弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

雇止め-合理的期待は雇い主の変更と共に引き継がれるか?

1.雇止め法理(合理的期待)

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)

場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みがあると、使用者は、

「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは」

申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことになると規定されています(労働契約法19条2号)。

 それでは、この契約更新に向けた合理的期待は、同じ仕事に従事している限り、雇い主が変わった場合にも引き継がれるのでしょうか?

 公的施設の管理受託者の変更に伴い実際に管理業務を担っていた労働者の雇用契約が新規受託者に引き継がれる場合、事業譲渡と共に当該事業に従事していた労働者の雇用契約が譲受人に引き継がれる場合など、従事する仕事の存在・内容自体には特段の変化がないまま、雇い主のみが変わることがあります。

 こうした場合、既に生じていた契約更新に向けた合理的期待は、新たな雇い主にも主張することがでいるのでしょうか?

 この問題を考えるうえで参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.7.8労働判例ジャーナル116-32 ビソー工業事件です。

2.ビソー工業事件

 本件の被告は、総合ビル管理及び警備事業等を目的とする株式会社です。

 原告は、東京住宅供給公社(本件公社)からa住宅(本件住宅)ほか2住宅の総合管理及び清掃業務を受託した株式会社アクト・ツーワンとの間で労働契約を締結し、本件住宅で管理員として勤務していた方です。

 本件住宅の管理受託会社が、株式会社アクト・ツーワンから高橋工業株式会社(高橋工業)に引き継がれると、今度は高橋工業との間で労働契約を締結し、引き続き本件住宅の管理員として勤務していました。

 被告は本件公社から管理業務を受託するにあたり、高橋工業から管理員の雇用の継続を依頼され、管理員全員を継続して雇用することにしました。こうした経緯のもと、原告は被告との間で、期間1年の有期労働契約を締結しました。

 被告は本件公社から3年単位で本件住宅等の管理業務を受託していましたが、勤務態度不良等を理由に、1期1年で原告を雇止めにしました。

 これを受けて、原告が、被告に対し、雇止めの無効を理由に地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では被告のもとにおいて一回も有期労働契約が更新されていなかったことから、原告に契約更新に向けた合理的期待が認められるのかどうかが問題になりました。

 この問題について、裁判所は、次のとおり述べて、合理的期待は認められないと判示しました。

(裁判所の判断)

「有期労働契約の雇止めについて、労働契約法19条2号所定の契約更新の合理的期待の有無を判断するに当たっては、雇用の臨時性・常用性、更新の回数・雇用の通算期間、契約期間管理の状況、雇用継続に係る制度の有無、雇用継続の期待を持たせる言動等を総合考慮して判断すべきと解される。」

「本件雇止めにおける契約更新の合理的期待の有無について検討すると、前記前提事実のとおり、本件雇止めは、本件労働契約の初回の更新時にされたものであり、また、原告の雇用の通算期間は1年にすぎないことからすれば、本件雇止めの時点において、雇用継続に対する合理的期待を生じさせる程度の反復更新がされていたとは認められない。この点、原告は、本件労働契約の締結前から約5年にわたり本件住宅の管理員として勤務し、契約が更新され続けてきたことから、契約更新に対する合理的期待が生じていた旨主張する。しかしながら、前記認定のとおり、原告は、本件業務の受託会社の変更に伴い、異なる受託会社との間で労働契約を締結している・・・のであり、本件業務の受託会社が株式会社アクト・ツーワンから高橋工業に変更されるに際しては採用面接が行われ、少なくとも2名の管理員が不採用とされる・・・など、従前の受託会社と管理員との雇用関係が当然に新たな受託会社に引き継がれるものではないことからすれば、原告が、本件労働契約の締結以前に本件住宅の管理員としての勤務を継続していたとしても、そのことが契約更新に対する合理的期待を生じさせるものということはできない。原告は、本件業務の受託会社が高橋工業から被告に変更された際には、同僚の管理員全員が採用面接を受けることなく被告に採用されたことを指摘するが、仮にかかる事実が認められるとしても、被告が管理員らに対して契約が更新されることについてまで保証したというべき事情は認められないことからすれば、やはり契約更新に対する合理的期待が生じていたということはできない。

「また、原告は、被告が本件公社から本件業務を3年間の契約期間で受託しており、本件雇止めの時点において2年の契約期間が残されていた旨主張する。しかしながら、被告と本件公社との委託契約の契約期間が3年間であるのに対し、本件労働契約の契約期間は1年間とされていることからすれば、本件労働契約において、被告が受託した全期間について雇用の継続を保証したものと解することはできない。」

「さらに、原告は、原告が従事していた業務内容は恒常的なものであり、原告を除く管理員は全員が契約を更新されている旨主張する。しかしながら、原告は、本件住宅の管理員として管理業務に従事していたところ、被告における同業務は、委託契約の終了により消滅する可能性があるもので、また、勤務形態も、複数の管理員が勤務表に基づき交代して担当するものであったことからすれば、同業務の性質が恒常的なものということはできない。また、本件住宅の管理員の更新の状況は明らかではなく、F所長やDは既に退職していることが窺われる・・・ことに加え、本件雇止めは、被告が本件業務を受託してから最初の更新時にされたものであることからすれば、管理員の契約が原則として更新される実態にあったとまでは認め難い。そうすると、原告の上記主張は、契約更新に対する合理的期待を基礎づけるものということはできない。」

