弁護士 師子角允彬のブログ

師子角総合法律事務所(東京:水道橋駅徒歩5分・御茶ノ水駅徒歩7分)の所長弁護士のブログです

合理的期待の内容-同一の労働条件で更新されることへの期待でなければならないのか?

1.雇止め法理-合理的期待

 労働契約法上、

「当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められる」(契約更新に向けた合理的期待が認められる)

場合、有期労働契約者からの契約更新の申込みに対し、使用者は、客観的合理的理由・社会通念上の相当性が認められなければ、申込みを拒絶できず、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したことを擬制されます(労働契約法19条2号)。

 この合理的期待の基準時は、法文に掲げられているとおり「契約期間の満了時」になります。そのため、契約期間中、勤務成績が不良であったり、不祥事を起こしたりしていて、期間満了の時において契約更新を望めるような状態ではなくなってしまっていた場合、合理的期待は否定されることがあります。

 それでは、そこまでは至らない場合、合理的期待を認めることはできるのでしょうか? 具体的に言うと、勤務成績不良、不祥事、経営状態の悪化等、種々の事情により、

従前と同一の条件での労働契約の更新を期待することはできないものの、

切り下げられた条件のもとでの労働条件の更新であれば期待可能な場合、

労働契約法19条2号に規定されている合理的期待は認められるのでしょうか?

 同一の労働条件での契約の更新が擬制される以上、合理的期待の内容も、従前と同一の条件で労働契約が更新されることへの期待でなければならないのでしょうか?

 従前、あまり議論されていなかった論点ですが、近時公刊された判例集に、この問題について判示した裁判例が掲載されていました。東京地判令3.8.5労働判例1250-13 学校法人河井塾(雇止め)事件です。

2.学校法人河井塾(雇止め)事件

 本件で被告になったのは、主として大学受験予備校(被告予備校)を運営する学校法人です。

 原告になったのは、被告予備校の非常勤講師として働いていた方です。平成6年4月1日以降、期間1年の出講契約を毎年締結していました。

 原告・被告間の出講契約は、コマ数(講座数)に応じて賃金が変わる仕組みになっていて、平成28年度(平成28年4月1日~平成29年3月31日)の出講契約の基本賃金は月額33万4650円とされていました。

 しかし、平成29年度(平成29年4月1日~平成30年3月31日)の出講契約の更新にあたり、被告は、

授業アンケートの結果が芳しくなかったこと、

被告の施設内において無断で文書配布を行ったこと、

を理由に浪人生向けのⅠ科のコマ数を2コマ減らし、基本賃金を月額26万1900円とする契約内容を提示しました。

 原告は、これに同意できないとして、労働契約法19条に基づいて、従前と同じ条件による契約の更新を申し込みました。しかし、被告は、これを拒否し、結果、平成29年度の出講契約は、不成立となりました。

 これに対し、労働契約法19条に基づき従前と同一の労働条件のもとで契約が更新されていると主張して、原告が地位確認等を求める訴えを提起したのが本件です。

 本件では、出講契約が更新されるものと期待することについて、合理的な理由があるか否かが問題になりました。

 この問題について、裁判所は次のとおり述べて、契約更新への期待は、同一の契約期間や労働条件による契約の再締結に向けたものでなくても良いと判示しました(ただし、結論として原告の請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「同号(労働契約法19条2号 括弧内筆者)によって保護される合理的な理由のある期待の対象となる有期労働契約の『更新』に関し、被告は、労契法19条柱書は、同条の要件が認められた場合の効果として『使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。』と規定していることから、同条2号は『同一の労働条件』を内容とする労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由がある場合に限って該当する旨主張する。」

