弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

行政措置要求の却下判定に対する取消訴訟の勝訴要件

1.行政措置要求

 公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。

 これは、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」

とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。

 法文上、行政措置要求の対象事項には、特段の限定は加えられていません。勤務条件に関連する事項である限り、広く要求の対象にできるかに見えます。

 しかし、管理運営事項(行組法や各府省の設置根拠法令に基づいて、各府省に割り振られている事務、業務のうち、行政主体としての各機関が自らの判断と責任において処理すべき事項)が対象事項から除外されていると理解されている関係で、行政措置要求の対象になる範囲は、見かけほど広くないどころか、かなり限定的に理解されています。そのことは、昨日の記事の冒頭部分でご紹介させて頂いたとおりです。

管理運営事項と行政措置要求の対象としての適格性 - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.不適法却下された場合には・・・

 対象事項としての適格性に欠けると判断された場合、行政措置要求は「却下」という判定を受けます。

 却下というのは、対象事項が法の趣旨に合致しないとの理由で、いわば門前払いにする決定をいいます。門前払いなので、要求が認められるべきものなのか、それとも、認められるべきではないものなのかを判断しているわけではありません。

 却下判定に不服がある場合、要求者は判定の取消を求めて訴えを提起することができます。行政処分の取消を求めるという意味で、こうった類型の訴えは一般に「取消訴訟」と呼ばれます。

 それでは、この取消訴訟の勝訴要件はどのように理解されるのでしょうか?

要求事項が対象としての適格性を充足していることさえ立証すればいいのでしょうか?

それとも、

それに加え、要求が認められる可能性があることまで立証する必要まであるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、横浜地判令3.9.27労働判例ジャーナル120-52 川崎市・川崎市人事委員会事件です。

3.川崎市・川崎市人事委員会事件

 本件で原告になったのは、中学校等の事務職員の方2名です。元々県から給与等の支払いを受けていたところ、これが市から支給されるようになったことに伴い、県の給与条例ではなく、市の給与条例が適用されるようになりました。結果、大きな不利益を被ったとして、川崎市人事委員会に対して不均衡の是正を要求する旨の措置要求を行いました。これに対し、市が原告らの措置要求を棄却する判定(本件判定)を行ったため、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件で人事委員会が行ったのは、形の上では棄却判定(要求を認められるべきではないとする判定)であり、却下判定ではありません。しかし、管理運営事項は措置要求の対象にならないとの理解のもと、原告の要求に正面から答えない形で棄却判定を行ったものであり、その実体は却下判定といっても差し支えないものでした。

 こうした判定に対し、裁判所は、要求事項の適格性を認めたうえ、次のとおり述べて、判定を取り消す旨の判決を言い渡しました。

(裁判所の判断)

「本件判定が、市給与条例の内容の適否について判断すべきではないとして、これを判断対象から除外したことは、誤りである。」

「そして、本件判定は、市給与条例の内容の適否について判断すべきではないという判断を前提として、本件措置要求における判断対象を、要求者の移譲日における級及び号給が市給与条例の規定に基づき適正に決定されているか否かという点のみに限った上、移譲日時点において、原告らについて、給料表における等級及び号給が市給与条例の規定に基づき適正に決定されているとして、本件措置要求を棄却したものであるところ、市教育委員会が、意見書において、移譲による旧級旧号給と新級新号給との対応関係に不均衡は発生していないと主張したのに対し・・・、原告らは、反論書において、新旧の対応関係の不均衡を指摘しているのではなく、職員間の不均衡を指摘しているものであり、市教育委員会の上記反論は、論点のすり替えである旨主張していたこと・・・からして、原告らが、移譲日における級及び号給が市給与条例の規定に基づき適正に決定されていないことを要求事項としていなかったことは明らかであるから、本件判定の『要求者の移譲日における級及び号給が市給与条例の規定に基づき適正に決定されているか否か』についての判断は、本件措置要求における要求事項に対するものとはいえない。」

「結局、本件判定は、本件措置要求に対して審査をし、要求に理由がないとして、市措置要求規則23条2項に基づき、これを棄却した形式をとっているものの、その実質は、市給与条例の内容の適否について判断すべきではないという誤った判断に基づき、原告らの要求事項を判断対象から除外し、原告らが要求していない事項について判断したものであるというほかなく、本件措置要求については、これを却下したに等しいものと評価せざるを得ない(本件判定の理由を前提とすれば、本件措置要求を、市措置要求規則23条1項に基づき却下すべきところ、同条2項に基づき棄却している点でも判定と理由とに齟齬があるものである。)。

したがって、本件判定は、原告らの適法な手続により判定を受けることを要求し得る権利を侵害するものとして違法というべきである。

「ところで、本件判定は、本件措置要求における要求事項について実体判断を示したものであるとはいえないから、要求事項について市人事委員会が示した判断内容や判定内容に裁量権の逸脱や濫用の違法があるかを判断する前提を欠いていると言わざるを得ないが、本件措置要求において原告らが是正を要求する対象である不利益・不均衡が生じているとは認められないのであれば、本件措置要求は理由がないものとして棄却されることは明らかであるといえるから、これを棄却した本件判定を取消す必要はないと考えられる。

