弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不更新条項付きの有期労働契約の雇止めが否定された例-契約書を交わした後でも不服を表明することは大事

1.不更新条項の問題

 有期労働契約において、契約期間満了に際し、使用者から次期の契約更新を拒絶することを、一般に「雇止め」といいます(第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、第1版、平30〕384頁参照)。

 使用者は雇止めを自由にすることができるかと言えば、そういうわけではありません。労働契約法19条は、有期労働契約の更新が反復されていて期間の定めのない契約と同視できるようになっている場合や(1号類型)、契約更新に向けた合理的期待がある場合(2号類型)において、雇止めをするにあたっては、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が必要になると規定しています。

 こうしたルールをかいくぐるためのテクニックとして、会社側が「不更新条項」という方法を用いてくることがあります。

 不更新条項というのは、平たく言うと、

「契約を結ぶのは、今回が最後だ。」

「今回更新を行う条件として、次回更新がないことを了解した。」

といった内容の契約条項を言います。

 不更新条項付きの労働契約書を交わした後、会社は、大意、

不更新条項付きの労働契約書にサインしているのだから、次回更新時には契約が更新されることへの期待はなくなっているはずである、

よって本件は2号類型には該当せず、期間の満了とともに労働契約は終了になる、

という主張を展開してきます。

 1号類型は適用のハードルが高くて、それほど簡単には認められないため、会社側としては、2号類型をいかにコントロール下に置くのかが課題となるのです。

 しかし、こうした手法で雇止めを合法化することは認められるのでしょうか。

 有期契約の労働者の中には、目先の生活を確保するため、不本意ながらも不更新条項にサインしてしまう人が少なからずいます。

 不更新条項付きの有期労働契約書にサインしてしまった場合、その契約が終わってしまったら、もう雇止めの効力を争うことができなくなってしまうのでしょうか?

 この問題についての裁判例は安定していません。佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院、初版平29〕293頁以下で比較的相殺な検討が加えられていますが、裁判例は否定例と肯定例に分かれています。契約更新時に不更新条項が設けられた場合、

労働者の自由意思に基づいた意思表示といえるのかを慎重に認定する必要があること

不更新条項があるからといって、それが直ちに結論に直結するわけではないこと、

までは一般に承認されていても、そこから先、不更新条項の雇止めの可否を判断するにあたっての要素としての位置づけや、それがどこまで決定的な事情となるのかは、非常に分かりにくくなっています。

 そのため、不更新条項付きの労働契約書にサインしてしまった方が雇止めの相談に来られた場合、正確な見通しを立てることは極めて困難です。

 個人的な実務経験の範囲内でも、

「肯定例と否定例とが分かれていて、これといった法則性も見出しがたいため、どうなるのかは事件化してみなければ分かりませんが、やりますか?」

といった回答になることが多いように感じています。

 前振りが長くなりましたが、こうした議論状況のもと、近時公刊された判例集に、不更新条項付きの労働契約書を交わしながらも、雇止めの効力を否定した裁判例が掲載されていました。福岡地判令2.3.17労働判例ジャーナル99-22 博報堂事件 です。

2.博報堂事件

 本件で原告になったのは、1年ごとの有期雇用契約を29回に渡って更新してきた方です。

 しかし、通算契約期間が5年を超える場合に無期転換権が生じるという、いわゆる無期転換ルール(労働契約法18条)の導入とともに、これを免れるため、被告会社は雇用契約書に、

「2018年3月31日3月31日以降は契約を更新しない」

旨の条項を盛り込むようになりました。

 そのため、原告との間で平成25年4月1日以降に交わされた契約書には全て不更新条項が挿入され、平成29年4月1日付けの契約書にも、

「本契約の期間は、2017年4月1日から2018年3月31日までとし、本契約期間以降は契約を更新しない。」

との条項が入れられました。

 この約定に従って、2018年(平成30年)3月31日をもって雇用期間が満了したのだというのが被告会社の理屈です。

 これに対し、原告の方は、大意、

無期転換逃れの不更新条項なんか公序良俗に反するものとして無効だ、

不更新条項付きの契約書に署名押印しなければ雇用契約が更新されないのであるから、自由な意思に基づく有効な同意として評価することはできない、

という議論を展開しました。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、不更新条項の効力を否定しました。結論としても、雇止めの効力を否定し、地位確認請求を認容しています。

