弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

分かっていて違法行為に及んだ使用者の責任-業務停止期間中も労働者には賃金全額を払わなければならない

1.勤務先の弁護士法人が業務停止処分を受けて働けなくなった

 弁護士が未払賃金の支払いを求めて勤務先の弁護士法人を提訴した事件の判決が公表されました(東京地判平31.1.23労働経済判例速報2382-28 アディーレ事件)。

 問題の弁護士法人は東京弁護士会から業務停止処分を受けました。

 これを受けて、当該弁護士法人は、所属弁護士に自宅待機命令を発し、自宅待機期間中は労働基準法26条所定の休業手当相当額のみ支払うとの取扱いをとりました。

 労働基準法26条は、

「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。」

と規定しています。

 これに基づいて、平均賃金の6割(休業手当)を支払う扱いにしたということです。

 しかし、民法536条2項1文は、

「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。」

と規定しています。

 労働基準法26条の

「『使用者の責に帰すべき事由』とは、取引における一般原則たる過失責任主義とは異なる観点をも踏まえた概念というべきであつて、民法五三六条二項の『債権者ノ責ニ帰スヘキ事由』よりも広く、使用者側に起因する経営、管理上の障害を含むものと解するのが相当である。」

と理解されています(最二小判昭62.7.17労働判例499-6ノースウエスト航空事件)。

 民法536条2項1文のような、強い意味での「債権者の責めに帰すべき事由」が認められる場合、労働者は使用者に対し賃金の全額を請求することができます。

 他方、民法536条2項1文のような強い意味での「債権者の責めに帰すべき事由」が認められないような場合であったとしても、労働基準法26条の「使用者の責めに帰すべき事由」が認めらえることは有り得、そのような場合には労働者は使用者に賃金の6割を請求できます。

 原告となった弁護士は、本件においては民法536条2項1文が意味するところの強い意味での帰責性があったはずだとして、本来もらえるはずだった賃金と休業手当との差額を請求しました。

2.裁判所の判断

 裁判所は次のとおり述べて、本件では民法536条2項1文の「債権者の責めに帰すべき事由」が認められるとし、差額賃金の支払いの請求を認めました。

「そもそも、弁護士は、法令及び法律事務に精通しなければならないとされ(弁護士法2条)、当事者その他関係人の依頼等によって法律事務を行うことをその職務とするものである上(同法3条1項)、弁護士及び弁護士が組織する弁護士法人は、同法又は所属弁護士会の会則に違反したり、所属弁護士の秩序又は信用を害し、その他職務の内外を問わずその品位を失うべき非行があった場合には、所属弁護士会等による懲戒を受けるとされているのであるから(同法56条1項)、弁護士法人については、当該弁護士法人所属の弁護士が当該弁護士法人の業務として故意又は過失により法令違反行為を行った場合には、それが当該弁護士法人において全く知り得ない態様で行われるなどの特段の事情のない限り、かかる法令違反行為を理由として懲戒を受けることについても予見可能性があると認めるのが相当である。そして、かかる懲戒として同法57条2項各号所定のいずれかの懲戒処分が選択されるかなどの処分量定については、所属弁護士会等の裁量に委ねられたものではあるが、上記のような弁護士の職務ないし立場に照らすと、合理的な理由のない限り、量定のとおりの処分となることにつき予見可能性があることも否定できない。

「本件広告は、約1か月間の期間限定で過払金返還請求権の着手金を値引きすることなどを約4年10月間にわたり継続的に広告し、その対象期間等を58回にわたり更新していたものであり、本件広告は、実際にはその対象期間中でなくとも得ることができる経済的利益を同期間に限り得られると一般消費者に誤認される可能性が高いものであって、明らかに景表法4条1項2号所定の禁止行為に該当する行為である。しかるところろ、・・・代表社員であったC弁護士が、本件広告について『ずっと続く閉店セールのような広告』であり、それが景表法違反となることを理解していた旨述べていたことなどに照らすと、被控訴人が本件広告掲載行為の違法性を認識していたことは明らかであり、かかる違法行為を理由として所属弁護士会の懲戒を受ける事態となることについても、十分に予見可能であったと認められる。」

C弁護士は、・・・本件違反に対しては戒告処分か最悪でも1か月の業務停止処分であろうと思っていた旨述べているが、かかる処分量定の予測について各別の具体的根拠を挙げているものではないし、とりわけ、業務停止処分の可能性を認識しながら、それが1か月にとどまると信じたt年については合理的理由があると認められないものであるから、仮にC弁護士が本件広告掲載行為を上記の程度のものと評価していたとしても、これを重視することは相当でない。」

「被控訴人は、本件広告掲載行為により本件履行不能を招来することを少なくとも容易に認識又は予見可能であったにもかかわらず、あえて本件広告掲載行為に及んで本件履行不能を招来したものと認められ、少なくとも過失により本件履行不能を招来したというべきであるから、本件履行不能は被控訴人の民法536条2項の帰責事由によるものであると認められる。」

3.法無視の姿勢をとる使用者に対し、裁判所は冷淡

 司法機関としての性格上、当然のことではありますが、裁判所は法無視の姿勢をとる使用者に対しては冷淡です。

 本件で特徴的なのは、広告が景表法に触れることを認識していながら、当時の代表弁護士が、「戒告処分か最悪でも1か月の業務停止処分であろう」と違法な広告を打ち続けるという挙に及んでいることだと思います。

 このようなことをして業務ができなくなるのは、いわば完全な自業自得であり、勤務弁護士から労務の提供を受けられなかったことに強い意味での帰責性があるとされても仕方がないように思われます。予想より処分が重かったのだと言ったところで、裁判所からは、だからどうしたという態度をとられるのが落ちで、その種の言い分が通用することは先ずないと思ってよいだろうと思います。

 本件は法専門家である弁護士が主体となっていたため、帰責性が認定され易い事案であったことは確かだと思います。

 しかし、私の実務経験に照らすと、摘発されたとしても大した処分は受けないはずだという見込のもとで違法行為を強行する使用者に対し、裁判所は冷淡な姿勢をとることが多いように思われます。

 勤務先の上層部が不祥事を起こして会社が閑散としてしまったり、許認可官庁から行政処分を受けたりして、仕事がなくなってしまうことは何も本件に限ったことではないと思います。

 不正に関与していないにもかかわらず、休業を命じられるなどして割を食っている方がおられましたら、弁護士のもとに相談に行っても良いだろうと思います。

 このような事件が公表されると、弁護士全体に対する不信感を持つ方もいるかも知れませんが、圧倒的多数の弁護士は法を尊重しながら真面目に仕事をしているので、あまり心配する必要はないだろうと思います。