弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

企業への犯罪歴の申告義務と名の変更

1.企業から聞かれたに犯罪歴は答えなければならないのか?

 企業の採用面接等で犯罪歴を聞かれた時、答えなければならないのかという論点があります。

 応募者に犯罪歴がある場合、特に、それが重大であったり奇異であったりする場合、普通の企業は採用を敬遠します。

 しかし、企業からの質問に対し、常に犯罪歴の有無を回答しなければならないとすると、罪を犯した人が永続的に社会から排除されることになってしまいます。犯罪歴のある方を採用したくないという気持ちは分からなくもありませんが、罪を犯した人が永遠に前科者という烙印を背負い続けるのも、社会全体の在り方からすれば、好ましいとはいえません。

 企業の採用の自由と罪を犯した人の社会への再統合の要請とのバランスの取り方として、消滅前科という考え方があります。

 刑法34条の2第1項は、 

禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする。」

と規定しています。

 刑の執行を終わってから何事もなく10年経過すれば、その人は、法律上、前科のない人と同じように取り扱われることになります。

 これを消滅前科といいます。

 経歴詐称等の形で前科の不告知が問題になった裁判例の中には、前科を聞くこと自体は問題ないものの、労働者は消滅前科まで告知しなければならないわけではないという形で、バランスを図っているものがあります。

 例えば、仙台地裁昭60.9.19労働判例459-40 マルヤタクシー事件は、

使用者が雇用契約を締結するにあたつて相手方たる労働者の労働力を的確に把握したいと願うことは、雇用契約が労働力の提供に対する賃金の支払という有償双務関係を継続的に形成するものであることからすれば、当然の要求ともいえ、遺漏のない雇用契約の締結を期する使用者から学歴、職歴、犯罪歴等その労働力の評価に客額的に見て影響を与える事項につき告知を求められた労働者は原則としてこれに正確に応答すべき信義則上の義務を負担していると考えられ、したがつて、使用者から右のような労働力を評価する資料を獲得するための手段として履歴書の提出を求められた労働者は、当然これに真実を記載すべき信義則上の義務を負うものであつて、その履歴書中に「賞罰」に関する記載欄がある限り、同欄に自己の前科を正確に記載しなければならないものというべきである(なお、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは一般に確定した有罪判決(いわゆる「前科」)を意味するから、使用者から格別の言及がない限り同欄に起訴猶予事案等の犯罪歴(いわわゆる「前歴」)まで記載すべき義務はないと解される。)。」

「しかしながら、犯罪者の更生にとつて労働の機会の確保が何をおいてもの課題であるのは今更いうまでもないところであつて、既に刑の消滅した前科について使用者があれこれ詮策し、これを理由に労働の場の提供を拒絶するような取扱いを一般に是認するとすれば、それは更生を目指す労働者にとつて過酷な桎梏となり、結果において、刑の消滅制度の実効性を著しく減殺させ同制度の指向する政策目標に沿わない事態を招来させることも明らかである。したがつて、このような刑の消滅制度の存在を前提に、同制度の趣旨を斟酌したうえで前科の秘匿に関する労使双方の利益の調節を図るとすれば、職種あるいは雇用契約の内容等から照らすと、既に刑の消滅した前科といえどもその存在が労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるをえないといつた特段の事情のない限りは、労働者は使用者に対し既に刑の消滅をきたしている前科まで告知すべき信義則上の義務を負担するものではないと解するのが相当であり、使用者もこのような場合において、消滅した前科の不告知自体を理由に労働者を解雇することはできないというべきである。

と判示しています。

2.犯罪歴のインターネット検索の問題

 上述のような裁判例はありますが、企業も前科を無制約に聞くことが許容されるというわけではないのだろうと思います。そのことは、マルヤタクシー事件の判示が、

「労働力の評価に客額的に見て影響を与える事項につき」

という留保を付けていることからも伺われます。

 元々、前科をみだりに公開されない利益は、それをプライバシーと言うかは別として、古くから裁判例で承認されてきました。

 その歴史は、最三小判昭56.4.14民集35-3-620が、

「前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有する」

と判示したことにまで遡れます。

 労働力評価との関連性を説明できなければ前科を聞くこと自体が権利侵害の問題を生じさせかねないためか、面接で「前科があるか」とダイレクトに尋ねられたというケースは、それほど多く耳にしなくなっています。

 その代わりに出てきたのが、犯罪歴のインターネット検索の話です。

 自分はどの企業に応募しても落とされる、これはインターネット上に実名報道が残り続けているからではないかという相談です。

3.インターネット検索から逃れるのは容易ではない

 罪を犯した人が、インターネット検索から逃れることができるかというと、それは必ずしも容易ではありません。

 最三小判平29.1.31民集71-1-63という判例があります。

 本件は児童買春をして逮捕された方が、検索事業者に対し、検索結果の削除を求める仮処分命令を申し立てた事件です。

 この事件で、最高裁は、

「検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは、当該事実の性質及び内容、当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。」

