弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

給与減額「裁判でも何でもどうぞ」挑発の代償

1.「裁判でも何でもどうぞ」

 一方的に給与の減額を通告され、会社の代表から「裁判でも何でもどうぞ」と言われたなどとして、減給無効確認や慰謝料などを求めた訴訟の判決があったようです。

https://www.asahi.com/articles/ASM4J5TBZM4JTIPE02R.html

 記事には、

「判決によると、男性は2017年2月、勤務先の『キムラフーズ』から月給を5万円減額すると通告された。異議を唱えると、代表から『裁判でも何でもどうぞ』と言われ、その後、7万円を減額された。16~17年には仕事のミスなどの際、代表らから背中をたたくなど暴行を受けたり、『全く信用していない』『給料を下げてくださいと言え』などと言われたりした。」

と書かれています。

2.労働者の同意を取り付けたって賃金減額はそう簡単には認められない

 指摘するまでもありませんが、賃金はそれほど簡単には減額できません。労働者が同意しているかのような外形がある場合であってもです。

 最判平28.2.19民集70-2-123 山梨県民信用組合事件 は次のとおり判示しています。

「就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である」

 要するに、賃金減額を受け入れるかのような労働者の行為があったとしても、自由な意思に基づいてなされたと言えるだけの合理性が客観的に担保されていない限り、労働者が同意したからとの理由で賃金の減額を認定することは許されないということです。

 民法の世界では、詐欺や錯誤といったように意思表示に何等かの問題がない限り、合意の効力は否定できないのが原則です。

 しかし、賃金などの重要な労働条件の変更に関しては、騙されたり誤解していたりといった事情がなかったとしても、「普通、そんなこと進んで同意しないでしょ。」と言えるような状況さえあれば、合意の効力を否定できる可能性があります。

3.無理を通そうとしたところで道理は引っ込まない

 労働者が受け入れを表明したとしても賃金減額の同意には法的な効力が認められない場合があります。賃金減額の適否はそれくらい慎重・厳格に判断されます。

 まして、同意も就業規則上の明確な根拠もなく、一方的に通告するだけで賃金を減らせるはずもありません。

 無理を通そうとしたところで、道理が引っ込むことはありません。

 それどころか、違法なことを無理に通そうとすれば、相応の代償を払わされることになります。

 記事では「裁判でも何でもどうぞ。」と言ったところ、本当に裁判を起こされ、減額が無効であることと共に慰謝料の支払いまで命じられています。

 減額無効ということで減額前の賃金との差額を支払わなければならなくなっただけではなく、慰謝料まで払わされたということです。慰謝料は無茶な賃金の引き下げを強行していなければ払わなくて済んだお金であり、会社にとっては本来払う必要のなかった支出です。社名まで報道されて、社会的信用まで傷付き、会社は本当に大きな代償を支払ったと思います。

4.どのような紛争でも相手を挑発するのは好ましくない

 本件に限ったことではなく、一般論として相手方を挑発するような交渉態度は、自分自身の利益にもそぐわないことが多いように思われます。

 依頼人の中には弁護士に強い言葉を使って欲しいという希望を述べる方もいます。

 しかし、言い方の強弱で裁判所が心証を変えることはありませんし、強い言葉は使えば使うほど相手方が損得を度外視して反発してくるので、紛争の解決は余計に難しくなることが多いです。

 本件も余計な挑発さえしなければ、訴訟にまで発展することはなかったかも知れないなと思います。