他方、本件措置要求において原告らが是正を要求する対象である不利益・不均衡が生じていると認められるのであれば、その不利益・不均衡が法令に違反する場合はもとより、仮に法令に違反するとまではいえない場合であっても、人事委員会は、地公法46条の措置要求の審査に当たり、法律上の適否だけでなく、当不当の問題を審理し、広範な諸事情を総合的に考慮して、専門機関としての裁量により、最終的な判定の内容を決定することができるのであるから、法令違反の有無のいかんにかかわらず、原告らには、要求事項について実体的な審理及び判断を受ける利益があるといえ、本件判定は、前記・・・のとおり違法なものとして、取り消されるべきである。 」

「そこで、市費移譲により、原告らに不利益・不均衡が生じていると認められるか否かについて判断することとする。」

(中略)

「以上によれば、本件判定は、本件措置要求における要求事項について判断したものということはできず、かつ、原告らに市費移譲により不利益・不均衡が生じていることを看過して、原告らの適法な手続により判定を受けることを要求し得る権利を侵害するものとして違法であるから、その余の点について判断するまでもなく、取消しを免れないというべきである。」

4.認容される可能性があることまでは踏み込む必要あり

 事柄の性質上、要求が認められるべきであることまで立証することは不可能だと思います。川崎市・川崎市人事委員会事件の裁判所も、そこまで高いハードルを課しているわけではないように思われます。

 しかし、川崎市・川崎市人事委員会事件の判旨によれば、却下判定の取消訴訟で勝訴するためには、単に要求事項の対象としての適格性の判断の誤りを指摘するだけでは足りず、要求が認められる可能性があることまで立証する必要がありそうです。

 管理運営事項との関係で対象としての適格性を否定され、行政措置要求で却下判定を受けることは、珍しいことではありません。その取消訴訟を追行するにあたり、本裁判例の存在は意識しておく必要があります。

 

管理運営事項と行政措置要求の対象としての適格性

1.行政措置要求

 公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。

 これは、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」

とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。

 法文上、行政措置要求の対象事項には、特段の限定は加えられていません。勤務条件に関連する事項である限り、広く要求の対象にできるかに見えます。

 しかし、行政措置要求の対象は見かけほど広くはありません。それは「管理運営事項」は行政措置要求の対象にはならないとされているからです。

 管理運営事項というのは、職員団体による団体交渉の対象外とされている「国の事務の管理及び運営に関する事項」のことです(国家公務員法108条の5第3項)。職員団体による団体交渉と行政措置要求は趣旨を共通にするため、職員団体による団体交渉の対象にならない管理運営事項は、行政措置要求の対象にもならないと理解されています。

 管理運営事項とは「一般的には、行組法や各府省の設置根拠法令に基づいて、各府省に割り振られている事務、業務のうち、行政主体としての各機関が自らの判断と責任において処理すべき事項をいう」「行政の企画、立案、執行に関する事項、予算の編成に関する事項などがある」と理解されています(森園幸男ほか編著『逐条国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕1163頁参照)。

 ただ、管理運営事項であるからといって、全てが行政措置要求の対象から除外されると理解されているわけではありません。字義通りに理解すると、管理運営事項は行政作用のほぼ全てに及ぶため、行政措置要求の対象になる事項がなくなってしまうからです。そのため、裁判例においては、

「職員の勤務条件の維持改善には、多かれ少なかれ予算の執行、人事権等の管理運営事項が関連してくることは見やすい道理であるから、措置要求事項が管理運営事項に関連する場合は、すべて措置要求の対象とならないと解することは、労働基本権の代償として認められた措置要求制度の趣旨を没却するものであって許されない。」

「したがって、地公法四六条と同法五五条三項とをそれぞれの制度の趣旨に従って合理的に解釈するときは、措置要求事項が管理運営事項に関連する場合であっても、それが個々の職員の具体的勤務条件に関する側面から、その維持改善を図るためになされたものである限り、措置要求の対象とすることは許されると解するのが相当である。」

「その結果、地方公共団体の当局が管理運営事項について何らかの措置を執らざるを得なくなったとしても、それは管理運営事項それ自体を措置要求の対象としたわけではないから、管理運営事項は措置要求の対象とならないとする原則に反するとはいえないというべきである。」

などと一定の絞りがかけられています(名古屋地判平5.7.7労働判例648-76 愛知県人事委員会(佐屋高校)事件)。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、行政措置要求と管理運営事項との関係で興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。横浜地判令3.9.27労働判例ジャーナル120-52 川崎市・川崎市人事委員会事件です。

2.川崎市・川崎市人事委員会事件

 本件で原告になったのは、中学校等の事務職員の方2名です。元々県から給与等の支払いを受けていたところ、これが市から支給されるようになったことに伴い、県の給与条例ではなく、市の給与条例が適用されるようになりました。結果、大きな不利益を被ったとして、川崎市人事委員会に対して不均衡の是正を要求する旨の措置要求を行いました。これに対し、市が原告らの措置要求を棄却する判定(本件判定)を行ったため、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件では判定の判断対象の適否が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを積極に理解しました。結論としても原告らの取消請求を認めています。