「以上の事情を考慮すれば、本件雇止めの時点において、契約更新に対する合理的期待が生じていたと認めることはできない。」

3.一概に合理的期待がリセットされるというわけではないだろうが・・・

 裁判所は、アクト・ツーワンから高橋工業への労働契約の承継の際に面接が実施されるなど、労働関係が当然に新たな会社に引き継がれる形になっていなかったことを指摘し、原告の契約更新に向けた合理的期待を否定しました。

 有期のプロジェクトについて契約の存続期間内における合理的期待を認めた例もあるため、雇い主の変更に伴って仮に一回も契約が更新されていない労働者として扱われたとしても、一概に合理的期待が否定されるわけでないのだろうとは思われます。

 しかし、本件のように比較的あっさりと合理的期待の承継・発生を否定してしまう裁判例もあることには、留意しておく必要がありそうです。

 

代表取締役に労働者性が認められた例

1.労働者と代表取締役

 労働基準法上、「労働者」とは「職業の種類を問わず、事業又は事務所・・・に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義されています(労働基準法9条)。

 これに対し、株式会社の「代表取締役」とは「株式会社の業務に関する一切の裁判上又は裁判外の行為をする権限を有する」者をいいます(会社法349条4項)。業務執行の一環として労働者を指揮命令する側にいるのであり、誰かに「使用される」立場にはありません。平取締役は代表取締役から指揮命令を受けることが考えられるため、従業員との兼務がありえますが、代表取締役には、より上位の経営者がいません。そのため、代表取締役であることと労働者であることとは、基本的に両立しない関係にあります。

 しかし、近時公刊された判例集に、登記簿上、代表取締役とされていた方に、労働者性が認められた裁判例が掲載されていました。さいたま地判令3.8.4労働判例ジャーナル116-56 国・行田労基署長事件です。珍しい裁判例であるため、ご紹介させて頂きます。

2.国・行田労基署長事件

 本件は労災の不支給処分の取消訴訟です。

 原告になったのは、株式会社三星(三星)の代表取締役として登記されていた方です。元々、Dの経営する株式会社栄光警備保障(栄光警備保障)に入社し、警備業務に従事していました。その後、栄光警備保障の解散に伴いDが新たに設立した三星の代表取締役に就任しました。

 代表取締役としての登記を経た後も、原告は交通誘導警備業務等に従事していたところ、自宅において脳出血を発症し、救急搬送されて入院しました。治療・療養を継続したものの、右辺麻痺による歩行障害等が残存したため、行田労働基準監督署長に対して労災保険法に基づく障害補償給付を請求しました。しかし、行田労働基準監督署長は、

「三星の代表取締役の地位にあった原告は労災保険法上の労働者には該当しない」

として、障害保障給付の不支給処分をしました。審査請求をしても結論が変わらなかったため、原告の方は、不支給処分に対する取消訴訟を提起しました。

 本件では、原告と三星との間の任用契約の有効性や原告の労働者性が争点になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、原告の労働者性を認め、不支給処分の取消請求を認容しました。

(裁判所の判断)

「原告は、三星の名目的な社長となることについて承知していたが、実質的な権限を有する代表取締役又は取締役に就任する旨の承諾はしていなかった旨主張する。これは、原告と三星との間の任用契約は虚偽表示であり、同契約締結後も、Dが三星を実質的に経営しており、原告と三星ないしDとの間に労働者としての使用従属関係が存続していた旨の主張と解される。」

「前記前提事実、上記認定事実、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば、Dは、事情により、その経営していた栄光警備保障を閉鎖することとし、三星を設立し、その自宅を三星の事務所としたこと、三星の役員には就任していなかったものの、三星の実印を管理し・・・、前代表取締役の辞任の際、後任の代表取締役の選定に当たったこと及び三星の営業活動を一人で行い、従業員の給与計算やその現金支給の手続を行っていたこと・・・が認められる。このことからすると、三星の実質的経営者は、Dであったと考えられる。

(中略)

「このように、Dが三星の実質的な経営者として行動していたのに対し、原告が三星の代表取締役として行動していたと見ることは困難であることに加え、前記・・・のとおり、Dが、原告に対し、社長の業務は全部自分でやるから、仕事は変わらないからなどと言って、三星の社長となることを依頼したことや、乙2・・・にも、Dは、営業面は自分(D)がやるので、原告は差配など警備業務の責任者になってほしいと述べたところ、原告が納得したとする旨の記載があり、原告が三星の業務全般に携わるわけではないことが前提とされていたことに照らすと、原告と三星のとの間で、原告が三星の代表取締役に就任することが合意されたとしても、それは、原告の地位又は権限に変更がないことが前提とするものであり、代表取締役の任用契約としては、原告と三星が通じてした虚偽の意思表示であり、無効と言わざるを得ない(なお、処分行政庁は、行政庁が労働者災害補償保険法に基づく各種給付をするに当たって、取引当事者として虚偽の意思表示の外観を信頼するわけではないから、民法94条2項にいう第三者に当たらないと解する。)。」

(中略)

「以上によれば、原告は三星の代表取締役であったということはできず、交通誘導警備業務に起因することが窺われる脳出血を発症した当時、交通誘導警備業務に従事し、三星の指揮監督下でその労務を提供し、その業務に応じた報酬の支給を三星から受けていたと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。したがって、原告が、脳出血を発症した当時、労基法9条の労働者であったということができる。

