弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

職場での録音に消極的な裁判例の流れ-自己主張を通すための手段としての秘密録音はダメ

1.録音の重要性

 労働事件に限ったことではありませんが、訴訟において録音が重要な証拠として機能することは少なくありません。

 しかし、近時、職場における録音に、消極的な評価を下す裁判例が続いているように思います。最近の例で言うと、執務室内での会話の録音を、

「自己にとって有利な会話があればそれを交渉材料とするために収集しようとしていたにすぎないものである」

と評価し、雇止め事由として位置付けた事案に、東京高判令元.11.28労働判例1215-5ジャパンビジネスラボ事件があります。

 職場での録音に制限的な裁判例の流れができると、労働者側にとっての立証方法は著しく制約されることになります。そのため、裁判例の潮流を注視していたところ、広島高裁でも職場での録音に制限的な判断がなされました。広島高判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件です。

 職場での録音が許容された事案として一審を紹介したことがありますが、本件は、その控訴審事件です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/08/06/002615

2.広島高判令2.3.5労働判例ジャーナル100-42東備消防組合事件

 この事件は、停職6か月の懲戒処分を受けた消防職員が提起した取消訴訟です。一審岡山地裁は停職6か月は重すぎるとして処分の取消が認めましたが、これを不服として被告消防組合側が控訴したのが本件です。

 本件の懲戒事由には、四つの事実が挙げられていました。その中の一つに、秘密録音の慫慂、

「多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めたこと」

がありました。

 一審岡山地裁はこれが非違行為に該当することを否定しましたが、広島高裁は次のとおり述べて非違行為に該当することを認めました。結論としても、広島高裁は、一審岡山地裁の判決を破棄し、懲戒処分の有効性を認める判断をしています。

(裁判所の判断)

「前記・・・のとおり、1審原告が、多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めたことが認められる。」

「1審被告が主張するとおり、職場内で秘密録音が横行すれば、たえず誰かに秘密録音されているのではないかという疑心暗鬼が生じ、職員間の意思疎通が困難となり、1審被告の組織運営に重大な支障を生じさせることになる。消防は、その施設及び人員を活用して、国民の生命、身体及び財産を火災から保護するとともに、水火災又は地震等の災害を防除し、及びこれらの災害による被害を軽減するほか、災害等による傷病者の搬送を適切に行うことを任務とし、消防職員は、時間の経過とともに急激に変化し、危険・被害が増大するという緊急を要する職務を担うものであり、組織全体としての円滑な意思疎通が特に重要である。1審原告の上記行為は、これを著しく阻害させるものであるといわざるを得ず、『不適正な業務執行』『守秘義務違反』『職場内秩序びん乱』の非違行為に当たり、その中でも悪質なものである。
「この点について、1審原告は、当時、懲戒処分を受けることなどが予想されたので、『身を守るために』上司との会話を秘密録音する必要があったなどと主張しているところ、上司との会話を秘密録音することがどのように身を守ることになるのか判然としない。そもそも、秘密録音をする理由としては、

〔1〕上司による不当な言動を記録することと、

〔2〕1審原告らが上司に対する不当な言動に及んでいないことを記録すること

の2通りが考えられるところ、前記・・・のとおり、1審原告は、P7に対し、スパイになれなどと述べたり、P8に対し、今後、使えるかもしれないからと述べたりして、秘密録音をするように勧めたことが認められるし、実際に、前記・・・の1審原告とP10との会話内容の録音データ・・・からしても、1審原告が、相当に荒っぽい言葉遣いで、高圧的に、自分だけが悪者にされているなどと不満を述べるだけの内容のものであり、秘密録音する必要性や正当性がおよそ認め難いものである。」

「これらのことに照らすと、1審被告が主張するとおり、1審原告は、上司による不当な言動(と1審原告が考えるもの)を記録し、これを用いて、上司に対し、何らかの不利益を及ぼしたり又は自らの主張等を通すための手段として用いたりするための攻撃手段を集めようと考えて、多数の職員に対し、上司との職務に関連する会話を秘密録音するよう強く勧めていたと推認されるから、1審原告の前記行為について違法性が阻却されるようなものとはおよそいい難い。

「したがって、1審原告の前記主張も採用できない。」

3.このまま録音の適法性は消極的に理解されて行くのだろうか

 この事件では、証人P9による、

「平成27年7月頃、1審原告から呼ばれて通信指令室に行くと、1審原告が上司であるP10と電話で話していた、1審原告は、P10を大声で罵倒しており、ボイスレコーダーを電話口に近づけて会話の内容を録音していた、電話が終わった後に、1審原告から、『上司との会話は録音しろ、こうやって録音するんだ』と強い口調で言われた、1審原告は気に入らないことを言うと、怒鳴ったり、怒ったりするので断れなかった」

との供述に信用性が認められています。

 確かに、こうした態様での録音の適否には議論が有り得るところであり、本件は特殊な事実認定を前提とする事例判断であるという見方もできなくはないと思います。

 しかし、そうであるにしても、東京高裁に引き続き、広島高裁でも録音を否定する判断が出されたことには、留意しておく必要があるように思われます。