「しかしながら、上記の最高裁判例を通じて形成された雇止め法理は、更新を期待することに合理的な理由がある有期労働契約について、期間の定めがあることで更新を拒絶されることにより労働者が雇用を喪失することを防止するための法理であると解されるところ、労働者が更新を期待することに合理的な理由があるかを判断するに当たっては、有期労働契約が従前から継続して更新されてきた事実がその重要な考慮要素の一つとして挙げられる。有期労働契約の期間中は労働条件が維持され、同契約期間中の労働者の就業状況や更新時の使用者の状況等の事情に応じて労働条件が変更の上で更新されることは通常の事態というべきであるから、更新の差異に同一の労働条件で更新されたか否かは更新期待への合理性を基礎付ける本質的な要素ではないと解すべきである。そうすると、同条2号にいう『更新』は、当該労働者が締結していた当該有期労働契約と接続又は近接した時期に有期労働契約を再度締結することを意味するものであり、同一の契約期間や労働条件による契約の再締結を意味するものではないというべきである。他方、同条柱書は、一定の要件の下に使用者の意思表示を擬制した上で一種の法定更新を認めるものであるから、同条2号にいう『更新』とは場面を異にするものである。この点に関する被告の主張は、採用することができない。」

(中略)

「本件出講契約の契約期間満了時に次年度も出講契約が締結されると期待することについておよそ理由がないということはできない。」

3.同一労働条件での更新までは期待できない場合でも雇止め法理は適用される

 以上のとおり、裁判所は、契約の再締結への期待は、同一の労働条件で更新されることへの期待ではなくても構わないと判示しました。

 同一の労働条件で更新されることへの期待まではなくても足りるとなると、労働契約法19条の適用範囲は広くなります。契約更新のタイミングで労働条件の切り下げが行われることは一定数ありますし、裁判所の判示事項は実務上銘記しておくべき重要なものだと思われます。

 

ハラスメント防止委員会の決定に対する名誉回復措置請求の可否

1.名誉回復措置請求

 民法730条は、

「他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。」

と規定しています。

 これは名誉毀損に特有の仕組みで「名誉毀損における原状回復請求」「名誉回復措置請求」などと呼ばれています。

 労働事件との関係でいうと、名誉回復措置請求は、懲戒処分を受けたことなどの不名誉な事実が社内公示された場合に活用されています。

 それでは、この名誉回復措置請求を、それよりも少し前の段階、例えば、ハラスメント防止委員会で厳重注意をすべき答申が出された段階等で行うことはできないのでしょうか?

 近時公刊された判例集に、この点が問題になった裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、札幌地判令3.8.19労働判例1250-5 A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件です。

2.A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件

 本件で原告になったのは、学校法人A1(本件法人)が運営するA大学(本件大学)のA2学部A3学科の教授で、外国語(中国語)を担当していた方です。

 被告になったのは、A大学ハラスメント防止委員会の委員であった方です。

 本件でハラスメント被害に遭ったのは、本件大学A4学部A5学科の教授であり、原告と同じく外国語(中国語)を担当していたHという方です。この方は、中国出身で、過去、日本に帰化した経歴を持っていました。

 令和元年9月に本件大学の初修外国語の担当教員による会議が開催されました。この会議には、原告、H教授、被告B(本件ハラスメント防止委員会委員長)、I教授、J教授の5名が出席しました。

 この会議の席上で、原告は、H教授に対し、

「私は先輩ですよ。」

「あなたは何人ですか。中国人でしょ。」

「Hは日本の文化を知らない」

などと発言しました(本件発言)。

 H教授が本件大学のハラスメント相談員に本件発言等の言動を相談したことを受け、A大学ハラスメント防止委員会は、

「思想・信条・国籍等に関する発言は相手の受け止め方でハラスメントに該当する。このたびの被申立人の発言は公の会議の場における申立人の国籍に対する感情的で理不尽な言動であり、申立人が精神的身体的にも大変な苦痛を感じていることから、人権侵害にあたるハラスメント(モラル・ハラスメント)であると判断する。」