「よって、行田労働基準監督署長が、労働者である原告がその業務に起因して脳出血を発症し、それによって障害を負ったにもかかわらず、原告が労働者に該当しないとしてした本件処分は違法であると言わざるを得ない(以上のように、原告と三星との間の任用契約が無効であることから、この認定は通達と矛盾するものではない。)。」

3.任用契約の無効を理由とするもので地位の併存を認めたものではないが・・・

 本件では、代表取締役への任用契約は無効であり、労働者としての使用従属関係が存続していたとする構成がとられています。つまり、代表取締役としての地位と、労働者の地位との併存が認められた事例とはいえません。

 それでも、登記されていた代表取締役に対し、労働者性を認めるという判断をしたことは注目に値します。実質的な経営者が他にいることを理由に、任用契約の効力を否定した点も同様です。

 従来、平取締役はともかく、代表取締役に労働者性を認めるのは困難ではないかとの認識が一般的でした。この裁判例は、そうした常識に抗い、名ばかり代表取締役の労働者性を主張していくための論拠として活用することが期待されます。

 

アサイン制の労働者-仕事がないのは誰のせい?

1.アサイン制

 特定の上司が特定の部下に対して一方的に業務を付与するという形をとらず、個別のプロジェクトや業務毎に上級職員が部下を選んで業務を依頼するという仕組みをアサイン制といいます。

 アサイン制のもとで働いている労働者は、上級職員から業務の割り当てを受けなければ、暇を持て余すことになります。

 それでは、この業務の割り当てを受けられない状態に責任を持つのは、誰なのでしょうか?

 考え方としては二つの可能性があります。

 一つは、労働者に割り当てを行えるだけの仕事をとってこない会社ないし上級職員に責任があるとする考え方です。こうした考え方によれば、暇を持て余す状態になっているからといって労働者に能力不足の烙印を押すのは酷だということになります。

 もう一つは、上級職員に自分の能力をアピールして仕事をもぎ取ってくることのできない労働者の責任だとする考え方です。こうした考え方によれば、暇を持て余しているのは労働者の能力不足だと帰結されます。

 このように二つの考え方がある中で、近時公刊された判例集に、アサイン制をどのように理解するのかが判示された裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介させて頂いた、東京高判令3.7.14労働判例1250-58 PwCあらた有限責任監査法人事件です。

2.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力が問題になった事件です。

 原告の方は、同じ職場で働く女性にしてストーカー行為を行ったとして、被告から諭旨免職処分を受けました。その後、降格処分を経て普通解雇されたため、諭旨免職の無効確認、降格の無効確認、労働者としての地位の確認等を求めて出訴しました。

 一審裁判所は諭旨免職の無効確認、労働者としての地位の確認を認める一方、降格が無効であることは否定しました。これを受けて、原告・被告の双方が控訴したのが本件です。控訴審裁判所は、被告敗訴部分を取消し、諭旨免職処分、普通解雇のいずれの効力も認めました。

 アサイン制の理解が問題になったのは、普通解雇の効力との関係です。

 一審被告は、

「クライアントチャージ(担当者の時間単位×時間数をクライアントに請求すること)ができる業務はほとんど行えていなかった」

と主張し、これを職務遂行能力の欠如だと指摘しました。

 これに対し、一審原告は、仕事がなかったのは、業務獲得活動を妨害されたからだとして、一審原告の主張に反論しました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、アサイン制のもとで仕事がないことを、職務遂行能力の欠如だと判示しました。

(裁判所の判断)

1審被告においては、基本的にアサイン制度が採用されており、職員は自らの能力や経験等をアピールして上級職員から業務の依頼を得ることが求められていたため、1審原告も、平成28年1月に1審被告に復職した際、社内における1審原告の認知度を高めて他部署との関係を構築し、他部署が行っているクライアント業務に関わっていけるようになるために本件配信業務を担当することを命じられ、毎月3回程度のペースで金融規制に関する重要性が高いニュース等を社内に配信することになたが、1年以上が経過した時点においても、本件配信業務については、D SMから形式な面だけではなく内容面についてまで修正を受ける状態にあり、他部署からの業務の依頼もほとんどなく、平成29年5月末頃から平成30年1月にかけてL部かあ合計11件の下作業の依頼が、同年5月15日までの間に金融機関の財務比率の調査の依頼があったが、それらの依頼が継続することはなく、1審原告自身も積極的に業務の獲得に向けた活動をせずに1年間に443.5時間のアベイラブル登録をしていたのであって、このような状況の中で、1審被告は、令和元年度の目標設定に応ずることをしなかったために、1審原告については、平成30年度に続いて令和元年度においても最低の人事評価になることが見込まれていたというのである。これらによれば、1審原告は、アサイン制度の下で他の部署からの依頼を受けてクライアント業務に関わるという1審被告においてプロフェッショナル職に求められていた基本的な業務の遂行の在り方に即した業務をほとんどすることができておらず、また、上記のような業務の遂行の在り方に即した業務の機会に資することを期待して担当させられた本件配信業務も、一人で問題なく遂行することはできなかったものと認められる。」

(中略)

「これらの事情を総合すれば、1審原告については、前記において判示するとおり有効なものというべき本件降格決定によるアソシエイト・プライマリーの職階及び職位に応じての評価が行われることが求められることを考慮しても、『職務の遂行に必要な能力を欠き、かつ他の職務に転換することができないとき」に該当する事由があったものと認めるのが相当である。」

