弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

管理運営事項と行政措置要求の対象としての適格性

1.行政措置要求

 公務員特有の制度として「行政措置要求」という仕組みがあります。

 これは、

「職員は、俸給、給料その他あらゆる勤務条件に関し、人事院に対して、人事院若しくは内閣総理大臣又はその職員の所轄庁の長により、適当な行政上の措置が行われることを要求することができる」

とする制度です(国家公務員法86条)。同様の仕組みは地方公務員にも設けられています(地方公務員法46条)。

 法文上、行政措置要求の対象事項には、特段の限定は加えられていません。勤務条件に関連する事項である限り、広く要求の対象にできるかに見えます。

 しかし、行政措置要求の対象は見かけほど広くはありません。それは「管理運営事項」は行政措置要求の対象にはならないとされているからです。

 管理運営事項というのは、職員団体による団体交渉の対象外とされている「国の事務の管理及び運営に関する事項」のことです(国家公務員法108条の5第3項)。職員団体による団体交渉と行政措置要求は趣旨を共通にするため、職員団体による団体交渉の対象にならない管理運営事項は、行政措置要求の対象にもならないと理解されています。

 管理運営事項とは「一般的には、行組法や各府省の設置根拠法令に基づいて、各府省に割り振られている事務、業務のうち、行政主体としての各機関が自らの判断と責任において処理すべき事項をいう」「行政の企画、立案、執行に関する事項、予算の編成に関する事項などがある」と理解されています(森園幸男ほか編著『逐条国家公務員法』〔学陽書房、全訂版、平27〕1163頁参照)。

 ただ、管理運営事項であるからといって、全てが行政措置要求の対象から除外されると理解されているわけではありません。字義通りに理解すると、管理運営事項は行政作用のほぼ全てに及ぶため、行政措置要求の対象になる事項がなくなってしまうからです。そのため、裁判例においては、

「職員の勤務条件の維持改善には、多かれ少なかれ予算の執行、人事権等の管理運営事項が関連してくることは見やすい道理であるから、措置要求事項が管理運営事項に関連する場合は、すべて措置要求の対象とならないと解することは、労働基本権の代償として認められた措置要求制度の趣旨を没却するものであって許されない。」

「したがって、地公法四六条と同法五五条三項とをそれぞれの制度の趣旨に従って合理的に解釈するときは、措置要求事項が管理運営事項に関連する場合であっても、それが個々の職員の具体的勤務条件に関する側面から、その維持改善を図るためになされたものである限り、措置要求の対象とすることは許されると解するのが相当である。」

「その結果、地方公共団体の当局が管理運営事項について何らかの措置を執らざるを得なくなったとしても、それは管理運営事項それ自体を措置要求の対象としたわけではないから、管理運営事項は措置要求の対象とならないとする原則に反するとはいえないというべきである。」

などと一定の絞りがかけられています(名古屋地判平5.7.7労働判例648-76 愛知県人事委員会(佐屋高校)事件)。

 このような状況のもと、近時公刊された判例集に、行政措置要求と管理運営事項との関係で興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。横浜地判令3.9.27労働判例ジャーナル120-52 川崎市・川崎市人事委員会事件です。

2.川崎市・川崎市人事委員会事件

 本件で原告になったのは、中学校等の事務職員の方2名です。元々県から給与等の支払いを受けていたところ、これが市から支給されるようになったことに伴い、県の給与条例ではなく、市の給与条例が適用されるようになりました。結果、大きな不利益を被ったとして、川崎市人事委員会に対して不均衡の是正を要求する旨の措置要求を行いました。これに対し、市が原告らの措置要求を棄却する判定(本件判定)を行ったため、その取消を求めて出訴したのが本件です。

 本件では判定の判断対象の適否が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを積極に理解しました。結論としても原告らの取消請求を認めています。

(裁判所の判断)

「地公法55条1項は、『職員の給与、勤務時間その他勤務条件に関し、及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項』を、職員団体との交渉の対象とする旨規定する一方で、同条3項は、『地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項は、交渉の対象とすることができない。』旨規定している。」