などとして、再発防止とハラスメント根絶のため、

「被申立人であるまる 〇〇教授に対して、学長より限りなく懲戒に近い口頭による厳重注意をするとともに、宣誓書を提出することを命じる」

ことが適当であると決定し(本件決定)、学長に報告しました。

 これに対し、本件決定により名誉感情が侵害されたなどと主張して、原告はハラスメント防止委員会の構成員らを相手に、A大学ハラスメント防止委員会の本件決定の取り消と損害賠償を請求しました。

 しかし、本件決定自体は法的効果を生じるものではなかったため、本件ではハラスメント防止委員会の決定の取消を求めるという形態の訴訟を提起すること自体の適法性が問題になりました。

 この論点について、裁判所は、次のとおり述べて、不適法だと判示しました。

(裁判所の判断)

「原告は、本件決定の取消しを求めているが、本件決定は、本件大学において、ハラスメントの相談や苦情申立てを受けた本件委員会が、その調査結果や対応措置、処分の検討結果等を学長に報告するというもので、私人による事実行為に過ぎず、原告に対する具体的な権利義務を形成する法的効果を生ずるものではなく、本件決定の取消しによる権利関係の変動等も観念できない上、その取消権を求める実体法上の根拠も見当たらない。したがって、本件訴えのうち本件決定の取消しを求める部分について、訴えの利益は認められない。」

「原告は、本件決定の存在により名誉感情が継続的に侵害されており、その侵害の排除を求める法的利益があると主張するが、本件決定は、原告と被告らとの間ではもちろん、本件法人との雇用契約関係(ただし、原告は既に本件決定に関して何ら処分を受けることなく退職している。)においても具体的な法的効果のない事実行為であり、原告主張の名誉感情の侵害もその事実上の影響に過ぎないのであって、その除去を求める法律上の利益は想定し難い(なお、主観的な評価である名誉感情の侵害は民法723条の原状回復処分の対象とならず(最高裁昭和45年12月18日第二小法廷判決・民集24巻13号2151頁参照)、これを除去するための処分等を認める余地にも乏しい。)。そうすると、原告の上記主張を本件決定の効力の無効確認を求める趣旨と解したとしても、その確認の利益は認め難いものというほかない。」

「以上によれば、本件訴えのうち、本件決定の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠き、不適法である。」

3.名誉感情侵害を理由とする請求は難しいが・・・

 上記のとおり、裁判所は、取消の訴えの適法性を否定しました。

 ただ、その理由として実体法上の根拠がないこと(民法723条の名誉回復措置請求は名誉「感情」の侵害を根拠としては使えないこと)を挙げています。逆に言えば、名誉毀損として構成することが可能なケースであれば、取消の訴えが許容される可能性があるということだと思われます。

 ここで留意しておかなければならないのは、名誉毀損の成立にあたっては、必ずしも多数人に事実を告知する必要はないことです。例えば、東京地判平21.8.27LLI/DB 判例秘書登載は、

「事実の摘示ないし意見論評が公然となされたといえるためには、必ずしも不特定多数人に対して直接事実の摘示ないし意見論評がなされたことを要せず、特定少数人に対して事実の摘示ないし意見論評がされた場合であっても、不特定多数人に伝播する可能性があれば足りるものと解される。」

「そうすると、本件文書1は、本件管理組合の理事11名に配布されたものであるが、耐震診断等の本件マンションの管理を問題にしている文書の性質上、その文書の記述は、理事を通じて、本件マンションの区分所有者やテナントに伝播する可能性があったものといえる。したがって、その配布は、公然とされたものということができる。」

と判示し、マンション管理組合の理事11名に対する名誉毀損文書の配布に公然性を認めました。

 もちろん、マンション管理組合の理事-各区分所有者・テナントとの関係性と、大学学長-大学職員・学生らとの関係との関係を同列には語れません。特定個人のハラスメントに関する情報は大学の関係部局において秘密情報として扱われるのではないかとも思われます。

 しかし、一定の範囲内で報告内容が共有されるような建付けになっていた場合、名誉毀損を理由に民法723条に基づく名誉回復措置請求という法律構成を試みることが考えられたかも知れません。

