弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

告知・聴聞の機会を欠く公務員の懲戒処分の効力

1.公務員の懲戒と告知・聴聞

 公務員に懲戒処分を科するにあたり、事前に告知・聴聞の機会を付与することが必要かどうかという論点があります。 

 最大判平4.7.1最高裁判所民事判例集46-5-437は、憲法31条の理解に関し、

「行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。

と判示しています。

 要するに、事前に告知・聴聞の機会を付与することは憲法上の要請ではないという趣旨です。

 こうした判例があることもあり、国家公務員法の概説書には、

「現行法体系では、懲戒処分決定前の事前手続としての聴聞等は義務付けられておらず、懲戒処分に対する不服申立てという事後手続が法定されている」

だけであると書かれています(森園幸男ほか編著『逐条国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕726参照)。

 ただ、だからといって事前手続が重要でないかというと、そういうわけでもありません。上記の国家公務員法の概説書には、上記の説明に続けて、

「しかしながら、処分に当たって公正慎重な手続が求められることに変わりなく、本法及び人事院規則でその手順が定められている。また、一部の府省では処分を判断するための部内手続として懲戒委員会等による審査を設けている。」

と書かれています。

 それでは、以上の理解を前提として、事前の告知・聴聞の機会を欠いたことが、懲戒処分の効力に影響を及ぼすことはあるのでしょうか?

2.二系統の裁判例

 裁判例には二通りの系譜があります。

 一つ目は、福岡高判平18.11.9労働判例956-69 熊本県教委(教員・懲戒免職処分)事件です。

 この裁判例は、

「免職処分は当該職員にとってこの上なく不利益な処分なのであるから、そのような処分をするに際しては、手続的にも適正手続を踏まえていることが不可欠の要請である。この点につき、原判決は、熊本県における市町村立学校の教職員の懲戒手続について、地方教育行政の組織及び運営に関する法律38条1項に定める市町村教育委員会の内申をまって、同法43条3項に基づき制定された熊本県市町村立学校職員の分限及び懲戒に関する条例が準拠するところの熊本県職員の懲戒に関する条例に基づいてなされること、そこには被処分者の弁明についての規定は存在しないことを指摘した上で、『法令の規定上は告知・聴聞の手続を被処分者の権利として保障したものと解することはできず、告知・聴聞の手続きを取るか否かは処分をする行政庁の裁量に委ねられており、手続上不可欠のものとは認められない。ただし、懲戒処分の中でも懲戒免職処分は被処分者の実体上の権利に重大な不利益を及ぼすものであるから、懲戒免職処分に際し、被処分者に対して告知・聴聞の機会を与えることにより、処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす可能性があるときに限り、上記機会を与えないでした処分は違法となると解される。』としているが、にわかに首肯することができない。いやしくも、懲戒処分のような不利益処分、なかんずく免職処分をする場合には、適正手続の保障に十分意を用いるべきであって、中でもその中核である弁明の機会については例外なく保障することが必要であるものというべきである。
と判示しています。

 告知・聴聞の機会を付与していれば処分の内容に影響していた可能性があるかどうかにかかわらず、一律に告知・聴聞の機会を付与しなければならないとする立場です。

 二つ目は、高松高判平23.5.10労働判例1029-5 高知県(酒酔い運転・懲戒免職)事件です。

 この裁判例は、

「地方公務員法49条1項において、懲戒処分等の不利益処分を行うに当たって、その職員に対し処分の事由を記載した書面を交付しなければならないものと規定され、また、控訴人の職員の懲戒の手続及び効果に関する条例3条が、懲戒処分としての戒告、減給、停職又は免職の処分は、その旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければならないと定めている(乙1)ものの、懲戒処分を行うに当たって、弁明の機会を与えなければならないとの規定は設けられていない。しかし、地方公務員法27条1項が『すべて職員の分限及び懲戒については、公正でなければならない』として、地方公務員に対する懲戒処分の公正を定めていることに照らすと、特に被処分者の地方公務員としての身分を喪失させるという重大な不利益を及ぼす懲戒免職処分については、処分の基礎となる事実の認定等について被処分者の実体上の権利の保護に欠けることのないよう、適正かつ公正な手続を履践することが要求されているというべきである。かかる観点からすると、懲戒免職処分の基礎となる事実の認定に影響を及ぼし、ひいては処分の内容に影響を及ぼす相当程度の可能性があるにもかかわらず、弁明の機会を与えなかった場合には、裁量権の逸脱があるものとして当該懲戒免職処分には違法があるというべきである。

と判示しています。

 要するに、告知・聴聞の機会を与えなかったとしても、それで懲戒処分が違法になるのは告知・聴聞の機会を与えていれば結論に影響を及ぼしていた可能性のある場合に限られ、告知・聴聞の機会を与えていなかったとしても結論に影響がなかっただろうと言える場合にまで違法になることはないとする立場です。

 どちらかといえば、高松高裁の系譜に立つ裁判例の方が多そうには思いますが、どちらの理解が正当かは未だ決着がついていません。

3.富士吉田市事件

 以上のような議論状況のもと、東京高裁で、事前の告知・聴聞の機会付与と懲戒処分の効力について判示された裁判例が出されました。東京高判令元.10.30労働判例ジャーナル95-16富士吉田市事件です。

 以前、懲戒事由の認定が極めてラフで、懲戒免職処分が取り消された裁判例を「パワハラ冤罪」という表題でご紹介させて頂きました。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/06/16/204729