(裁判所の判断)

「地公法55条1項は、『職員の給与、勤務時間その他勤務条件に関し、及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項』を、職員団体との交渉の対象とする旨規定する一方で、同条3項は、『地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。』旨規定している。」

「しかし、地公法46条ないし48条には、管理運営事項は措置要求の対象とすることができない旨の規定はない。加えて、管理運営事項の意義は地公法53条3項の文言から一義的に明らかとはいえず、その外延も明らかでない。そもそも、職員の勤務条件の維持や改善については、管理運営事項が関連することがあること、特に給与に関することについて、給与条例主義の下で条例の内容が関連することは、容易に想定されることである。したがって、管理運営事項に関するという一事をもって、一律に措置要求の対象にならないと解することは、措置要求制度の趣旨を没却しかねず不当であるといわねばならない。地公法46条の規定の趣旨に従って合理的に解釈すれば、措置要求における要求事項が管理運営事項に関連する場合であっても、勤務条件に関する側面からその維持や改善を図るために要求されるものである限り、措置要求の対象となるものと解すべきである。

「そして、地方公共団体の長が地方公共団体の当局ないし機関に含まれることは明らかであるところ、地方公共団体の長は、条例の制定改廃の議案を議会に提出する権限を有する(地自法149条1号)から、地方公共団体の長に条例の制定改廃の議案を議会に提出するよう求めることは、管理運営事項であるとの一事をもって、措置要求の対象から除外されるものではないというべきである。」

「さらに、県費負担教職員の市費移譲に伴う県給料表から市給料表への切替えに係る現行の市給与条例に、職員の適正な勤務条件を定めるという観点から問題があるとされ、市人事委員会から是正措置を勧告された場合に、市長が、市給与条例の改正案を議会に提出することに法令上の支障があるとは認められないから、本件措置要求における要求事項は、『人事委員会又は公平委員会、あるいは地方公共団体の機関が、一定の措置をとる権限を有する』事項であるとの要件を満たすものと認められる。」

「なお、本件措置要求書の要求事項には、相手方や是正措置として取られるべき方法等について具体的な記載はない。しかし、市教育委員会が、意見書において、本件措置要求は、市給与条例に基づいて決定したものに対して、是正措置を求めるものであることから、結果として市給与条例の改正を求めるものとなり、議会への議案の提案を伴うものとなるが、議案提案に関する事項については、管理運営事項に該当し、措置要求事項に当たらない旨主張したのに対し・・・、原告らは、反論書において、議会への議案提案自体が措置要求の対象とならないとしても、勤務条件を要求内容とするものである限り、措置要求の対象となるのであって、管理運営事項であっても、勤務条件に密接に関係している場合には、なお措置要求の対象となり、給与や勤務時間など、条例で定められた事項であっても、勤務条件である限り、措置要求の対象となる旨主張したこと・・・に照らすと、原告らは、本件措置要求において、市長に市給与条例の改正に関する議案を議会に提出するよう勧告することを求めていたものと理解することができ、専門機関である市人事委員会において、本件措置要求の趣旨がこのようなものであると理解することは可能であったといえる。

「加えて、人事委員会は、その権限において、人事委員会規則で定めている初任給、昇格及び昇給の基準を自ら改めることも可能であるから、本件措置要求事項について、市費移譲に伴い生じた不均衡等を調整する必要があると判断した場合に、人事委員会規則にこの調整に関する規定を定めたり、既にある規定を改正したりすることも可能である。この点においても、本件措置要求における要求事項は、『人事委員会又は公平委員会、あるいは地方公共団体の機関が、一定の措置をとる権限を有する』事項であるとの要件を満たすものと認められる。

「なお、上記のとおり、本件措置要求書の要求事項には、相手方や是正措置として取られるべき方法等について具体的な記載はないものの、本件措置要求書には、『この不均衡を是正しないことは不合理な差別であるから、何らかの調整措置を講じるよう要求する』旨記載されており・・・、反論書には、『仮に職員間の均衡を理由とする是正が認められないとしても、原則通り再計算方式を用いた方が有利になる職員については、再計算方式で移管後の級号給を決定するか、必要な調整を行うよう求める』旨が記載されており・・・、本件措置要求書や上記反論書の他の記載とも併せれば、原告らは、本件措置要求において、是正の方法として、人事委員会規則に調整に関する規定を定めたり、既にある規定を改正したりすることも求めていたものと理解することができ、専門機関である市人事委員会において、本件措置要求の趣旨がこのようなものであると理解することは可能であったといえる。」

「以上によれば、本件判定が、市給与条例の内容の適否について判断すべきではないとして、これを判断対象から除外したことは、誤りである。

3.予算編成は管理運営事項の基幹的部分に相当するように思われるが・・・

 給与条例の改正に関する要求は、予算編成とも密接に関連し、まさに管理運営事項の基幹的部分に相当します。

 しかし、本裁判例は管理運営事項の観点から原告らの要求の適格性を問題にすることはありませんでした。これは画期的なことで、行政措置要求の活性化に繋がる可能性を持つ優れた判断であるように思われます。