 少なくとも、今後、類似の事案に取り組むにあたっては、伝播性の理論を媒介としながら、名誉回復措置請求を根拠にできないかを検討対象にする必要があるように思われます。

 

アカデミックハラスメント-外国人(帰化人)同僚に対する国籍の揶揄

1.アカデミックハラスメント

 大学等の養育・研究の場で生じるハラスメントを、アカデミックハラスメント(アカハラ)といいます。

 セクシュアルハラスメント、マタニティハラスメント、パワーハラスメントとは異なり、アカデミックハラスメントは、法令上の概念ではありません。定義についても各大学で独自に定めているのが実情です。

 明確な定義がないため、アカデミックハラスメントには、様々な類型が考えられるところ、近時公刊された判例集に、同僚間での国籍を揶揄する発言がハラスメントに該当すると判示した裁判例が掲載されていました。札幌地判令3.8.19労働判例1250-5 A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件です。

 これまで公刊物に掲載されてきたアカデミックハラスメント事案の多くは、教授-准教授以下、大学教員-院生・学生の間での出来事でした。この事案は特に上下関係にない同僚教授間でのハラスメントがテーマになっている点が特徴的です。どのような場合に同僚に対してハラスメントが成立するのかを知るにあたり、参考になるため、ご紹介させて頂きます。

2.A大学ハラスメント防止委員会委員長ら事件

 本件で原告になったのは、学校法人A1(本件法人)が運営するA大学(本件大学)のA2学部A3学科の教授で、外国語(中国語)を担当していた方です。

 被告になったのは、A大学ハラスメント防止委員会の委員であった方です。

 本件でハラスメント被害に遭ったのは、本件大学A4学部A5学科の教授であり、原告と同じく外国語(中国語)を担当していたHという方です。この方は、中国出身で、過去、日本に帰化した経歴を持っていました。

 令和元年9月に本件大学の初修外国語の担当教員による会議が開催されました。この会議には、原告、H教授、被告B(本件ハラスメント防止委員会委員長)、I教授、J教授の5名が出席しました。

 この会議の席上で、原告は、H教授に対し、

「私は先輩ですよ。」

「あなたは何人ですか。中国人でしょ。」

「Hは日本の文化を知らない」

などと発言しました(本件発言)。

 H教授が本件大学のハラスメント相談員に本件発言等の言動を相談したことを受け、A大学ハラスメント防止委員会は、

「思想・信条・国籍等に関する発言は相手の受け止め方でハラスメントに該当する。このたびの被申立人の発言は公の会議の場における申立人の国籍に対する感情的で理不尽な言動であり、申立人が精神的身体的にも大変な苦痛を感じていることから、人権侵害にあたるハラスメント(モラル・ハラスメント)であると判断する。」

などとして、再発防止とハラスメント根絶のため、

「被申立人であるまる 〇〇教授に対して、学長より限りなく懲戒に近い口頭による厳重注意をするとともに、宣誓書を提出することを命じる」

ことが適当であると決定し(本件決定)、学長に報告しました。

 これに対し、本件決定により名誉感情が侵害されたなどと主張して、原告がハラスメント防止委員会の構成員らを相手に損害賠償を請求したのが本件です。

 裁判所は、

本件委員会の決定に加害者である被申立人の言動に対する否定的評価が含まれ得ることは、その性格上当然であること、

決定の申立人への通知は不服申立の機会を確保するためのものにすぎず、被申立人を非難する目的で否定的評価を告知するものではないこと、

原告の人格攻撃に及んだり、殊更に侮辱的表現を用いたりするものではないこと、

などを指摘したうえ、次のとおり判示し、原告の損害賠償請求を棄却しました。

(裁判所の判断)

「以上に加え、本件決定が、原告も自認する発言を基礎としたものであり、重大な事実誤認は認められないこと、本件発言に至る経緯等・・・に照らし、本件発言をハラスメントに当たると判断した点に重大な誤りがあるとはいえないこと、本件決定の調査、判断等の過程に本件委員会規程を逸脱するような手続違背も見当たらないことを考慮すれば、本件決定につき、社会生活上許される限度を超えた侮辱行為と評価することはできないというべきである。」