(中略)

「本件普通解雇については、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当であると認められない場合に当たるとはいえないというべきであり、1審被告において解雇権を濫用したものとはいえず有効なものと認められる。」

3.労働契約の解釈によるのだろうが・・・

 アサイン制は法令用語ではありませんし、厳密な定義があるわけでもありません。

 労働者に上級職員へのアピールといった社内営業的なものまで求められているのかは、個々の労働契約の解釈にも依存しているのだと思われます。

 とはいえ、アサイン制のもとで暇を持て余しているのは労働者の自己責任だという論調の高裁裁判例が出たことには、今後、注意しておく必要があるように思われます。

 

ストーカー行為を理由とする諭旨免職処分の有効性-二次被害を与えるような態度は悪手

1.諭旨免職処分の有効性

 労働契約法15条は、

「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」

と規定しています。

 この規定の解釈として、懲戒事由に該当する場合(使用者が労働者を懲戒することができる場合)であっても、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められない場合、懲戒処分は無効とされます。

 懲戒処分の中でも懲戒解雇や諭旨解雇は、労働者に重大な不利益を与えます。そのため、こうした処分が有効であるためには、かなり強い事情だと理解されいてます。しかし、どれくらい強い客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められれば、懲戒解雇や諭旨解雇の効力が認められるのかの境界線は、必ずしも明確ではありません。

 こうした状況のもとで処分量定の適否に関する相場感覚を身に付けて行くためには、一審と二審とで判断の別れた裁判例を分析しておくことが重要な意味を持ちます。

 近時公刊された判例集に、諭旨免職処分の効力を否定した一審の判断を覆し、その効力を認めた裁判例が掲載されていました。東京高判令3.7.14労働判例1250-58 PwCあらた有限責任監査法人事件です。

 これは、以前、このブログで紹介させて頂いた地裁判決の控訴審になります。

ストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の有効性-反省の情は決定的要素になるのか? - 弁護士 師子角允彬のブログ

2.PwCあらた有限責任監査法人事件

 本件はストーカー行為等を理由とする諭旨免職処分の効力が問題になった事件です。

 原告の方は、同じ職場で働く女性にしてストーカー行為を行ったとして、被告から諭旨免職処分を受けました。その後、降格処分を経て普通解雇されたため、諭旨免職の無効確認、降格の無効確認、労働者としての地位の確認等を求めて出訴しました。

 一審裁判所は諭旨免職の無効確認、労働者としての地位の確認を認める一方、降格が無効であることは否定しました。これを受けて、原告・被告の双方が控訴したのが本件です。控訴審裁判所は、被告敗訴部分を取消し、諭旨免職処分、普通解雇のいずれの効力も認めました。

 判決文に目を通していて特に興味深かったのは、ストーカー行為による諭旨免職処分の効力を認めた部分です。

 裁判所の判示は、次のとおりです。

(裁判所の判断)

「1審現行による本件ストーカー行為の態様は、平成29年9月頃から同年11月末までの約3か月間にかけて、職場で被害女性に視線を送ったり、被害女性の利用する座席のそばの座席を使用したり、被害女性が退社して駅に向かうとその後を付けたり、被害女性が駅に来るのを待ち伏せ、ホームで被害女性を見失うと、被害女性が利用する乗換駅に行って被害女性を探したりしたというものであって、これらにより、1審原告に対して警視庁丸の内警察署長により本件警告がされたというものである。」

「このような1審原告による本件ストーカー行為が、被害女性の意に反する言動であって、ハラスメント行為に該当することは明らかというべきであるが、1審被告においても、警察の捜査官が1審原告に対して事情聴取を行うのに応対し、また、1審被告もその担当者によって1審原告に対して事情聴取を行う必要に迫られたほか、認定事実のとおり、その後も、被害女性の身の安全等に関する警察からの照会に応ずるなどの対応をとることを余儀なくさせられたのであるから、1審原告の本件ストーカー行為及びそれにより生じた事情は、就業規則123条20号の『ハラスメントにあたる言動により、法人秩序を乱し、またはそのおそれがあったとき』に該当するものと認められる。」

「そこで本件ストーカー行為の悪質性等について検討するに、被害女性にとっては、面識がなく部署も異なる者からしばしば視線を送られること自体、相応の不安感を抱くことが当然というべきものであったと認められるが、1審原告は、それにとどまらず、1審被告では座席が固定されていないことから、被害女性のそばの座席をあえて使用して、勤務時間中、被害女性に接近し続け、これにより、被害女性は、同僚に1審原告の行動について相談したり、1審原告の所属等を調べたりしているのであって、これらのことからもうかがわれるとおり、相当に強い不安感ないし恐怖感を抱いたものと認められる。それにもかかわらず、1審原告は、更に、勤務を終えて退社した被害女性につきまとったものであって、被害女性が利用する乗換駅まで把握していたことからすると、つきまといも複数回にわたり相当程度に広い範囲において行っていたものと推認するのが相当というべきであr。」

「このような1審による本件ストーカー行為に対して、被害女性は夫との間で一次は転職や転居を検討し、また、現在においても、本件ストーカー行為を思い出すと辛くなり、夜間は一人では出歩かないようにしているというのであって・・・、被害女性が受けた精神的苦痛は看過できるものではない。」

