弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

大量の解雇理由・雇止めの理由を主張する訴訟戦略に対する疑問点

1.解雇・雇止めに関する紛争の長期化要因

 解雇・雇止めの効力を争うにあたっては、使用者側から、大量の解雇理由・雇止めの理由が主張されることが珍しくありません。

 解雇や雇止めの効力を争う訴訟は、他の一般的な民事訴訟との比較において、審理期間が長くなりがちです。その背景には、使用者から主張される大量の解雇理由・雇止めの理由について、一々事実の存否や、当該事実がどのように評価されるべきかを議論していることが挙げられるのではないかと思います。

 使用者側が労働者側の問題点を余すところなく全て主張し尽したいという発想になることは理解できないではありません。

 しかし、こうした訴訟戦略の有効性に対し、私は懐疑的な考えを持っています。

 理由は主に二点あります。

 一点目は、審理の長期化に繋がりやすいことです。

 解雇・雇止めが無効だとされた場合、使用者には、解雇・雇止めがなされたときまで遡って賃金を支払うことが命じられます。判決の確定までに1年かかれば1年分の賃金を支払う必要がありますし、判決の確定までに1年半かかれば1年半分の賃金を支払う必要が生じます。つまり、判決が出るまでの期間が長くなればなるほど、労務の提供を受けていないのに払わなければならない賃金の額が増大して行くことになります。

 紛争解決期間の長期化は、敗訴リスクの増大と直結するため、網羅的な主張をすることはあまり適切ではないように思われます。

 二点目は、手間暇がかかる割に有効打に結びつきにくいことです。

 私の観測する範囲内のことではありますが、裁判所はとってつけたような解雇理由・雇止めの理由について、一応議論の俎上には載せるものの、それほど重視していないように思われます。有効打にならないものに時間や労力をとられることは、一点目の理由と相まって、あまり賢明な訴訟戦略ではないように思います。

 裁判所がとってつけたような解雇理由・雇止めの理由(それまで無視・黙認されていたような事情)を重視しないことは、近時の公刊物に掲載されていた裁判例、大阪地判令元.8.29労働判例ジャーナル93-16・医療法人明成会事件からも看取することができます。

2.医療法人明成会事件

 この事件で被告になったのは、内科、消化器内科、糖尿病内科の診療所を経営する医療法人です。

 原告になったのは、被告医療法人の従業員です。

 被告医療法人は、勤務態度等を理由に原告を解雇・雇止め(有期労働契約の更新拒絶)にしました。これに対し、その効力を争って地位確認等を求めて原告が被告を訴えたのが本件です。

 この事件で被告は原告の問題点をヒアリングして片っ端から主張して言うという訴訟戦略をとり、以下の(ア)~(コ)のとおり、10個もの解雇・更新拒絶理由を主張しました。

(被告が主張した解雇理由-判決より抜粋)

(ア)原告は、被告の運営に関し、被告代表者と違った考え(受付と診察室内の業務を明確に分けるべき)を持っており、意見を超えて被告代表者に反発し、診察室内の業務担当者との連携を取ろうとしなかった。
(イ)原告は、平成29年3月頃に被告が採用した派遣従業員(G)に対し、受付業務を全く教えようとしなかった。また、原告は、被告の他の受付業務を担当する従業員(E及びF)に対し、被告代表者が依頼しても、電子カルテのトラブル対応や管理、月末のレセプト処理全般、大阪府医師会との連絡、胃カメラ検査や大腸検査の入力等の業務を教えなかった。
(ウ)原告は、被告の他の従業員が院内マニュアルについて提案をしても、自分の考えと違えばすぐにこれを廃案にした。
(エ)原告は、被告の他の従業員が新規の患者に症状等を聞き取った後でももう一度聞き取りを行い、その後でないと診察室に通さないなど全ての仕事を抱え込もうとした。
(オ)原告は、被告におけるミーティングが始まる前に、ロッカーや受付で他の従業員に対し、ミーティングで被告代表者から出るであろう話題についてこのように発言してほしいなどと指示し、ミーティングの際にも目配せして事前に指示した発言を促すなどしていた。
(カ)原告は、被告代表者から指示があった際に、これに素直に応じるときもあったものの、他の従業員に対し、「聞かなくていいから。」などと言い、原告自らも被告代表者の指示に従わずに無視することが多々あった。また、原告は、他の従業員に対し、「Hさん(被告の看護助手)のことは無視しよう。」などの発言をすることもあった。
(キ)原告は、他の従業員に対し、被告と他の医院との業務のやり方が違う点を挙げて、被告のやり方がおかしいなどと頻繁に話していた。
(ク)原告は、勤務時間中の私語について被告代表者から注意された際、「私語はしていません。」、「業務のことを話しているだけです。」、「私語をしている現場を押さえて注意してください。」などと述べた。また、原告は、患者が少ないときに受付で雑誌を読んで被告代表者から注意を受けた。
(ケ)原告は、Fに対し、平成29年6月16日の午前の診療が終わった後、被告医院の前において、Dとともに、「どういうつもりなの。あなたは辞めたいと言っていたのに、理事長にあなたの気持ちをきちんと伝えたの。」、「あなたは今まで間違ったことも色々して、自己都合ばかりで、私たちがサポートしてあげていたのにどういうつもりなの。」と強く非難した。また、原告は、同日午後の勤務中、Fに対し、一切の会話をせず、無言のプレッシャーをかけ続けた。
(コ)原告とDは、平成29年6月19日の午前の勤務中、他の従業員に対し、Fが辞めると言っていたのに辞めないと言い出したことやFが被告代表者にDの個人情報をばらしたなどとFの悪口を言った。また、原告は、同日午後のFに対し、一切の会話をせず、無言のプレッシャーをかけ続けた。