 

労働者派遣:労働契約申込みのみなし制度-承諾の意思表示の内容

1.労働契約申込みのみなし制度

 労働者派遣法40条の6第1項は、一定の行為を行った派遣先について、派遣元と同一の労働条件で派遣労働者に契約の締結の申込みをしたものとみなすという仕組みを規定しています。

 例えば、労働者派遣法の適用を免れる目的で偽装請負をした場合(労働者派遣法40条の6第1項5号)、派遣先(注文事業者)は労働者に対して労働契約の申し込みをしたことが擬制されます。この場合、派遣労働者は派遣先(注文事業者)に対して承諾の意思表示をすれば、派遣先(注文事業者)との間に労働契約が締結されたと主張することができます。

 承諾をしたとしても、従前の労働条件が承継されるわけではありません。同一の労働条件を内容とする労働契約が承継されるわけではなく、飽くまでも労働契約が新たに成立するだけであるにすぎません。

 契約は申込みと承諾の意思の合致により成立します(民法522条1項)。

 しかし、派遣労働者は、派遣先の持つ就業規則の内容や労働環境等について、必ずしも十分に理解できているわけではありません。

 それでは、ここでいう「承諾」の意思表示がなされたといえるためには、どのような内容の意思を表示する必要があるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。昨日もご紹介した名古屋高判令3.10.12労働判例1258-46 日本貨物検数協会(日興サービス)事件です。

2.日本貨物検数協会(日興サービス)事件

 本件で原告になったのは、日興サービス株式会社(日興サービス)との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告の名古屋市内にある事務所で働いていた人達です。この働き方がいわゆる偽装請負に該当するとして、労働契約申込みのみなし制度に基づいて承諾の意思表示を行ったと主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めて被告を訴えました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 本件の裁判所は、次のとおり述べたうえ、直接雇用を要求内容として行われた団体交渉の申し入れが「承諾」に該当することを否定しました。

(裁判所の判断)

「申込みみなし規定に基づくみなし申込みは法律によって擬制されるものであって、申みの意思表示が実際に派遣労働者に到達するものはなく、その内容となる労働条件も擬制されるものであり、派遣労働者がその存在や内容を認識することには困難を伴うから、申込みの内容と承諾の内容とが一致することを厳密に求めることは、現実的ではなく、上記のとおり派遣労働者の希望を的確に反映させるために派遣先との新たな労働契約の成立をその承諾の意思表示に係らしめた趣旨にも合致しない。」
これらの点を踏まえると、みなし申込みに対する承諾の意思表示は、それが派遣先との間の新たな労働契約の締結を内容とするものであり、かつ、その内容やそれがされた際の状況等からみて、それがみなし申込みに対する承諾の意思表示と実質的に評価し得るものであれば足りると解するのが相当である。この点につき、控訴人らは、労働契約法19条の『込み』についての解釈にも触れつつ、派遣先に対する労働契約の締結を求める何らかの意思表示がさていれば広く承諾の意思表示があったと判断すべである旨主張する。
「しかし、派遣労働者がみなし申込みを承諾するとによって成立する派遣先との間の労働契約は、派遣先が当該みなし申込みに係る行為を行った『その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件』(派遣元における労働条件と同一の労働条件)を内容とする労働契約であり、指揮命令関係の実態も変わらないとはいっても、別の使用者(派遣先)との間で新たに成立する労働契約であるから、有給休暇の日数や退職金算定の基礎となる勤続年数等は承継されないと解されるほか、使用者が変わることに伴って承継されないこととなり、あるいは派遣先の就業規則等との関係から新たに加わることとなる労働条件も必然的に生じ得ると解され、その中には、派遣労働者にとって有利なものだけでなく不利なものがある可能性も否定できない(控訴人らが言及する労働契約法19条における労働者の「申込み」は、同一の使用者との間の同一の労働条件による有期労働契約の更新等を規律するものであるから、場面を異にするものである)。そうすると、みなし申込みに対する承諾の意思表示といい得るためには、少なくとも、使用者が変わることに伴って必然的に変更となる労働条件等があったとしてもなお派遣元との従前の労働契約の維持ではなく派遣先との新たな労働契約の成立を希望する(選択する)意思を派遣労働者が表示したと評価し得るものでなければならず、そうでなければ派遣労働者の希望を的確に反映することにはならないということができる。したがって、派遣先に対する労働契約の締結を求める何らかの意思表示をもって、上記のような変更があったとしてもこれを容認しているとしてみなし申込みに対する承諾の意思表示と実質的に評価し得ることもあろうが、そのような評価を抜きに、直ちにみなし申込みに対する承諾の意思表示があったと判断することはできないというべきでる。」

3.承諾の仕方に注意

 裁判所は、上記のような規範を定立したうえ、直接雇用を要求内容として行われた団体交渉の申し入れが「承諾」にあたることは否定しました。

 労働契約申込みのみなし制度の活用にあたっては、実体的な要件が厳格であるほか、手続的要件としての承諾の内容に関しても、特異な理解がとられていることに留意しておく必要があります。

