弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

録音にあたっては事前に弁護士に相談を-有給休暇の取得妨害をめぐる訴訟を題材に

1.録音の重要性

 使用者側の違法な言動を立証するにあたり録音が重要であることは、現在では広く一般の方にも知られています。予め録音を取得したうえで法律相談に見られる方も増えているように思います。

 しかし、相談者の方が取得した録音を聞いていると、状況の設定や発問の仕方をもう一工夫していれば決定的な証拠になったかも知れないという意味で、「惜しいな」と思うことが少なくありません。

 近時公刊された判例集にも、録音の惜しかった裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.11.25労働判例ジャーナル121-56 KANADENKO事件です。

2.KANADENKO事件

 本件で被告(被控訴人)になったのは、電気工事事業を営む株式会社です。

 原告(控訴人)になったのは、日給月給制で被告の従業員として稼働していた方です。令和元年9月30日に被告を退職した後、

平成28年8月8日に被控訴人が設立された後まもなく、被控訴人代表者に対し、有給休暇の有無を尋ねたところ、被控訴人代表者は、「うちは日給月給やから有給はない。」と言われた

上記のような被控訴人代表者の言動は、控訴人の有給休暇を取得する権利の行使を委縮させ、妨害するものであり、上記労働契約上の義務に違反し、違法である

などと主張し、慰謝料の支払いを求める訴えを提起しました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の特徴の一つは、令和2年2月10日に被告代表者からかかってきた電話を原告が録音していたことです。この時、被告代表者の「日給月給につき有給休暇はない」という誤った理解を吐露する供述が録音されました。原告はこの録音を裁判所に証拠提出しました。

 しかし、控訴審裁判所も有休の取得妨害を否定し、次のとおり述べて、原告が提起した控訴を棄却しました。

(裁判所の判断)

「控訴人は、被控訴人代表者が被控訴人設立当初から日給月給制のため有給休暇はない旨述べていた上、在職中は仕事が忙しく有給休暇を請求できる状況にはなかったことを捉えて、被控訴人によって有給休暇の取得が妨げられたと主張し、これに沿う陳述・供述(甲8、10)を行うとともに、証拠として、退職した控訴人からの請求に対して被控訴人代表者が日給月給制につき有給休暇はない旨回答しているところを録音・反訳したもの(甲13)及び有給休暇の取得を被控訴人代表者に拒まれ欠勤扱いとされた旨の同僚の陳述書(甲12)を提出する。

「しかし、控訴人の上記主張を客観的かつ的確に裏付ける証拠はない。控訴人の提出する甲第13号証は、控訴人が被控訴人を退職した後に有給休暇に係る請求をしたことについて令和2年2月10日に会話した際のやりとりを録音したものであって、控訴人が在職していた際の被控訴人代表者の発言ではなく、また、甲第12号証は、被控訴人を解雇された元従業員の陳述書であり、控訴人に対する被控訴人代表者の言動ではないから、これらによって控訴人の上記主張が直ちに裏付けられるものではない。

「かえって、控訴人が有給休暇を申請したこと(時季指定をしたこと)がないことは、控訴人も認めるところであり、本件全証拠によっても、被控訴人代表者が、日給月給制であることや多忙を理由に、控訴人に有給休暇の申請をしないよう迫り、有給休暇の申請を受け付けず、あるいは控訴人に有給休暇の申請を取り下げさせたといった事情は認められない。」

「また、控訴人の在職中に、被控訴人代表者が控訴人に対して有給休暇はない旨を積極的に告げたと認めるに足りる客観的証拠はなく、かえって、控訴人は、本訴に先立つ請求(甲2)において、『有給休暇について何にも教えてもらえず、一回も使わしてもらえなかった』と述べているにとどまることに鑑みれば、控訴人に対して有給休暇の取得を萎縮させるような被控訴人代表者の言動があったとも認め難い。

「なお、証拠(甲12、13)によれば、被控訴人代表者は、日給月給制の労働者に労基法上の有給休暇制度は適用されないとの誤った理解に立っていたことがうかがわれ、被控訴人代表者が、控訴人在職中に全従業員を相手に、有給休暇の取得を促す説明をしたり、有給休暇の残日数を事務員を通じて把握していた旨の陳述・供述(甲11、乙1)はにわかに信用できず、被控訴人が提出する従業員の陳述書(乙2)の信用性にも疑問があると言わざるを得ない。また、弁論の全趣旨によれば、有給休暇を取得した従業員(乙4)は、月給制の従業員である可能性があり、本件全証拠によっても、日給月給制の従業員で有給休暇を取得していた者がいたかは判然としない。」

「しかし、甲第2号証及び同第3号証によっても、被控訴人代表者が有給休暇に関する誤った理解をうかがわせる表明をしたのは、退職した控訴人から突然有給休暇に係る請求がされたことを受けて令和2年2月10日に会話した際に反論的に述べたことが認められるにすぎない。また、甲第12号証は、被控訴人を解雇された元従業員が有給休暇の申請を被控訴人に拒否されたと陳述するものにすぎず、にわかに信用し難い上、仮に陳述に係る事実があったとしても、同従業員が個別に有給休暇を申請した際の発言にすぎず、本件全証拠によっても、被控訴人代表者が、有給休暇に関する誤った理解を従業員に向けて一般に披歴していた事実を認めるに足りない。

「したがって、上記証拠(甲12、13)によって、被控訴人代表者の誤った理解が、控訴人に対して有給休暇の申請を萎縮させたり、有給休暇の取得を妨げたとは認められず、他に控訴人の主張を認めるに足る証拠はない。

3.平成28年8月8日の言動も発問すれば引き出せたのではないか?