他方、1審原告は、1審被告の担当者による事情聴取の際、本件ストーカー行為について反省の弁を述べるものの、被害女性は入院したりPTSDになったりしておらず、普通に出勤しているから問題はないのではないかなど、被害女性への配慮を欠く発言していたのであって、被害女性が受けた精神的苦痛を十分に理解し、本件ストーカー行為について真摯に反省していたとは言い難い状況にあったというべきである。このことは、1審原告が当審において、そもそもストーカー行為など存在せず、被害女性が1審被告と共謀してでっち上げたにすぎないなどと主張し、被害女性を攻撃する態度を見せるに至っていることからも十分にうかがえるところであって、これらによれば、1審原告については、1審被告において、本件諭旨免職処分をした当時に、なお被害女性に対してストーカー行為に及ぶ現実的な危険性があるものと判断したとしても、そのことには相当の根拠があったと認めるのが相当である。

「本件ストーカー行為の態様のほか、それによって受けた被害女性の精神的苦痛の程度や、1審原告による反省の状況、更にはストーカー行為が再発される危険性などの諸事情に鑑みれば、1審原告による本件ストーカー行為は相当程度に悪質であって、看過できるものではなかったというべきである。

「以上を踏まえて本件諭旨免職処分の有効性について検討する。」

「1審被告においては、就業規則123条20号において『ハラスメントにあたる言動により、法人秩序を乱し、またはそのおそれがあったとき』に該当する場合には、諭旨免職又は懲戒解雇の処分とする旨を定めているところ、これは、1審被告が、財務書類の監査又は証明等を目的及び業務とする監査法人であって、PwCコンサルティング合同会社、PwCアドバイザリー合同会社及びPwC Japan合同会社などの関連会社と連携し、広範囲な分野にわたって上記の監査等の業務に携わっていることから・・・、法令等に明確に違反するものではない場合であっても、ハラスメントに当たる言動などがあった場合には、厳正な姿勢で臨み、もって高い水準の企業秩序や職場規律を維持する必要があることから設けられたものと推認され、1審被告の業態等に照らせば、就業規則における上記の定めは相応に合理的なものと認められる。」

「1審原告による本件ストーカー行為は、このような就業規則120条20号に該当する上、前記に判示するとおり、その内容も相当程度に悪質であって看過できないものであったことに鑑みれば、1審原告が、本件ストーカー行為が発覚するまでに懲戒処分を受けたことがなく、管理職の地位にある者でもないことなどを考慮しても、本件諭旨免職処分については、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であるとは認められない場合に当たるとはいえないというべきであり、1審被告において懲戒権を濫用したものとはいえず有効であると認められる。」

3.微妙な事件で、二次被害を与えるような態度は悪手

 本件では、反省が十分ではなかったことに留まらず、被害女性からストーカー行為をでっち上げられたと主張するなどの攻撃的な態度をとったことが不利な事実として指摘されています。

 一審では諭旨免職が無効と判断されていることからすると、本件は勝敗の微妙な事案だったといえるのではないかと思われます。そうした事案において、被害者に対して攻撃的な応訴態度をとることには、慎重な姿勢をとった方が良かったかも知れません。

 やってしまったことは変えられませんが、手続態度等はコントロール可能な事情です。懲戒処分の効力を争うにあたっては、こうしたコントロール可能な事情について判断を誤らないことが重要です。

 

子どもが小さく夜勤の難しい労働者に対する配転に「不当な動機・目的」が認められた例

1.配転命令の濫用

 配転命令権が権利濫用となる要件について、最高裁判例(最二小判昭61.7.14労働判例477-6 東亜ペイント事件)は、

「使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であつても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもつてなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。」

と判示しています。

 この「不当な動機・目的」の認定にあたり、近時公刊された判例集に、興味深い判断を示した裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、札幌地判令3.7.16医療法人社団弘恵会(配転)事件です。何が興味深いのかというと、子どもが小さく夜勤の難しい労働者に対して行われたことに着目し、「不当な動機・目的」を認定している点です。

2.医療法人社団弘恵会(配転)事件

 本件で被告になったのは、医療法人社団です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、デイケア部で介護職員として勤務していた方です。この方が、

介護施設3階(入所部門)への配転命令(第3配転命令)は無効であるとして、同階で勤務する雇用契約上の義務がないことの確認、

いわゆる「追い出し部屋」での勤務を指示されるなどのパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償の支払い、

労務の受領拒絶を理由とする未払賃金の支払

を求めて被告を提訴したのが本件です。

 被告と労働契約を締結した平成29年4月当時、原告の方は、夫及び2人の子(平成25年〇月生まれの長男と平成28年〇月生まれの二男)と暮らしていました。

 こうした状況のもと、本件では、平成31年4月8日に行われた第3配転命令の効力が争われました。

 この第3配転命令の効力を否定するにあたり、裁判所は、次のとおり判示しました。

(裁判所の判断)

「上記のとおり、第1配転命令が不当な動機・目的によって行われたものである以上、これに引き続いて行われた第2配転命令及び第3配転命令もまた、不当な動機・目的によって行われたものではないかと疑わざるを得ない。現に、上記・・・において認定したとおり、第3配転命令によって原告を本件施設の3階(入所部門)に異動させる業務上の必要性は認められず、仮に認められるとしてもその必要性は低いものにとどまっていたところであって、この点からも、その動機・目的の正当性については疑問を差し挟まざるを得ない。」