 本件は、この一審甲府地裁の判決の控訴審になります。

 基本的に一審の判断が維持されていますが、特筆するのは告知・聴聞の機会付与との関係です。

 一審は告知・聴聞の機会付与の問題に踏み込むまでもなく懲戒処分は違法だとしたため、この点を判示していませんでした。

 東京高裁も、懲戒事由の大部分は事実として認定できないうえ、わずかに残った問題行為にしても斟酌すべき事情があることから懲戒免職と不釣り合いなのは明らかであるとして、実体判断の問題として懲戒処分の効力を否定しました。

 ただ、東京高裁は、なお書きとして次のとおり判示しています。

「なお、地方公務員法27条は、すべての職員の分限及び懲戒については、『公正』でなければならないと定めているところ、懲戒処分、とりわけ懲戒免職処分は、被処分者である公務員の実体上の権利に重大な不利益を及ぼすものであるから、地方公務員法が求める不利益処分を行うに際しての事前手続が、処分事由書の交付(同法49条)にとどまっており、また、行政庁が不利益処分をしようとする場合には事前の聴聞手続が必要と定める行政手続法の規定が、公務員に対する不利益処分については適用除外とされ、条例上は告知・聴聞の手続を定めていないとしても、当該懲戒処分が科される公務員に対して、少なくとも実質的に告知・聴聞の機会を与えて、実体上の権利保護に欠けることのないようにすることが必要であると解するのが相当である。本件においては、控訴人が本件処分(懲戒免職処分)をするに当たって、被控訴人に対して実質的な告知・聴聞の機会を与えているとはいえないのであって、控訴人は適正公正な手続を履践しているとはいえず、この点からも本件処分の適法性には問題があるというべきである。」

 東京高裁の立場は、結論への影響を問題にしていない点において、文言としては福岡高裁の系譜に近そうな気がします。ただ、懲戒事由の認定がいい加減であった関係で、事案としては適切な告知・聴聞の手続きが踏まれていたとすれば、その段階で結論が変わっていてもおかしくない事案だったともいえそうです。

4.事前のヒアリングと告知・聴聞との違いとは?

 それでは、東京高裁で否定された

「実質的な告知・聴聞の機会を与えているとはいえない」

と消極的に評価された事実関係は、具体的にどのようなものだったのでしょうか?

 残念ながら、これは判決文を読むだけでは、良く分かりません。

 判断するまでもない問題として処理された関係で、一審では手続に関して事実認定が詰められていません。東京高裁も独自の事実認定をしているわけではありません。

 本件でどのような事前手続が履践されているのかは、当事者の主張を対照して推知するほかありません。

 手続違反に関する一審当事者の主張は次のとおりです。

(原告の主張)
「本件処分に際して原告に交付された懲戒処分説明書・・・には、『いつ』、『誰に対して』、『どのような行為』を行ったかの指摘が一切ない。」
「原告は、平成28年11月8日に審査委員会の聴聞を受けるまでに、審査委員会からの同月2日付けの文書・・・により、懲戒事由に該当する可能性があるものとして15項目の行為を示されたが、その内容は、いつ、だれに対する、どのような行為であるかが不明確なものであり、そのため、原告は、上記の審査委員会の聴聞において、十分な弁明を行うことができなかった。本来、審査委員会の聴聞においては、あらかじめ、不利益処分の名宛人となるべき原告に対し、対象行為を明らかにし、十分な弁明をすることができるようにすべきであったにもかかわらず、これをしなかったものであり、このことは、地方公務員法27条1項の分限懲戒手続の公平性に反するものであるから、本件処分には手続違反があり、違法である。」
(被告の主張)
「本件処分には行政手続法が適用されないところ(行政手続法3条1項9号)、地方公務員法49条2項及び3項の規定によれば、処分の事由を記載した説明書の交付と処分は分離されているから、処分説明書の記載内容が不適切であること又は処分説明書に処分理由の説明がないことは、本件処分の効力に影響を及ぼすものではない。」

「一般に、不利益処分に際し、その理由をどの程度提示すべきかという点については、行政庁の判断の慎重と合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の名宛人に不服申立ての便宜を与えるという趣旨に照らして、当該処分の根拠法令の規定内容、当該処分に係る処分基準の存否及び内容並びに公表の有無、当該処分の性質及び内容、当該処分の原因となる事実関係の内容等を総合考慮してこれを決定すべきであると解されているところ、本件処分の際の懲戒処分説明書の『処分の理由』の記載に不備があるとはいえない。」
「上記・・・のとおり、本件処分には行政手続法が適用されないところ、地方公務員法29条4項に基づく富士吉田市職員の懲戒の手続及び効果に関する条例においても、聴聞、弁明の機会の付与は要求されておらず、告知、聴聞、弁明の機会の付与がなくとも、本件処分の効力に影響を及ぼさない。」

 本件は事前の告知・聴聞の機会を与えているとはいえないとされている事案ではあります。しかし、原告は審査委員会からの聞き取りは受けていたようで、事前手続が全く踏まれていない事案というわけではなさそうです。

 そうであるにもかかわらず、

「実質的な告知・聴聞の機会を与えているとはいえない」

とされたのは、懲戒事由の特定が不十分で、実質的な弁明を行うことができないような状態であったからだと思います。

 実務上、事前のヒアリングが全く行われないまま懲戒処分が出されることは稀だと思いますが、このヒアリングと法が求める告知・聴聞との違いに関しては、あまり明確には分かっていません。

 抽象的には実質的な弁明が可能だったかどうかで判断されるのだと思います。そして、今回、懲戒事由の特定が不十分なままヒアリングを行うだけでは、告知・聴聞が前置されたことにはならないと判示されました。しかし、それ以上のことは、今後の裁判例の集積を待つことになるのだろうと思います。

 公務員の労働問題に関しては、これをフォローしている弁護士は、現状、極めて少ないと思います。お困りの方は、ぜひ、当事務所まで、ご相談頂ければと思います。