弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラ冤罪

1.パワハラを理由とする懲戒免職処分が取り消された事案

 パワハラを理由とする懲戒免職処分が取り消された事案が、公刊物に掲載されていました(甲府地判平31.1.22労働判例ジャーナル87-81頁 富士吉田市事件)。

 富士吉田市の市立病院に勤務する歯科医師が、患者に対する不当な診療拒否や、職員に対するパワーハラスメントをしたなどとして、市から懲戒免職処分を受けました。

 これに対し、懲戒免職に係る事由は認められないとして、歯科医師が懲戒処分の取り消しを求めたのが本件です。

 裁判所は原告の主張を大筋で認め、懲戒免職処分の取消請求を認容しました。

2.市が提示した懲戒処分の理由

 市が原告歯科医師に交付した「懲戒処分説明書」には「処分の理由」として、

「平成25年1月1日から、富士吉田市立病院に勤務し、平成25年から新設された歯科口腔外科の歯科医師として、診療業務に従事していたが、その間、歯科衛生士、看護師、事務職員に対し、執拗なパワーハラスメントを続けることにより、精神的な苦痛を与え、離職せざるを得ない者もいた。また、富士吉田歯科医師会所属の複数の歯科医師とのトラブルを原因として一部の歯科医院に対し不当な扱いを指示するとともに、自己の勝手な判断や都合により、患者を診療せず、差別した。」

と書かれていました。

3.裁判所の判断

(診療拒否について)

「別表1イ(カ)については、紹介患者の診療予約に応じなかったことに問題がないとはいえないが、その他の点については、そもそも原告において被告が主張するような紹介患者の診療拒否をしたものとは認められないか、原告において紹介患者の診療に応じなかったとしても、不当な診療拒否をしたものとはいえないというべきである。」

(パワハラについて)

 市が主張したのは、

「P9歯科衛生士、P10看護師、P7マネージャ及びP11歯科衛生士に対するパワハラ」

です。

 これについて、裁判所は以下のように判示しています。

「パワハラを受けたというP9歯科衛生士の供述等について、その証人尋問を実施し、原告に反対尋問の機会を与え、その信用性を吟味することなくして、直ちにその信用性を認めることはできないところ、被告は、P9歯科衛生士の証人尋問の申請をせず、同人の尋問は実施されなかったものである上、同人の尋問を経ずとも、原告が同人に対してパワハラと評価すべき言動等をしたと認定できるような客観的証拠もないことからすれば、別表2アで被告が主張するようなP9歯科衛生士に対するパワハラがあったと認めることはできない。」

「パワハラを受けたというP10看護師の供述等について、その証人尋問を実施し、原告に反対尋問の機会を与え、その信用性を吟味することなくして、直ちにその信用性を認めることはできないところ、被告は、P10看護師の証人尋問の申請をせず、同人の尋問は実施されなかったものである上、同人の尋問を経ずとも、原告が同人に対してパワハラと評価すべき言動等をしたと認定できるような客観的証拠もないことからすれば、別表2イで被告が主張するようなP10看護師に対するパワハラがあったと認めることはできない。」

「パワハラを受けたとするP7マネージャの供述等について、その証人尋問を実施し、原告に反対尋問の機会を与え、その信用性を吟味することなくして、直ちにその信用性を認めることはできないところ、被告は、P7マネージャの証人尋問の申請をせず、同人の尋問は実施されなかったものである上、同人の尋問を経ずとも原告が同人に対してパワハラと評価すべき言動等をしたと認定できるような客観的な証拠はないことからすれば、別表2ウで被告が主張するようなP7マネージャに対するパワハラがあったと認めることはできない。」

そもそも被告の主張自体において、原告が行ったとするパワハラ行為の内容が明確ではなく、その裏付けとなる証拠も、P20総務部長が電話で聴取した内容の説明があるにすぎないのであって、P11歯科衛生士に対する尋問も実施されず、同人の尋問を経ずとも、原告が同人に対してパワハラと評価すべき言動等をしたと認定できるような客観的証拠もないことからすれば、別表2エで被告が主張するようなP11歯科衛生士に対するパワハラがあったと認めることはできない。」

4.不適切な事実認定のもとでの懲戒処分には、きちんと不服が言える

 判決文を読んだとき、市側の事実認定の不適切さに目を引かれました。

 事実の存否のレベルで診療拒否をしたかどうかは比較的簡単に確認できたはずではないかと思います。しかし、裁判所では診療拒否をした事実それ自体が存在しないと指摘されたものが相当数あります。

 市が診療拒否されたと指摘する患者の中には、逆に原告側の立証に協力し、

「陳述書(甲54の4)において、原告にはとても丁寧によく診ていただいたと述べている。」

方もいたようです。

 ハラスメントについては、更に市側の対応の混乱が目立ちます。

 原告は、P9、P10、P7、P11いずれの方との関係でも、

「被告が主張するようなパワハラと評価される言動や態度をとったことはないと主張し、陳述書(甲120)及び被告に反対尋問の機会があった原告本人尋問においてこれに沿う供述をし、さらに、本件病院の関係者の供述等、上記の原告の供述に符合する証拠・・・を提出し」

たようです。

 こうした原告の立証活動に対し、市はパワハラを受けたとする方の証人尋問すら申請できませんでした。

 こうした現象が生じたのは、言い掛かりに近い一部職員からのクレームを真に受け、懲戒処分を下したのはいいものの、対象の原告歯科医師から身に覚えがないと否認され、病院関係者の多くも原告側に立ってパワハラはなかったと言うという事態に直面し、慌てて客観証拠を探したものの当然のように見つからず、偽証の制裁のもとで証言をすることに及び腰になったクレームの主から梯子を外された、といった経過を辿ったからではないかと推測しています。

 何もしなければ、こうした処分も闇に埋もれてしまうのでしょうが、きちんと声を挙げれば、裁判所は不服に耳を傾けてくれます。

5.パワハラは冤罪防止も重要

 改正労働施策総合推進法32条の2第1項は、

「事業主は、職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であつて、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」

と規定しています。

 こうした法改正に合わせ、パワハラに対する企業の姿勢は厳しくなっていくことが予想されます。

 しかし、パワハラに熱心に対応することと、杜撰な事実認定に基づいて従業員を加害者扱いして処分して良いかとは全く別の問題です。

 改正法成立以前から冤罪的な懲戒処分はあり、別段新しく生じた問題というわけではありませんが、改正法の施行を迎えるにあたっては、冤罪が許されないことも、強く自覚されなければならないと思います。

 思い込みやその場の勢いで懲戒処分をしてしまうと、今回紹介した事案の富士吉田市のように見栄えのしない姿を法廷で晒すことにもなりかねません。懲戒処分を下すにあたっては、事実認定の適否や処分の軽重について、予め弁護士に確認をとっておいた方が良いだろうと思います。