弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

休めといっても休まなかったでは通用しない-長時間労働で部下に精神障害(労災)を発症させた上司の責任

1.健康確保の観点からの労働時間を適正に把握・管理する義務

 労働安全衛生法66条の8の3は、

「事業者は、第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導を実施するため、厚生労働省令で定める方法により、労働者(次条第一項に規定する者を除く。)の労働時間の状況を把握しなければならない。」

と規定しています。

 「第六十六条の八第一項又は前条第一項の規定による面接指導」というのは、要するに医師による面接指導のことです。

 また、「厚生労働省令で定める方法」とは「タイムカードによる記録、パーソナルコンピュータ等の電子計算機の使用時間の記録等の客観的な方法その他の適切な方法」を意味します(労働安全衛生法施行規則52条の7の3)。

 このように、労働安全衛生法は、事業者に対し、労働者の健康確保という観点から、労働時間を適正に把握・管理する義務を負わせています。

 事業主から労働者に対する指揮命令権限を付託された上司としても、当然、法律に適合する形で部下を管理する責務があります。この責務に反して事業主に法的な責任を生じさせたときは、懲戒処分を受けるなど、何らかの法的な責任を追及される可能性があります。近時公刊された判例集にも、長時間労働で部下に精神障害(労災)を発症させたことなどを理由とする懲戒処分の効力が問題になった裁判例が掲載されていました。東京地判令3.12.23労働判例ジャーナル124-60 SRA事件です。

2.SRA事件

 本件で被告になったのは、電子計算機のソフトウェアシステムの設計・開発等の受託などを目的とする株式会社です。

 原告になったのは、被告との間で労働契約を締結し、金融第二事業部の副事業部長として勤務していた方です。労災事案を発生させたこと、三六協定違反行為を発生させたこと、時間外労働に対する賃金の未払を生じさせたことなどを理由に、3か月間、月俸額10分の1を減額する懲戒処分(本件処分)を受けました。これに対し、原告の方は、本件処分の無効を主張し、差額賃金の支払等を請求する訴えを提起しました。

 本件で問題となった労災事案は、長時間労働に起因する精神障害を部下に発症させたことです。ただ、この事案には、精神障害を発症した部下に対して休職を勧めるなどしていたところ、部下の側が休職等を断っていたという特性がありました。具体的には、次のような事実が認定されています。

(裁判所の認定した事実)

「原告は、前記・・・の当時、副事業部長兼部長として、P4社員(精神障害=適応障害を発症した社員 括弧内筆者)の労働時間をRJBで確認して承認する職務を担当しており、平成28年1~2月頃は、P4社員と同じ三井TSSのプロジェクトのために同社の作業現場に常駐して開発作業を行っていた・・・。」 

「同年1月下旬、P4社員は、体調不良を理由に6.5日の有給休暇を取得した。原告は、同休暇明けのP4社員に対し、体調が悪いのであれば、休職するよう勧めたが、P4社員は、これを断った。また、原告は、P4社員に対し、休日出勤をしないよう指示していたが、P4社員はこれを聞き入れずに出勤していた。原告は、P4社員を始めとする前記プロジェクトに従事する社員の身体を休めさせるため、作業現場の近くにウィークリーマンションを用意して、P4社員らを宿泊させた。原告及びP11部長の見たところ、P4社員は、三井TSSのプロジェクトの作業が遅延し、出来上がった成果物も品質が悪く、顧客である三井TSSの担当者から厳しい意見を言われていたため、自分からは、三井TSSのプロジェクトの担当から外れることができなかったものであった。また、原告としては、P4社員しか把握していない三井TSSの担当者との業務上の約束があり、P4社員がいないと同社との対応方法が分からない場合があったため、P4社員に対し直ちに担当から外れるよう指示することができなかった。このようなことで、P4社員の時間外労働が続くことになったものであった。」

 本件では、このように上司側で一応の配慮をしていた場合であったとしても、労災事案を発生させたことが懲戒事由となりえるのかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、原告の責任を肯定しました。結論としても、本件処分の効力を認めています。

(裁判所の判断)

