弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

パワハラで高額の慰謝料を認定してもらうには

1.一般論としていえば、パワハラの慰謝料は伸びにくい

 一般論として言うと、パワハラの慰謝料は伸びにくいです。

 以前、このブログでもご紹介させて頂きましたが、落ち武者風の髪型にされたり、洗車用ブラシで身体を洗われたり、下着1枚の姿で川の中に入れられたり、ロケット花火で狙撃されたりといったパワハラを受けても、認容された慰謝料は100万円でしかありませんでした(福岡地裁平30.9.1労経速2367-10 大島産業事件)。

https://sskdlawyer.hatenablog.com/entry/2019/04/06/162232

2.中には高額の慰謝料が認定される事案もある

 一般論としては上述のとおりでも、稀に高額の慰謝料が認定される事例があります。

 近時の判例集に掲載されている長崎地判平30.12.7労判1195-5 プラネットシーアールほか事件 もその一つです。

 この事案で、裁判所は、パワハラを受けた「原告の精神的苦痛を慰謝するには、金250万円が相当」であると判示しました。

3.高額認容事案は何が違うのか

 慰謝料が伸び悩むケースと、高額の慰謝料が認容されるケースでは何が違うのでしょうか。

 私の推測ではありますが、プラネットシーアール事件に関しては、以下の事情が指摘できるのではないかと思います。

(1)被害が大きい(精神疾患の発症、就労の困難化)

 プラネットシーアール事件で、原告の被害は、

「原告は適応障害を発症し、最終的には精神的安定を損ない、希死念慮にかられるまで精神的に追い詰められて就労困難な状態に至ったものであり、それから4年が経過した口頭弁論終結時においても、職場復帰が可能な程度の寛解には至っていない。」

と認定されています。

 判決文によると、

「原告は、帰宅後、花子に対し、泣きながら『もう駄目だ』『もう会社には行けない』などと言い、花子も原告のただならぬ様子に、ここで止めないと死んでしまうかも知れない、もう限界だと感じ、親族とも相談した上で、原告を同月14日(週明け)から休ませた。」

とのことです。

 精神疾患を発症するまで追い詰められたほか、就労自体困難になるという重大な被害が生じたことは、慰謝料を押し上げる原因になっていると思います。

(2)労災認定が行われていたことにより、ハラスメントの裏付けがとれた(推測)

 本件では訴訟提起に労災認定が先行しています。

 判決文には、

「原告による本件労災請求を受け、長崎労働基準監督署においては、専門医の意見を聴取した上で、原告は平成25年10月頃から適応障害(ICD-10のF.43.2)を発病しており、発病前には平成25年6月の上旬から同年7月上旬にかけて恒常的長時間労働があり、上司(被告丙川)による業務指導の範囲を逸脱し、嫌がらせ、いじめと判断される言動があったことから、業務による著しい心理的負荷が認められる。一方で固体的要因(神経症、自律神経失調症等の既往)及び業務以外の要因(住宅の購入及び転居)が認められるものの顕著なものではないとして、業務に起因して精神障害を発症したと判断し、平成28年1月29日、休業補償給付の支給決定をした。」

と書かれています。

 労災請求がされると、労働基準監督署は必要な調査の後、調査結果復命書という書類を作成します。調査結果復命書には事業主、同僚労働者、現認者等からの聴取調査などの調査結果を取りまとめが書かれています。

 保有個人情報開示請求(行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律12条1項)や、文書送付嘱託(民事訴訟法226条)・文書提出命令(民事訴訟法221条)といった手続で復命書の内容を確認したところ、原告が自分が受けたとするハラスメントの内容について、かなりの裏付けがとれたのではないかと推測しています。

 「推測」というのは判例集にはどういう証拠からどういう事実を認定したのかまでは書かれていないから断定できないという意味です(判例集では、証拠の引用は「〈証拠略〉」などと表記されています)。

 被害を受けたと主張する側が数多くのエピソードを語れる事案でも、加害者が否認した場合、結局、「裏付けとなる証拠がない。」などといった理由でハラスメントを構成するエピソードの多くが事実認定から捨象されてしまうことは珍しくありません。

 しかし、プラネットシーアール事件では、約1年間にわたる種々のハラスメントが、豊富に、また、具体的かつ詳細に認定されています。

 例えば、判決では

「(原告が平成26年)7月1日、不備のある広告データを入稿するミスを犯したことが依頼主の指摘で判明し、広告の刷り直しのため、10万円程度の損失が発生した。被告丙川は『さすがに擁護できん。始末書を書け。明日中に提出しろ。』『お前、始末書2枚溜まっとったんやぞ。これで3枚や。それ相応の覚悟をしとけよ。』などと叱責し、原告が翌日、社内のパソコンで作成した始末書を提出したところ、『始末書をパソコンで書くのかお前は。』『お前の始末書に会社の財産を使うのか』などと叱責して手書きの始末書を再提出するように命じ、原告が翌日、手書きの始末書を提出したところ、被告丙川が日頃、叱責した際に原告が述べる反省の弁と内容が同じであるのが気に食わず、『内容がおかしい』と言って突き返し、原告がおかしい点がどこか尋ねても『知らん。自分で考えろ』と叱責し、始末書を作成しようとする原告に対し、『お前、始末書を会社で書くのか』『お前の不始末で始末書を書くのに、どうして会社が給料を払わないといかんのだ』などと叱責した」

といった事実が認定されています。

 本件は提訴が平成27年12月10日ですが、1年以上前のことなのに、えらく詳細かつ具体的に認定できているなと思います。

 本件は平成27年6月8日付けで労災保険給付の請求がなされています。請求後、ス労働基準監督署によって速やかに調査がされ、ハラスメントを構成するエピソードについて何らかの証拠化が図られていたから、こうした具体的な事実の立証が可能だったのかも知れないなと思います。

4.立証の壁をクリアしていくために

 個人的な考察ではありますが、パワハラの慰謝料が伸びにくいのは、個々のハラスメント行為の立証の困難さに原因があるのではないかと思います。

 精神疾患の発症など被害が大きくても、個々のハラスメント行為の実体をきちんと立証できなければ因果関係が認定されにくいのではないかと思います。

 しかし、個々のハラスメント行為にきちんとした裏付けがあることはそれほど多くありません。また、弁護士には労働基準監督署のように法律を背景にした調査権限があるわけではなく入手できる資料にも限界があります。

 迅速な労災申請はこうした立証の壁をクリアできる可能性を持っているのではないかと思います。重篤な精神疾患になった場合などには、後の民事訴訟を視野に入れた対応という意味でも、速やかな労災申請が必要になるのではないかと思います。