 

労働者派遣:労働契約申込みのみなし制度-偽装請負類型の「法律の規定の適用を免れる目的」の認定Ⅱ

1.労働契約申込みのみなし制度-偽装請負類型

 労働者派遣法40条の6第1項5号は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、

この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的で、請負その他労働者派遣以外の名目で契約を締結し、第二十六条第一項各号に掲げる事項を定めずに労働者派遣の役務の提供を受け」

た場合、

「その時点において、当該労働者派遣の役務の提供を受ける者から当該労働者派遣に係る派遣労働者に対し、その時点における当該派遣労働者に係る労働条件と同一の労働条件を内容とする労働契約の申込みをしたものとみなす。(ただし、労働者派遣の役務の提供を受ける者が、その行つた行為が次の各号のいずれかの行為に該当することを知らず、かつ、知らなかつたことにつき過失がなかつたときは、この限りでない)」

と規定しています。

 分かりやすく言うと、偽装請負をした場合、その時点で派遣先(注文事業者)は労働者に対して労働契約の申し込みをしたことになるということです。

 この場合、労働者の側で派遣先(注文事業者)に承諾の意思表示をすれば、労働者は派遣先(注文事業者)との間に労働契約が締結されたと主張することができます。

2.適用のハードル

 偽装請負が疑われるケースは実務上それほど稀なことではなく、この仕組みは画期的なものです。

 しかし、その割には、労働者派遣法40条の6第1項5号は、あまり積極的に活用されているようには思われません。

 活用されていないことには幾つかの理由がありますが、その一つは「この法律又は次節の規定により適用される法律の規定の適用を免れる目的」(脱法目的・適用潜脱目的)という主観的要件のハードルが高いことです。

 この要件について判示した東京地判令2.6.11労働判例1233-26 ハンプティ商会ほか1社事件は、

「労働者派遣法40条の6第1項5号が、同号の成立に、派遣先(発注者)において労働者派遣法等の規定の適用を『免れる目的』があることを要することとしたのは、同項の違反行為のうち、同項5号の違反に関しては、派遣先において、区分基準告示の解釈が困難である場合があり、客観的に違反行為があるというだけでは、派遣先にその責めを負わせることが公平を欠く場合があるからであると解される。そうすると、労働者派遣の役務提供を受けていること、すなわち、自らの指揮命令により役務の提供を受けていることや、労働者派遣以外の形式で契約をしていることから、派遣先において直ちに同項5号の『免れる目的』があることを推認することはできないと考えられる。また、同項5号の『免れる目的』は、派遣先が法人である場合には法人の代表者、または、法人から契約締結権限を授権されている者の認識として、これがあると認められることが必要である。

との解釈を示しました。

 これは、嚙み砕いて言うと、

偽装請負が現になされていること(派遣先が自らの指揮命令により役務の提供を受けていること)を立証しても、なお脱法目的が推認されない、

脱法目的は、現場担当者レベルではなく、法人代表者や契約締結権限者において認められる必要がある、

ということです。

 ここまで厳しいハードルを課されてしまうと、脱法目的であることの立証は、極めて困難になります。そのため、偽装請負での労働契約申込みのみなし制度は、活用されにくい仕組みになっています。

3.適用要件の緩和?

 こうした状況の中、昨年11月、注目すべき裁判例が出現しました。大阪高判令3.11.4労働判例1253-60 東リ事件です。

 以前、このブログでもご紹介させて頂きましたが、東リ事件は、脱法目的・適用潜脱目的の認定について、

「主観的要件は、労働者派遣の役務の提供を受ける者が自らこれを認めるような場合を除き、通常、客観的な事実から推認することになると考えられるが、偽装請負等の目的という主観的要件が特に付加された趣旨に照らし、偽装請負等の状態が発生したというだけで、直ちに偽装請負等の目的があったことを推認することは相当ではない。しかしながら、日常的かつ継続的に偽装請負等の状態を続けていたことが認められる場合には、特段の事情がない限り、労働者派遣の役務の提供を受けている法人の代表者又は当該労働者派遣の役務に関する契約の契約締結権限を有する者は、偽装請負等の状態にあることを認識しながら、組織的に偽装請負等の目的で当該役務の提供を受けていたものと推認するのが相当である。

と客観的な事情に基づいて、脱法目的・適用潜脱目的を認定することを認めました。

労働者派遣:労働契約申込みのみなし制度-偽装請負類型の「法律の規定の適用を免れる目的」の認定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 これは、かなり画期的な判断であり、公刊物に掲載された当時、話題を呼びました。裁判例の傾向が変わるのではないかと状況を注視していたところ、近時公刊された判例集に同系統の判断を行った名古屋高裁の事案が掲載されていました。名古屋高判令3.10.12労働判例1258-46 日本貨物検数協会(日興サービス)事件です。

