弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

妊活パワハラ

1.妊活パワハラ

 ネット上に、

「許せない『妊活パワハラ』 上司に話すも、忙しい業務を担当させられる」

との記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16420863/

 記事は、次の事例をもとに、上司の措置がパワハラではないかが論じられています。

(以下引用)

「妊活を希望しているにも関わらず、忙しい業務を担当させられるなどのパワハラを受け、流産してしまいました」。妊活にまつわるこんな相談が弁護士ドットコムに寄せられました。

相談を寄せた者の女性は、結婚後「業務が落ち着けば妊活できる」と予定していましたが、異動になり妊活が先のばしとなっていました。

その後、ようやく妊活を始められたものの妊娠は叶わず、体外受精をすることに。通院日も増え、ストレスも大敵です。そこで、忙しい仕事は無理であることや、休みが欲しいことなど上司に配慮をお願いしましたが、担当業務を変更され、さらに忙しくなったといいます。

(引用ここまで)

2.パワーハラスメントの類型「過大な要求」

(1)記事の弁護士の見解

 記事で弁護士の方は、

「女性は、上司に妊活中であること、休みが必要なことや妊活に精神的ストレスは大敵であることを伝えているにもかかわらず、その上司は、この女性により忙しい業務を命じるなどして、精神的、身体的苦痛を与えています。

上司のこの行動は、パワーハラスメントに該当し、慰謝料などの損害賠償請求が出来る可能性があります。」

との見解を示しています。

(2)パワーハラスメントの定義

 記事で引用されているとおり、パワーハラスメントとは、

「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、又は職場環境を悪化させる行為」

をいいます。

 これは厚生労働省が平成24年3月15日付けで公表している「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」に記載された定義を引用したものです。

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370.html

https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000025370-att/2r9852000002538h.pdf

 パワーハラスメントの定義として一般的な理解だと思います。

(3)「過大な要求」類型

 提言でまとめられているパワハラの類型の中に、

「業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害」(過大な要求)

という括りがあります。

 記事の弁護士の方は、

「忙しい業務を命じるなどして、精神的、身体的苦痛を与えて」

いることを指摘しており、「過大な要求」類型を意識して、パワハラに該当する可能性を指摘しているのではないかと思います。

3.適正な範囲を超える業務量が割り当てられなければ違法ではない?

(1)もう少し踏み込んだ回答をしても良いのではないか?

 記事の弁護士の方の回答に間違いはないと思います。

 命じられた業務が提言に書かれているように遂行不可能なレベルに達しているのであれば、当該上司の方の措置はパワハラに該当するだろうと思います。ただ、そうでもなければパワハラとまでは言えないかも知れません。その意味で「可能性」があるとの回答も正確を期したものだと思います。

 しかし、「過大な要求」類型のパワハラは業務上の適正な指導との線引きが難しく、違法というためには、ある程度誰が見ても、「これは遂行不可能ではないか?」という心証を抱くことが必要になってきます。

 「過大な要求」類型のパワハラが問題になるのは、妊活の場面に特有の問題ではないため、

「妊活をしていなければ遂行するのは可能だけれども、妊活をすることを前提にすれば遂行が難しい」

といった水準の指示が下された場合、それがパワハラに該当するかは、判断の困難な問題です。

 記事で取り上げられている相談者の方は、結局、対外受精には成功しているみたいなので、多忙とはいってもギリギリ妊活ができる程度の業務量水準、まさに

「妊活をしていなければ遂行するのは可能だけれども、妊活をすることを前提にすれば遂行が難しい」

レベルでの仕事が割り振られていたのではないかと思います。

 個人的には、こうした場合に、どのような救済法理が考えられるのかにまで踏み込んだ回答をしても良かったのではないかと思います。

(2)業務命令権の濫用という枠組みでも捉えられるのではないか

 私の感覚では、本件の問題は、パワハラの問題というよりも、業務命令権の濫用の問題ではないかと思ってます。

 会社は従業員に対して何でもかんでも命令できるわけではありません。

 例えば、神戸地判平28.5.26労働判例1142ー22学校法人須磨学園ほか事件は、

「業務命令が業務上の必要性を欠いていたり、不当な動機・目的をもって行われたり、目的との関係で合理性ないし相当性を欠いていたりするなど、社会通念上著しく合理性を欠く場合には、権利の濫用として違法無効になると解される。」

との規範を示しています。

 また、配転命令に関する事例ではありますが、

「原告Dらに対する本件配転命令は、原告Dらの個々の具体的な状況への配慮やその理解を得るための丁寧な説明もなくされたものであり、かつ、・・・例年よりも異動日との余裕がない日程によって告知されたものである・・・から、その業務上の必要性の大きさを考慮しても、これを受ける原告Dらに予期せぬ大きな負担を負わせるものであることやこれに応じて執るべき手続を欠いていたことという点において、その相当性を著しく欠くものといわざるを得ない。」

と従業員の個別的な事情への配慮を欠く配転命令の違法性を認めた事案もあります(東京地判平30.2.26労働判例1177-29一般財団法人あんしん財団事件)。

 不当な目的をもった業務命令であるとか、従業員の個々の具体的な状況への配慮をあまりに欠いた業務命令には、違法性が認められる可能性があります。

(3)妊活妨害目的で多忙な業務を割り振ることは業務命令権の濫用ではないか

 私の知る限り公表されている類似裁判例がないため軽々なことは言えませんが、個人的な感覚としては、妊活を妨害して仕事に専念させる目的で多忙な業務を割り振ることは、まさに不動な動機・目的のもとで発せられる業務命令にほかならず、濫用的業務命令として違法性を有するのではないかと思います。

 労働施策総合推進法6条1項は事業者の責務として、

「事業主は、その雇用する労働者の労働時間の短縮その他の労働条件の改善その他の労働者が生活との調和を保ちつつその意欲及び能力に応じて就業することができる環境の整備に努めなければならない。」

と規定しています。

 いかに業務上の必要性があったとしても、また、こなすことが不可能な分量の過大な業務ではなかったとしても、業務命令という形式をとって子どもを産む・産まないの自由にまで干渉することは、個々の労働者の私的生活領域に立ち入りすぎており、違法ではないかと思います。

4.集める証拠は?

 記事の弁護士の方は、集める証拠として、

「『妊活中であることを配慮して欲しい』と伝えた後の勤務時間や業務内容を示す資料、タイムカードや業務連絡のメールなど」

を挙げています。

 私が同じ質問を受けていたとすれば、こうしたものに加え、

「上司の方の妊活に対する言動」

を記録・録音しておくことを勧めるのではないかと思います。

 妊活妨害に向けた作為が認められるような事案では、上司の方から妊活を嫌忌するような言動がなされることもあるのではないかと思います。

 こうした言動は、多忙な業務を割り振る動機・目的を推知する資料になるだろうと思います。

5.妊活の妨害に対して声を挙げていくことは可能ではないか

 会社の側に特に不当な動機・目的がない場合はともかくとして、嫌がらせのように妊活をしにくい業務を割り振られることに関しては、声を挙げていくことが可能ではないかと思います。

 業務上の必要性が否定できない場合や、「過大な要求」類型のパワハラのように、遂行不可能な分量の業務を割り振られた場合でなかったとしてもです。

 特に、上司の方から露骨な妊活嫌忌の言動があるようなケースに関しては、法的措置によって救済を図れる余地は十分にあるのではないかと思います。