 上述のとおり、裁判所は、令和2年2月10日の録音では、在職中に有給休暇の申請を委縮させる言動があった事実を認定できないと判示しました。

 本件は被告(被控訴人)側から電話がかかってきたケースであり、原告(控訴人)側で予め準備するには限界があったのは確かです。

 しかし、

日給月給制につき有給休暇はない

という供述が引き出せていることを考えると、決定的に重要なのが在職中の言動であることを予め知っていれば、

平成28年8月に、このように言ったではありませんか、

会社ができた時、このように言ったではありませんか、

といったように、時間的な要素を設問に織り込むことで、より踏み込んだ供述を証拠化できた可能性もあったように思われます。

 ある事件でどのような録音があれば決定打になるのかについて、弁護士は訴訟を見据えたうえで適切な助言をすることができます。弁護士費用との兼ね合いで訴訟代理まで依頼するかは別として、法的措置をとると決めた場合には、どういった証拠が決め手になるのかを含め、早期に弁護士に相談しておくことをお勧めします。

 

退職勧奨に応じられない場合には、退職しない意思を明確に表明することⅡ-拒絶の仕方が甘いと勧奨が止まらない

1.退職勧奨への対応

 少し前に、

退職勧奨に応じられない場合には、退職しない意思を明確に表明すること - 弁護士 師子角允彬のブログ

という記事を書きました。

 この記事の中で、退職勧奨に応じられない場合に、退職しない意思を明示的・明確に表明することの重要性について指摘させて頂きました。

 それでは、不本意な退職勧奨への対応としてしばしば言われてている「明示的」「明確」な拒絶意思の表明と認めてもらうためには、どれくらいトレートな物言いが必要になってくるのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この問題を考えるにあたり参考になる裁判例が掲載されていました。東京地判令3.12.21労働判例ジャーナル121-1 日立製作所(退職勧奨)事件です。過去にも同じ名前で退職勧奨がテーマになった事件をご紹介させて頂いていますが、本件はこれとは別の事件です。

不本意な退職勧奨を受けた時に行うべきこと-先ずは明確な拒否 - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.日立製作所(退職勧奨)事件

 本件で被告になったのは、社会インフラや情報・通信システム等に係る事業を目的とする株式会社です。

 原告になったのは、平成7年に被告会社との間で期間の定めのない労働契約を締結した方です。被告会社から違法な退職勧奨を受けたと主張して、慰謝料の支払い等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の事案の特性は、原告が退職勧奨に消極的な意思を示していたことです。

 被告から退職勧奨の趣旨を含む研修を受けさせられた後、原告は転職ではなく残留することを前提とするキャリアプランの作成等を作成し、退職勧奨に応じる意思がないことを示しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、退職勧奨の違法性を否定しました。なお、退職勧奨が適法とされたことから、損害賠償請求も棄却れています。

(裁判所の判断)

「平成29年12月26日の面談において、c部長は、原告に対し、『「社外転身サポートプログラム」について』と題する書面を手渡して転職を検討することを促し、また、退職勧奨の趣旨を含んだ本件フォローアップ研修の受講も命じたが、このようなc部長の言動は、本件研修において被告会社への残留を前提としたキャリアプラン等を作成することによって退職勧奨に応じる意思がないことを明らかにしていた原告に対し、その意思を無視ないし軽視して不当に退職勧奨をしたものではないかが問題となり得る。」

「しかしながら、退職を一旦は断った者に対し再考を求め、再度退職を促すことも、それが対象とされた労働者の自発的な退職意思の形成を促すものである場合には違法ということはできず、それが社会通念上相当とは認められないほどの執拗さで行われるなど、当該労働者に不当な心理的圧力を加え、その自由な退職意思の形成を妨げた場合に初めて違法となり、不法行為を構成することがあるというべきである。上記面談においてc部長がしたのは、原告に対し転職の際に被告会社から受けられる支援内容等が記載された書面を手渡して、これを参考に再度転職を検討することを促したというものだが、その内容や態様に照らし、原告の自由な意思形成を妨げるようなものであったとは認め難い。原告も、その本人尋問において、c部長からは、広い視野を持って欲しいという趣旨のことを言われて上記書面を手渡されたくらいであった旨を供述しており、自由な意思形成を妨げるような態様で退職勧奨がされた様子はうかがわれない。また、c部長は、原告に対し、本件フォローアップ研修の受講も命じているが、前記のとおり、本件研修が原告の自由な意思形成を妨げるほどのものではなかったと認められることに照らすと、これに続く本件フォローアップ研修の受講を命じたことによって、原告の自由な意思形成が阻害されるおそれがあったとは認め難い。原告の他の主張や提出証拠を検討しても、c部長がこれ以上の退職勧奨をしたとは認められず、原告が本件研修において退職勧奨に応じる意思がないことを示した後であったことを考慮しても、c部長による退職勧奨が、社会通念上相当とは認められないほどの執拗さで、原告に不当な心理的圧力を加えて退職を迫ったものであるとまでは認めることができない。」 