「さらに検討するに、そもそも原告は、第1配転命令に先立つ面談において、子供が小さいことを理由に、土日祝日休みで日勤での勤務を希望するなどと述べていた・・・。また、原告は、平成30年3月に本件施設の2階(入所部門)への異動を命じられているところ(平成30年3月配転命令。後に撤回。)、その際にも、子供が小さいため夜勤は難しいと訴えており、B法人事務長も、原告には夜勤をさせないとの認識を示していたところである・・・。このように、原告には平日の日勤という希望があり、少なくとも夜勤については、子供が小さいため難しいという合理的理由があったもので、被告もそのことを十分に認識していたものである。

しかるに、被告は、平成31年4月、その時点での家庭の状況や、夜勤や土日祝日勤務の可否について原告に確認をしないまま・・・、原告を本件施設の3階(入所部門)に異動させる旨の第3配転命令をしたものであり、その際、平成30年3月配転命令とは異なり、夜勤の免除もしていない。

このような経緯に照らせば、被告は、第3配転命令によって原告をあえて意に沿わない部署に異動させようとしたのではないかと疑わざるを得ない。

「また、原告は第1配転命令の前から住宅Cへの異動を希望していたところ、被告は原告を『H課』へ異動させる旨の第1配転命令を行い、その際、住宅Cには空きがないなどと説明していた・・・。」

「しかし、証拠・・・によれば、被告は、平成31年4月20日の時点で、住宅Cのデイケア部門の介護職員を募集する内容の求人広告を出しているのであって、少なくとも同月の第3配転命令の際に、住宅Cのデイケア部門の介護職員に空きがなかったとは考え難い。」

「したがって、被告は、原告の希望する勤務先(住宅C)への異動が可能であるのに、あえて原告を夜勤のある入所部門へ異動させたものといわざるを得ず、このことからも、被告は第3配転命令によって原告を意に沿わない部署に異動させようとしたのではないかと疑わざるを得ない。

「以上のように、第3配転命令に至る経緯、内容、その必要性、原告の希望及びこれに対する被告側の認識その他の事情を総合考慮すると、第3配転命令も、第1配転命令と同様に、原告を意に沿わない部署に異動させて精神的苦痛を与え、あるいは原告を退職に追い込むといったような、不当な動機・目的によって行われたものと認められる。

3.夫がいるからといって夜勤を強いるような配転が許されるわけではない

 育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律19条1項は、

事業主は、小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者であって次の各号のいずれにも該当しないものが当該子を養育するために請求した場合においては、午後十時から午前五時までの間(以下この条及び第二十条の二において「深夜」という。)において労働させてはならない。ただし、事業の正常な運営を妨げる場合は、この限りでない。

一 当該事業主に引き続き雇用された期間が一年に満たない労働者

二 当該請求に係る深夜において、常態として当該子を保育することができる当該子の同居の家族その他の厚生労働省令で定める者がいる場合における当該労働者

三 前二号に掲げるもののほか、当該請求をできないこととすることについて合理的な理由があると認められる労働者として厚生労働省令で定めるもの

と規定しています。

 そして、同法施行規則60条は、

法第十九条第一項第二号の厚生労働省令で定める者は、同項の規定による請求に係る子の十六歳以上の同居の家族(法第二条第五号の家族をいう。)であって、次の各号のいずれにも該当する者とする。
一 法第十九条第一項の深夜(以下「深夜」という。)において就業していない者(深夜における就業日数が一月について三日以下の者を含む。)であること
二 負傷、疾病又は身体上若しくは精神上の障害により請求に係る子を保育することが困難な状態にある者でないこと
三 六週間(多胎妊娠の場合にあっては、十四週間)以内に出産する予定であるか又は産後八週間を経過しない者でないこと

と規定しています。

 つまり、深夜業についているわけではない同居夫が、深夜、自分に代わって子供どもを保育してくれるような環境にある場合、幾ら小さい子供がいたとしても、深夜業の制限を求めることに権利性までは認められないことになります。

 本件では追い出し部屋への配転(第1配転命令)が先行しており、第3配転命令についても不当な動機・目的が疑われる事案でした。言い換えると、子どもの件がなかったとしても、不当な動機・目的が認定された可能性の高い事案だとは思います。

 しかし、そうであったとしても、配偶者がいる事案であるからといって、夜勤のある部署に配転することが常に許容されるわけではないことを示した点は、大きな意義を有しているように思われます。

 夜勤を強いられることは、小さな子どもを抱える人にとって、深刻な問題です。配転が嫌がらせではないかと疑われるような場合には、法的措置をとってみることも一考に値するように思われます。

 

追い出し部屋への配転の慰謝料

1.追い出し部屋への配転

 従業員に退職を促すことを目的として設けられたとみられる部署を称して「追い出し部屋」と言われることがあります。社会問題化すると共に、従業員を一人別室に離隔するといった極端なケースは、あまり見られなくなってきたように思われます。

 しかし、こうした極端なケースも、依然として、なくなってはいなかったようです。近時公刊された判例集に、追い出し部屋への配転に不法行為性が認められた裁判例が掲載されていました。札幌地判令3.7.16医療法人社団弘恵会(配転)事件です。

 追い出し部屋であることの認定方法や、違法な配転による慰謝料水準を知るうえで参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.医療法人社団弘恵会(配転)事件