「しかし、地公法46条ないし48条には、管理運営事項は措置要求の対象とすることができない旨の規定はない。加えて、管理運営事項の意義は地公法53条3項の文言から一義的に明らかとはいえず、その外延も明らかでない。そもそも、職員の勤務条件の維持や改善については、管理運営事項が関連することがあること、特に給与に関することについて、給与条例主義の下で条例の内容が関連することは、容易に想定されることである。したがって、管理運営事項に関するという一事をもって、一律に措置要求の対象にならないと解することは、措置要求制度の趣旨を没却しかねず不当であるといわねばならない。地公法46条の規定の趣旨に従って合理的に解釈すれば、措置要求における要求事項が管理運営事項に関連する場合であっても、勤務条件に関する側面からその維持や改善を図るために要求されるものである限り、措置要求の対象となるものと解すべきである。

「そして、地方公共団体の長が地方公共団体の当局ないし機関に含まれることは明らかであるところ、地方公共団体の長は、条例の制定改廃の議案を議会に提出する権限を有する(地自法149条1号)から、地方公共団体の長に条例の制定改廃の議案を議会に提出するよう求めることは、管理運営事項であるとの一事をもって、措置要求の対象から除外されるものではないというべきである。」

「さらに、県費負担教職員の市費移譲に伴う県給料表から市給料表への切替えに係る現行の市給与条例に、職員の適正な勤務条件を定めるという観点から問題があるとされ、市人事委員会から是正措置を勧告された場合に、市長が、市給与条例の改正案を議会に提出することに法令上の支障があるとは認められないから、本件措置要求における要求事項は、『人事委員会又は公平委員会、あるいは地方公共団体の機関が、一定の措置をとる権限を有する』事項であるとの要件を満たすものと認められる。」

「なお、本件措置要求書の要求事項には、相手方や是正措置として取られるべき方法等について具体的な記載はない。しかし、市教育委員会が、意見書において、本件措置要求は、市給与条例に基づいて決定したものに対して、是正措置を求めるものであることから、結果として市給与条例の改正を求めるものとなり、議会への議案の提案を伴うものとなるが、議案提案に関する事項については、管理運営事項に該当し、措置要求事項に当たらない旨主張したのに対し・・・、原告らは、反論書において、議会への議案提案自体が措置要求の対象とならないとしても、勤務条件を要求内容とするものである限り、措置要求の対象となるのであって、管理運営事項であっても、勤務条件に密接に関係している場合には、なお措置要求の対象となり、給与や勤務時間など、条例で定められた事項であっても、勤務条件である限り、措置要求の対象となる旨主張したこと・・・に照らすと、原告らは、本件措置要求において、市長に市給与条例の改正に関する議案を議会に提出するよう勧告することを求めていたものと理解することができ、専門機関である市人事委員会において、本件措置要求の趣旨がこのようなものであると理解することは可能であったといえる。

「加えて、人事委員会は、その権限において、人事委員会規則で定めている初任給、昇格及び昇給の基準を自ら改めることも可能であるから、本件措置要求事項について、市費移譲に伴い生じた不均衡等を調整する必要があると判断した場合に、人事委員会規則にこの調整に関する規定を定めたり、既にある規定を改正したりすることも可能である。この点においても、本件措置要求における要求事項は、『人事委員会又は公平委員会、あるいは地方公共団体の機関が、一定の措置をとる権限を有する』事項であるとの要件を満たすものと認められる。

「なお、上記のとおり、本件措置要求書の要求事項には、相手方や是正措置として取られるべき方法等について具体的な記載はないものの、本件措置要求書には、『この不均衡を是正しないことは不合理な差別であるから、何らかの調整措置を講じるよう要求する』旨記載されており・・・、反論書には、『仮に職員間の均衡を理由とする是正が認められないとしても、原則通り再計算方式を用いた方が有利になる職員については、再計算方式で移管後の級号給を決定するか、必要な調整を行うよう求める』旨が記載されており・・・、本件措置要求書や上記反論書の他の記載とも併せれば、原告らは、本件措置要求において、是正の方法として、人事委員会規則に調整に関する規定を定めたり、既にある規定を改正したりすることも求めていたものと理解することができ、専門機関である市人事委員会において、本件措置要求の趣旨がこのようなものであると理解することは可能であったといえる。」

「以上によれば、本件判定が、市給与条例の内容の適否について判断すべきではないとして、これを判断対象から除外したことは、誤りである。

3.予算編成は管理運営事項の基幹的部分に相当するように思われるが・・・

 給与条例の改正に関する要求は、予算編成とも密接に関連し、まさに管理運営事項の基幹的部分に相当します。

 しかし、本裁判例は管理運営事項の観点から原告らの要求の適格性を問題にすることはありませんでした。これは画期的なことで、行政措置要求の活性化に繋がる可能性を持つ優れた判断であるように思われます。