弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

新型コロナ 感染の危険を理由とする欠勤-賃金が支払われないことは自明なのだろうか

1.感染の危険を理由とする欠勤

 ネット上に、

「『コロナが怖いなら休めばいい』上司が在宅勤務の申請を却下…そんなの許される?」

という記事が掲載されています。

https://www.bengo4.com/c_5/n_11083/

 記事は、

「相談者の会社では、コロナ感染対策のためにテレワークを開始。所属長経由で申請し、認められれば、在宅勤務に切り替えることができることになった。」

「相談者は30分の時差通勤をしていたが、電車は混雑しており、『コロナに感染するのではないか』という恐怖を感じながら通勤していた。そこで、上司にテレワークを申請。もともと内勤業務でPC作業がほとんどだったため、許可はおりると思っていた。」

「ところが、上司には『通勤でコロナに感染する恐れがストレスならば休んでほしい』と言われ、申請を却下されてしまったという。」

という設例をもとに、

「このような上司の対応は許されるのだろうか。」

と問題提起しています。

 この問題に回答をしている弁護士の方は、

「この上司の判断が正しいか否かによって、結論は変わります。」

(中略)

政府がテレワーク等を要請しているとはいえ、会社には個々の事情があり、どのように運営するかは基本的に会社の判断に委ねられています。また、すべての人が会社等を休んだ場合、社会全体はまわっていきません。」

極端な話、医療従事者であっても、感染の危険を理由に欠勤をする自由はあるでしょうが、その場合に賃金が支払われないことに異論はないと思います。

「したがって、会社の判断に従わないで欠勤をする場合は、その判断に明らかな誤りがない限り、会社に賃金保障を求めるのは難しいと考えます。」

と述べています。

2.会社の判断というより、安全配慮義務(労働契約法5条)の解釈問題ではないか?

 回答の趣旨が、私には少し分かりにくいのですが、

「テレワーク等を・・・どのように運営するかは基本的に会社の判断に委ねられて」

いるという記述は、誤解を招きかねない表現ではないかと思います。

 テレワークの要否、運用基準の作成、具体的な事案への運用基準の適用等についての会社の判断は、会社の判断は、労働契約法5条(安全配慮義務)によって拘束されるのであり、フリーハンドではないように思われるからです。

 労働契約法5条は、

「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」

と規定しています。

 この安全配慮義務の内容は、

「①労働者の利用する物的施設・機械等を整備する義務、②安全等を確保するための人的管理を適切に行う義務に分かれ、②はさらに、危険作業を行うための十分な資格・経験をもつ労働者を配置する義務、安全教育を行う義務、あるいは危険を回避するための適切な注意や作業管理を行う義務などに分かれる」

とされています(荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕95頁参照)。

 安全配慮義務の内容として、特定の物的設備の導入が求められることもあります。

 近時の裁判例で言うと、造園会社が従業員に高木の剪定作業を行わせるにあたり、二丁掛けの安全帯を使用させるべきであったのかが争われた事案があります(東京高判平30.4.26労働判例1206-46日本総合住生活ほか事件)。この事件は一丁掛けの安全帯を使用していて転落事故に遭った従業員が、勤務先等に対して安全配慮義務の不履行を理由に損害賠償を請求した事件です。裁判所は事故当時の造園業界では二丁掛けの安全帯が一般的でなかったことを認めながらも、勤務先等には二丁掛けの安全帯を提供し、その使用方法を指導し、従業員にこれを使用させる義務があったという判断をしています。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/10/14/182149

 厚生労働省は、令和2年2月25日に

「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」

という文書を出しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164708_00001.html

https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000599698.pdf

 ここには、

「患者・感染者との接触機会を減らす観点から、企業に対して発熱等の風邪症状が見られる職員等への休暇取得の勧奨、テレワークや時差出勤の推進等を強力に呼びかける。

と明記されています。

 そして、

「新型コロナウイルス感染症対策のためのテレワークコースン助成内容」

と銘打って助成金を支給しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/jikan/syokubaisikitelework.html

 もちろん、政府の呼びかけや助成金制度があるから直ちにテレワーク用の設備を導入することが安全配慮義務の内容に組み込まれるわけではありません。特定の人的管理体制を構築することを強制できるわけでもありません。