3.ハラスメント防止委員会の判断が是認された

 本件はハラスメントの加害者-被害者間での紛争ではないため、ハラスメントの成否に関する判断は間接的なものでしかありません。

 とはいえ、裁判所が、国籍を揶揄する本件発言をハラスメントに当たるとした委員会の判断に重大な誤りはないと判示した点は注目に値します。

 大学内にいる外国籍の方は少なくありません。本件は、国籍を揶揄する言動に消極的な評価が下された裁判例として参考になります。

 

名誉回復措置請求の必要性の認定・掲載文言についての参考例

1.名誉回復措置請求

 労働者に懲戒処分を行ったことが、社内で公示されることがあります。こうした場合、懲戒処分の効力を争うにあたり、名誉回復のための措置を講じることまで求めて行きたいという気持ちを持つ方は少なくありません。

 こうした必要に応えるためには、民法723条の規定を用いることが考えられます。

 民法723条は、

「他人の名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。」

という条文です。

 典型的には、マスメディアによる名誉毀損に対し謝罪広告の掲載を求めるための法的根拠として使われる条文ですが、労働事件でも不名誉な社内公示に対抗するために使われることがあります。

 近時公刊された判例集に、この名誉回復措置の請求を認めた裁判例が掲載されていました。昨日もご紹介した、東京地判令3.5.31労働判例ジャーナル115-32 大和自動車王子労働組合事件です。これは労働者と労働組合との間の紛争ですが、判示されている内容は、使用者との間での紛争にも応用できる可能性があるように思われます。

2.大和自動車王子労働組合事件

 被告になったのは、一般乗用旅客運送事業等(タクシー等)を営む株式会社(以下「訴外会社」という)の労働組合です。

 原告になったのは、訴外会社で従業員として勤務してきた方です。元々、被告の執行役員を務め、団体交渉に参加するなどしていましたが、別の労働組合(第2組合)を設立したことを理由に除名処分を受けました。

 訴外会社ではユニオン・ショップ協定(労働協約に基づいて、当該労働組合に加入しない者及び当該組合の組合員でなくなった者を使用者に解雇させる仕組み)が採用されていたため、被告は、

「組合規約第28条および細則により、2019年3月29日をもってaを除名処分とした。この通告をもって、組合員としての資格を有していない。」

「大和自動車王子株式会社に対しユニオンショップ協定の速やかな履行を要求する。」

などと書かれた文書(本件文書)を訴外会社の本社内に設置されている掲示板に掲示しました(本件掲示Ⅰ)。

 原告は第2組合に在籍していることを理由に解雇の撤回を求め、訴外会社はこれに応じて原告の解雇を撤回しました。その後、本件掲示Ⅰなどが不法行為に該当するとして、被告を相手取って、損害賠償と名誉回復措置を請求したのが本件です。

 裁判所は、名誉毀損の成立を認めたうえ、次のとおり述べて、名誉回復措置請求も認容しました。

(裁判所の判断)

・名誉回復措置請求について

「本件掲示1により、原告が除名されたこと、また、被告が、訴外会社に対し、原告を解雇するよう要求したことが、被告組合員に周知され、合計約260名の被告組合員及び訴外会社の従業員において認識するに至ったことが認められ、その結果として、被告及び訴外会社における原告の社会的評価は低下したものと認められる。」

「そして、前記認定のとおり、本件除名処分は無効かつ違法なものであるから、原告の社会的評価を回復するためには、金銭賠償にとどまらず、本件除名処分が無効である旨記載した別紙1記載の内容の文書を、本件掲示1がされていた被告の掲示板に掲載し、周知するのが最も有効かつ適切な方法であるといえる。別紙1記載の内容の文書の大きさは、本件文書と同様のA4サイズとし、文書の文字は、本件文書に使用されている文字と同一の大きさ・字体の文字とするのが相当である。

