弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

下に合わせる平等になるくらいなら現状の格差は認められる?(出産休暇・出産手当金)

1.旧労働契約法20条裁判

 労働契約法20条に、

「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において『職務の内容』という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」

という規定がありました。

 一般の方には読みにくい条文ですが、要するに、有期労働契約者と無期労働契約者の労働条件に不合理な格差を設けてはならないとする規定です(なお、現在、この規定は、短時間労働者を包括する不合理な待遇の禁止・差別的取扱の禁止を規定する「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」という名前の法律の第8条、第9条に発展的に取り込まれる形で発展的に消滅しています)。

 この規定の理解に関し、下に合わせる形で格差を解消することができるか? という論点があります。労働契約法20条の存在を理由に、無期労働契約者に設定されていた有利な労働条件を剥ぎ取って、労働契約法20条違反だというケチがつかないようにしていいのかという問題です。

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。横浜地判令2.2.13労働判例1222-38社会福祉法人青い鳥事件です。

2.社会福祉法人青い鳥事件

 本件は、いわゆる労働契約法20条裁判の一つです。

 被告になったのは、障害福祉サービスの経営等を行う社会福祉法人です。

 原告になったのは、被告で有期雇用契約を締結していた社会福祉士資格を有する女性です。

 被告では、

「無期契約職員については、産前8週間、産後8週間の出産休暇が付与され、これらの休暇期間中通常の給与が支給されることとなっている一方で、有期契約職員については、出産休暇期間が産前6週間、産後8週間とされ、これらの休暇期間中は無給であるとの相違」

が設けられていました(以下、無期契約職員に付与される産前休暇を「本件出産休暇」といい、出産期間中に支給される給与を「本件出産手当金」といいます)。

 こうした格差を設けることが労働契約法20条に違反するとして、原告の方が被告法人に対して損害賠償を請求する訴えを起こしたのが本件です。

 裁判所は、労働契約法20条違反が認められるか否かについて、次のとおり判示したうえ、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「無期契約職員の職務内容・・・に加え、被告における女性職員の比率の多さや、本件出産休暇及び本件出産手当金の内容・・・に照らすと、これらの制度が設けられた目的には、被告の組織運営の担い手となる職員の離職を防止し、人材を確保するとの趣旨が含まれるものと認められる。」

「そうすると、本件出産休暇及び本件出産手当金の制度は、有期契約職員を、無期契約職員に比して不利益に取り扱うことを意図するものということはできず、その趣旨が合理性を欠くとは認められない。これに加え、無期契約職員と有期契約職員との実質的な相違が、基本的には、2週間の産前休暇期間及び通常の給与額と健康保険法に基づく出産手当金との差額部分に留まること・・・を併せ考えると、本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は、無期契約職員及び有期契約職員の処遇として均衡を欠くとまではいえない。」

「なお、ソーシャルワーカー正社員を含む無期契約職員の離職防止を図りつつ、有期契約職員との労働条件の相違を生じさせないために、有期契約職員を含めた全職員に対し、本件出産休暇及び本件出産手当金の付与を行うことも合理的な一方策であるということはできるが、上記のとおり、本件出産休暇及び本件出産手当金の支給は、被告の相応の経済的負担を伴うものであって、本件出産休暇及び本件出産手当金の目的に照らし、これをいかなる範囲において行うかは被告の経営判断にも関わる事項である。本件出産休暇及び本件出産手当金の制度を、有期契約職員を含む全職員に対し適用しない限り違法であるとすることは、被告に対し、無期契約職員を含め全職員に対しこれらの制度を提供しないとの選択を強いることにもなりかねず、かえって、女性の社会参画や男性との間での格差の是正のための施策を後退させる不合理な事態を生じさせるというべきである。

「以上の検討によれば、本件出産休暇及び本件出産手当金に係る労働条件の相違は、これが不合理であると評価することができるものということはできず、労働契約法20条に違反するものではない。」

3.下に合わせられる平等になる危険は現状の格差を許容する?

 この判決で最も興味深いと思ったのは、

有期労働契約職員を無期労働契約職員に比して不利益に取扱うことを意図するものではなかったという主観面

全職員に本件出産休暇や本件出産手当金を拡張することの合理性を認めながらも、それを強制すると有期労働契約者から本件出産休暇や本件出産手当金を剥ぎ取ることに繋がる可能性があること

を労働契約法20条に違反しない根拠として指摘している部分です。

 この部分は、

有利な労働条件を剥ぎ取らなくても、殊更有期労働契約者を不利に取扱うことを意図した結果でないのであれば、労働契約法20条違反にはならない、

と言っているように読めます。

 こうした論理が通用するのであれば、労働契約法20条に違反するから無期労働契約者に認められている有利な労働条件を剥ぎ取るということは、許容されなくなるのではないかと思われます。なぜなら、有利な労働条件を剥ぎ取らなくても、殊更有期労働契約者を不利に取扱うことを意図した結果でないのであれば、格差の存在は労働契約法20条違反にはならないため、「労働契約法20条に違反するから」という理由付けが崩れることになるからです。

 先に述べたとおり、労働契約法20条は発展的に消滅していますが、本件は、使用者側から、

「法律が格差是正を求めているから無期労働契約者から有利な労働条件を剥ぎ取るんだ。」

と主張された時に、

「法は有利な条件を剥ぎ取ることまでは求めていない。」

と反論して行く根拠になる可能性を持った判決だと思われます。