 先に掲げた荒木尚志ほか『詳説 労働契約法』〔弘文堂、第2版、平26〕94頁にも、

「安全配慮義務の内容は個々の事案に応じて定まるものであり、労働契約法も、特定の措置を講ずることをあらかじめ求めるものではない」

と書かれています。

 しかし、業種、事業規模、既存設備の状況、テレワーク導入に伴う負担の有無や程度、当該労働者の担当職務の内容や性質などの具体的な状況によっては、労働者にテレワークの導入・自身への適用を求めることに権利性を承認できる場合も、決してなくはないのではないかと思っています。

 個々の事情があるのはその通りですし、法は無理を強いるものではありませんが、会社は安全配慮義務との関係でテレワークの導入・個々の労働者への適用の要否を法的に判断しなければならないのであり、自由裁量に委ねられているわけではないのだろうと思います。

 安全配慮義務が損害賠償の根拠になることを超えて、具体的な作為請求の根拠になるのかなど、これを実践の場面で使っていくにあたっては、乗り越えなければならないポイントが多々あり、それが決して簡単ではないことは否定しません。

 しかし、設問のような相談に回答するにあたっては、法律解釈(労働契約法5条)の問題であることを明確に指摘しておかなければ、一般の方に、会社の一存で全てが決まってしまうのではという誤解を与える可能性があるのではないかと思っています。

3.安全配慮義務を履行してくれない場合、不就労期間の賃金を請求できるか?

 もう一つ、気になったのは、

「極端な話、医療従事者であっても、感染の危険を理由に欠勤をする自由はあるでしょうが、その場合に賃金が支払われないことに異論はないと思います。」

という部分です。

 これは、本当に異論はないのか? と思います。

 私の知る限り、特定の安全対策をとってくれないことを理由に労働者が就労を拒否した場合の不就労期間中の賃金請求の可否について判示した裁判例はありません。

 しかし、参考になりそうな裁判例はあります。

 例えば、東京高判平23.2.23労働判例1022-5 東芝事件は、安全配慮義務違反により精神疾患を患った労働者からの賃金請求の可否に関連して、

「債権者である使用者の責めに帰すべき事由により債務者である労働者が債務の履行として労務の提供をすることができなくなる場合には、同条項(民法536条2項 賃金を請求する根拠 括弧内筆者)の適用があるものと解すべきである。そして、労務の提供をすることができなくなる事態には、労働者の労務提供の意思を形成し得なくする場合も、労務提供の能力を奪う場合もあり得るのであるから、労働者において労務提供の意思を有していなくとも、それが労務提供の意思形成の可能性がありながら、当該労務者の判断により労務の不提供を判断したなどの特段の場合であればともかく、使用者の責めに帰すべき事由により労働者が労務提供の意思を形成し得なくなった場合には、当然に同条項の適用がある

と判示しています。

 新型コロナウイルス感染症に関しては、国立感染症研究所などが診療時の感染予防策を公表しています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_00111.html

https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/corona/2019nCoV-01-200319.pdf

 ここには医療従事者が感染を予防するにあたり、必要な環境・機器・被覆材やその管理方法が書かれています。

 確かに、通勤が怖いという理由で医療従事者が欠勤をするのはどうかと思いますが、勤務先の病院が、物資の不足から、安全に診療に従事するにあたって必要な環境や機材を整備してくれない場合に、感染の危険があるとして労務提供の意思を形成できなくなったようなケースにおいて、医師等が、

「感染の危険があるから働こうと思っても労務を提供できなかった」

として賃金を請求することには、それほどの違和感は覚えません。

 医師ではなかったとしても、十分な安全対策をとってくれない場合に、

「これでは働きたくても働けません。」

と言って就労を拒否し、不就労期間中の賃金請求を行うことは、一般論として否定されるようなものではないだろうとも思います。

4.難しい問題ではあるが・・・

 安全配慮義務として特定の設備の導入を求めるのも、「安全」な就労環境が具体的に定義されていない非医療従事者が新型コロナ関係での安全配慮義務違反を理由として不就労期間の賃金を請求するのも、ハードルが高いこと自体は否定しませんが、理屈の構築自体ができない問題ではないと思います。

 具体的な状況によっては、説得的な理屈付けをできる事案もあるかも知れないので、気になる方は、弁護士に相談してみるとよいと思います。