との一般論を示したうえ、

「抗告人が妻子と共に生活し、・・・の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。」

と検索結果からの削除を認めませんでした。

 要するに、検索結果からの排除というのは、一般論として絶対不可能ではないにしても、そのハードルは極めて高いのです。

4.氏の変更も容易ではない

 そこで出てくるのが、氏の変更という手続です。

 氏の変更というのは、戸籍法107条1項に根拠のある手続で、「やむを得ない事由」があるときに、家庭裁判所の許可のもとで氏を変更できるという仕組みのことです。

 氏の変更が前科の秘匿との関係で着目されていたのは、今に限ったことではなく昔からのことです。

 ただ、前科との関係で氏を変更することは必ずしも容易ではありません。

 例えば、宮崎家審平8.8.5家月49-1-140は、

単に心情的に氏に改めて心機一転したいとか、前科を隠したい等という申立人の主観的理由によって氏変更を求めるのではなく、客観的に現在の氏による社会生活上の現実の支障や不利益があり、氏変更の必要があると認められる場合であって、加えて、氏を変更することが当該人物の更生に必要と認められる事情がある場合には、戸籍法にいうやむを得ない事由に該当すると解される。」

と述べたうえ、結論として氏の変更を認めてはいますが、単に前科を隠したいといった主観的理由による氏の変更を否定しています。

 やや古い裁判例になりますが、千葉家八日市場支審昭39.2.7家月16-8-119は、

「 軽々に変更されると、選挙、徴税などの行政事務上にも支障を来すし、取引上も混乱を来し、税金や債券を免かれるため、或は又前科や犯罪を隠すために悪用される恐れもある。

と前科隠しは氏の変更の悪用例だとまで言っています。

5.名の変更

 それでは、名の変更はどうでしょうか。

 戸籍法107条の2は「正当な事由」があるときに、家庭裁判所の許可のもとで名前を変更することを認めています。

 名の変更に必要な「正当な事由」は氏の変更の要件である「やむを得ない事由」よりも緩やかだと理解されています(島田充子「『改名許可基準と手続』-名の変更・氏名変更手続」判例タイムズ1100-106参照)。

 氏の変更よりも要件が緩やかな名の変更であれば、前科を隠すために使うことができるのでしょうか。

 前振りが長くなりましたが、近時公刊された判例集に、公然わいせつ在で執行猶予付きの判決を受けた方が、就職に不利益であるとして名の変更を求めた事件が掲載されていました。

 東京家審令元.7.26判例タイムズ1471-255です。

 裁判所は、次のとおり述べて、名の変更を認めませんでした。

(裁判所の判断)

「本件申立は、平成30年〇月〇日に公然わいせつの罪により懲役4月、執行猶予3年の有罪判決を受けた申立人が、逮捕時に報道された自己の氏名及び顔写真が現在もインターネット上に拡散されているため、就職の応募先にこれを知られてしまい、就職することが出来ない状態にあるとして、申立人の名をインターネット検索できる『B』から『C』に変更することを求めるというものである。」

犯罪歴は、企業にとって、企業への適応性や企業の信用の保持等企業の秩序維持の観点から重要な情報の一つであって、応募者が雇用契約に先立って申告を求められた場合は、信義則上真実を告知すべき義務を負うものであるから、現在執行猶予期間中である申立人が応募に当たり、当該犯罪歴を募集企業に知られることで採用を拒否されるなど一定の不利益を受けることがあったとしても、それは社会生活上やむを得ないものとして申立人において甘受すべきである。したがって、このような不利益を回避することを理由として名の変更をすることは許されず、戸籍法107条の2にいう『正当な事由』があるとは認められない。

6.犯罪は割に合わない

 感覚的には、労働部の裁判官であれば、労働能力評価の観点から全く留保を付けることなく「信義則上真実を告知すべき義務」といった一般的な義務を措定することはなさそうな気はしますが、裁判所は、前科隠しは名の変更である「正当な事由」にはならないと判示しました。

 従来、前科隠しと名の変更との関係では、目立った公表裁判例がありませんでした。

 インターネットの発達や氏の変更ほど要件が厳しくない関係で、どういう判断がされるのかなと気になってはいましたが、大方の予想通り、名前の変更という方法も塞がれました。

 報道されるか否かは私人でコントロール可能なことではありません。インターネット検索からも逃れられず、氏名を変更することも容易ではありません。

 犯罪は割に合わないように出来ているので、やはり、しないに越したことはありません。