 本件で被告になったのは、医療法人社団です。

 原告になったのは、被告との間で期間の定めのない労働契約を締結し、デイケア部で介護職員として勤務していた方です。この方が、

介護施設3階(入所部門)への配転命令は無効であるとして、同階で勤務する雇用契約上の義務がないことの確認、

いわゆる「追い出し部屋」での勤務を指示されるなどのパワーハラスメントを受けたことを理由とする損害賠償の支払い、

労務の受領拒絶を理由とする未払賃金の支払

を求めて被告を提訴したのが本件です。

 本件で原告が追い出し部屋への配転として問題にしたのは、平成30年12月28日に行われた「H課」への配転命令(第1配転命令)です。H課は、それまで存在していなかった部署で、被告の運営する乙山医院から徒歩1分ほどの距離の場所にあるアパート内の居室に所在しており、この部屋には部屋の内側に向けられた監視カメラが合計3台設置されていました。

 こうした部署への配転命令の当否について、裁判所は、次のとおり判示し、その権利濫用性を認めました。また、第1配転命令を中心とする被告の不法行為に対し、100万円の慰謝料の発生を認めました。

(裁判所の判断)

「第1配転命令は、デイケア部門の休止に伴って、原告を同部門から他部署に異動させることとなったものであり・・・その端緒自体は特段不合理なものというわけではない。」

「しかし、第1配転命令による原告の異動先は『H課』というところであり、この『H課』は第1配転命令の時点までは存在しておらず、原告が初めての配属職員となる部署というのである。しかも、被告は『H課』の事務室を本件施設その他被告の施設内には設けずに、わざわざアパートの内の居室(本件居室)を新たに賃借し、これをもって事務室とした上、本件居室内に合計3台もの監視カメラを設置し、しかもそのカメラを部屋の内側に向けていたところである。」

「そして、被告は原告のみをこのような本件居室で勤務させたものであって、この本件居室で勤務する職員は原告以外にはおらず、月子理事が1日に1回訪れる程度であり、その滞在時間も多くて15分程度にすぎなかったというのである。しかも、被告は、このような環境での勤務を原告に命じたにもかかわらず、当初は原告に特段の業務の指示をしなかったのであり、その後も、原告に対し、雑誌『M』等の要約や、本件施設で使用するパンフレットの作成など、あえて本件居室で行う必要があるとはおよそ考え難いような業務のみをさせていたものである。」

「このような本件居室の状況及び原告の業務内容に鑑みれば、被告は、原告を本件施設から隔離し、監視カメラの設置された異様な環境で孤立させ、あえてそのような場で行う必要がないような業務を行わせることで、原告に精神的苦痛を与え、あるいは原告を退職に追い込むといった、不当な動機・目的によって第1配転命令を行ったのではないかと推認せざるを得ない。」

「この点につき被告は、①本件施設内にはスペースがなかったため、やむを得ず本件施設外のアパートの居室を賃借した、②『H課』は月子理事やB法人事務長を補佐する部署であるため、乙山医院の近くに本件居室を置くことには合理性があった。③カメラの設置は防犯目的や防火目的であったなどと主張する。」

「しかし、上記①についえは、原告が『H課』で行っていた業務は雑誌等の要約やパンフレットの作成にすぎず、事務机とパソコンさえあれば十分に可能なものであった上、証拠・・・によれば、本件施設の1階の事務室には使用されていない事務机が複数あり、4階の会議室の奥にもスペースがあったと認められるのであって、原告の執務机すら設ける余地がなかったとは考え難い。そもそも、原告は、平成31年1月7日から本件居室に異動するまでの1か月半ほどは、休止していたデイケア部門のデイケアステーションで業務を行っていたところ同所にはパソコンが設置された執務机があり、原告はそこでパソコンの練習などもして過ごしていたというのであって・・・本件施設内にスペースがなかったとの被告の主張には、疑問を差し挟まざるを得ない。」

「上記②についても、B法人事務長が本件居室を訪れたのは初日だけであって、原告に対して具体的な補佐業務を指示したようにはうかがわれない。また、月子理事についてみても、雑誌等の要約やパンフレットの作成業務を超えて、何らかの補佐業務を指示したようにはうかがわれない上、そもそも月子理事は本件各施設その他の施設を1日1回は訪れていたというのであって・・・、単に本件施設内に『H課』を設ければ足りたのではないかと思われるところである。」

「上記③についても、防犯目的であるとすれば、カメラがいずれも部屋の内側に向けて設置されていることは明らかに不自然であるし、原告のみが勤務し、被告の機密書類や重要な財産等が存在していたとも考え難い本件居室に、10万円を超えるような費用をかけて防犯目的のカメラを設置するというのも、不自然というほかない。防火目的については、なぜカメラの設置が防火の役割を果たすのか全く明らかではなく、被告自身、本件訴訟の前にはこのような説明をしていなかったのであって・・・、このような主張がされること自体、不当な目的でカメラを設置したことをうかがわせる。」

「したがって、被告の上記主張は、いずれも採用することができない。」

「以上によれば、第1配転命令は、不当な動機・目的によって行われたものと認められるものであって、権利の濫用に該当し、無効となる。」

(中略)

「被告は原告に対して複数の不法行為を行っていたものであり、中でも第1配転命令は、原告に精神的苦痛を与え、あるいは原告を退職に追い込むといった、不当な動機・目的によって行われたものといわざるを得ない。そして、第1配転命令に基づく本件居室での業務は異様なものというほかなく、これによる精神的な苦痛は相当であったと考えられ、その結果、原告は精神疾患を発症し、休業を余儀なくされたものである。」

