弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

中退共の中抜き合意の効力

1.中退共(中小企業退職金共済)

 中退共(中小企業退職金共済)という仕組みがあります。

 これは、中小企業退職金共済法に根拠があり、

事業主が独立行政法人勤労者退職金共済機構(機構)と退職金共済契約を結ぶ、

事業主が毎月の掛金を金融機関を通じて納付する、

従業員が退職したとき、その従業員に機構から退職金が直接支払われる、

仕組みをいいます。

中退共 制度の概要

 それでは、中退共を掛けるものの、事業主の側で中退共よりも低い水準の退職金を定め、労働者との合意のもと、中退共から支払われる退職金を中抜きして交付することは許されるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。大阪地判令4.12.22労働判例ジャーナル133-22 タイムス物流事件です。

2.タイムス物流事件

 本件は会社が原告となって、退職した労働者に対し、金銭の返還を請求した事件です。

 原告になったのは、貨物の輸送等を業とする株式会社です。

 原告は中小企業退職金共済契約を締結する一方、退職金に関して独自の社内規定を有していました。この社内規定は労働組合との間で協定として締結されており、中退共から受け取る解決金の中から社内退職金額を控除して支払うことがなど定められていました。これを根拠として、機構から直接退職金の支払いを受けた元従業員である被告に対し、金銭の返還を求める訴えを提起たのが本件です。

 本件の原告は、協定ではなく合意(本件合意)に基づいて金銭の返還を求めました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、本件合意の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

「中小企業退職金共済法の定め等によれば、同法は、従業員の福祉の増進と中小企業の振興という同法所定の目的を達するため、従業員が、事業主を介することなく、直接、機構から原則として同法の定める額の退職金を取得する仕組みを設け・・・、国は、掛金の助成や事業主に対する税制における優遇といった、通常の退職金制度では認められない措置を講じるものとしている・・・。」

「これを前提に、従業員が、機構から受け取る同法所定の退職金と事業主があらかじめ定めた額との差額を、事業主に対して返還する旨の合意(以下『中退共退職金返還合意」という。)の効力について検討すると、同合意は、使用者である事業主が、労働者である従業員に対し、実質的に、退職金請求権の一部を譲渡することを義務付け、中小企業退職金共済法10条5項の要件を満たさないのに、これが適用された場合と同様の結果をもたらすことを可能とするものといえる。また、中退共退職金返還合意は、事業主が、同法の規定する退職金額よりも低い水準の退職金制度をもうけながら、中退共を利用することによって、国から、より高い水準の退職金の支給を前提とした掛金の助成を受け、自ら運営する退職金制度では得られない税制面の優遇を受けることを可能とするものといえる。」

「これらの点を考慮すれば、中退共退職金返還合意は、中小企業退職金共済法1条、10条5項及び同法20条等の趣旨、目的に著しく反するものであって、民法90条により、無効であると解すべきである。

本件合意も、原告が被告との間で、被告が受け取る機構からの退職金の一部を、事業主である原告が定めた社内退職金の額になるように返還することを内容とするものであり、中退共退職金返還合意に他ならないから、前記・・・のとおり、民法90条により、無効と解すべきである。

3.中抜きは否定された

 制度趣旨から許容されないのではないかと思っていましたが、上述のとおり、裁判所は、民法90条に基づいて本件合意の効力を否定しました。本裁判例は、似たような協定、規定、合意によって中退共の退職金を中抜きされている人の権利擁護を図っていくうえで参考になります。