弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

文言自体は侮辱的ではなくても、嫌がっていることを言い続ければハラスメント・不法行為になるとされた例

1.パワーハラスメント

 パワーハラスメントの類型の一つに、

「精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言) 」

があります。

 令和2年1月15日 厚生労働省告示第5号「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」によると、

人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。」

「業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行うこと」

「他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行うこと」

「相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに送信すること。」

が該当例として挙げられています。

 上述のとおり「精神的な攻撃」の典型は、人格否定・叱責・能力否定・罵倒といったように、それ自体、攻撃的・侮辱的・否定的な言葉を浴びせることです。

 それでは、文言それ自体をみれば侮辱的・攻撃的・否定的な意味合いを持つとはいえない言葉を浴びせているにすぎない場合、ハラスメント・不法行為を構成する余地はないのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.6.30労働判例ジャーナル116-38 しまむら事件です。

2.しまむら事件

 本件で被告になったのは「ファッションセンターしまむら」を経営する株式会社(被告会社)と、その準社員2名(被告c、被告d)です。

 原告になったのは、被告会社のアルバイト店員の方です。令和元年9月中旬から下旬にかけて、被告cと被告dから、個別に、あるいは、同じ機会に「仕事したの。」と言われ続けたことにより精神的苦痛を受けたとして、損害賠償を求めたのが本件です。

 「仕事したの。」は、その言葉自体に侮辱的な意味合いが含まれているとはいいにくいように思われます。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、不法行為の成立を認めました。

(裁判所の判断)

被告cは、9月中旬以降、原告に対し、『仕事したの。』と言うようになり、店長代理のfにも原告に仕事をしたか聞くと面白いから聞くようにけしかけ、実際にfが被告cに言われたとおり原告に『仕事した。』と質問し、これに対して原告が拒絶反応を示していることに照らすと、被告cは、原告に対し、原告の拒絶反応等を見て面白がる目的で『仕事したの。』と言っていることが認められる。したがって、被告cのこの行為は、原告に対する嫌がらせ行為であるといえる。加えて、被告cの9月26日午後1時頃の原告に対する行動も、その前後の経緯からすると、原告に対する嫌がらせ行為の一環として行われたものと認められる。

また、被告dも被告cと同じ時期に、原告に対し、個別に、あるいは被告cと同じ機会に『仕事したの。』と被告cと同じ内容の発言をしているのであるから、被告cと同様に原告の拒絶反応等を見て面白がる目的でしたと認められる。したがって、被告dのこの行為は、原告に対する嫌がらせ行為であるといえる。

そして、原告はこれらの嫌がらせ行為により精神的に塞ぎ込んで通院するまでに至ったのであるから、被告c及び同dの行為により原告の人格権が侵害されたということができる。

以上によれば、被告c及び同dは、原告に対し、共同不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

「これに対し、被告cは、冗談交じりに『仕事したの。』と言ったり、悩み事や心配事があるのかと心配してスキンシップを取ったりしたのであって、不法行為に当たらないと主張する。」

「しかし、前記・・・のとおり、被告cは、店長代理のfにも原告に仕事をしたか聞くと面白いから聞くようにけしかけていることからすると、単なる冗談交じりに『仕事したの。』と言っていたとは認められない。また、上記アのとおり、原告の拒絶反応等を見て面白がっている被告cが原告に悩み事や心配事があるのかと心配してスキンシップを取ったのか疑わしいといわざるを得ないから、被告cの上記主張は採用できない。」

「また、被告dは、原告が仕事をしていなかったため『仕事をしたの。』と言ったと主張するが、被告cと同時期に、時には同じ機会に『仕事をしたの。』と言っていることや原告が仕事をしていなかったとうかがわれる確たる証拠がないことに照らしても、被告dの主張は採用できない。」

3.当たり前のことではあるが・・・

 言葉自体が侮辱的でなくても、侮辱的な意図をもって発言し、相手の拒否反応を見て面白がっていれば不法行為になるというのは、直観的には当たり前のことでしかありません。

 しかし、侮辱的な意図で言われていることの立証が難しいため、実務上、言葉自体に侮辱的な意味合いがない場合に不法行為の成立が認められることは極めて稀です。

 本件はそうした立証が奏功した稀有な事案です。認容された慰謝料は5万円と少額ですが、字面を見るだけでは分かりにくい形で弄られている人・いじめられている人の救済を考えるうえで参考になります。

 ちなみに立証が成功したのは、原告の塞ぎこむ様子を見て心配に思った原告の夫が、原告にボイスレコーダーを持たせたからだと思われます(判決でそのような事実が認定されています)。抑揚や細かなニュアンスまで再現できる録音が、ハラスメントの立証にあたり効果的であることを示す一例ともいえます。