「P4社員は、平成27年10月から平成28年1月まで月平均120時間以上の時間外労働を行い、同月には不眠などを訴えるに至り、被告の産業医は、同年2月10日、P4社員につき、同日から同年3月31日まで時間外勤務・休日勤務を禁止する旨の意見書を被告に提出し、被告は、この意見書を原告に伝達した。しかし、P4社員は、同年2月に260.50時間の時間外労働を行い、長時間労働により適応障害を発症して、労務提供不能となり休職した。」

「原告は、平成27年10月から平成28年2月まで当時、副事業部長兼部長として、P4社員の労働時間を管理する職務を担当していたところ、P4社員の前記の長時間労働を認識し、かつ、同月10日には、被告の人事部から、時間外労働を禁止する旨の産業医の意見書の送付を受け、また、同年1月~2月、P4社員と同じ作業場所に常駐するなどし、P4社員の労働時間を調整できる立場にあったが、前記意見書が添付されたメールを確認せず、また、同月のP4社員の業務を抑制せず、前記の長時間労働に至らせ、P4社員は精神障害を発症するに至った。」

「原告の前記行為は、就業規則87条7号の懲戒事由である『過失等によって業務に支障を来たしたとき、または会社に有形無形の損害を与えたとき』に該当するといえる。」

「他方、本件全証拠によっても、原告が産業医の意見書を故意に無視したと認めることはできないから、故意による指示違反や規律違反とはいえず、就業規則87条13号、15号、19号、89条15号及び87条20号に該当するとは認められない。」

前記認定事実によれば、原告が、P4社員に対し、休職を打診したり、休日出勤をしないよう指示したりしたが、P4社員はこれらを断って休日出勤していたこと、P4社員は、担当していた三井TSSのプロジェクトの作業が遅延・難航し、顧客である三井TSSの担当者から厳しい意見を言われていたため、自分から担当を外れることができなかったこと、また、P4社員しか把握していない三井TSSの担当者との業務上の約束があったため、原告としては、同社との対応にはP4社員にいてもらう必要があったことがそれぞれ認められる。しかし、そのような事実があるとしても、原告は、P4社員が関与していたプロジェクトを統括する上司として、顧客である三井TSSの担当者と交渉して完成期限を延ばしたり、交代要員を配置したり、P4社員しか把握していない三井TSSの担当者との業務上の約束について三井TSSと直接交渉して明らかにすることなどにより、P4社員の労働時間を抑制することは可能であり、そのようにすべきであったものであり(P4社員が休職に至った際にはそのようにした。)、原告が責めを免れる理由とはならない。

「原告は、P4社員の長時間労働は、P3事業部長、人事部長、担当常務及び被告代表者も知っていたが、何の対応もしなかった上、P4社員の長時間労働は、金融第二事業部の人員を増やさずに予算を上乗せしたことによる旨主張する。確かに、平成27年度の金融第二事業部の予算(営業利益目標)3億5000万円は、所属社員1人当たりの負担額が他の事業部より多額であった・・・。しかし、平成27年度の前記予算額は、平成26年度に金融第二事業部が達成した営業利益3億6200万円を下回るなど、既に達成実績がある額である上・・・、かつ、前記予算額を達成すれば、特例として評価はS(通常はB)とされるなど配慮された目標であって・・・、金融第二事業部に対し、平成27年度、所属の社員に対する時間外労働の抑制による安全配慮義務を果たせないほど過大な営業利益目標が課されていたとはいえない。また、被告の人事部では、残業を禁止する旨の医師の意見書を上司である原告に2度にわたりメールで伝達していたのであり、何の対応もしていなかったわけではない。原告は、P4社員の直接の上司であり、このメールを受け取り、かつ、P4社員と同じ現場にいて、P4社員の時間外労働の状況を目の当たりにして把握していたのであるから、責任を免れることはできないというべきである。」

3.実際に休ませなければならない

 上述のとおり、裁判所は、休職を打診するなどしていたことは、責任を免れる理由にはならないと判示しました。

 やや上司側に厳しいようにも見えますが、長時間労働による健康被害が問題となるようなケースでは、既に精神的な障害に罹患しているかも知れない本人の言動を真に受けて唯々諾々と従っているようではダメだという裁判所の強い意思が感じられます。

 こうした裁判例もあるため、上司としては、部下の強がった言動に振り回されることなく、適切に労働時間を把握・管理することに留意しておく必要があります。