弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

セクハラ行為を記載したメモ(手帳)の信用性が否定された事例

1.セクハラの立証活動は当事者の供述に依拠することも多い

 セクハラに関しては、明確な証拠、客観的な証拠がないことが珍しくありません。

 明確な証拠、客観的な証拠が存在しない場合、セクハラ被害を受けたとして上司や勤務先を訴える場合も、あらぬ疑いだということでセクハラ行為などしていないと主張して行く場合も、立証の中心になるのは当事者の供述になります。

 この種の事件を扱う弁護士にとっては、普段から公刊物に掲載されている裁判例をチェックして、どのような場合にどのような理屈で供述の信用性が認められたのか/認められなかったのかを分析しておくことが必要です。こうした作業が、依頼人の言い分を信用することができるかのスクリーニングをかけたり、相手方の供述の信用性を減殺するポイントを突いたりする知見を研鑽することに繋がるからです。

 近時公刊された判例集に、セクハラ行為を記載したメモの信用性が否定された裁判例が掲載されていました。

 大阪地判令元.6.4労働判例ジャーナル91-36トヨタカローラ南海事件です。

2.トヨタカローラ南海事件

(1)事案の概要

 本件で被告になったのは、新車販売等の事業を営む株式会社です(被告会社)。

 本件では会社とともに、原告が勤務していた店舗(本件店舗)の店長も訴えられています(被告P2)。

 原告になったのは、本件店舗で接客等を担当していた従業員の方です。

 原告は幾つかの請求を立てていますが、その内の一つが損害賠償請求です。

 原告は、本件店舗の店長であった被告P2からセクハラ行為等を受けてうつ病に罹患し、その後被告会社担当者の不適切な行為によりうつ病が悪化したとして、被告らに対し不法行為に基づく損害賠償を請求しました。

 この時、原告が立証手段として利用したのが、手帳の記載です。

 原告は、被告P2からセクハラ行為を受ける都度、それを手帳に記載して行ったと主張して、手帳を供述の信用性を補強する証拠として利用しようとしました。

(2)裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、手帳に依拠した原告の供述の信用性を否定しました。

「原告は、被告P2が、別紙2のとおりのセクハラ行為を行った旨主張し、証拠として、本件手帳・・・を提出する。」
「しかしながら、・・・原告は、平成26年7月14日、P10係長に対し、被告P2らの行為について携帯電話に日記状態で残している旨述べており(実際には、携帯電話上のメモは、・・・「2012年11月15日11:21」作成とされるものしか存在しない・・・。)、都度記入した詳細な記載のある本件手帳があるのであれば、その存在について説明しないのは不自然であること、本件手帳の平成24年9月及び10月の頁には、原告の子どもの予定等私的な予定についての記載もあるところ、当時、原告が、その主張するような状態(別紙3)であったのであれば、私的な予定の管理と被告P2らの行為の日々の記録を同じ手帳に同時に行うというのも不自然であること、被告P2らの行為に関する本件手帳のメモの筆記具の変化が乏しい上、私的な予定を記載した筆記具と太さが異なること、以上の点に鑑みれば、本件手帳について、被告P2らからセクハラ行為等を受ける都度記載した旨の原告の供述は採用し難い。」
「そして、P5係長及びP6社員は、被告P2が別紙2記載のセクハラ行為(発言)をしたことを否定していること・・・、一方、原告申請に係るP7社員は、彼氏との性的行為があったのかどうかという発言を覚えている、性的発言は数回あった、詳細な言葉は覚えていない旨証言していること、・・・原告は、当初被告会社本社にセクハラ行為を受けた旨相談しておらず、P18医師・・・に対し、セクハラ行為を受けた旨述べたのも平成25年11月頃であること(原告は、セクハラ行為は侮辱的な行為であり、相手が医師とはいえ、初対面の人物に対し、自ら進んで話すことはありえないなどと主張するが、原告が主張する別紙2のセクハラ行為は、身体への直接の接触を伴うような性的行為を受けたという性質のものではない上した精神科の医師に対し、セクハラ行為の具体的内容についてはともかく、これを受け、真実、原告が主張するセクハラ行為を執拗に受け続けているなら、自ら進んで受診たこと自体すら全く伝えないのは不自然というほかない。)、健康保険傷病手当金請求書の『発病の原因』欄にも、同年10月までは『いじめ』『パワハラ』などと記載し、『セクハラ』とは記載していないこと(原告は、当初はセクハラ行為を記載せず、主治医から勧められてようやく記載した理由は、原告にとって、セクハラを受けた事実は屈辱的であり、人目に触れる書類にセクハラ行為を受けたことを記載することがはばかられたためであるなどと主張するが、・・・P18医師は、原告に対し、『発病の原因』欄にセクハラ行為について記載するよう勧めておらず、原告の方から、P18医師に対し、『発病の原因』欄に『セクハラ』と書いていいかどうか尋ねたことが認められるのであって、原告の主張は、その前提を欠く。)、以上の点を併せみれば、被告P2の原告に対するセクハラ行為は、P7社員が証言する上記アの限度で認められる(なお、原告の後ろ姿を携帯電話のカメラ機能で撮影し、職場で見せて回ったとの点については、原告の主張に基づいても、そもそも撮影行為は原告の背後で行われたということになり、真実原告を撮影したか否かは直ちに原告に分からないはずであること、P7社員も、そのような写真を見た記憶はなく、他の社員からそのような話を聞いたこともない旨証言していること、以上の点に照らすと、原告の主張する上記事実があったとは認められない。)。」

