弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

片道3時間かけて通勤してもいいから妻子を置いて引っ越したくない-転居命令を拒める場合

1.転勤制度が労働者に与える負担

 配転命令には使用者に広範な裁量が認められていて、滅多なことでは違法になりません。そして、配転命令に従わないでいると、業務命令違反で解雇される可能性が高まります。そのため、妻子がいる労働者は、転居を伴う必要のある配転命令を受けた場合、家族と離ればなれで生活するか、仕事を辞めるかの岐路に立たされます。共働きの場合、離ればなれで生活することを避けるため、配偶者が仕事を辞めるかどうかの選択を迫られることもあります。

 それでは、こうした問題を自分なりに解消するため、片道3時間通勤かけて通勤しても構わないので妻子と生活している現住所地を離れたくないと言い張る労働者に対し、会社は転居を命じることができるのでしょうか。

 この点が問題になった近時の裁判例に、東京地判平30.6.8労働判例1214-80 ハンターダグラスジャパン事件があります。

 搭載雑誌は異なりますが、これは昨年、

「片道2時間の通勤になる配置転換 パニック障害があるからといって、それだけで拒否して大丈夫なのか?」

という題名のブログ記事で言及させて頂いているものと同じ事件です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/06/21/195956

2.ハンターダグラスジャパン事件

 本件で原告になったのは、東京都板橋区で共働きの妻と中学生の子と一緒に生活していた方です。

 元々、都内の本社に勤務していましたが、平成27年12月1日付けで茨城工場への異動を命じられました。その後、原告が通勤中に交通事故に遭ったこともあり(ただし、原告の過失割合は零)平成28年11月4日、被告会社は原告に対して茨城工場の近くに単身で転居するように命令しました。

 これに従わなかったところ解雇されたため、転居命令の有効性と解雇の効力を争って、原告が被告会社を相手取り、地位確認などを求める訴えを提起したのが本件です。

 裁判所は、次の通り判示して、業務上の必要性がないことを理由に配転命令は違法であるとし、 転居命令違反を理由とする解雇は無効だと判示しました。

(裁判所の判断)

「本件について業務上の必要性をみるに、被告は、往復6時間の長時間通勤は、原告の健康不安、疲労や睡眠不足による工場内事故の危険、通勤途中の事故や交通遅延の可能性の増大、残業を頼みにくい不都合等から、被告は原告の長時間通勤を長期間放置することはできず、本件転居命令には業務上の必要性がある旨主張する。しかし、上記1の認定によれば、本件転居命令は、本件配置転換の約1年後に出されたもので、原告は、その期間、転居せず自宅から茨城工場に通勤していたこと、原告の茨城工場での業務内容は梱包作業であり、早朝・夜間の勤務は必要なく、緊急時の対応も考え難いこと、原告不在時には他の従業員が原告の業務に対応することができたこと、原告に残業が命じられることはなかったこと、原告は、片道3時間かけて通勤しているが、交通事故のために休職した期間と一度の電車遅延による遅刻の他は遅刻や欠勤はなく、長距離通勤や身体的な疲労を理由に仕事の軽減や業務の交替を申し出たこともほとんどなかったことが認められる。そうすると、原告が転居しなければ労働契約上の労務の提供ができなかった、あるいは提供した労務が不十分であったとはいえず、業務遂行の観点からみても、本件転居命令に企業の合理的運営に寄与する点があるとはいえず、業務の必要性があるとは認められない。
「また、被告は、AP事業部の再開が見込まれないため、原告が東京勤務になる見込みがなく、今後も継続して長時間通勤を原告に課すことは、労働契約法や労働安全衛生法上不相当であると主張する。しかし、単身赴任による負担と長時間通勤の負担とを比較すると、一概に後者の負担が重いとも断じ難いし、企業の安全配慮義務の観点からも、原告に被告が赴任手当等の金銭的負担(就業規則や旅費規程に則った合理的なもの)の上で転居する機会を与えているのだから、安全配慮義務を一定程度果たしているといえ、それを超えて転居を命令する義務があるとまではいえない。したがって、被告の上記主張は採用しない。」
以上によれば、本件転居命令には業務上の必要性があるとは認められず、被告の上記主張は採用しない。
(中略) 

「以上によれば、本件転居命令は、業務上の必要性を欠き権利濫用であって無効である。そうすると、原告は本件転居命令に従う義務はないし、本件転居命令に従わなかったことを理由とする本件解雇は、客観的合理的理由を欠いており、社会通念上も相当であるとは認め難いから、本件解雇は労働契約法16条により無効である。」

3.きちんと通って稼働できるのであれば引っ越しは必要ない?

 ハンターダグラスジャパン事件では、約1年に渡り、特に問題なく労務提供をしていた稼働実績があったため、業務上の必要性を否定し易かったのではないかと思います。

 しかし、この発想を推し進めて行くと、きちんと労務を提供できることを前提とする限り、家族と一緒に生活をしたいから長時間通勤は我慢すると言い張る労働者に転居を命じることには業務上の必要性が認められないという結論に帰着するのではないかとも思います。

 仕事と生活の調和が問題となる昨今、企業は配置転換にあたりもう少し労働者側に配慮しても良いのではないかと思います。また、配転命令の必要性と転居命令の必要性はおそらく意味するところが異なっていて、転居命令は配転命令より多少は違法性が認められやすいのではないかと思います。

 それほど簡単な事件にはならないでしょうが、もし、職場から家庭生活を壊しかねないような転居命令を受けている方がおられましたら、その効力を争うことができないのかを、弁護士に相談しに行ってみても良いのではないかと思います。