弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

不妊治療を考えて会社を辞めるのは給料泥棒なのか?

1.退職妨害

 昨今、人口が減少傾向にあるとともに、生産年齢人口が減少していることにより、人手不足が深刻化していると言われています。

中小企業庁:2020年版「小規模企業白書」 第1部第1章第3節 人手不足の状況と雇用環境

 こうした世相を反映してか、会社に辞意を示した労働者に対し、ハラスメントが行われるという事案が増加しているように思われます。

 昨日紹介した、東京地判令2.12.22労働判例ジャーナル110-26 東京身体療法研究所事件は、退職妨害に違法性を認めた事例としても意味があります。

2.東京身体療法研究所事件

 本件で被告になったのは、按摩、マッサージ及び指圧等を業とし、都内に数店舗を展開する有限会社(被告会社)と、その代表者(被告C)です。

 原告になったのは、被告の元従業員2名です(原告A、原告B)。

 原告Aは、被告会社を退職した後、時間外割増賃金や、被告Cからのハラスメント等を理由とする損害賠償を請求しました。

 ハラスメント等を構成する具体的な事実として、裁判所では、原告Aの退職に際し、次の事実があったと認定されています。

(裁判所が認定した事実)

原告Aは、平成30年4月15日、被告Cに対し、不妊治療を考えて退職の意向があると告げたところ、被告Cは、原告Aのことを『そんな辞め方は会社に失礼です。』、『あなた売上の目標値に達してないでしょ。』、『こういうのを給料泥棒って言うんですよ。』、『私が納得いく成績になってから退職を申し出るように。』と言った。

「原告Aは、平成30年4月18日、被告Cに対し、『給料泥棒』という発言を理由として同年5月で退職する旨を告げたところ、被告Cは、『給料泥棒という言葉は使っていません。女性の脳は、都合のいいように過去の記憶を変えるのですよ。』、『賠償金を請求します。』などと言った。また、原告Aは、雇用契約書の開示を求めたが、被告Cはこれを拒絶した。」

「原告Aは、平成30年5月6日、被告Cに対し、雇用契約書と労使協定を開示するよう求めたが、被告Cは、原告Aがタイムカードのコピーを持っているのを目にして、そのコピーは会社でしたのかと聞いた上で、そうであるなら業務上横領として告訴するなどと言った。

「原告Aは、平成30年5月9日、原告B立会いの下、被告Cに対し、雇用契約書と労使協定を開示するよう求めたが、被告Cは、これを拒絶し、原告Aの有給休暇の希望に対しても、円満退社するのであれば認めるなどと言った。

「原告Aは、被告Cに対し、有給休暇の取得に関してメールを送ったが返事がなかったので、有給休暇7日間取得して平成30年6月7日付けで退職する旨の退職届を被告会社に提出した。」

「原告Aは、平成30年6月7日付けで被告会社を退職した。」

被告会社は、原告Aが退職した後も、原告Aに対し、離職票を送付しなかった。原告Aが、労働基準監督署を通じて督促し、被告会社は、平成30年9月12日になってようやく、原告Aに対し、離職票を送付した。」

 暴言(パワハラ・セクハラ)、損害賠償の示唆、些細な行為をとられての刑事告訴の示唆、有給休暇の取得妨害、離職票の送付拒否など、さながら退職妨害のオンパレードのような様相が呈されています。

 こうした行為に対し、裁判所は、次のとおり述べて、その違法性を肯定しました。

(裁判所の判断)

「以上のような、被告Cが原告Aに対してした『給料泥棒』などの暴言、退職を妨害する行為、離職票を直ちに交付しなかった行為などの一連の行為は、原告Aに対する嫌がらせというほかなく、原告Aの人格権を侵害するものであり、違法であるという評価を免れない。

「被告Cの上記不法行為により、原告Aが受けた精神的苦痛に相当する慰謝料は10万円と評価するのが相当であり、弁護士費用は1万円と認めるのが相当である。」

3.例によって慰謝料は低額だが・・・

 裁判所が認定した慰謝料額は、10万円でしかありません。

 しかし、少額とはいえ、会社代表者の一連の行為に違法性を認めた意義は、決して少なくないと思います。被告会社(代表者)がやっているような退職妨害行為は、典型的なものであり、残念ながら「よくあること」だからです。

 不妊治療は職業生活にかなりの負荷を生じさせます。負荷に耐えかねて仕事を辞める決意をするに至るまでに、相当な葛藤があったであろうことは想像に難くありません。

 そうした方に対し、「給料泥棒」などという暴言を浴びせ、退職した後の離職票の送付すら渋るといった行為を見せられては、在職中の従業員の方の士気に良い影響があるはずもなく、人が辞めていくのも仕方のないことであるように思われます。

 個人、企業、社会いずれにとっても、マイナスの影響しかなく、本件のようなハラスメントは、早急になくされるべきだろうと思います。