「さらに、本件フォローアップ研修も、原告が上記のとおり退職勧奨に応じる意思がないことを明らかにしていたにもかかわらず行われたという点は問題となり得るものの、社会通念上相当と認められないほどの執拗さや態様で原告に退職を迫ったことを認めるに足りる証拠はなく、また、原告が不当な退職勧奨であると抗議するや、途中で中止され、それ以上、原告に退職を働きかけることをしていないことに照らすと、原告の自由な退職意思の形成を妨げるほどのものであったとまではいえず、違法であるとまでは認められない。」

「以上によれば、本件研修及び本件研修後のc部長の面談における言動並びに本件フォローアップ研修が違法であったとは認められず、これらが不法行為を構成することを前提とする原告の損害賠償請求は理由がない。」

3.研修の課題に藉口するようなレベルだと拒絶の効力にやや不安

 大手企業で行われる退職勧奨には、研修の形態がとられることも少なくありません。

 こうした研修において、課題に応える形で残留したい意思を表示したとしても、裁判所はその後の退職勧奨を違法であるとは認めませんでした。おそらく拒絶の意思の明確性が弱かったからではないかと思われます。

 退職勧奨を防ぐためには、かなりはっきりと退職しない意思を表明する必要があります。そうでなければ、二の矢、三の矢が延々と続きますし、訴訟で退職勧奨の違法性を問題にすることも難しくなる可能性が出てきます。

 伝え方が良く分からない-そうした方は対応を弁護士に相談してみるとよいのではないかと思われます。

直接の行為者ではない複数の者の懲戒-総合調整事務に基づく責任と監督責任

1.巻き添え型の懲戒処分

 官公庁や役所で不祥事が発生した場合、監督責任等の名目で、直接の行為者ではない方まで懲戒処分を受けることがあります。

 上長や同僚として気を配っていれば不祥事を回避できたのではないかと言われると、概念的には理解できるのですが、自分で非違行為をしたわけでもないのに不祥事を起こした他人の巻き添えで懲戒処分を受ける方を見るにつけ、大変気の毒に思います。

 近時公刊された判例集に、こうした巻き添え型の懲戒処分の取消請求が認容された裁判例が掲載されていました。長崎地判令3.10.26労働判例ジャーナル121-48 西海市事件です。この事件は、直接の行為者ではない複数の公務員の懲戒責任の軽重を考えるにあたり参考になります。

2.西海市事件

 本件で被告になったのは、長崎県の地方公共団体である西海市です。

 原告になったのは、西海市本庁市民課に勤務していた地方公務員の方です。西海市大島総合支所に勤務していた係長iがマイナンバーカード交付申請書等の速やかな事務処理を怠ったうえ、書類を紛失したことに連座し、6か月に渡る給料月額10分の1の減給処分を受けました。上司への速やかな報告・連絡・相談があれば、早期対応により、マイナンバーカード交付申請書等の紛失は回避できたというのが主な理由です。こうした懲戒処分に対し、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 この事件の裁判所は、次のとおり述べて、原告の請求を認め、懲戒処分を取り消しました。

(裁判所の判断)

懲戒権者は裁量権を有するものの、地方公務員の懲戒については公正でなければならず(地方公務員法27条1項)、同一の事由について、直接の行為者でない複数の者を懲戒するに当たっては、その関与の程度、職責等に応じて、懲戒処分の内容が公正なものでなければならないから、この点も留意しつつ、裁量権の逸脱、濫用の有無を検討すべきである。そして、減給処分を選択したことについては、i以外の者について共通であるから、特に処分理由〔2〕(本件紛失事故)の重大性に関わる事情を中心に、減給処分のうち6月間、給料月額の10分の1という内容の減給をしたことについては、関与の程度、職責等による差異が大きいものと考えられるから、特に処分理由〔2〕について、上記諸点に関する事情を中心に、公正性に留意しつつ、以下、裁量権の逸脱、濫用の有無について検討する。」

(中略)

「上記大島総合支所における事務遅滞及び本件紛失事故と原告の職責との関係について、前提事実・・・のとおり、原告は、番号制度に関する事務、各総合支所の個人番号カードについての総合調整に関する事務の担当者であり、各総合支所において、申請補助事務後、申請受付簿に入力し、交付申請書等の補助書類は本庁に送付することとされていたから、上記各事務について、各総合支所において事務の遅滞や不適正な事務処理がされていたことを認識した際には、適正な事務処理がされるよう働きかけることも上記総合調整に関する事務に含まれるといえる。」

「もっとも、上記各総合支所における、申請補助、申請受付簿の入力、本庁市民課へ送付するまでの補助書類の保管、本庁市民課への送付は、各総合支所が行う事務であり、これらについて責任を負うのは各総合支所の担当部署であり、原告が分掌するのは、その総合調整にとどまる。本庁市民課に所属する原告が、各市民課の担当者に対し、総合調整として働きかけることを超えて、指示命令する権限があるとは認められず、その指示命令権限を有するのは、各総合支所における各担当者の上司であり、大島総合支所においては、iの上司であるj支所長及びk課長補佐であったと認められる。」

