1.パワハラ防止指針
令和2年6月1日から、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(パワハラ防止指針)が適用されます。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/seisaku06/index.html
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000584512.pdf
この指針では、パワハラの類型のほか、具体例が記述されています。
ただ、具体体が記述されているとはいっても、その中には抽象度が高いものも少なくありません。
その最たるものが、SOGI(Sexual orientation and gender identity)ハラです。
パワハラ防止指針におけるパワハラの一つに、
「精神的な攻撃」
という類型があります。
これに該当する例として、
「人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。」
という記述があります。
このように、SOGIハラはパワハラの概念の中に位置づけられています。
しかし、「相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動」といっても、それが具体的にどのような言動を指すのかは、抽象的で十分に分かりません。
それでは、「相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動」とは、具体的にどような言動を指すのでしょうか。
近時公刊された判例集に、これを推知するうえで参考になる裁判例が掲載されています。
東京地判令元.12.12労働経済判例速報2410-3 経済産業省事件です。
これは、以前「性同一性障害者が自認する性別に対応するトイレを使用する利益と行政措置要求の可能性」という題目でご紹介させて頂いた裁判例と同じ事件です。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/03/18/003059
違う判例集にも掲載されていたため、別の切り口から書いてみたのが本記事です。
2.経済産業省事件
本件は、性同一性障害者(Male to Female)の方が、
女性用トイレの使用に関する制限を設けないこと等を要求事項とする行政措置請求を認めない判定の取り消し
及び、
経済産業省の職員による違法な言動等を理由とする国家賠償
を請求した事件です。
国家賠償請求の対象行為は多岐に渡りますが、その中の一つに、直属の上司bの
「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」
という発言があります。
本件では、こうした発言の違法性が争点になりました。
裁判所は、次のとおり判示して、上記発言を違法だと判示しました。
(裁判所の判断)
「原告は、bが平成25年1月17日面談において、『なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか』と発言した旨を主張しており、その陳述書・・・及び本人尋問においてこれに沿う内容の陳述をしている。そして、証拠・・・によれば、bが平成25年1月17日面談において、原告に対して当該発言とおおむね同じ内容の発言をしていたことを認めることができる。」
「そこで、検討するに、このようなbの発言は、その言葉の客観的な内容に照らして、原告の性自認を正面から否定するものであるといわざるを得ない。」
「被告は、当該発言の趣旨について、上記・・・のとおり主張しており、bは、『なかなか手術を受けないんだったら、服装を男のものに戻したらどうか』という発言をしたものであって、当該発言は、原告の性自認を否定する趣旨でされたものではない旨を主張している。しかしながら、性別によって異なる様式の衣服を着用するという社会的文化が長年にわたり続いている我が国の実情に照らしても、この性別に即した衣服を着用するということ自体が、性自認に即した社会生活を送る上で基本的な事柄であり、性自認と密接不可分なものであることは明らかであり、bの発言がたとえ原告の服装に関するものであったとしても、客観的に原告の性自認を否定する内容のものであったというべきであって、・・・、個人がその自認する性別に即した社会生活を送ることができることの法的利益としての重要性に鑑みれば、bの当該発言は、原告との関係で法的に許容される限度を超えたものというべきである(なお、被告は、bがそのような発言に至った事情として、丙において原告が性別適合手術を受けていないことを疑問視する声が上がっていたことや、当時の原告の勤務態度が芳しいものではなかったことなどを主張しているが、これらの事情を客観的に裏付ける的確な証拠はないし、仮にそのような事情があったとしても、上記の法的な評価を左右するに足りるものではないというべきである。)。
「したがって、bによる上記の発言は、原告に対する業務上の指導等を行うに当たって尽くすべき注意義務を怠ったものとして、国家賠償法上、違法の評価を免れない。」
3.SOGIハラの具体例
原告の方は、上記言動を、パワハラやセクハラの概念の媒介させることなく、端的に人格権侵害として構成しています。
SOGIハラは比較的新しい概念であるうえ、法律用語でもないため、違法性を有する言動の外延は、それほど明確になっているわけではありません。
そのため、言動に違法性を認めた本件裁判例は、具体的にどのような発言が人格権侵害に該当するのかを推知するための資料として、非常に重要な意味を持っています。
性自認に即した社会生活を送る上で基本的な事柄とは何か、今後の事例の集積が期待されます。