「以上のことに加え、本件で認められる事情を総合的に考慮すると、原告の精神的な苦痛に対する慰謝料は、100万円をもって相当と認める。」

3.到底許容されない追い出し部屋

 精神疾患を発症したことや、他の不法行為も理由にはなっているものの、裁判所は100万円と比較的高額の慰謝料の発生を認め、厳しい姿勢を示しました。

 本件のような露骨な追い出し部屋は、到底許容されることではありません。お困りの方は、お近くの弁護士に相談してみることをお勧めします。もちろん、私で相談に乗らせて頂くことも可能です。

 

同一の労働条件による契約更新を期待できない場合の更新拒絶事由の判断方法

1.雇止め法理

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)

場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みがあると、使用者は、

「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは」

申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことになると規定されています(労働契約法19条2号)。

 昨日ご紹介した東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河井塾(雇止め)事件は、この合理的期待の内容について、必ずしも同一の労働条件による契約の再締結に向けたものである必要はなく、単に有期労働契約を再締結することで足りると判示しました。

 それでは、契約更新自体は期待できたとしても、成績不良や不祥事等により、同一の労働条件による契約更新を期待することに合理性が認められず、切り下げられた労働条件のもとでの契約更新の話し合いが成立しなかった場合、客観的合理的理由・社会通念上の相当性はどのように判断されるのでしょうか? この時に問われるのは、契約を打ち切ることについての客観的合理性・社会通念上の相当性なのでしょうか? それとも、労働条件を切り下げたことについての客観的合理性・社会通念上の相当性なのでしょうか?

 東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河合塾(雇止め)事件は、この問題にも重要な判断を示しています。

2.学校法人河井塾(雇止め)事件

 本件で被告になったのは、主として大学受験予備校(被告予備校)を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告予備校の非常勤講師として働いていた方です。平成6年4月1日以降、期間1年の出講契約を毎年締結していました。

 原告・被告間の出講契約は、コマ数(講座数)に応じて賃金が変わる仕組みになっていて、平成28年度(平成28年4月1日~平成29年3月31日)の出講契約の基本賃金は月額33万4650円とされていました。

 しかし、平成29年度(平成29年4月1日~平成30年3月31日)の出講契約の更新にあたり、被告は、

授業アンケートの結果が芳しくなかったこと、

被告の施設内において無断で文書配布を行ったこと、

を理由に浪人生向けのⅠ科のコマ数を2コマ減らし、基本賃金を月額26万1900円とする契約内容を提示しました。

 原告は、これに同意できないとして、労働契約法19条に基づいて、従前と同じ条件による契約の更新を申し込みました。しかし、被告は、これを拒否し、結果、平成29年度の出講契約は、不成立となりました。

 これに対し、労働契約法19条に基づき従前と同一の労働条件のもとで契約が更新されていると主張して、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件の裁判所は、

「本件出講契約の契約期間満了の時に次年度も出講契約が締結されると期待することについておよそ理由がないということはできない。」

としながらも、

「原告において、平成29年度の出講契約の締結の際に、平成28年度の出講契約と同一の労働条件により出講契約の更新を期待することについて合理的な理由があるということはできない。」

と認定しました。

 この認定を前提としたうえ、裁判所は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性について、次のような判断枠組を示しました。

「労契法19条柱書前段に該当する雇止めの中には、労働者が従前と同一の労働条件の更新を求める場合において、使用者が従前とは異なる(通常は従前よりも低下した内容。)労働条件を提示し、労働者が同条件に合意しないことを理由として使用者が更新を拒絶する場合がある。労働者がその従前よりも低下した労働条件に合意する場合には、労働契約が更新されることになるが、有期労働契約の更新に対する合理的な理由があるという労契法19条2号の要件を具備する場合において(前判示のとおり、労働契約更新に対する合理的期待の存在であり、『同一の労働条件』に対する合理的期待の存在ではない。)、労働者がその条件に合意しないときには上記・・・において判示したとおり雇止めの問題となり、当該雇止めについて、客観的に合理的な理由及び社会通念上の相当性という同条柱書後段の要件を具備するときは、従前の労働契約と同一の労働条件で労働契約が更新されたものとみなされる。この場合に雇止めに至った根本的な原因は、使用者が更新に際して従前と異なる労働者が承諾できない内容の労働条件を提示したことにあるから、労契法19条柱書後段の該当性は、使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中心に検討すべきである。具体的な判断に当たっては、従前の労働条件と同一の労働条件で労働契約が更新されたものとみなされるという法的効果を踏まえ、使用者が従来の労働条件を維持することなく新たに提示した労働条件が合理的であることを基礎付ける理由の有無及び内容、使用者が提示する労働条件の変更が当該労働者に与える不利益の程度、同種の有期契約労働者における更新等の状況、当該労働条件提示に係る具体的な経緯等の諸般の事情を総合考慮し、使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中核として労契法柱書後段該当性を判断すべきである。

3.打ち切ることのではなく変更の客観的合理性・社会通念上の相当性が問われる

 以上のとおり、裁判所は、

「使用者が提示した当該労働条件の客観的合理性及び社会的相当性を中心に検討すべきである」

との判断を示しました。これは要するに変更の客観的合理性・社会的相当性を問題にするとの趣旨であるように思われます。労働条件の不利益変更の打診を伴う雇止めにおける客観的合理性・社会通念上の相当性に関する判断基準を示した裁判例として、本件の判示は実務上参考になります。