弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

親族経営の会社における給与の意義-賃金か恩恵的給付か?

1.親族経営の会社で親族従業員に支払われる給与の意義

 親族経営の会社においては、親族である従業員に対し、給与の名目で極めて高額の金銭が支給されていることがあります。非親族である従業員の給与額との間に、顕著な差が生じていることも珍しくありません。

 こうした場面で支給されている金銭は、労務の対償としての「賃金」(労働基準法11条)に該当するのでしょうか。それとも、親族であるが故に支給されている恩恵的な給付なのでしょうか。

 この問題は会社で内紛が生じ、特定の従業員の給与額が極端に減らされたときに顕在化します。賃金であるとすれば、原則として一方的に減額することは認められませんが、恩恵的な給付であるとすると、それほど強い法的保護を与える必要はないのではないかという議論の余地が生じます。

 この高額給与の法的性質の理解が問題になった事案が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令2.1.29労働判例ジャーナル99-34 岡部保全事件です。

2.岡部保全事件

 本件で被告になったのは、不動産の管理等を事業目的とする合名会社です。

 原告になったのは、被告代表者の二女の夫です。社員(合名会社に対し持分と業務執行権を持っている立場の人です)ではない形で被告会社で勤務していたと認定されています。

 平成29年9月当時、被告会社から原告には、基本給名目で月額309万円、扶養手当名目で月額1万円が支払われていました。

 しかし、被告の時期代表者を長女cとすることを決めた被告代表者は、平成29年10月12日の定例ミーティングにおいて、原告に給料の減額を告げました。

 これにより、原告に支給される基本給は、月額309万円から月額107万4434円に減額されました。原告が不服を表明したところ、被告会社への反逆行為として辞職扱いとされ、給与全額が支給されなくなり、地位確認や未払賃金を求める訴えが提起されたという経過が辿られています。

 原告からの賃金支払の請求に対し、被告会社は原告への支給金額のうち労務の対償としての部分はわずかであり、就業規則及び給与規定の上限額(34万8000円)を超える部分は親族関係に基づく単なる任意的恩恵的給付だと反論しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、被告の主張を排斥し、原告に支払われていた金銭は賃金だと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告へ支給してきた金銭は、賃金ではなく、任意的恩恵的給付や福利厚生給付であると主張し、雇用契約の存在をも否定するような主張をしている。確かに、被告が原告に支払っていた給与の額は、平成29年9月時点で基本給として月額309万円であり、被告の給与規定の定める上限や世間一般の感覚を優に超える金額である。
しかし、特に、小規模な会社においては、後継者と目される親族関係のある従業員に対し、通常の従業員の給与額と比較して相当高額の金員を給与名目で支払うことはまま見られるところ、高額であることのみをもって給与としての性質を喪失するものとは解されず、会社の規模、売上等、経営者に対して支払われる報酬額、当該親族従業員の労務提供の実質、これによる会社の売上に対する貢献等を考慮して、支払われていた金銭が、賃金であるのか、賃金以外の給付も含まれるのかを決すべきである。
本件においては、被告は、社員及び従業員がそれぞれ4名ずつの小規模な合名会社であり、前記認定事実のとおり、被告の業績は拡大し、原告の給与や他の従業員の給与も増額されていったこと、被告代表者には、平成29年9月当時、月額589万円が支払われていたこと、被告は、原告に対し、入社当時から、給与規定(ただし、規定の施行は原告の入社後である。)の定める上限を超える月額35万円の給与を支給し、原告は、不動産業に精通するため、資格や学位を取得し、人脈を広げる努力をした上、被告において不動産業者や銀行との打合せや交渉を担ってきた事実を踏まえると、被告の規模の会社で、親族であり、副社長と呼ばれて様々な業務を行っていた原告に対し、月額309万円の基本給が給与として支払われていたとしても不合理ではなく、加えて、被告が、原告に支払った給与から雇用保険料を控除し、給与であることを前提に税務申告も行ってきたことを考慮すると、原告と被告との間には雇用契約が存在し、被告が原告に支払っていた金銭の性質は、賃金であると認めるのが相当である。
「被告は、給与規定における100号俸の基本給である34万8000円を超える部分は、賃金ではないと主張しているが、当該主張及び原告の入社時の賃金が月額35万円であったことを前提とすると、他の従業員は被告の利益拡大に応じて賃金の増額が行われたのに、原告の賃金は、入社以降変わらず月額34万8000円で、原告のみが賃金を増額されなかったこととなって不合理である。また、被告は、原告が新興商事の代表取締役のほか、数社の会社の代表取締役にも就任しており、通常許されるはずのない掛け持ち勤務や掛け持ち経営を行っていることから、原告と被告との間の契約は労働契約ではなく、支給されていた金銭は賃金ではないとの趣旨の主張もしているが、前記認定事実のとおり、原告は、10年以上も新興商事の取締役と被告での業務を兼務しており、被告は、原告が新興商事株式会社の代表取締役に就任して以降も、減額はしたものの原告に給与を支払い続けていたのであるから、他社の経営との兼務は被告から黙認されていたというべきであって、被告から原告に支払われていた金銭の賃金該当性を否定する理由とはならない。原告がβにマンションを購入した時期と原告の給与が月額166万3750円から月額274万6500円に増額された時期が一致又は近接していることは、原告に支払われた金銭の中に被告代表者からの生活扶助の趣旨の金銭が含まれているとの被告の主張を裏付けるものとも思われるが、平成27年1月期の被告の税引後利益は、前年度と比較して約6億数千万円も増大しており、原告が入社して以降最大の伸び幅であることを踏まえると、利益の拡大に伴う昇給と考えて矛盾はないというべきである。」

3.給与名目で支給されていれば安心できるわけではないのであろう

 裁判所は、給与名目なのだからと形式的に判断することなく、

「会社の規模、売上等、経営者に対して支払われる報酬額、当該親族従業員の労務提供の実質、これによる会社の売上に対する貢献等を考慮して、支払われていた金銭が、賃金であるのか、賃金以外の給付も含まれるのかを決すべきである。」

との一般論を展開し、そこから原告に支給されていた給与が賃金なのかどうかを実質的に判断して行きました。

 賃金かどうかは実質的に判断されます。名ばかりフリーランスに支払われている業務委託料などのお金を賃金だと主張する場面に比し、賃金名目で支給されているお金が賃金ではないと主張される場面は、それほど多く目にするわけではありません。しかし、判断が実質的に行われる以上、そのような主張が使用者側からなされても、理論的にはおかしくないことになります。

 他の非親族従業員よりも著しく高額の給与をもらってきた場合、給与を一気に減額された時に、それを通常の賃金減額の判断枠組でのみ理解して甘い見通しを立てると、痛い目を見る可能性があります。

 こうした場合、労務の対償としての性格を緻密に論証することが必要になるため、やはり単純な賃金減額事案なのだからと安易には考えず、きちんと弁護士等の専門家に対処を相談した方が良いのだろうと思います。