弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

賭け麻雀の朝日新聞記者「停職1か月」について

1.賭け麻雀の朝日新聞記者「停職1か月」

 ネット上に、

「賭け麻雀の朝日新聞記者『停職1カ月』の妥当性

という記事が掲載されています。

https://news.yahoo.co.jp/articles/35d51973b42387b3ba3ffc9ffcb2c3d5f4741586?page=1

 記事には、

「朝日新聞社は5月29日、前東京高検検事長の黒川弘務氏の賭け麻雀問題に関し、同氏らとともに賭け麻雀を行っていたことが判明した社員を停職1カ月の懲戒処分としたことを発表しました。また、管理責任を問い、執行役員経営企画室長の福島繁氏をけん責としています。」

「世論の多くは、この処分に対し、刑法に抵触する可能性のある賭け麻雀をして、しかも、新型コロナウイルスで自粛が必要な時期にさえ行ったのだから、処分を受けて当然と考えるでしょう。筆者も、いち国民として同感です。」

「しかし、社労士としての視点から冷静に考えると、感情論だけで、この懲戒処分を正当化してしまうのは性急であると感じました。」

「今回の懲戒処分の妥当性を法的に検証するにあたり、考慮すべき論点は3つあります。先にキーワードだけ申し上げると、第1は『推定無罪の原則』、第2は『トカゲの尻尾切り』、第3は『行為と処分のバランス』です。

と書かれています。

 一次資料に触れているわけでもないため、懲戒処分が妥当なのか不当なのかは分かりませんが、弁護士(私)とは少し着眼点が違うのだなと思いました。

2.弁護士が考えること

(1)懲戒事由は何?

 弁護士的な観点で言うと、私は何を懲戒事由として判断したのかが気になります。

 朝日新聞のホームページを見ると、

「社員は、緊急事態宣言下に黒川氏、産経新聞記者2人と賭けマージャンをしており、本社は極めて不適切な行為と判断しました。定年延長、検察庁法改正案が国会などで問題となっており、渦中の人物と賭けマージャンをする行為は、報道の独立性や公正性に疑問を抱かせるものでした。深くお詫びいたします。」

と書かれています。

https://www.asahi.com/corporate/info/13413852

 しかし、この文言を見るだけでは、新聞社がどこに企業秩序の侵害を見出したのかが良く分かりません。

 具体的に言うと、

① 「賭け麻雀(刑法犯である賭博罪)をした」という行為の属性の問題なのか、

② 「緊急事態宣言下に」不適切な行為に及んだという時節の問題なのか、

③ 渦中の人物(取材対象者)との距離の取り方の問題なのか、

という点です。

 それによって「行為と処分のバランス」は全然違ったものになるのではないかと思われるからです。

(2)行為と処分のバランス

 例えば、賭博行為に力点があったとします。

 単純な比較はできませんが、公務員の懲戒処分の基準となっている、

人事院事務総長発 平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」

によると、公務外非行関係での単純賭博は、

「減給又は戒告」

とされています。

https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.html

 「緊急事態宣言下に」という部分に力点があったとすると、緊急事態宣言下であるとはいえ、出歩くこと自体は違法とされていない中、三密を避けることを強く報じていた会社の方針に反したことをもって、どこまで重い処分を科することができるのかが問題になります。

 渦中の人物(取材対象者)との距離の取り方の問題であるとすれば、同種の行為がこれまでどのように取り扱われてきたのかが気になります。「同種の行為を行った他の労働者への処分との均衡」は懲戒権濫用の判断要素になるからです(荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕159頁参照)。

3.公正な言論のための独立の確保とは?

 法令ではないものの、新聞倫理綱領というものがります。

 ここには、

「新聞は公正な言論のために独立を確保する。あらゆる勢力からの干渉を排するとともに、利用されないよう自戒しなければならない。」

と書かれています。

https://www.pressnet.or.jp/outline/ethics/index.html

 本件に関しては、特に学術的興味以上のものを持っているわけではありませんが、メディアが、

渦中の人物(取材対象者)との距離の取り方を是としているのかどうか(懲戒事由として認識しているのかどうか)、

これまで同様の付き合い方を律してきた事実があるのかどうか、

今後、業界として、同様の付き合い方を何等かのルールをもって律するつもりがあるのかないのか、

は気になるところです。

 個人的には「重い(妥当な)処分がされたのだから・・・」という処分の量定の問題だけではなく、懲戒事由が何なのかを追求する報道が、もう少しあってもよいのではないかと感じています。