1.公務員の懲戒と弁明の機会付与
事前の弁明の機会付与が不十分なまま、公務員に対する懲戒処分が行われた場合、その効力はどうなるのでしょうか?
以前にもブログで言及したとおり、この問題には二通りの考え方があります。
一つ目は、処分の基礎となる事実認定や、処分の内容に影響を及ぼす可能性がある場合に限り、懲戒処分は違法となるとする考え方です。
「懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分には違法があるというべきである。」
と判示した、高松高判平23.5.10労働判例1029-5 高知県(酒酔い運転・懲戒免職)事件などがこの系譜に属します。
二つ目は、事実認定や処分の内容への影響を問わずに、懲戒処分が違法になるとする考え方です。
「処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、上記機会を与えないでした処分は違法となると解される。』としているが、にわかに首肯することができない。いやしくも、懲戒処分のような不利益処分、なかんずく免職処分をする場合には、適正手続の保障に十分意を用いるべきであって、中でもその中核である弁明の機会については例外なく保障することが必要であるものというべきである。」
と判示した、福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)事件などがこの系譜に属します。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/02/29/171018
昨日紹介した、広島高岡山支判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件は、職場における録音の可否だけではなく、公務員の懲戒処分と弁明の機会付与の関係についても、重要な判断をしています。
2.広島高判岡山支判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件
本件は119番通報への不適切な対応等を理由に停職6か月の懲戒処分を受けた消防職員が提起した取消訴訟です。
原審が停職6か月は重すぎるとして懲戒処分を取り消したことを受け、被告消防組合側が控訴したのが本件です。
本件では事前の告知と聴聞、弁解・弁明の機会付与について、それが懲戒処分の取消事由との関係でどのような影響があるのかも争点になりました。
裁判所は、次のとおり述べて、懲戒処分の効力に影響を与えるといえるためには、処分の内容に影響を及ぼす可能性があったことが必要であると判示しました。
(裁判所の判断)
「本件条例では、懲戒処分を行うに際して、処分の理由を告知し、弁解を聴取する手続は定められていない。」
「このように、地方公務員の懲戒処分に際し、被処分者に対して事実を告知し、その弁解を聴取する手続を経ることが法令上要求されていない場合には、その機会を与えることにより、処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、その機会を与えないでした処分は違法になると解される(東京高等裁判所昭和60年4月30日判決・行政事件裁判例集36巻4号629頁)。」
(中略)
「本件通知及び本件事情聴取を併せてみれば、1審原告に対し、処分の理由は告知されているといえる。そして、調査事項〔1〕及び〔4〕(処分理由〔1〕及び〔4〕)については、録音等の客観的証拠により容易に認定できることであり、弁解を聴取する機会を与えることにより、処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼすことは考え難い。調査事項〔2〕及び〔3〕(処分理由〔2〕及び〔3〕)については、本件事情聴取において、明示的に、弁解を聴取する手続が行われたといえる。」
「以上によれば、1審原告に対し、告知・聴聞の機会を付与していないから、本件処分」が違法であるとする1審原告の主張は採用できない。」
3.広島高裁も処分内容への影響の可能性を取消要件とする立場を採用
広島高裁も、弁明・弁解の機会付与が不十分であることを理由に懲戒処分を取り消すにあたっては、弁明・弁解の機会を付与していれば処分の内容に影響を及ぼす可能性があったことを、懲戒処分を取り消すための要件とする立場を採用しました。
裁判例の傾向としては、処分内容への影響の有無を問わず懲戒処分の取消を認めるという見解よりも、処分内容に影響する可能性があったことを懲戒処分の取消を認める要件とする見解が優勢であるように思われます。