弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラではないからと放置するのはダメ-職場の人間関係で弱っている人を見かけたら、本人の申出がなくても適切な配慮を

1.職場の人間関係に関する悩み

 職場の人間関係で悩んでいる方は、少なくないと思います。

 2017年の厚生労働省の雇用動向調査-入職者 第15表「性、産業(大分類)、企業規模(GT・E)、就業形態、転職理由別入職者数」によると、前の勤め先を辞めた理由として、44万9900人の方が「職場の人間関係が好ましくなかった」と答えています。

https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450073&tstat=000001012468&cycle=7&year=20170&month=0&tclass1=000001012469&tclass2=000001012471&result_back=1

 職場の人間関係は、離職に繋がるだけではなく、自殺の原因になることもあります。

 近時の公刊物にも、職場の人間関係による自殺が問題となった裁判例が掲載されています。徳島地判平30.7.9労働判例1194-49ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件です。

 私が所属している第二東京弁護士会の労働問題検討委員会では、会の前半部分が勉強会に充てられています。

 直近の委員会の勉強会で、上記の裁判例が題材として取り上げられていました。

 出席されていた弁護士の方から、この裁判例について興味深い理解の仕方が示されました。職場の人間関係で苦しんでいる方の事件に取り組むにあたり、参考になると思われたため、備忘も兼ねて書き記しておくことにしました。

2.ゆうちょ銀行(パワハラ自殺)事件

 この事件で原告になったのは、自殺した従業員の親御さんです。

 子ども(従業員)が自殺したのは、他の従業員からのパワーハラスメントが原因であるとして、勤務先に使用者責任・安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求しました。

 裁判所は勤務先の安全配慮義務違反を認め、義務違反と死亡結果との間に因果関係があることを前提に、6142万5774円の支払いを勤務先に命じました。

 この事件で特徴的なのは、事件の表題とは裏腹に、パワーハラスメント(不法行為)の成立が否定されていることです。

 裁判所は、パワハラ(不法行為)が成立するような状況になかったとしても、従業員が人間関係にトラブルを抱え自殺願望を生じさせているといった事情が想定可能であれば、勤務先は異動も含めた対応を検討すべきであったと指摘しました。

 そのうえで、一時期一部の担当業務を軽減したのみで、適切な対応をとらなかった勤務先の姿勢を批判し、死亡結果との因果関係を前提とした損害賠償を命じました。

 そして、従業員本人からの外部通報や内部告発がなされていないことは、適切な配慮を行わない理由にはならないと判示しました。

 以下、裁判所の判示を引用します。

 Aが自殺した従業員です。

 Aの所属部署は、課長、係長、主査、主任、期間雇用社員数名で構成されており、自殺当時、Aは主任でした。

 D・E(Dの後任)が課長、Fが係長、G・Hが職場の主査です。また、Iは期間雇用従業員です。

(使用者責任(不法行為)の成立について)

「原告は、G及びHによるAに対する対応は、上司の部下に対する業務上の指導等とは無縁の誹謗中傷やいびり倒しという違法なものであり、G及びHにはAに対する不法行為責任があり、F及びEはこれを防止しなかったのであるから、Aの死亡について被告に使用者責任があると主張する。」
確かに、G及びHは、日常的にAに対し強い口調の叱責を繰り返し、その際、Aのことを「△△っ」と呼び捨てにするなどもしており・・・、部下に対する指導としての相当性には疑問があるといわざるをえない。しかし、部下の書類作成のミスを指摘しその改善を求めることは、被告における社内ルールであり、主査としての上記両名の業務であるうえ、Aに対する叱責が日常的に継続したのは、Aが頻繁に書類作成上のミスを発生させたことによるものであって、証拠上、GやHが何ら理由なくAを叱責していたというような事情は認められない。そして、G及びHのAに対する具体的な発言内容はAの人格的非難に及ぶものとまではいえないこと・・・や、他の者の業務に支障が出ないように静かにすることを求めること自体は業務上相当な指導の範囲内であるといえることからすれば、GやHのAに対する一連の叱責が、業務上の指導の範囲を逸脱し、社会通念上違法なものであったとまでは認められない。

