1.「残業好き」の人たちと働き方改革
ネット上に、
「『残業好き』の人たちにとって働き方改革とは何なのか?」
という記事が掲載されていました。
https://news.yahoo.co.jp/byline/yokoyamanobuhiro/20200207-00162075/
記事の著者は、
「働き方改革は、ものすごく矛盾している」
「その通りだ。自由度の高い働き方を、と言いながら、かえって窮屈になっている」
「柔軟性を求めるなら、残業も認めてほしいね。残業代は要らないから」
などという声を紹介したうえ、
「組織には残業を減らされても喜ばないどころか、不満を覚える人が20%はいるということだ。」
「他の人が帰宅しているのに、自分だけが残っていると「取り残された」感覚を覚える人も多いだろう。」
「休日に、ほとんど誰もいないオフィスに昼から出社し、コンビニで買ったコーヒーとチョコレートを口にしながら、ダラダラと作業をするのが、意外と嫌いじゃないんだよな。」
「――こういった感覚を、本当に否定していいものか、と思ったりする。他人に強要するのはよくないが、そういう働き方の『嗜好』なのだと言われたら、どう反論すればいいのだろうか。」
「ベストな解決策は存在しないが、これからは働く時間帯ぐらいは、個人によって柔軟に設計できるようにしたほうがいいだろう。わかりやすいのはフレックスタイムの導入だ。『残業好き』な人は、残業代目当てではない。ただ、遅い時間までやるのが好きなのだから、職場に残って業務をしているのを『時間外労働』とさせなければいいのだ。」
などと主張しています。
2.フレックスタイム制を採用したからといって残業代の支払義務はなくならない
前提として、フレックスタイム制でも残業代の支払義務は発生します。
フレックスタイム制では清算期間の総枠を超えた時間数が時間外労働になります。
清算期間が1か月を超える場合には、
① 1か月ごとに、週平均50時間を超えた労働時間
② ①でカウントした時間を除き、清算期間を通じて、法廷労働時間の総枠を超えて労働した時間
が時間外労働のカウントの対象になります。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000148322_00001.html
https://www.mhlw.go.jp/content/000476042.pdf
一般の方には何を言っているのか非常に分かりにくいと思いますが、フレックスタイム制が採用されたからといって、残業代が請求できなくなるわけではありません。
3.「残業好き」な人には、フリーランスになるという選択肢がある
この種の「残業好き」な人に関する議論を見るたびに、なぜ、フリーランスになればよいのではないかという議論が出ないのかと思います。
以前、長時間の就労を余儀なくされているフリーランスの方を保護するための仕組みがないのかを調べたことがあります。
しかし、現行法上、フリーランスの方の就業時間を直接規制する法律は、家内労働法4条の定める努力義務規定くらいしかありません。
(参考:家内労働法4条1項)
「委託者又は家内労働者は、当該家内労働者が業務に従事する場所の周辺地域において同一又は類似の業務に従事する労働者の通常の労働時間をこえて当該家内労働者及び補助者が業務に従事することとなるような委託をし、又は委託を受けることがないように努めなければならない。」
あとは自営型テレワークの適正な実施のためのガイドラインで、
「注文者は、・・・業務の遂行に必要な技術・経験や、業務遂行に必要な所要時間の目安等を示すことが望ましいこと。」
とされている程度です(ガイドライン第3(1)ロ)。
https://homeworkers.mhlw.go.jp/guideline/
https://homeworkers.mhlw.go.jp/files/guideline.pdf
なお、指摘するまでもありませんが、ガイドラインは法令ではありません。
間接的な規制としては、下請法や独占禁止法が人件費増を考慮しない短納期発注を問題視することで間接的に過重労働を抑制する役割を担っています。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127.html
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h30/nov/181127_2.pdf
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/nov/191115.html
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/nov/191115_2.pdf
https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/index.html
https://www.jftc.go.jp/hourei_files/yuuetsutekichii.pdf
フリーランスの方の就業時間規制は上述の程度しか存在しません。疑似労働者で労働基準法を適用することができれば話は別ですが、真正の意味でのフリーランスの方の就業時間は野放しに近い状態にあります。
そのため、「残業好き」な人はフリーランスになって、会社と業務委託契約を結んで仕事をすれば、文字通り青天井で働くことができます(ただし、その結果、病気になったり死亡したりしても、基本は自己責任で処理されるため、私はそのような働き方は推奨しません)。
以前、このブログで社員の個人事業主化を志向している企業のことを紹介しました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/08/15/233607
フリーランスになって青天井で残業したいと言えば、おそらく会社は断らないと思います。
4.働き方改革のもとでも住み分けは可能
働き方改革が対象としているのは、基本的には使用者-労働者の関係です。事業者間での契約(巨大企業-個人事業主間の契約を含む)に干渉するものではありません。
そのため、残業代がなくても残業をしたい「残業好き」な人と、そうではない人とは住み分けが可能です。
しかし、残業をしたいからという理由で労働者側が望んで雇用契約を業務委託契約に切り替えたという話は、事件化しないであろうことを考慮しても、あまり見聞きしたことがありません。
記事の著者の
「残業を減らされても喜ばないどころか、不満を覚える人が20%はいる」
との指摘は、私の弁護士としての実務感覚・体感とは相当に乖離しますが、もし、本気でそう考えている人がいるのであれば、フレックスタイム制云々を論じるよりも、労働契約を解消して業務委託契約に切り替えるという方法を教えてあげるとよいと思います。
残業をそれほど望まない残り80%の人を巻き込んで働き方改革を止めようとするよりも、その方がずっと簡単です。