(裁判所の判断)

「確かに、原告は、平成25年から、平成30年3月31日以降に契約を更新しない旨が記載された雇用契約書に署名押印をし、最終更新時の平成29年4月1日時点でも、同様の記載がある雇用契約書に署名押印しているのであり、そのような記載の意味内容についても十分知悉していたものと考えられる。」
「ところで、約30年にわたり本件雇用契約を更新してきた原告にとって、被告との有期雇用契約を終了させることは、その生活面のみならず、社会的な立場等にも大きな変化をもたらすものであり、その負担も少なくないものと考えられるから、原告と被告との間で本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、原告の明確な意思が認められなければならないものというべきである。
しかるに、不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは、原告にとって、本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから、このような条項のある雇用契約書に署名押印をしていたからといって、直ちに、原告が雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることは相当ではない。」
また、平成29年5月17日に転職支援会社であるキャプコに氏名等の登録をした事実は認められるものの、平成30年3月31日をもって雇止めになるという不安から、やむなく登録をしたとも考えられるところであり、このような事情があるからといって、本件雇用契約を終了させる旨の原告の意思が明らかであったとまでいうことはできない。むしろ、原告は、平成29年5月にはεに対して雇止めは困ると述べ、同年6月には福岡労働局へ相談して、被告に対して契約が更新されないことの理由書を求めた上、被告の社長に対して雇用継続を求める手紙を送付するなどの行動をとっており、これらは、原告が労働契約の終了に同意したことと相反する事情であるということができる。
「そして、他に、被告の上記主張を裏付けるに足る的確な証拠はない。」
以上からすれば、本件雇用契約が合意によって終了したものと認めることはできず、平成25年の契約書から5年間継続して記載された平成30年3月31日以降は更新しない旨の記載は、雇止めの予告とみるべきであるから、被告は、契約期間満了日である平成30年3月31日に原告を雇止めしたものというべきである。」

3.事後の不服の表明が事実認定に影響を与えることがある

 不更新条項の法的な理解の仕方は錯綜していて、

① 合意解約に類似したものと考える立場、

② 更新に対する合理的期待の放棄と捉える立場、

③ 雇止めの合理性・相当性審査の評価障害事実として捉える立場、

などに整理されます(前掲『類型別 労働関係訴訟の実務』295頁)。

 本件は不更新条項を①の類型の問題として捉えた裁判例だと位置づけられます。

 私が本件で特に興味を覚えたのは、「明確な意思」とうい文言もさることながら(自由な意思と何か違うのか)、契約締結後に雇止めは困るとして、労働局に相談したり、雇用継続を求める手紙を送ったりしていることが、「明確な意思」があったという認定を妨げる事情として考慮されている部分です。

 合意の内容を法的に解釈するうえで重要になるのは、基本的には合意締結・成立の前までの事情になります。事後的に合意の内容を都合よく変えることができたのでは、約束としての意味がないからです。後で都合が悪くなって文句を言っても、それは合意内容の解釈には影響を与えないのが原則です。

 しかし、労働法関係の裁判例を分析していると、事後的な不服の表明が合意当時の意思の認定に影響している例を、少なからず目にすることがあります。本件も労働者の事後的な行動が裁判所の事実認定を後押しした形になっています。

 労働事件は、契約書を取り交わしてしまったら終わり、というものではありません。不味い契約を交わしたと思っても、そこで諦めず、弁護士のもとに相談に行くことが大切です。事後的にでも不服を表明し、争った形跡を残すことが、後の紛争において勝率を高めることに繋がるからです。本件は、そうした早期相談の重要性を実証する事案としても位置付けられます。

 見通しを語ることが難しい事件類型であることは確かですが、お困りの方は、ぜひ一度ご相談頂ければと思います。