※ 平成24年9~10月ころの原告の状態(別紙3抜粋)

8月5日頃

食事が取れなくなってくる、被告P2のセクハラ発言をメモする気力もなくなる
9月11日

病院を受診し、不整脈及びストレス性ぜんそくであると診断
9月22日

原告の体重が約46kgから約40kgに減少していることが分かる
9月23日

不整脈が治らないため投薬治療を受ける
10月頃

「しんどい しんどい しんどい」「どうでもよくなってきた」「一体私は何?」「死んだらいいか」など気分や意欲の減退,自殺念慮といったうつ病特有の症状が出始める

3.信用性判断のポイント

 手帳の信用性が否定されたポイントになったのは、

① 言及されていなければならない場面・時期で言及された形跡がない、

② 私的な予定と同じ調子で書く類の出来事ではない、

③ 筆記具・筆跡がおかしい、

という点です。

 また、原告の供述の信用性を否定したポイントとして、

④ 身体への直接の接触を伴う性質のものなのか否か、

⑤ 「セクハラ」という言葉が医師の受診時に出てきた時の順序、

に注目している点も意味のある指摘だと思われます。

 加えて、原告側が

⑥ 憶測に基づいて見えないはずの行為(背後からの写真撮影)をセクハラとして主張したこと、

も裁判所に与える印象を悪くした可能性があるだろうと思います。

4.セクハラに関し、あらぬ疑いをかけられたら

 セクハラに関し、あらぬ疑いをかけられて損害賠償を請求された、会社から懲戒処分を受けそうになっているといったような場合には、上記のような着想がヒントになるかも知れません。

 ただ、この種事案における裁判例・経験則は、一つや二つ知っているからといってどうなるというものではありません。大量の裁判例を頭に叩き込んで着想の引き出しを多くすることで、初めて当該事案にとっての適切な対応・有効打を導くことができます。

 セクハラに関しては、真実被害を受けている場合でも、供述以外に明確な証拠が見当たらないことがあり得る事件類型です。そのことは裁判所も十分に理解しているため、供述しか証拠がないからといって被害を主張する側の証拠を簡単に排斥することはありません。被害を主張する側、そんなことはしていないと主張する側の双方の言い分を吟味検討して慎重に結論を出している例が多いのではないかと思います。

 あらぬ疑いで訴えられた時でも、「そんな証拠ないじゃないか。」と甘くみていると敗訴する可能性が十分にある事件類型です。身に覚えがないのにセクハラをしたと言われた時には、できるだけ早く弁護士のもとに対応を相談しに行くことをお勧めします。