以上によれば、民法723条に基づき、原告の名誉を回復するのに適当な処分として、被告に対し、本判決確定後14日以内に別紙1記載の内容、条件の文書を、掲示の日から7日間にわたり、被告の掲示板に掲示することを命じるのが相当である。

「原告は、名誉回復措置として、本件除名処分だけでなく、本件解雇要求についても、根拠を欠く違法なものであったことを告示する内容の掲示を行うことを求めているが、名誉回復措置は、原告の名誉回復のために必要かつ相当な限度にとどめるべきものであるところ、本件解雇要求は本件除名処分を前提としてされたものであるから、端的に本件除名処分が無効である旨記載された別紙1記載の内容の文書の掲示をすることによって、原告の社会的評価が回復されるものと認められる上、本件解雇要求によってされた本件解雇が撤回されていることも考慮すると、本件解雇要求について名誉回復措置を認める必要はないというべきである。」

・裁判所が認めた掲載文言について

1 内容
 告示
 令和 年 月 日
 大和自動車王子労働組合
 執行委員長 b
 当組合は、平成31年3月29日、当組合の組合員であったa氏に対し除名処分をし、同日、その旨、また、大和自動車王子株式会社に対し、ユニオン・ショップ協定の速やかな履行を要求する旨記載した文書を掲示したが、上記処分は、組合規約所定の事由を欠く無効なものであったから、a氏の名誉を回復するため、ここにその旨を告示する。
2 条件
 上記文書は、A4サイズ(縦29.7センチメートル、横21センチメートル)の白紙に、本件文書に使用されている文字と同一の大きさ・字体の文字で記載して掲示する。 

3.同様の体裁・無効であることの掲載

 本件で裁判所が指摘しているとおり、名誉回復措置請求は「必要かつ相当な限度」でしか認められません。

 しかし、どのような体裁・内容の文書の掲載が「必要かつ相当な限度」と理解されるのかは、それほど一義的ではありません。名誉回復措置としてどのような請求を行うのかは、過去の裁判例を参考にしながら、個々の事案毎に考えて行くよりほかありません。

 本件の判示は、掲示を求める文書の体裁・内容を考えて行くにあたっての先例として、広く参考になるように思われます。

 

閉じられた組織内における処分の公示・掲示と、名誉毀損における公然性の関係

1.処分の社内公表

 労働者に懲戒処分等を行った場合に、使用者がこれを社内公表することがあります。

 一般論として、懲戒処分を受けたことやその内容は、社会的評価を下げる事実に該当します。そのため、労働者が処分の効力を争って法的措置をとる場合、しばしば、公表行為が名誉毀損(不法行為)に該当するのではないかも問題になります。

 しかし、ここで一つ問題があります。社会的評価を低下させる事実を「公然と」提示したといえるのかという問題です。

2.名誉毀損と公然性

 刑法上の名誉毀損罪が成立するためには、 

公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損」

することが必要であると理解されています(刑法230条1項)。

 犯罪の成否と民法上の不法行為の成否は別の問題であり、公然性は民事上の不法行為の成立要件ではないとする見解もあります。実際、高松高判平31.4.19LLI/DB判例秘書登載は、プライバシー侵害との関係ではあるものの、

「被控訴人Y2の教授会における発言のうち番号62の行為は、・・・教授会という比較的閉じられた場で行われたものであることを考慮しても、違法であるといわざるを得ない。」

と閉じられた比較的少数の集団内で生じたプライバシー侵害行為について、不法行為の成立を認めています。

 しかし、民法上の不法行為の成立を議論する場合でも、何だかんだ、多くの裁判所は公然性の有無を検討していますに思います。

 それでは、労働者に対して行われた処分を社内で周知・公表したとき、それは「公然と」事実を適示したものと言うことができるのでしょうか?

