弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

医療従事者の「休憩時間」は労働時間である場合が相当程度あるのではないだろうか

1.手待時間

 使用者の指示があれば直ちに作業に従事しなければならない時間を手待時間といいます。休憩とされている時間も、手待時間であると認められれば、労働時間となります。

 実務上、手待時間への該当性は、職業運転手の待機時間、事業場内における仮眠時間、住込みのマンション管理員の不活動時間などで問題になったことがあります(以上、白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務、第2版、平30〕64ー65頁参照)。

 こうした紛争実例に加え、近時公刊された判例集に、看護師の深夜勤時間帯における休憩時間が手待時間(労働時間)に該当するかが問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した大阪地判令2.5.20淀川勤労者厚生協会事件です。

2.淀川勤労者厚生会事件

 本件は、看護師の方が原告となって、勤務先医療機関(本件病院)を運営する一般社団法人である被告に対して残業代等を請求した事件です。

 労働時間の認定にあたり、深夜勤の「休憩時間」が手待時間(労働時間)に該当するのではないかが問題になりました。

 本件病院では、

午前0時45分から午前8時45分まで

ないし、

午前0時30分から午前9時15分まで

の勤務時間帯が「深夜勤」として定義されており、その中で1時間が所定休憩時間とされていました。

 本件で休憩時間の手待時間(労働時間)該当性が認められたのは、6階の急性期病棟で勤務していた時の「深夜勤」の所定休憩時間です。

 本件病院の6階病棟の体制は、入院患者のベッド数54床、所属看護師37名程度(パート職員、准看護師を含む)、看護助手6名程度であり、これが「日勤」(平日111名程度)、「準夜勤」(3名)「深夜勤」(3名)に割り振られていました。

 そして、「深夜勤」の看護師は、午前4時30分から午前5時30分にかけて全員が同時に休憩をとる仕組みがとられていました。

 原告の方は、この休憩時間について、

「本件病院においては、慢性的な人員不足による多忙等のため、実際に休憩できないことがあったほか、休憩とされている時間であっても、ナースコール等があれば対応しなければならず、被告の指揮命令下から解放されていないいわゆる『手待ち時間』として労働時間に当たる。」

として、残業代請求の基礎としての労働時間に組み込まれると主張しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、6階急性期病棟の「深夜帯」の休憩時間に労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

-本件病院6階病棟勤務期間における「深夜勤」時-

「原告は、この期間における『深夜勤』時について、実際に休憩できないことがあったほか、休憩とされている時間であっても、ナースコール等があれば対応しなければならず、被告の指揮命令下から解放されていないいわゆる『手待ち時間』として労働時間に当たるなどとして、休憩時間がないものと主張する。」

「そして、前記前提事実及び認定事実によれば、『深夜勤』時における看護師の勤務人数と入院患者のベッド数・・・のほか、本件病院6階は『急性期』病棟であって・・・、時刻を問わない急な患者対応等があり得るものとみられること、『深夜勤』時のものとしては、勤務看護師(3名程度)が同時に休憩を取る仕組みが採用されており・・・、これは対応すべき順序が決まっていないことによって看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組みであると評価し得ることといった事情が認められ、このような事情を総合考慮すれば、『深夜勤』時の休憩時間については、被告の指揮命令下から解放されていなかったと認めることが相当である。

「そうすると、本件病院6階病棟勤務期間における『深夜勤』時について、原告の主張どおり、休憩時間がないものと認めるべきことになる(休憩時間0分)。」

3.看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組み

 裁判所は、病床数、深夜勤に割り振られていた看護師の数、病棟の性質(急性期病棟)、休憩の同時性に触れたうえ、

「看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組みであると評価し得ることといった事情」

があるとして、休憩時間の労働時間性を認めました。

 裁判所は原告の方が回復期病棟で勤務していた時の「深夜勤」の休憩時間の労働時間性については、

「本件病院3階は『回復期』病棟であり・・・、時刻を問わない急な患者対応等は少ないであろうとみられること、前記認定事実のとおり、看護師が交代によって休憩する仕組みが採用されていたこと・・・等といった事情が認められるところ、これら全期間を通じて休憩時間がないことについて立証が尽くされているとは認め難い。」

と休憩時間の労働時間性を否定しています。

 回復期病棟は、ベッド数56床、所属看護師24名程度、所属介護士8名程度の体制であり、深夜勤には看護師2名のほか介護士1名が割り振られていました。ベッド数や割り付け人数に特段の差異がないことからすると、休憩時間の労働時間性の判断に本質的な影響を与えたのは、やはり、

担当業務との関係で、

「看護師全員が患者対応をすべき可能性が排除し得ない仕組み」になっていたのかどうか、

という点だと思われます。

 翻って考えてみると、本邦の急性期医療を担う病院において、少人数の医師・看護師などの医療従事者が、全員で患者対応をすべき可能性を排除し得ない仕組みのもとで稼働していることは、それほど珍しくはないように思われます。淀川勤労者厚生協会事件の裁判所が示したような形で休憩時間に労働時間性が認められるとすれば、医療従事者の休憩時間には、労働時間に該当するものが相当程度含まれることになるのではないかと思います。

 コロナ禍の医療従事者については、求められる仕事の質・量の水準が上がっているにもかかわらず、就業環境や勤務条件が悪化しているという話を耳にすることがあります。休憩時間なのに休めていないとお感じの方は、せめて時間外勤務手当くらい出して欲しいとして、法的措置に及ぶことを、検討してみても良いのではないかと思います。