弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

就業規則の文言は懲戒権を行使できる場面を限定する役割を果たしているのだろうか

1.就業規則による懲戒事由の定め

 最高裁は、

「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくことを要する・・・。そして、就業規則が法的規範としての性質を有する・・・ものとして、拘束力を生ずるためには、その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」

と判示しています(最二小判平15.10.10労働判例861-5フジ興産事件)。

 こうした理解に立てば、就業規則で懲戒の種別及び事由が定められていない場合、懲戒処分を行うことはできません。言い換えると、懲戒事由を定めている規定の文言は、懲戒権を行使できる場面を限定する役割を果たすことになるはずです。

 しかし、懲戒処分の効力が争点になっている裁判例をみると、懲戒権の濫用が認められるか否かの判断にあたり、懲戒事由を定めている規定の文言が殆ど考慮されていないのではないかと思われる事案も少なくありません。

 近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令2.1.29労働判例ジャーナル101-44東京水道サービス事件も、その一つです。

2.東京水道サービス事件

 本件は、けん責処分を受けた原告労働者が、被告会社に対し、けん責処分の無効確認を求めて訴えを提起した事件です。

 原告がけん責処分を受けたのは、通勤交通費を不正に取得したからです。これが就業規則で定められている懲戒事由である

「不法、不正又は不当な行為をして会社の名誉又は信用を傷つけたとき」

「諸規則に違反し、又は上司の職務上の指示、命令に従わなかったとき」

に該当するとして、被告は、原告に、けん責処分を行いました。

 文言との関係性が争点化されたわけではありませんが、裁判所は、次のとおり述べて、通勤手当の不正取得が上記各場合に該当することを認めました。

(裁判所の判断)

「原告は、結果として、原則である公共交通機関の利用を前提とする通勤手当と自動車通勤を前提とする通勤手当との差額56万4110円を不正に受給したものと認められる・・・。」
「この点、原告は、・・・受け取るべき通勤手当を受け取ったにすぎず、不正受給に当たらない旨主張する。しかしながら、・・・原告の上記主張には理由がなく、原告の本件通勤手当受給は、「被告の名誉又は信用を傷つけたとき」(一般社員就業規則48条3号)及び「諸規則に違反し又は上司の職務上の指示、命令に従わなかったとき」(同48条4号)・・・にいずれも該当し、懲戒事由となるものと認められる。

3.通勤手当の不正取得は「会社の名誉又は信用」と関係あるのか?

 通勤手当の不正取得が会社の諸規則に違反するというのは分からないではありません。しかし、社内で通勤手当の不正取得があったことが、いかなる意味で会社の「名誉又は信用」を傷つけたというのかは不明というほかありません。

 それでも、裁判所は、通勤費の不正取得が「被告の名誉又は信用を傷つけたとき」への該当性を認めました。

 「諸規則に違反」した事実がある以上、「名誉又は信用を傷つけたとき」に該当しないとされたとしても、結論に影響はなかったのではないかと思います。また、「名誉又は信用を傷つけたとき」に該当するとの判断の背景には、原告がこれを争点化しなかったことも影響しているのではないかと思います。加えて、裁判所には懲戒事由への該当性が多少ラフでも不合理・不相当な懲戒処分は労働契約法15条に基づく検討の中で効力を否定できるため問題ないという発想があったのかも知れません。ただ、これらを差し引いたとしても、通勤手当の不正取得が会社の名誉又は信用を傷つけるとの判断は、本来の文言の意味からの逸脱が著しく、ラフにすぎるのではないかとの感が否めません。

 懲戒事由への該当性の判断は、規定の文言というよりも、直観的にけしからん行為がなされれているのかどうかに依存する場合もあるため、労働者側は、就業規則の文言に関わらず、不適切な行為をしないよう注意をしておく必要があるように思います。