弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

敬語のパワハラ「ここは学校じゃないので、同じことを言わせないでください」「本俸が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい」

1.パワーハラスメント

 事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)は、

「事業主が職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、その雇用する労働者の就業環境が害されること」

を職場におけるパワーハラスメントとして定義しています。

 同指針はパワーハラスメントの典型として、身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の六類型を掲げています。

 このうち「精神的な攻撃」には、脅迫、名誉毀損、侮辱、ひどい暴言といったものが該当します。いずれの言動についても、これまで裁判例で問題になってきたのは、乱暴な言葉で罵られている例が多いように思われます。

 しかし、敬語が使われていたからといって、不必要に人を傷つける言動が許されるわけではありません。近時公刊された判例集にも、そのことを窺い知ることができる裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、神戸地判令3.9.30労働判例ジャーナル120-44神戸市・代表者交通事業管理者事件です。

2.神戸市・代表者交通事業管理者事件

 本件で被告になったのは、神戸市交通局を設置する地方公共団体です。

 原告(昭和38年生まれ)になったのは、神戸市陸運局自動車部市バス運輸サービス課お客様サービス係で働いていた方です。年下の上司である係長C(昭和43年生まれ)から暴言を受けたほか、座っていた椅子の背部を蹴られるなどのパワーハラスメントを受け適応障害を発症したとして、神戸市に対し国家賠償を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件でパワーハラスメントに該当するのではないかが問題になったC係長の言動は次のとおりです。

(裁判所の認定した事実)

「C係長は、原告が作成した広聴の回答文について添削・確認を行い、原告に対し、上記回答文の作成について、繰り返し指導を行った。その中でC係長は、原告に対し、

〔1〕「ここは学校じゃないので、同じことを言わせないでください。文章の書き方を教えるところじゃないので。」、

〔2〕「私なら広聴の案件なら午前中に処理を終え、他の仕事に取りかかれますよ。」、

〔3〕「本俸が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい。」、

〔4〕「回答文を完成させていないのに、なぜ現場に出て行くのですか。回答文を作るだけで、また残業するのですか。」、

〔5〕「広聴だけじゃなくここの本来の仕事も把握してもらわないといけない。」、

〔6〕「他の担当者の仕事に首をつっこまずに私の言ったことに専念してください。私がマネージメントしているのですから、他の担当者の言うことは聞かないように。」、

〔7〕「毎回、同じ事を言わさないでください。」

といった発言を複数回した。C係長は、原告に話しかける際には、敬語を用いていた。・・・」

「なお、原告は、C係長による指導の態様が、他の職員の面前で、原告を立たせたまま長時間叱責を続けたり、小ばかにする言い方をしたりするものであったと主張するが、本件全証拠によっても、これを認定するに足りない。」

 こうした言動の一部について、裁判所は、次のとおり判示し、パワーハラスメントとしての違法性を認めました。

(裁判所の判断)

「パワーハラスメントとは、職場において行われる優越的な関係を背景にした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、被用者の就業環境が害されるものをいい、客観的にみて、業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワーハラスメントには該当しない。この就業環境が害されたかは、社会一般の平均的な被用者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動かどうかを基準に判断するべきである。」

(中略)

C係長が広聴業務に関し、原告に発言した内容は、前記・・・で認定したとおりであり、敬語を用いたものであった。なお、原告は、前記・・・で認定した以上に、別紙主張対照表の『原告の主張(C係長の発言内容)』欄記載の各発言があった旨主張するが、いずれも客観的な裏付けを欠くものであり、採用できない。」

「被告は、C係長の発言について、1回のみと主張するものがあり、C係長も同旨を証言するが、原告は複数回言われていたと主張しており、C係長は、職務分担を調整した上、原告には専ら広聴業務のみを担当させていたのであり、しかも、原告への指導は繰り返し行っていたというのであり、これらの発言が1回にとどまっていたという明確な根拠もないため、被告の主張は採用できない。」

〔1〕『ここは学校じゃない』、『文章の書き方を教えるところじゃない』という発言は、相手に対し、業務上の書面を作成する能力を否定するものである。そして、〔2〕『本俸が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい』という発言は、高い給与をもらっていながら、それに見合った仕事をしていないとして相手を非難するものである。本件において、正しく広聴の回答文を作成させるという目的に照らし、殊更に学生と対比したり、年功序列で定まった給与の多寡を持ち出したりする必要はなかったということができる。

以上によれば、C係長においてこれらの発言をすることにつき、業務上必要かつ相当な理由があったとはいえない。

「他方、前記・・・で認定したその他の発言は、公聴業務を担当する原告の職務内容に直接関係するものであり、上司として原告の勤怠管理をする立場にあるC係長が業務上の必要に基づき発言したものと認められる。」

「被告は、原告に向けられたC係長の発言は、原告が回答文書の作成事務に習熟していなかったことからされた業務上必要かつ相当な範囲内のものであった旨主張する。C係長も、同人の証人尋問で、原告には、広聴業務以外の金銭を扱う業務をする能力がなく、他の係員の足を引っ張ることがないように、広聴業務だけを担当させた、広聴業務として1日2ないし5件(多い日には10件)程度の苦情等が来るところ、簡単な1、2件のみを原告に担当させ、残りをC係長自身が担当していたが、原告は1日に1件を処理できるかどうかというペースで仕事をしており、指導をしても改善せず、同じことを繰り返し指導する必要があった旨供述する。」

「確かに、原告は平成4年から平成28年まで乗合自動車運転士を務めており、事務職員としての経験は2年程度と十分ではなく・・・、平成30年度当初に分担された業務の大半は、年度途中で他の職員の担当とされたこと・・・からすると、原告の広聴業務に係る事務処理能力には少なからぬ問題があったことがうかがわれる。したがって、C係長において、原告に対し、丁寧かつ一定の時間をかけて、指導を行う必要性があったことが首肯できる。」

「しかしながら、その指導の必要性の高さをもってしても、原告の人格的評価を貶めるような発言が許容されることとはならないから、原告の能力の低さを強調して、C係長の上記各発言が正当であるとする被告の主張は失当である。

「ここまでの検討によれば、C係長の上記・・・〔1〕及び〔2〕の発言は、上司としての立場を背景に、学生との対比や年功序列で定まった給与の多寡を持ち出して、相手を非難するものといえ、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により、相手に対し、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じさせるものといわざるを得ない。

3.よくある言動に違法性が認められた例

 ここは学校ではないだとか、高い給料をもらっているのだから見合うだけの仕事をしろだとかいった言動は、よくある当てこすりです。乱暴な口調を用いず、敬語を使ったとしても、やはりダメだということが明確にされました。

 また、今回の事件は、年下の上司が年配の部下を揶揄している点に特徴があります。しかし、業務上の必要性の要否に年齢はそれほど本質的ではないような気がします。

 本俸の高さ云々は措くとして、「ここは学校じゃない」という言動は、新人が浴びせられがちな言動でもあります。判例集への掲載時期は偶々だと思いますが、丁度今の季節に、こうした言動がハラスメントに該当すると判示された意義は、小さくないように思います。