弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

マイナス10度下でのスキー機動訓練は危険性のない日常業務?

1.公務災害の認定基準

 人事院事務総局勤務条件局長 平成13年12月12日勤補-323「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務災害の認定について」という行政通達があります。

 これは、心・血管疾患等が公務上災害といえるかどうかを判断するにあたっての認定指針を定めたものです。

 これによると、心・血管疾患等が公務上災害といえるためには、

「発症前に、

(ア)業務に関連してその発生状態を時間的、場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的な事態に遭遇したことにより、

又は

(イ)通常の日常の業務(被災職員が占めていた官職に割り当てられた職務のうち、正規の勤務時間内に行う日常の業務をいう。以下同じ。)に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事したことにより、医学経験則上、対象疾患の発症の基礎となる病態(血管病変等)を加齢、一般生活等によるいわゆる自然的経過を超えて著しく増悪させ、対象疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的な負荷(以下「過重負荷」という。)を受けていたこと

が必要である」

と書かれています。

 要するに、心・血管疾患が公務上の災害と認められるためには、非日常といえるような強度の負荷がかかっていたことが必要になります。

 しかし、この「日常」というのが曲者で、誰にとっての日常なのかが問題になります。例えば、、同じく公務員といっても、官僚にとっての日常と、自衛隊員にとっての日常は大分様相を異にします。自衛隊員がしている訓練は、自衛隊員にとっては普通のことでも、デスクワーク組にとって強度の負荷になりえることは想像に難くありません。

 例えば、旭川の演習場でマイナス10度の中、スキーで5キロメートルのも移動を行うことは、自衛隊員にとっては毎年お決まりの日常であったとしても、一般人の肉体には強度の負荷になることが予想されます。

 演習中・演習後に心・血管疾患等で死亡しても、自衛官の場合、単に日常業務をこなしていたからにすぎないとして、公務上災害による保護の対象から除かれてしまうのでしょうか?

 このように「日常」性にズレがある場合、公務上災害と認められるか否かをどのように理解するのかに関し、近時の公刊物に参考になる裁判例が掲載されていました。旭川地判令2.3.13労働判例ジャーナル100-40 国・法務大臣(自衛隊員急性心筋梗塞死)事件です。

2.国・法務大臣(自衛隊員急性心筋梗塞死)事件

 この事件は死亡した自衛隊員の遺族(配偶者)が、国家公務員災害補償法による遺族補償給付を受ける地位に有ることの確認などを求め、国を提訴した事案です。

 自衛隊員の死亡の背景にあったのは、旭川でのスキー機動訓練です。

 死亡した自衛隊員は、マイナス10度の中で、途中に傾斜のある道を含む5キロメートルのコースを1周したうえで、更に中央道の往復を行いました。本件スキー機動訓練の後、自衛隊員は胸の痛みを訴えました。自衛隊員は人工呼吸器を装着するなどの治療を受けましたが、結局、急性心筋梗塞によって死亡しました。その後、自衛隊が公務起因性を否定する判断を通知したことを受け、提訴に至ったという流れです。

 被告国・法務大臣側は、

スキー機動訓練は毎年行われている、

マイナス10度前後という気温も旭川市の平均気温に照らせば、殊更低温とはいえない、

などと主張し、本件が日常の業務の枠内に留まると主張しました。

 しかし、裁判所は被告の主張を採用せず、次のとおり業務の危険性を認定し、原告の地位確認請求を認めました。

(裁判所の判断)

「本件スキー機動訓練は、亡q4のプラークの破綻をもたらす危険性を有していたと認めるのが相当であるから、亡q4は、スキー機動訓練により基礎疾患がその自然の経過を超えて増悪したことで心筋梗塞を発症したものと認めるのが相当である。」

「被告は、スキー機動訓練は積雪寒冷地の陸上自衛隊員が日常的に行う訓練にすぎないと主張し、確かに、亡q4や同人の同僚の陸上自衛隊員はほぼ毎年スキー機動訓練を行っていたことが認められる。」

「しかしながら、公務の過重性は、前記のとおり、当該公務に基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させる危険性があるか否かによって判断されるべきものであるから、前述したように、そのような危険性がある場合に、そういった業務に日常的に従事していたとしても、日常的に公務に内在する危険にさらされていたというにすぎず、このことが直ちに公務起因性を否定する理由にはなるわけではない。

「さらにいえば、スキー機動訓練は、亡q4ら積雪寒冷地の陸上自衛隊員にとっては毎年実施される訓練であるとしても、そうした積雪寒冷地の陸上自衛隊員以外の公務員が行うことはほとんど想定し得ない訓練である。このような訓練を課せられたことに起因して陸上自衛隊員がどのような危険を負ったのか判断するに当たって、単に、同様の訓練を課せられた同僚などと比較すれば過重な業務ではないとして公務起因性を否定するのは、危険責任の見地からすると相当でない。スキー機動訓練は、上記説示のとおり、陸上自衛隊員でない一般の公務員の業務と比較しても、プラーク破綻の危険を有するといえるし、他の陸上自衛隊員の業務と比較するとしても、上記のような寒冷による危険がある状況で訓練を行う陸上自衛隊員は限られている以上、同様の危険があるといえる。亡q4らと同じ積雪寒冷地の陸上自衛隊員の業務を念頭に置くとしても、前記認定のとおり、デスクワークにのみ従事する日もあるという勤務の状況に照らすと、それらの業務と比較して、スキー機動訓練がプラーク破綻の危険を有していることが認められる。これらのことからすると、スキー機動訓練が、基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させる過重性を有していることは、いずれにせよ揺るがないというべきである。

「これに対し、被告は、認定指針に照らし公務の過重性が認められないと主張するが、認定指針に法的拘束力がないことをひとまず措くとしても、前記・・・に説示したところに照らすと、スキー機動訓練は、『通常の業務に比較して特に質的に若しくは量的に過重な業務に従事した』とみる余地もあるのであって、被告の主張は採用し難い。被告の主張は、亡q4のように、日常的に基礎疾患を増悪させる危険性のある業務に従事していた者について、災害の公務起因性を安易に否定することになりかねないもので、公務の危険性を適正に評価しようとする認定指針の趣旨に反しており、たやすく採用することはできない。

3.日常的に危険な業務を行っていただけのケースでは公務災害は否定されない

 裁判所は、大意、日常的にこなしていたからというだけでは、公務起因性は否定されないと判示しました。それは単に日常的に公務に内在する危険に晒されながら業務に従事していただけであり、事故が生じた時に公務起因性が否定されるのは相当ではないと判示しました。

 似たような法理は、民間の労働災害の場面にも該当すると思われますが、本件は、日常的に危険な業務に従事していた被災者の救済に、一歩踏み出した裁判例として参考になります。