「そうすると、その職責上、大島総合支所における事務遅滞及び不適正な事務処理について、原告の分掌する総合調整事務に基づく責任が、指示命令権限を有する大島総合支所長及び課長補佐の監督責任と、同程度に重いということは、当然にはいえない。なお、原告が本庁市民課における主担当者として番号制度に関する事務について最も通じていたことは、各総合支所における担当者の上司も、適切に監督ができる程度には所管する職務を把握した上で、監督すべきものであるから、上記責任の程度に影響するものとはいえない。」

(中略)

「大島総合支所における事務遅滞及び不適正な事務処理と原告の職責との関係に照らし、原告の総合調整事務に基づく責任は、大島総合支所における監督責任に比して、より間接的なものであり、原告が処分理由〔1〕に係るiの事務遅滞及び不適正な事務処理を具体的に認識していたことを考慮しても、その点については、一定の職責を果たし、その解消に一部寄与していること、処分理由において重視されたのは、処分理由〔2〕の本件紛失事故であることに照らして、重視することはできない。他方、本件紛失事故については、文書管理は通常、各部署の責任において管理されることからして、原告において、平成30年3月9日以降、同月末日までの時点において、本件紛失事故が発生することまで容易に認識し得たものとはいえず、大島総合支所においてiに対する監督が適正にされず、組織的な対応のための報告、連絡体制もほとんど機能していなかったことからすると、本件紛失事故の発生の回避との関係で、原告の責任が大島総合支所長や大島市民課長補佐の監督責任と同程度に重いということはできない。

「また、d課長(本庁課長 括弧内筆者)は、平成30年3月23日の問合せの件と併せて、主担当者である原告に対し、大島総合支所における事務の状況等について詳細かつ正確な報告等を求める端緒となる程度の認識を有していたといえ、組織的対応を要する他部署の事務遅滞及び不適正な事務処理については、他部署との対応に当たる上位の職責にあるものの責任が大きいということができるから、原告がより詳細な実情を認識していたことを考慮しても、原告の責任が、d課長の責任よりも有意に大きいとはいい難い。

「以上の諸事情に照らすと、処分行政庁が、原告について、直接行為者であるiに次いで、j大島総合支所長及びk大島市民課長補佐とともに、減給処分の中で最も重い処分をし、d課長との間で明確な差異を設けたことは、特に本件紛失事故の回避可能性に関して、職責を踏まえた関与の程度の評価を誤り、公正性に反したものであり、社会観念上著しく妥当性を欠き、裁量権を逸脱又は濫用するものと言わざると得ない。

「以上のとおり、本件処分は、減給処分の内容として、減給6月間、給料月額の10分の1とした点で、裁量権を逸脱又は濫用するものであり、違法であるというべきである。」

3.総合調整事務に基づく責任<監督責任

 上述のとおり、裁判所は、上司の監督責任を中間管理職的な原告の責任よりも重いと位置付けました。これは直接の行為者ではない複数の者の懲戒処分の軽重を考えるうえで重要な視点です。

 こうした考え方と比例原則・平等原則が結びついたことが、原告への懲戒処分の取消に繋がっています。

 ある連座者の責任の軽重を考えるにあたっては、他の連座者がどのような処分を受けているのかの確認が重要です。処分内容によっては、適切な減給の期間など、かなり細かな争いにまで立ち入れる可能性があるからです。

 

残業の許可制-「忙しいだろうと思うけど早く帰るように」等の言動があっても黙示の残業命令が認定された例

1.残業の許可制・事前承認制

 時間外勤務手当等の発生を抑止するため、事前に上長の許可や承認を得ることを残業の要件としている会社があります。

 これが実効性をもって運用されていて、許可や承認のない残業が明確に禁止されているような場合には、使用者に隠れて残業をしたとしても、時間外勤務手当等を請求することは困難です。

 他方、これが単なる名目上のもので、事実上残業することが黙認されていたような場合には、形式上、許可や承認が得られていなかったとしても、時間外勤務手当等を請求することができます。

 しかし、労務管理の現場では、両者の中間的な運用がされていることが珍しくありません。労働者が無許可・無承認で働いているのを目にすると、「早く帰るように」と帰宅を指示するものの、実際に帰宅まではさせないといったようにです。

 こうした場合、しばしば、禁止を無視して労働者が勝手に働いていただけなのか/使用者の側でも残業を黙認していたのかが問題になります。昨日ご紹介した、大阪地判令3.11.19労働判例ジャーナル121-40 アネビー事件も、無許可・無承認残業の労働時間性が問題になった事件の一つです。

2.アネビー事件

 本件で被告になったのは、遊戯器具、家具の製造及び販売等を目的とし、保育園や幼稚園に対して遊具等を製造・設置販売していた株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、保育園や幼稚園に対して遊具の設置販売に関する提案営業を行う業務に従事していた方です。退職後、未払時間外勤務手当等(残業代)の支払いを求める訴えを提起したのが本件です。

 しかし、被告の就業規則には、

「従業員が時間外労働、休日労働及び深夜労働をする場合には、あらかじめ所属長の許可を受けなければならない」

と明記されていたため、本件では、原告がしていた無許可・無承認残業の労働時間性が争点の一つになりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり判示し、原告の時間外勤務等の労働時間性を認めました。

(裁判所の判断)

