弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

会社には検討中の希望退職制度を告知する義務があるのか?

1.退職金優遇措置を含む希望退職制度

 会社が人員削減を実施する際、退職金の優遇措置を含む希望退職制度を設けることがあります。簡単に言えば、退職金を割り増すことで、自発的に退職してくれる人を増やす仕組みです。

 退職届を出した直後、こうした希望退職制度の導入が告知された場合、退職届を出した労働者としては「そのような仕組みが導入されるのであれば、予め知らせておいて欲しかった。」という気持ちになるだろうことは、ある程度察しがつきます。

 それでは、こうした場合に、退職届の撤回は認められるのでしょうか。

 また、告知義務違反を理由に、会社に対して何等かの請求をすることはできないのでしょうか。

 この点が問題になった事件に、東京地裁令元.9.5労働判例ジャーナル95-44 エーザイ事件があります。

2.エーザイ事件

 この事件で原告になったのは、被告を退職した労働者です。

 平成30年10月5日に、退職日を同年11月30日とする退職届を提出しました。

 被告会社は平成31年3月31日まで在籍するように慰留しましたが、原告は次の転職先が決まっていることを理由に退職の意向を維持しました。

 被告は原告の意思が固いことから慰留を断念し、平成30年10月15日に退職届の決済を完了させ、そのことを原告に通知しました。

 その10日後である同年10月25日、被告会社は割増退職金の加算を伴う希望退職制度の実施を決定・公表しました。この希望退職制度には適用除外があり、募集退職日(平成31年3月31日)以前の退職日で既に退職届を提出し、これを被告会社が承認している場合には、制度が適用されないことになっていました。

 この制度は同年2月ころから企画されていた仕組みでした。

 原告はこの制度に応募するため、退職届の撤回を申し出ました。

 しかし、被告会社は退職届の撤回に応じませんでした。

 これに対し、希望退職制度の導入を知りながら退職届を受理したり、退職届の撤回に応じなかったことが不法行為に該当するとして、原告が被告会社に損害賠償を請求したのが本件です。

 裁判所は、次のとおり述べて、会社には希望退職制度の告知義務もなければ、退職届の撤回に応じる義務もなかったとして、原告の請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

-告知義務について-

「被告が本件退職届を受理した平成30年10月15日には、被告において本件制度の実施が決定されていなかったのであるから、被告が、本件制度の除外要件が適用されることを知りながら本件退職届を受理したとは認められない。」
「なお、仮に上記時点において本件制度の内容が概ね決定されており、これが実施されれば原告に優遇措置の除外要件が適用される可能性が相当程度あったとしても、被告は、本件制度の内容について、公表までの間は秘密を保持することとしていたものであり、かかる取扱いは希望退職制度である本件制度の目的、内容に照らして合理的なものというべきであるから、本件退職届を受理するに当たり、原告に対して本件制度の内容を告知すべき義務があるということはできない。

-退職届の撤回に応じる義務について-

「被告は本件退職届の決済を行い、原告に対してその旨を伝えているのであるから、本件制度の公表時点において、労働契約を解約する合意が成立していたものと認められる。そして、本件制度の公表後に退職届の取下げを認めるとすれば、本件制度の公平、適正な運用が妨げられることは明らかというべきであり、被告が本件退職届の取下げの申出に応じるべき義務は認められない。

3.言いたくなることは分かるが、現行法下では難しいだろう

 退職金優遇措置は、その性質上、会社との間で秘密保持契約を結んだ社員によって開発されることも多く、社内でも表沙汰になりにくい制度だと思います。

 しかし、現行法上、未導入の制度に告知義務を措定したり、労度契約のの合意解約後に退職届を撤回したりすることは基本的には困難だと思います。退職届を出した直後に優遇措置が導入されると、ひとこと物申したくなる気持ちになることは分かりますが、残念ながら、本件のような事案の見通しは、それほど明るくならなそうです。