(安全配慮義務違反の成否について)

「雇用者には、労働契約上の付随義務として、労働者が、その生命、身体等の安全を確保しつつ、労働することができるよう必要な配慮をする義務があるから(労働契約法5条参照)、雇用者である被告は、従業員であるAの業務を管理するに際し、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことのないように注意する義務があるところ、雇用者の補助者としてAに対し業務上の指揮監督を行うFやDには、上記の雇用者の注意義務に従いその権限を行使する義務があるものと解するのが相当である。」
「前記認定のとおり、Aは、G及びHから日常的に厳しい叱責を受け続けるとともに、他の社員よりも多くの『ありがとうシート』を作成していたが・・・、G、H及びAの近くの席で仕事をしていたD及びF・・・は、上記のようなAの状況を十分に認識していた。また、『ありがとうシート』の作成について運行担当の上司の部下に対する対応に問題がある旨の投書がなされただけでなく・・・、Fは、GやHがAに対する不満を述べていることも現に知っていた・・・。そして、Aは、徳島に赴任後わずか数か月で、愛媛県地域センターへの異動を希望し、その後も継続的に異動を希望し続けていたが・・・、徳島に赴任後の2年間で体重が約15kgも減少するなどFが気に掛けるほどAが体調不良の状態であることは明らかであったうえ・・・、平成27年3月には、FはIからAが死にたがっているなどと知らされてもいた・・・。
「そうすると、少なくともFにおいては、Aの体調不良や自殺願望の原因がGやHとの人間関係に起因するものであることを容易に想定できたものといえるから、Aの上司であるDやFとしては、上記のようなAの執務状態を改善し、Aの心身に過度の負担が生じないように、同人の異動をも含めその対応を検討すべきであったといえるところ、DやFは、一時期、Aの担当業務を軽減したのみで・・・、その他にはなんらの対応もしなかったのであるから、被告には、Aに対する安全配慮義務違反があったというべきである。

※「ありがとうシート」=事務処理上のミスを発生させた従業員が、ミスの内容やその原因・改善点等を記載した報告書のこと

(従業員本人からパワハラの訴えがなかったことについて)

「被告は、AやIら他の従業員から、G及びHによるパワハラの事実の訴えはなかったと主張する。」
「確かに、AやIら他の従業員から、運行担当においてG及びHによるパワハラがある旨の外部通報がなされたり、内部告発がなされたことはない・・・。しかし・・・、Aが、GやHとの人間関係等に関して、何らかのトラブルを抱えていることは、被告においても容易にわかりうるから、外部通報や内部告発がなされていないからといって、Aについて何ら配慮が不要であったということはできず、被告の上記主張は採用できない。

3.弱っている人を放置してはダメ

 安全配慮義務違反というと、超長時間労働や、パワハラ(不法行為)を看過・放置したといったように、何等かの違法行為を媒介とした法概念であるように捉えられがちであるように思われます。

 しかし、裁判所は、安全配慮義務の内容について、

「雇用者である被告は、従業員であるAの業務を管理するに際し、業務遂行に伴う疲労や心理的負荷が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことのないように注意する義務がある」

と規定しているだけです。疲労や心理的負荷が過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないように注意しろと言っているのであり、違法行為から守ればそれだけで十分だとは言っていません。

 人間関係にトラブルを抱えていて、体重が15kgも落ちて、おまけに死ぬなどと物騒なことを口にしていることまで分かっていたら、違法行為や本人からの助けてくれという明示的なサインがなかったとしても、勤務先としては異動を含めた適切な対応をとるべきだったとの裁判所の判断は、決して社会通念を逸脱するものではないように思われます。

 違法行為(長時間労働、ハラスメント)がなかったとしても、過度の心理的な負荷を生じさせる人間関係上のトラブルを抱えている人に対しては、異動を含めた負荷の緩和措置をとらなければならない、このルールは、損害賠償の局面だけではなく、勤務先に異動を求めて交渉して行く場面にも応用可能な汎用性の高い論理だと思われます。

 一人で勉強しているだけでは気付けなかった裁判例の活用方法であり、優れた弁護士の出席している勉強会に参加することの意義を痛感しました。