「証拠・・・によれば、被告は、タイムカードや日報メールの送信時刻により、原告が所定の終業時刻後も業務に従事していることを認識していたものと認められるものの、原告は、F支社長やD副部長から残業が許可制である旨や残業が禁止されている旨を告げられたことはなく、残業許可申請書を見たこともなかったと認められ、その他本件全証拠によっても、被告が、原告に対し、時間外労働に従事することを禁じたり、これを行わないよう注意指導したりしたことを裏付ける客観的な証拠はない。これらの事情等によれば、被告は、少なくとも、原告が時間外労働に従事していることを認識しつつ、これを許容していたといえるから、原告の時間外労働は、少なくとも被告による黙示の残業命令に基づくものであるというべきである。」

「なお、F支社長の陳述書・・・には、原告に対し、一切の残業を強制したことはなく、定時を過ぎれば早く業務を終え帰宅するよう指導していた、原告からの残業申請は一切なく、事前に内容の報告を受けたこともなく、残業を許可したこともなく、『忙しいだろうけど早く帰るように』と指導したことがあった、原告に対し、採用面接の際、残業は自身の裁量で勝手に行い事後報告するような性質のものではなく、やむを得ない場合に限り、事前に理由を添えて申請し、当時の所属長であった自分が認めたもののみを被告が指示して時間外労働に従事してもらうものであり、それが残業だと厳密に訴えた、毎日ではないが、『体調は大丈夫か。仕事を早く終えて家に帰りや』などと声掛けをしていたとの記載があるほか、D副部長の陳述書・・・には、帰社後のメールについて即答を依頼したことはないとの記載があるが、これらを裏付けるに足りる証拠はない。仮にこれらの記載を前提とするとしても、F支社長及びD副部長の陳述書には、原告の入社後に原告に対して時間外労働を禁じていたことを示す記載はなく、F支社長が原告に対して伝えたとする、定時を過ぎれば早く業務を終え帰宅するようにとの発言や『忙しいだろうけど早く帰るように』『体調は大丈夫か。仕事を早く終えて家に帰りや』との発言についても、健康維持等の観点からできるだけ早く帰宅すべき旨を伝える趣旨にとどまり、時間外労働をしないようにとの趣旨の注意指導とは解されない。そして、F支社長の陳述書・・・には、同支社長は、タイムカードや日報メールによって、原告が残業していることを事後的には認識していた旨の記載もあることからすると、F支社長及びD副部長の陳述書の記載は、被告が、原告が時間外労働に従事していることを認識しつつ、これを許容しており、被告による黙示の残業命令があったとの前記認定を左右しない。

3.口で言われていただけであれば残業代請求を諦める必要はない

 社屋の中で残業をしていたことに証拠上の裏付けがある場合、形式的に早く帰宅するように上長から促されていたとしても、黙示の残業命令があったとして時間外勤務手当を請求できる事案は少なくありません。

 無許可・無承認残業であったとしても、釈然としなに思いを抱えている方は、一度、残業代請求の可否を弁護士に相談してみても良いのではないかと思います。

 

事業場外労働みなし労働時間制の適用が否定された例-大まかにでも労働時間を把握できるようなら対象外

1.事業場外労働みなし労働時間制

 労働基準法38条の2第1項は、

労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いときは、所定労働時間労働したものとみなす。ただし、当該業務を遂行するためには通常所定労働時間を超えて労働することが必要となる場合においては、当該業務に関しては、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務の遂行に通常必要とされる時間労働したものとみなす。」

と規定しています。

 これを事業場外労働時間みなし労働時間制といいます。

 事業場外労働時間みなし労働時間制は、

「労働時間を算定し難いとき」

に用いられる仕組みです。

 しかし、残業代が発生しないという法的効果が発生する(所定労働時間の労働が擬制される)ことから、「労働時間を算定し難い」とはいえない場合にも濫用的に用いられることがあります。

 近時公刊された判例集にも、「労働時間を算定し難い」とは認められないにもかかわらず、事業場外労働時間みなし労働時間制が用いられていた裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.11.19労働判例ジャーナル121-40 アネビー事件です。

2.アネビー事件

 本件で被告になったのは、遊戯器具、家具の製造及び販売等を目的とし、保育園や幼稚園に対して遊具等を製造・設置販売していた株式会社です。

 原告になったのは、被告と期間の定めのない労働契約を締結し、保育園や幼稚園に対して遊具の設置販売に関する提案営業を行う業務に従事していた方です。被告では事業場外みなし労働時間制が採用されていましたが、その適用要件に欠けるとして、退職後に残業代(未払割増賃金)を請求する訴訟を提起したのが本件です。

 本件では原告の事業場外労働が「労働時間を算定し難いとき」に該当するのか否かが争点の一つになりました。

 この争点について、裁判所は、次のとおり述べて、「労働時間を算定し難いとき」には該当しないと判示しました。

(裁判所の判断)

「被告は、原告の事業場外労働につき、労働時間を算定し難い旨主張し、その理由として、前記・・・の被告の主張のとおり、被告における労働時間管理の実情を指摘する(なお、被告は、第1回口頭弁論期日において、当裁判所から、労働基準法38条の2第1項が適用される日を特定するよう釈明を受けたものの、これを明らかにしない。)。」

