以前(平成28年1月以前)の「日勤」の早出残業)

「原告は、所定始業時刻よりも早い、本件出退勤システム上の記録時刻・・・に依拠して、その始業時刻に関する主張を構成しており、先輩看護師から所定始業時刻前に出勤して患者情報を収集するよう指示された、看護師の『ほぼ全員』がそのようにしていたなどとこれに沿う供述をする・・・。」

「そして、前記認定事実によれば、P3師長がした平成28年3月時点の発言の中に、同年2月にした『日勤』時におけるPNS導入の下、午前8時45分以降に2名で情報収集から始めるよう指示しており、『早くから出勤する職員は減ってきている』というものが含まれているところ・・・、これはPNS導入前、所定始業時刻前に出勤して患者情報の収集等をしていた看護師が原告以外にも一定数いたことを示唆するものであり、P3師長自身、所定始業時刻前に出勤していた看護師は『3分の1もいなかった』などと供述している・・・。このような証拠関係に照らせば、原告が『ほぼ全員』と表現するまでの多数であったとは認められないにせよ、平成28年1月以前(PNS導入前)の「日勤」時には、一定数の看護師が所定始業時刻前に出勤して患者情報の収集等の業務に従事していたものと認定でき、ひいては、被告において、このような一定数の看護師がしていた行動について、担当業務の遂行方法の一つとしてこれを容認していたとみられ、この点に被告による黙示の業務命令があったと認定でき、この認定を覆すに足りる証拠はない。」

「さらに、原告がそのような黙示の業務命令の下で労務提供をしていたか否かについてみるに、原告は、患者情報の収集をしていた旨供述するが、前記・・・に説示したとおり、所定始業時刻前に一定数の看護師が出勤して、現に患者情報の収集等をしていたと認められるところ、原告が所定始業時刻前に出勤していた限りにおいて、そのような業務を行う者の一人であったことを否定する事情は見当たらない(当時、原告は入職後間もない時期にあり、先輩看護師らが業務をする中で、あえて何の業務にも携わっていなかったというのもかえって不自然である。)。そして、本件証拠上、この期間における『日勤』で原告に係る電子カルテ操作履歴が判明しているのは平成27年5月15日のみであるが、所定始業時刻が午前8時45分であるのに対し・・・、同日の本件出退勤システム上の記録時刻は午前8時10分であり・・・、電子カルテ操作は午前8時19分から開始されていることが認められる・・・。通常想定され得る看護師業務と電子カルテの関係に照らし、原告において、看護師業務の一環として電子カルテを使用していたものと推認できるところ、所定始業時刻前に出勤して、本件出退勤システム上の記録時刻からさほど時間を置くことなく、このような電子カルテ操作が開始されていることからすれば、この点によっても、原告の供述には一定の裏付けがあるというべきである。

「そうすると、原告は、この期間における『日勤』時について、前記のとおりに認められる黙示の業務命令に基づき、本件病院建物への到着後間もなく、労務提供を開始していたと認定できる。

「これに対し、被告の主張には、原告に係る電子カルテ操作履歴につき、原告が職務とは関連性のない操作をしていたとする部分があり、被告は、原告による操作傾向と他の看護師のそれが異なるとの指摘をしつつ、電子カルテ操作履歴を労務提供の裏付けとすることを争う旨の主張をする。しかし、本来担当すべき業務を行わず、不要な電子カルテ操作を繰り返すような行動があれば、他の看護師らが注意指導をして然るべきところ、本件全証拠によっても、そのような注意指導があった形跡が見当たらないことからして、原告が看護師業務の一環として電子カルテを使用していたという前記推認を覆すには足りず、被告の主張によって前記認定判断は左右されない。」

3.全体の3分の1以下の稼働実体+電子カルテ1日分のデータでOK?

 上述のとおり、裁判所は、早出残業の事実や、それが被告の業務命令に基づいていたことを、病院側看護師の「(所定労働時刻以前に出勤していた看護師は)3分の1もいなかった」という供述と、僅か一日分でしかない始業時刻前に電子カルテが操作された痕跡から認定しています。

 人によって感覚が異なる可能性はありますが、私個人の実務感覚に照らすと、本件は早出残業が時間外勤務手当の対象になることについて、かなりラフに認定しているように思われます。

 このレベルの立証で足りるのであれば、早出残業を基に時間外勤務手当を請求することについて、それほど悲観する必要はなくなってくるかも知れません。

 看護師という業態や電子カルテの証拠としての特徴に着目した事例判断なのか、早出残業を基に時間外勤務手当を請求するハードルを易化することを志向したものなのかは慎重に見極める必要がありますが、本件は、早出残業に基づいて時間外勤務手当を請求する労働者側にとって、参照価値のある認定方法を示した事例といえるのではないかと思います。