4.日本貨物検数協会(日興サービス)事件

 本件で原告になったのは、日興サービス株式会社(日興サービス)との間で期間の定めのない労働契約を締結し、被告の名古屋市内にある事務所で働いていた人達です。この働き方がいわゆる偽装請負に該当するとして、労働契約申込みのみなし制度に基づいて承諾の意思表示を行ったと主張し、労働契約上の権利を有する地位の確認を求めて被告を訴えました。原審が原告の請求を棄却したため、原告側が控訴したのが本件です。

 他の論点との関係で請求棄却の結論は維持しましたが、名古屋高裁は、脱法目的・適用潜脱目的に関しては、次のとおり判示したうえ、その存在を肯定しました。

(裁判所の判断)

「善意無過失による適用免除は、同条1項各号に掲げる違反行為の全て(1~5号)を対象としているのに対し、適用潜脱目的という主観的意図は、5号の違反行為(いわゆる偽装請負)のみの要件とされている。これは、平成24年改正の際の議論・・・をも踏まえると、1~4号の違反行為は労働者派遣が許されない場面であり、1~4号に該当する行為を行ったことという客観的事実の認識(悪意)又は認識可能性(過失)があれば、当該労働者派遣の役務の提供を受けた者に民事的な制裁としての申込みみなし制度の適用を認めてよいと考えられるのに対し、5号の違反行為(偽装請負)は労働者派遣が許されない場面ではなく違法状態にあるにとどまる上、その態様や違法状態の程度にも種々のものがあり(例えば、労働者派遣における指揮命令と請負における注文者の指図との区別が微妙な場合等があり得る。)、5号に該当する行為を行ったことという客観的事実の認識(悪意)又は認識可能性(過失)があっても、それだけでは民事的な制裁としての申込みみなし制度の適用を直ちに認めることが適当でない場合もあり得ることから、そのような場合を同制度の適用対象から除外するために加重された要件と解される。」
「そうすると、5号の適用潜脱目的は、5号に該当する行為を行ったこと(労働者派遣以外の名目で契約を締結していること及び当該契約に基づき労働者派遣の役務の提供を受けていること)という客観的事実の認識(悪意)から直ちにその存在が推認されるものではないが、他方で、その存在を直接的に示す証拠(行為主体の指示や発言)がなければ認められないものでもなく、その存在を推認させる事情が存在する場合はもとより、上記客観的事実の認識があり、かつ、それにもかかわらず適用潜脱目的ではないことをうかがわせる事情が一切存在しないような場合にも、その存在を推認することができるというべきである。

5.指示や発言がなくても、客観的事実から推認可能

 本裁判例も、東リ事件と同じく、客観的事情から脱法目的・適用潜脱目的を認定することを認めました。大阪高裁だけではなく名古屋高裁でもこうした判断が出たことは、労働契約申込みのみなし制度の利用の活性化に繋がる可能性を持った画期的なことだと思われます。

 今後の裁判例の動向が更に注目されます。

 

第二東京弁護士会 労働問題検討委員会 労働実務研究部会 部会長に選任されました

 第二東京弁護士会に設置されている労働問題検討委員会は、労働実務研究部会、労働法制部会、社会保障部会、労働法教育部会の四つの部会に分かれています。

 本日、労働実務研究部会の部会長に選任されました。

 労働実務研究部会では、最新判例の研究、労働相談事例の検討、委員会が発行している書籍の改訂、第二東京弁護士会の会員向け研修会の企画、委員会勉強会の企画など労働事件の実務に関係する広範な事項を所管しています。

 今年度は、

第二東京弁護士会 労働問題検討委員会『2018年 労働事件ハンドブック』〔労働開発研究会、初版、平成30〕

の改訂など重要な課題があります。ハンドブックの改訂作業では、執筆分担のほか、編集委員として企画全体に関与することになっており、職責の重さに身が引き締まる思いです。

 今後とも、ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

 

退職の意思表示の撤回は、撤回の効力を主張するだけでは足りない

1.退職の意思表示の撤回

 退職の意思表示をしてしまったけれど、撤回したい-このような相談を受けることは、実務上少なくありません。このような相談を受けた場合、兎にも角にも早く退職の意思表示を撤回する通知を出すように助言するのが通常です。

 退職の意思表示は、法的に二通りの理解の仕方が可能です。

 一つは、一方的な意思表示としての辞職です。辞職は形成権の行使であると理解されていて、使用者に意思表示が到達した時点以降の撤回はできないと理解されています(水町勇一郎『詳解 労働法』〔東京大学出版会、初版、令元〕961頁参照)。

 もう一つは、合意解約の申込みです。継続的な契約関係である労働契約を終了させようとする場面において民法523条(承諾の期間を定めてした申込みは、撤回することができない。・・・)の適用はなく、合意解約の申し入れの意思表示は、使用者が承諾の意思表示をするまでは、これを撤回することができると理解されています(前掲『詳解 労働法』962頁参照)。