「しかしながら、前記前提事実・・・によれば、原告は、常時ノートパソコンで被告のサーバーに保存された顧客情報等にアクセスすることができるようにするため、被告からノートパソコン及びスマートフォンを貸与されていたのであり、原告は、顧客への営業活動や展示会の参加の際に、C支社の原告の上司に相談したり、原告の上司が原告に営業に関する指示をしたりすることもあったはずである。だとすれば、原告が直行又は直帰する場合であっても、貸与したスマートフォン等により、原告が顧客のもとに到着し、営業活動を始めた時間や、営業活動を終え、顧客のもとを離れた時間を報告させることにより、原告の労働時間を管理することが十分可能であったといえる。実際にも、被告は、業務終了後、原告に日報メールを送信するよう指示し、これを直帰した場合のタイムカード代わりに捉え、その送信をもって業務終了と考えていたほか、証拠(原告本人)によれば、原告は、社用車での移動中にスピーカーフォンに切り替え、運転しながら上長に業務の相談や報告をすることもあったと認められ、原告の直帰時の終業時刻を実際に把握していたものといえる。」

「また、前記前提事実・・・によれば、原告は、C支社に出勤した際には、その日の予定を朝礼で伝えていたものであり、朝礼に出ることができない場合についても、証拠・・・によれば、原告は、口頭で上長に翌日は朝から直行する旨や直行先、おおよその帰社時刻を伝えていたものと認められる。また、原告が直行後C支社に戻ってきた場合には、原告の上司がその結果を当然に確認するはずであるし、証拠・・・及び弁論の全趣旨によれば、原告は、各案件の進捗状況等を随時案件シートに更新していくよう指示を受け、訪問日時、担当者名、次回訪問予定日、打合せ内容(具体的な会話内容)、案件の進捗状況、決定事項等を入力していたものと認められ、この認定に反する証拠はないのであって、このような原告から伝えられた情報や案件シートの記載内容を参照することによって、被告は、原告の大まかな労働時間を把握することはできたはずである。

「とりわけ、展示会の場合には、前記前提事実・・・によれば、展示会の前日に現地に入る場合には、概ね午前9時頃から遊具等を会場に搬入し、大きな会場では午後6時過ぎ頃まで会場設営を行い、その後、翌日午前9時に集合し、午前10時から展示会が始まり、午後6時頃に終了することが多く、展示会の最終日には、閉会後に撤収作業を行い、多くは翌日に搬出作業を行っていたものであって、上司が営業担当者に展示会への参加を振り分けていた以上、被告は、展示会の日程は当然に把握していたはずであるし、これに原告を含む営業担当者が参加する場合には前記のようなスケジュールとなることも把握していたものと推認される。」

「以上に加え、前記前提事実・・・及び証拠・・・によれば、社用車を利用して出張する場合、事前に、行先、出発予定時刻及び帰社予定時刻を社内の共有システムに入力して予約することが義務付けられていたこと、レンタカーを利用する場合や新幹線を利用する場合、宿泊を伴う場合は、事前に必要経費を計算して申請し、上司の許可を得ることが義務付けられていたことなどが認められ、これらの事情によれば、被告は、原告が出張に際して提出する各種申請内容等によっても、原告の行動予定を大まかに把握することができたものといえる。

「以上の諸点を総合すると、原告が事業場であるC支社外で業務を遂行した場合の労働時間を被告が算定することは十分に可能であり、これを算定し難いということはできない。被告の主張は、要するに労働時間の管理は可能であるが、敢えてこれを行わないというに過ぎず、その他被告が種々主張するところを踏まえても、前記判断を左右しない。」

「よって、原告の事業場外での労働につき、労働基準法38条の2第1項の適用があるということはできない。被告の主張は採用できない。」

3.「労働時間を算定し難いとき」は案外狭い

 元々、使用者の具体的な指揮監督が及んでいる場合には、「労働時間を算定し難いとき」には該当しません。具体的に言うと、

事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合

事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場にもどる場合

には事業場外労働みなし労働時間制は適用されないと理解されています(昭和63年一1月1日 基発第1号、婦発第1号)。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb1899&dataType=1&pageNo=1

 裁判所の判断は行政解釈の趣旨に添うものであり、それほど驚くようなものではありませんが、「大まかに把握」という文言が使われているところは、一つのポイントではないかと思います。

 事業場外労働みなし労働時間制度は適用範囲が広くないため、残業代を支給しない便法として利用されているのではないかという疑いをお持ちの方は、一度、弁護士に割増賃金請求の可否を相談してみても良いのではないかと思います。もちろん、当事務所にご相談頂いても構いません。

 

非公務⇒公務型の継続的不法行為における公務員の個人責任追及の可否

1.公務員の個人責任

 民間の場合、従業員が事業に関連して不法行為をした場合、不法行為をした従業員個人とその使用者とが連帯して損害賠償責任を負います。この場合、被害者は、従業員個人だけを訴えることもできれば、会社だけを訴えることもできますし、従業員個人と会社の両方を訴えることもできます。

 他方、公務員が職務に関連して不法行為をした場合、不法行為をした公務員個人は損害賠償責任を負わず、国や公共団体だけが損害賠償責任を負います。これは公務員個人には責任が発生しないとする確立した判例法理があるからです(最三小判昭30.4.19民集9-5-534、最二小判昭53.10.20民集32-7-1367等参照)。