 ここで問題になるのは、閉じられた組織内にける周知・公表措置であることです。

 組織内で周知・公表を図ったからといって、世間一般の人の知るところとなるわけではありません。また、一般論として、社内の不祥事を社外で吹聴することは許容されていないことが多く、社内で周知・公表したからといって、これが野放図に世間一般に伝播するかといえば、そういうわけでもありません。

 それでは、この社内での周知・公表措置に公然性を認めることはできないのでしょうか? また、できるとして、公然性が認められるためには、どの程度の人員規模感が必要になってくるのでしょうか?

 この問題を考えるに当たり参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.5.31労働判例ジャーナル115-32 大和自動車王子労働組合事件です。

3.大和自動車王子労働組合事件

 本件は労働者と労働組合の紛争です。

 被告になったのは、一般乗用旅客運送事業等(タクシー等)を営む株式会社(以下「訴外会社」という)の労働組合です。

 原告になったのは、訴外会社で従業員として勤務してきた方です。元々、被告の執行役員を務め、団体交渉に参加するなどしていましたが、別の労働組合(第2組合)を設立したことを理由に除名処分を受けました。

 訴外会社ではユニオン・ショップ協定(労働協約に基づいて、当該労働組合に加入しない者及び当該組合の組合員でなくなった者を使用者に解雇させる仕組み)が採用されていたため、被告は、

「組合規約第28条および細則により、2019年3月29日をもってaを除名処分とした。この通告をもって、組合員としての資格を有していない。」

「大和自動車王子株式会社に対しユニオンショップ協定の速やかな履行を要求する。」

などと書かれた文書(本件文書)を訴外会社の本社内に設置されている掲示板に掲示しました(本件掲示Ⅰ)。

 原告は第2組合に在籍していることを理由に解雇の撤回を求め、訴外会社はこれに応じて原告の解雇を撤回しました。その後、本件掲示Ⅰなどが不法行為に該当するとして、被告を相手取って損害賠償を請求したのが本件です。

 この事件で、裁判所は、次のとおり述べて、本件掲示Ⅰの不法行為該当性を認めました。

(裁判所の判断)

「本件除名処分は無効かつ違法な不法行為が成立するものであり、手続上も重大な瑕疵があるところ、そのような本件除名処分及び同処分に基づく訴外会社に対する本件解雇要求を記載した本件文書を、訴外会社の従業員が閲覧可能な場所に設置されている被告の掲示板に掲示して公表することは、前判示のとおり、訴外会社には約260人が勤務しており、被告の組合員数が約220名であることも考慮すると、公然と事実を摘示することにより、他の被告組合員ないし訴外会社の従業員に、原告が除名等されるに相当する行為をしたものと理解させることを通じ、被告及び訴外会社における原告の社会的評価を低下させたものといえる。」

「よって、被告による本件掲示1は、名誉毀損行為に該当し、不法行為が成立する。」

4.200名超で公然性あり

 本件では明示的に公然性が争われたわけではありませんが、200名超の人員規模を有していたことを理由に、裁判所は事実摘示の公然性を認めました。200名規模で論点にならないくらい自明になるとすると、中堅以上の企業の相当数は、これに該当するのではないかと思いまう。労働組合が摘示するのか、会社が摘示するのかで公然性についての理解が変わるとは思えないため、会社による懲戒処分の社内周知・公表も、これくらいの規模感になると、公然性ありというのに支障がなくなってくるのではないかと思われます。

 

転職先の会社であれば従前と同条件で取引への対応が可能である旨の記載の手紙の証拠力が低く評価された例

1.取引先奪取に関係する問題

 取引先を奪取したとのことで、旧勤務先と退職した労働者とが紛争状態に陥ることは少なくありません。こうした事案では、取引先が旧勤務先を見限って自発的に他業者と取引するに至ったのか、それとも、労働者の側で何等かの加害的な意図をもって取引先に働きかけをしたのかが、しばしば問題になります。