 退職の意思表示の撤回するように助言するのは、

合意解約の申込み⇒未承諾のうちに撤回、

という事実経過を作り出すこを意識しての措置です。

 しかし、目的はそれだけではありません。退職の意思表示の事実自体を攻撃する布石としての意味も持っています。退職を許容するような挙動をとってしまっていたとしても、裁判所は退職の意思表示を慎重かつ厳格に認定しています。そのため、退職を認めるかのような言動をとってしまっていたとしても、その直後から退職の効力を争った形跡を残していれば、確定的に雇用契約終了の法律効果を生じさせる意思が表示されたということはできないなどとして、退職の意思表示の事実の存在を否定できることがあるからです。

退職勧奨を受けての「分かりました」という発言・転職活動があっても合意退職が否定された例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

労働者側で「退職合意がなされたにもかかわらず・・・」という文書を発出しても、合意退職を否定できた例 - 弁護士 師子角允彬のブログ

合意退職の争い方-退職の意思表示の慎重な認定 - 弁護士 師子角允彬のブログ

 このように、退職の意思表示を撤回した事実は、

① 退職の意思表示が有効に撤回されたこと、

② そもそも退職の意思表示の存在自体が認められるべきではないこと、

という二つの観点から活用して行くことが必要です。

 しかし、代理人弁護士を選任しない本人訴訟で争われるケースでは、往々にして②の観点が抜け落ちがちです。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判令3.9.16労働判例ジャーナル120-56東京税務協会事件も、そうした事件の一つです。

2.東京税務協会事件

 本件で被告・被控訴人になったのは、地方公共団体における税財政の制度及び実務の研究等を目的とする公益財団法人です。

 原告・控訴人になったのは、被控訴人の臨時職員として働いていた方です。平成31年4月12日(金)の被控訴人のG人事課長代理、H総務課長、J企画広報部長らとの面談の際、退職願に署名して被告訴人に提出しました(本件退職意思表示)。その後、4月15日(月)になって、控訴人は、G課長代理に対し、電話で退職の意思がない旨を申し入れました(本件撤回通知)。しかし、被控訴人はこれを聞き入れず、控訴人を退職したものとして扱いました。これに対し、退職扱いの効力を争い、臨時職員としての残雇用期間分の賃金等の支払いを求めて提訴しました。原審簡裁が控訴人の請求を棄却したため、これを不服として控訴人が控訴したのが本件です。

 この事件で、控訴人は、退職の意思表示の撤回を主張しましたが、裁判所は、次のとおり述べて撤回を否定しました。結論としても、控訴人の控訴を棄却する判断をしています。

(裁判所の判断)

「労働者による退職の意思表示は、これに対し使用者が承諾の意思表示をした後は、もはや撤回することができないものと解される。」

「これを本件についてみると、証拠・・・によれば、被控訴人においては、幹部職員及び専門職員以外の職員(臨時職員として採用された控訴人・・・もこれに当たるものと認められる。)の退職については事務局長が決定権限を有するところ(処務規程4条、別表「件名」欄六)、本件退職意思表示について、被控訴人の事務局長が、4月12日、これを受理して控訴人の退職を承認する旨の決定をしたものと認められる。そうすると、同日の時点で、被控訴人は、本件退職意思表示に対し承諾の意思表示をしたものというべきであるから(改正前民法526条1項参照)、その後になされた本件撤回通知により本件退職意思表示を撤回することはできない。」

「したがって、本件撤回通知により本件退職意思表示を撤回したとする控訴人の主張は採用することができない。」

3.意思表示の存在自体も争点化できたのではないか?

 控訴人は退職意思表示の撤回以外にも、脅迫、詐欺、錯誤無効などを主張していました。しかし、いずれの主張も比較的あっさりと排斥されています。

 実務上、脅迫、詐欺、錯誤無効などの主張は、余程明確な証拠でもない限り、容易には通りません。こうした主張を展開するよりも、確定的に雇用契約終了の法律効果を生じさせる意思が表示されたということはできないなどとして、退職の意思表示の事実自体認定できないと争った方が芽があったように思われます。

 本件は代理人をつけずに本人訴訟の形で行われています。退職の意思表示をしているのに、退職の意思表示の事実自体認定できないはずだというのは一見すると矛盾を孕むため、法専門家以外の方には思いつきにくい理屈だったのかも知れません。

 確かに、代理人を選任すると費用が発生する面は否めません。しかし、労働事件には直観的に思いつきにくい理屈が使われている場面が多々あります。やはり、裁判をする際には、法専門家である代理人を選任することが推奨されます。

 

勤務成績不良を理由とする解雇の思考手順

1.勤務成績不良を理由とする解雇

 高度の技術能力を評価され、特定の職務のために即戦力採用されたような場合を除き、「長期雇用システム下の正規従業員については、一般的に労働契約上、職務経験や知識の乏しい労働者を若年のうちに雇用し、多様な部署で教育しながら勤務を果たさせることが前提とされるから、教育・指導による改善・向上が期待できる限りは、解雇を回避すべきであるということになり、勤務成績・態度不良の該当性や、解雇の相当性は、比較的厳格に判断されることになる」と理解されています(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務Ⅱ』〔青林書院、改訂版、令3〕396頁)。

 このように勤務成績不良を理由とする解雇は、比較的厳格に有効性を審査されるわけですが、その思考手順はどのように考えればよいのでしょうか?