 しかし、不法行為の被害者には公務員個人の責任を問いたいと考える方も少なくなく、個人責任を追及することの可否は、現在においても、しばしば裁判所で争われています。

 こうした状況の中、公務員の個人責任追及の可否に関し、注目すべき判断を示した裁判例が出現しました。昨日もご紹介させて頂いた仙台高判令3.11.25労働判例ジャーナル121-56損害賠償等請求事件です。何に目を引かれるのかというと、一定の特殊な条件下においてではあるものの、公務員の個人責任を認めていることです。

2.損害賠償請求事件

 本件で被告になったのは、県立高校のアーチェリー部で外部指導者をしていた方です。

 原告になったのは、中学、高校と被告からアーチェリーの指導を受けていた方です。指導に関連して「サル」呼ばわりされたり、暴行を受けたりしたことが不法行為にあたるとして、損害賠償を請求した事件です。

 原審は公務員が個人責任を負わないとの判断のもと、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 本件控訴審裁判所は、中学時代の指導が公務とはいえないことに着目し、次のとおり述べて、被告(被控訴人)個人の責任を認めました。

(裁判所の判断)

「被告の暴行等は、原告が中学生時代から『イジリ』ないし『ふざけ』として反復継続して行われた一連の行為であるといえる。高校の部活動に関しては被告が公務員である外部指導者として行った行為が含まれるが、高校でも『サル』と呼ばれるようになったそもそもの原因は、被告が、原告の中学生時代からスポーツ少年団等で指導をした仲間の感覚で、『イジリ』の続きとして『サル』と呼び、それを他の部員にも教えてしまったからにすぎない。」

このようなスポーツの指導に関する継続的な『イジリ』ないし『ふざけ』としての不法行為にあたる暴行等については、高校の部活動の指導者としての行為の部分に限れば国家賠償法1条1項により公共団体が賠償責任を負う可能性があっても、そのことで被告が、行為の一部についてのみ、民法709条の不法行為による損害賠償責任を免れると解するのは、公権力の行使による被害の救済を図ることを目的とする国家賠償法の趣旨に反するといえる。

したがって、被告は、高校の部活動の指導に関する行為についても、原告の中学生時代の行為と一体のものとして、前記・・・において認定した暴行等の不法行為による損害賠償責任を負うべきである。

3.かなり特殊な事案ではあるが・・・

 公務員の個人への責任追及は尽く否定されてきた長い歴史があります。そうした経緯を踏まえると、民間時代に起点を持つ継続的不法行為という特殊な事実関係を前提とした事例判断であるとはいえ、公務員個人の責任を認めたことは極めて異例なことです。

 控訴審裁判所に用いられた「公権力の行使による被害の救済を図ることを目的とする国家賠償法の趣旨に反する」との論理が、今後どこまで広がりを見せて行くのか、裁判例の動向が注目されます。

 

部活動の外部指導者による暴行、「サル」呼ばわりするイジリの違法性

1.外部指導者・部活動指導員の問題

 学校教育法施行規則に基づいて、

「スポーツ、文化、科学等に関する教育活動(・・・教育課程として行われるものを除く)に係る技術的な指導に従事する」

方を部活動指導員といいます(学校教育法施行規則78条の2、104条1項参照)。

 部活動指導員は、従来、顧問の教諭等と連携・協力しながら部活動のコーチ等として技術的な指導を行うものと位置付けられていた「外部指導者」という仕組みを制度化したものです。部活動の競技経験のない教諭が指導にあたるという不合理や、教員の長時間労働を是正するために導入された仕組みで、従来型の「外部指導者」と共に数多くの学校で採用されています。

https://www.mext.go.jp/prev_sports/comp/b_menu/shingi/giji/__icsFiles/afieldfile/2017/10/30/1397204_006.pdf

https://www.mext.go.jp/sports/content/20200902-spt_sseisaku01-000009706_3.pdf

 しかし、必ずしも教育に専門性を有している人ばかりではないためか、生徒との関わり方が不適切で問題が生じることが少なくありません。近時公刊された判例集に掲載されていた仙台高判令3.11.25労働判例ジャーナル121-56損害賠償等請求事件も、そうした事件の一つでうs。

2.損害賠償等請求事件

 本件で被告になったのは、県立高校のアーチェリー部で外部指導者をしていた方です。

 原告になったのは、中学、高校と被告からアーチェリーの指導を受けていた方です。指導に関連して「サル」呼ばわりされたり、暴行を受けたりしたことが不法行為にあたるとして、損害賠償を請求した事件です。

 原審は公務員が個人責任を負わないとの判断のもと、原告の請求を棄却しました。これに対し、原告側が控訴したのが本件です。

 本件では被告(被控訴人)の不適切行為として、次のような事実が認定されています。

(裁判所の認定した事実)

「原告は、スポーツ少年団に加入して少年団のアーチェリー指導者の1人であった被告と知合い、間もなく少年団の練習で被告の指導を受けるようになり・・・、中学2年の平成28年7月17日に〇〇運動公園で行われたdアーチェリー大会で全体の3位の成績を挙げ・・・、中学2年頃からは、少年団やスポーツクラブの練習で被告とアーチェリーの勝負をするようになり、勝負で被告に勝つこともあった・・・。」

