1.労働時間を適切に把握する責務の懈怠と労働時間の推計計算
以前、労働時間を適切に把握する責務を懈怠している会社であればあるほど、労働時間の立証するための資料がなく、残業代の請求が困難になることに言及しました。
そして、こうしたアンバランスを是正するためか、労働者の手帳の記載から労働時間を認定し、労働時間管理を何ら行っていなかった会社に対する残業代の請求を認めた事案(東京地判平31.1.25労働判例ジャーナル89-56ディートライ・プラス事件LEX/DB25562976)があることを紹介しました。
https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/09/06/183818
上記は地裁レベルの裁判例ですが、労働時間管理を行っていなかった使用者は推計計算を甘受すべき立場にある-近時公刊された判例集に、そうした趣旨を明言した高裁判例が掲載されていました。福岡高判令1.7.18労働判例ジャーナル93-48LEX/DB25564022・フルカワ事件です。
2.フルカワ事件
フルカワ事件は俗にいう労災民訴の案件です。
本件は脳梗塞を発症した従業員が、当該脳梗塞は業務に起因するものであるとする労災認定を得た後、安全配慮義務違反を主張して勤務先会社を訴えた事件です。
一審判決は原告に9075万9566円の損害が発生したことを認め、遅延損害金を付してこれを支払うよう被告に命じました。
この一審判決に被告が控訴したのが、先に言及した福岡高裁の判決です。
脳梗塞の発症に業務起因性が認められるか否かの判断にあたっては、発症前6か月の労働時間が重要な意味を持ちます。
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-11.html
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/dl/040325-11a.pdf
しかし、被告ではタイムカードによる労働時間管理が行われていなかったため、労災は同僚従業員の日誌などをもとにした推計で労働時間を認定しました。
控訴審の論点も多岐に渡りますが、こうした推計を踏襲した一審判断の当否も、議論の対象になりました。
裁判所は次のとおり述べて、推計するという手法に問題はないと判示しました。
(裁判所の判断)
「控訴会社においてはタイムカードによる労働時間の管理がされておらず、また、被控訴人が勤務していた当時の同人の日誌の存在が確認できないから、被控訴人の労働時間を直接確認しうる資料は存在しない。したがって、被控訴人の労働時間を認定するためには、前記のとおり信用性の認められるeの日誌を基本としつつ、被控訴人との役割や業務の違いから生じる勤務時間の差異も考慮して、被控訴人を始めとする関係者の供述等から具体的な労働時間を推計していくほかない。そして、平成13年4月には、厚生労働省が『労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準』を策定し・・・、同基準において、使用者には労働時間を適正に把握する責務があることを改めて明らかにするとともに、その具体的方法として、使用者が自ら現認するか、タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認することが示されていたにもかかわらず、控訴会社は、これに従った労働時間の適正な把握のための措置を何ら講じていなかったものであるから、控訴人らは、上記のような推計による労働時間の認定が不合理なものでない限り、それを甘受すべき立場にあるというべきである。以下、被控訴人の始業時刻、終業時刻、休憩時間、休日について、個別に検討を加える。」
3.残業代請求の場面でも応用可能な汎用性の高い判示
上記の判示は残業代請求という脈絡の中でなされたものではなく、あくまでも労災民訴の中での判断です。
しかし、判決の論理があてはまるのは労災民訴の場面に限ったことではなく、残業代を請求する局面でも同じことが言えるのではないかと思います。
労働時間を管理する責務は、平成30年7月6日公布の「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」において法的義務として明記されました。
労働安全衛生法66条の8の3、同規則52条の7の3は、使用者にタイムカードによる記録等の客観的方法で労働時間を管理する義務があることを規定しています。
労働時間管理の責任が強化される中、福岡高裁の論理は、これまでよりも一層強く当てはまってくるのではないかと思っています。傍線部は使用者が労働時間を把握する責務・義務を懈怠している事案において、広く引用可能な判示事項です。
タイムカード等の資料がない中での残業代請求訴訟は、明確な見通しを立てることが困難であるうえ、審理も長期化しやすい傾向にあり、受任に消極的な弁護士もいます。
しかし、私はこの種の事件は比較的得意な方だと自負しています。明確な見通しを立てづらい訴訟になることは否定しませんが、少なくとも苦手意識はありません。
タイムカードがなくても残業代請求を諦める必要はありません。他の法律事務所・弁護士から消極的な見解を伝えられていたとしても、別の見解を提示できる可能性もあるため、諦められないという方は、ぜひ、一度ご相談頂ければと思います。