 しかし、裁判所は、以下のように述べて、それまで問題視されていなかった事実をとってつけたように主張したところで、解雇や雇止めの正当性を基礎づけることはできないと判示しました。結論としても、労働者側の地位確認請求を認めています。

(裁判所の判断)

「被告は、原告が、被告の運営に関し、意見を超えて被告代表者に反発し、被告代表者と激しく言い争いをしていたこと、他の従業員に受付業務を教えなかったこと、他の従業員に対し、被告代表者やHのことを無視するよう指示していたこと等原告の勤務態度等の問題点を多数主張し、これに沿う被告代表者の供述並びに被告代表者及び被告の従業員の陳述書やその議事録・・・の記載も存する。しかしながら、その内容自体、具体的な時期も明らかでないなど抽象的である上、これらを裏付けるに足りる証拠もない。また、被告の主張を前提にしても、被告が指摘する原告の問題点の多くが原告とFとのトラブルに関して他の従業員から事情聴取をする中で発覚したという事情が多く、原告とFとのトラブル以前に、原告の勤務態度等を問題として労働契約の更新拒絶が検討された形跡もない。そうすると、原告の勤務態度等に関する被告代表者の上記供述部分並びに被告代表者及び被告の従業員の陳述書や議事録の上記記載部分をいずれも採用することができない。仮に、原告の勤務態度等に被告が指摘するような問題点があったとしても、被告の主張によれば、本件更新拒絶に至るまでに被告代表者がその点を注意したとするのは、私語等について口頭で注意したことがあったにとどまり、原告に対して注意指導を繰り返したとか、書面等で注意したり、改めなければ何らかの処分をする旨示唆したといった事情は見当たらない。また、上記のとおり、Fとのトラブル以前に、原告の勤務態度等を問題として労働契約の更新拒絶が検討された形跡がないことからすると、少なくとも、被告代表者との言い争いなど本件更新拒絶の際の事情聴取以前に被告代表者自身が把握していた問題点に関しては、被告代表者も原告との労働契約の更新をやめようとまでは考えていなかったことが窺われる。そうすると、本件契約が黙示的に更新されておらず、被告による解雇通知が更新拒絶に当たるとしても、上記(1)のとおり、それまで原告が大きな問題を起こすことなくこと10年以上にわたり勤務してきたことも考慮すると、このような勤務態度等の問題(他の従業員に指導しないことや被告代表者等の悪口を言ったこと等)によって、労働契約の更新拒絶まですることが客観的に合理的な理由があり、また、社会通念上の相当性があるとはいえない。さらに、本件契約が黙示的に更新されており、被告による解雇通知が労働契約の期間途中の解雇であるとすれば、尚更原告の勤務態度等の問題点がやむを得ない事由に当たると認めることはできない。

3.解雇理由・雇止めの理由は意思決定にあたり本質的な役割を果たしたものに限って主張されるべきではないだろうか

 裁判所は、判断を誤ることを本能的に避けるため、基本、当事者の話を良く聞いてから判断をしようとします。そのため、使用者側からの主張を制限するという発想にはなりにくく、採用できるかは別として、取り敢えず話だけは聞いてみようという考えになるのだと思います。

 しかし、話を良く聞いたところで、解雇・雇止めの意思決定に本質的な影響をもたらした事実以外の事実に関しては、結論を導くにあたり、重視しなければならないという判断に至ることが少ないのではないかと思います。

 大量の解雇理由・雇止めの理由を主張されて審理が長期化することは、一般論として労働者側にとっても望ましいことではありません。非違事由をたくさん主張されることに伴うストレスや、長期間不安定な立場に置かれることの負担は、決して軽くないからです。

 大量の解雇理由・雇止めの理由を主張する方式は、誰も得をしない可能性が高いため、今後、見直されて行くことが望ましいのではないかと思います。