(中略)

「被告は、原告が中学1年生であった平成27年の夏頃から、少年団での原告の行動が活発で休憩時間の友人との話もうるさかったから、原告のことを『サル』と呼ぶようになり、原告が『サル』と呼ばれるのは嫌なので止めるように求めたこともあったが、『イジリじゃん』などと笑って言ってとりあわず、『サル』と呼ぶのをやめなかった・・・。」

(中略)

「被告は、原告が中学1年生であった平成27年の秋頃から、少年団の練習で原告と会った時などの挨拶のついでに、拳で原告の腹を叩くようになった・・・。」

「また、被告は、平成28年春以降のスポーツ少年団の指導やスポーツクラブでの練習の際,原告や他の団員に話しかけるついでなどの機会に、義足や義足でない足の先で、原告の脚のすねやふくらはぎのあたりを、時にふざけるように軽く蹴るようになった・・・。原告は、笑いながらかわしたこともあったが、脚を蹴られることについて、痛いからやめてほしいと被告に言ったこともあった・・・。しかし、被告は、『イジリじゃん』などと笑って言ってとりあわず、ふざけて原告の脚を蹴ることをやめなかった。」

(中略)

「被告は、平成28年頃、スポーツ少年団で原告にアーチェリーの矢を放つ際のフォームの指導をした際、矢を構えた原告の右手に、矢を持って矢先を近づけ、右手が矢先に当たらないように打てと指導し、矢を放った後に右手が矢に当たり、原告は右手に軽い刺し傷を負うけがをした・・・。以後、原告は、被告が矢先を右手に近づける指導をすることを拒否したため、そのような指導は1回限りであった・・・。」 

(中略)

「原告は、中学3年で中学の部活動やスポーツ少年団での練習がなくなることから、高校でもアーチェリー部に入部してアーチェリーの練習を続けるため、被告が外部指導者をしているb高校に入学することとし、正式に入部する前から、被告の個人練習や部活動に参加して、アーチェリーの指導を受けるようになった。被告は、原告が高校に入学して他のアーチェリー部員らと一緒に指導するようになった際、他の部員に対し、原告のことを『こいつサルだから。何やってもいい。』と紹介し、その後の部活動の際にも、原告が嫌がっていることを知りながらも、しばしば原告を『サル』と呼び、原告は、他の部員からも『サル』と呼ばれるようになった・・・。」

「被告は、高校の部活動での指導の際にも、挨拶代わりのように拳で原告の腹を叩く、足先で原告の脚を蹴るなどの行為を続け、フォームの指導として、矢を構えた原告の右手の先に、手に持った矢の矢はず(矢先の反対側でノックともいう。)を近づけて指導することもあった・・・。」

「原告は、平成30年5月から6月頃、2回にわたり、部活動の顧問のP5教諭に対し、被告から、腹を殴られ、脚を蹴られ、『サル』と呼ばれることについて苦情を述べ、原告の申出を受けたP5教諭は、被告に対し、これらの行為をやめるよう指導したが、被告は、腹を叩く、脚を蹴るという行為はやめたものの、『サル』と呼ぶことについては、P5教諭の指導を受けても、すぐにはやめなかった・・・。」

 このような事実認定を前提に、裁判所は、次のとおり判示して70万円の慰謝料を認定しました。

(裁判所の判断)

「前記・・・の認定に係る暴行等の性質及び態様によれば、原告は、中学生時代から『サル』と呼ばれ、『サル』と呼ぶことや、拳で腹を叩く、足先ですね付近を蹴る暴行は、高校の部活動においても『イジリ』や『ふざけ』としてしつこく継続されたものであって、原告の人格を傷つける悪質な違法行為である。また、中学生時代に1回、フォームの指導として矢先を右手に近づけてけがをさせたことも、指導としての相当性の範囲を逸脱した違法行為であるといえる。

「そして、前記・・・のとおり、被告によるしつこい暴行等の『イジリ』によって、被告の指導に不信感をもった原告は、他の部員との間でも疎外感を強め、適応障害の症状で6回にわたり通院して診療を受けるほど強いストレスを受け、高校の部活動をやめて転校せざるを得なくなったものと認められ、被告の暴行等により原告が受けた精神的苦痛の積み重ねは大きく、極めて大きな結果を招いている。

「このような肉体的、精神的苦痛の積み重ねと原告に生じた重大な結果を考慮し、一方で暴行それ自体は、比較的軽いものでけがをするようなことはほとんどなかったと認められ、また原告は、アーチェリーの競技を続けて好成績を残していること等の本件の一切の事情を考慮し、慰謝料は70万円が相当と認める。」

3.イジリだから・・・では正当化されない

 被害者・被害児童の側で、やめて欲しいと伝えても、加害者・指導者の側が真面目に取り合ってくれず、加害故意が続くことは、学校でも職場でも、しばしばみられる現象です。

 しかし、イジリだからイジメではないという理屈は、加害者独自の見解であり、合理性に乏しいというほかありません。

 児童の権利擁護についての裁判所の感覚は、年々鋭くなる傾向があるように思われます。例によって慰謝料額は僅少ですが、こうした裁判例が積み重ねられることは、不法行為抑止の観点から好ましいことだと捉えられます。