弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

日時を特定しない勤務態度は懲戒事由になるのか?

1.抽象的な懲戒事由の主張

 懲戒処分の効力を争っていると、使用者側から、普段から仕事がいい加減だとか、勤務態度が悪いだとか、サボっているだとか、抽象的な形で懲戒事由が主張されることがあります。

 こうした主張は、具体的な懲戒事由を補強する要因として、付加的に主張されることが多いように思います。

 日時の特定のない抽象的な主張に対しては、反論の前提として、一体、いつの時点でのどのようなエピソードを問題視しているのかの特定を求めて行くのが基本的な対応になります。

 しかし、求釈明(裁判所を通じて、不明瞭な主張を明瞭にするように、相手方当事者に促してもらうこと)をかけても、なお、単なる悪口と区別がつかないような抽象的な主張が繰り返されることがあります。

 そうすると、労働者側は「依然として、具体的な事実の特定がないではないか。」として改めてクレームをつけて行くことになります。

 このような法廷でのやりとりに関しては、本当に時間の無駄だと思っていました。使用者側の主張を封じるにあたり、活用できる裁判例がないかと考えていたところ、近時公刊された判例集に利用できそうな裁判例が掲載されていました。鳥取地判令2.2.21労働判例ジャーナル98-18 国立大学法人鳥取大学事件です。

 この事件は、昨日、

「就職妨害・大学院進学の強要がアカデミックハラスメントに該当するとされた事例」

としてご紹介させていた事件と同じ裁判例です。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2020/05/17/193110

2.国立大学法人鳥取大学事件

 本件は懲戒処分(停職処分)の有効性が争点となった事案です。

 学生(c)にアカデミックハラスメントをしたことなどを理由に停職1か月の懲戒処分を受けた国立大学法人の教授が、勤務先である国立大学法人に対し、停職処分の無効確認などを求めて訴えを提起したのが本件です。

 被告となった国立大学法人は、アカデミックハラスメントの事実のほか、

「cに対して感情的になり恐怖を感じさせるような激しい口調で指導したこと」

という懲戒事由も主張しました。

 この懲戒事由が具体的な事実として何を指しているのかは、当然問題になりましたが、被告は、

「原告は、感情にムラが見られ、学生の指導等においても時に感情的になって、学生に恐怖を感じさせるような激しい口調で指導していた。被告は、特定の日時における特定の行為を問題としているわけではなく、原告による日常的な指導態度、方法を問題としているのである。」

と述べるだけで、いつ、どこで、どのような経緯及び状況下で、どのような内容の指導がなされたのかを明らかにしませんでした。

 これに対し、裁判所は、次のとおり述べて、大学側の抽象的な懲戒事由に係る主張を排斥しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が、cに対し、感情的になり、恐怖を感じさせるような激しい口調で指導したという非違行為・・・を主張するが、特定の日時における特定の行為を問題としているわけではなく、原告による日常的な指導態度、方法を問題としている。」
「しかしながら、使用者が労働者に対して行う懲戒処分は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課すものであるから(最高裁判所平成8年9月26日第一小法廷判決・集民180号473頁)、対象者のために防御の範囲を特定する必要があり、懲戒の対象となる非違行為は、他の事実と識別できる程度の具体的事実を含むものでなければならないと解される。」
特定の日時における特定の行為を一切明らかにせず、抽象的に『日常的な指導態度、方法』を非違行為として捉えたのでは、他の事実との識別は困難で、防御も困難である。具体的な事実関係を明示することなく、日常的な指導態度、方法を懲戒処分の対象とすることはできず、・・・被告の主張は失当である。

3.アカハラが認定されたため懲戒効力の効力は維持されたが・・・

 未知の問題について既存の知見から緻密に議論を組み立てていくような場面を除いて、文献にも裁判例にも書かれていない法律論は、幾ら主張したところで、大体「独自の見解である」ということで誰からも相手にされません。

 そのため、法曹実務家は、法律論を主張・展開する時、それにどのような根拠があるのかを気にします。文献上、裁判例上の根拠がある主張は、少数説として理解されることはあっても、独自の見解であると鼻であしらわれることはないからです(引用は非専門職の方がネット上の法律を取り扱った記事の信憑性を図る尺度にもなるともいます。それが通説的な見解なのか、少数説なのかは法専門職でなければ見分けがつかないと思いますが、きちんと文献・裁判例が引用されている記事は、独自の珍説というわけではありません。逆に、文献や行政解釈、裁判例の引用が一切なされていないような記事は、信憑性に何の担保もないので、実用性のないもの・話半分くらいに受け取っておくのが正解だろうと思います)。

 本件ではアカハラが認定されたため、停職1か月の懲戒処分の有効性自体は否定されず、結論として、原告(労働者側)の請求は棄却されています。

 しかし、日時を特定しない抽象的な懲戒事由の主張を、失当(法的に意味のない主張だということを指します)とした点は、労働者側に有利な判示となっています。

 この部分の判示は他の事案にも利用可能なもので、本裁判例を引用すれば、抽象的な懲戒事由をめぐる不毛な論争は、早々に打ち切ることができるかもしれません。