 個人的な実務経験に照らすと、労働者側から事件を検討するにあたっては、①労働契約で想定されている労務提供の水準の認定、②当該水準との関係で当該労働者の勤務成績が本当に不良と評価できるのかの検討、③問題点を解決するための指導・教育等改善の機会が付与されたといえるのか(指導・教育等の内容が問題と噛み合っているのかの検討を含む)、④配置転換による能力の可能性が検討されているのか、⑤職務等級や役職の引き下げの可能性が検討されているのかといった順序で考えていくのが比較的便利ではないかと思っています。

 裁判例の中にも、こうした手順で解雇の効力を検討するものがあります。近時公刊された判例集に掲載されていた、東京地判平31.2.27労働判例1257-60 ノキアソリューションズ&ネットワークス事件も、その一つです。

2.ノキアソリューションズ&ネットワークス事件

 本件で被告になったのは、通信ネットワークシステム等の企画、研究開発、設計等の事業を行う合同会社です。

 原告(昭和37年生まれの女性)になったのは、被告と期間の定めのない雇用契約を締結し、プロジェクト・コーディネーターとして、プロジェクト・マネージメント等の業務についていた方です(年俸908万1600円)。業務成績評価が著しく低いことなどを理由に平成28年3月15付けで普通解雇されたことを受け、その効力を争い、地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり判示し、解雇の効力を否定しました。

(裁判所の判断)

プロジェクト・コーディネーターは、プロジェクトの管理者であるプロジェクト・マネージャーを補助する立場にあり、より具体的には、プロジェクトを構成する個々の作業について責任者としてその管理、遂行に当たることを職責とする

(中略)

「以上からすれば、原告にはその職位に照らして職務遂行上必要とされる能力等が不足しており、このため期待された職務を適正に遂行することができず、その業務成績は客観的にみて不良であるとの評価を免れず、平成23年から平成26年までの4年間のうちの2年間はいずれも最低評価(下位5%)を受けていることも併せて考慮すれば、上記能力等の不足は、解雇を検討すべき客観的な事情として一応認められるものであるといわざるを得ない。

(中略)

「原告は、平成24年の業績評価は最低評価であった・・・が、その翌年の平成25年に1回目のPIPが実施されて成功と判定された・・・ところ、同年の業績評価は前年から一段階評価が上がって最低評価から脱している・・・。そうすると、原告は過去にPIPの実施により業績が改善した実績があるとみることができる。」

「これらの事情を考慮すれば、原告に対してPIP等による指導を施すことによって、その業務成績を改善する余地がないとはいえない。

(中略)

「以上の事情によれば、GLMが定期的な指導、支援をしていた・・・としても、原告が従事したコスト削減業務やその目標額は、ジョブグレード8の標準的な従業員を基準にしても、必ずしも容易であったとまでは認め難い。また、原告は、過去にKAIZENプロジェクトというコスト削減業務に従事していた経験はあるものの、それは自らが従事している業務分野のコスト削減に限られており、実施期間も1か月程度と短期間であり、他の従業員の助力を得て遂行したにすぎないものであって・・・、その他にコスト削減業務ないしこれに類する業務に従事したことは窺われないこと・・・からすれば、コスト削減業務に慣れておらず・・・、所定の期限内に20万ユーロのコストを削減することができなくともやむを得ない面がないとはいえず、原告だけがコスト削減につき具体的な目標額が課されていた・・・というのも、他のコスト削減班員との比較においてやや酷であるとも考えられる。

「そして、原告については、そのプロジェクト・マネージメントスキルについて改善傾向を示しており、実際にPIPにより業績評価が改善した実績がある中で・・・、上記のとおり、直近に従事していたコスト削減業務が必ずしも容易であったとまでは認め難いのであることを考慮すると、仮に同業務の成績が不良であったとしても、被告が原告に対し、例えば配置転換をする・・・などしてその適性や能力に合った業務内容に変更したり、あるいは、職務等級(降級)や役職の引き下げ・・・を行って職務の難易度を下げたりするなどの措置を執った場合には、原告の業務成績が向上する可能性があったことを否定することができないというべきである。

(中略)

「以上によれば、原告につき、本件解雇時において『職務遂行能力、業務成績又は勤務態度が不良で、社員として不適格と認められる場合』又は『将来もその職務に見合う業務を果たすことが期待し得ないと認められる場合』のいずれかに該当するとは認め難く、その他に解雇事由に該当する事実は見当たらない。本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない(労働契約法16条)から、無効であるというべきである。」

3.チェックポイントが幾つもある

 上述のとおり、勤務成績不良による解雇は、分析的に考えて行くと、幾つもの争うべきチェックポイントがあります。一つ又は複数の場所で引っかかることが多く、解雇の効力はそれほど容易には認められません。

 比較的争い易い類型の解雇であるため、その効力に疑義のある方は、一度弁護士のもとに相談に行ってみることをお勧めします。もちろん、当事務所でも、ご相談をお受付しています。