 この問題を考えるにあたり、近時公刊された判例集に、興味深い裁判例が掲載されていました。大阪地判令3.6.28労働判例ジャーナル115-52 サンエクセル事件です。何が興味深いのかというと、旧勤務先の取引先に対して送られたかなり露骨な手紙について、その証拠としての価値が否定された点です。

2.サンエクセル事件

 本件で被告になったのは、印刷業及び写真製版業等を業とする株式会社です。

 原告になったのは、被告の元従業員です。令和2年2月29日に他の11名の従業員と共に被告を退職しました。その後、被告に対して退職金を請求したのが本件です。

 原告の請求に対し、被告は、

「原告らは、共謀して、被告及び被告代表者について名誉を害し、信用を傷つける言動によって、取引先の被告に対する信用を失わせしめ、転職先に受注を引き継ごうと働きかけ、現に被告の受注を妨害していた」

などと主張し、原告には退職金支給制限事由があると反論しました。

 その根拠となったのが、退職者の1人であるgが退職前である令和2年2月20日付けで作成した「退職に至りました経緯」と題する文書です。

 ここには、

「現在在職の営業すべてが、個々のお得意先との歴史が有り信用、信頼が厚く平日、休日関係無く仕事を続けており、その信用、信頼関係が有るが故、お仕事を頂いているのが事実にて、その営業努力の過程を他業種から来られた新社長は判っておられなくただ単に人の引き継ぎをすれば前担当同様に、或いはそれ以上に仕事が舞い込んで来るものと思っている様です。」

「上司、営業、データを扱いますコンピュータのオペレーター及び事務員を含む男女12名にて話し合いをし、このままでは各々従業員が一人ずつ居なくなって行くのを眺めるだけの結果になる、と皆確信いたしました。この仲間達と共に仕事をして行きたいと言う気持ちを強く持っておりましたので、今のメンバー12名のまま他の会社への移籍を決め、新社長に対し12名が退職願いを提出いたしました。その後、メンバー12名すべてを受け入れて頂ける会社に手を挙げて頂きましたので、そちらにお世話になる事に決めました。移動先の会社に於いては外注業者さんへのお支払いについても以前と同条件での対応が可能ととなり、今後不安無く進行出来るものと確信しております。」

などの文面が書かれていました。

 本件では、この文書の証拠としての価値が問題になりましたが、裁判所は、次のとおり述べて、これを重視しませんでした。

(裁判所の判断)

「被告は、原告がほかの11名の従業員と共にアイジャストに転職したと聞いているとして、原告を含む従業員らが、共謀して、被告の取引を個人で受注したか転職先に紹介するなどして被告の受注を妨害した、被告の信用を傷つける言動等を行った旨主張する。」

「確かに、g作成に係る文書には、12名全員がアイジャストに転職することとなった、被告の新しい代表者は取引の実情を理解していない、転職先の会社であれば従前と同条件で取引への対応が可能である旨が記載されていること・・・、原告らが同じ弁護士・・・に依頼して、被告が提出を求める各誓約書を提出することはできないことなどを内容とする連絡をしていること・・・、原告らが同時に退職していること・・・、原告が被告退職後も三邦の担当者であるdと取引に関するやり取りをしていること(ただし、同取引は店舗設置用什器に関するものではなく、ラベルに関するものである。・・・)などに照らせば、被告が上記のような認識に至ること自体は首肯することができる。」

「しかし、原告は、被告を退職した2日後に太洋堂に再就職したものであって・・・、アイジャストには就職しておらず、また、原告以外の11名が太洋堂に就職したというような事情もうかがわれないことからすれば、原告を含む12名が同一の会社に転職したことを前提とする被告の主張は、その前提とする事実自体を認めることができないといわざるを得ない。」

3.受注妨害等の立証のハードルが高く理解された例

 この文書の文言からすると、受注妨害の意思が認定されるてもおかしくなかったようにも思われますが、裁判所は、結局、実際の就職状況と符合していないことなどと根拠に、証拠としての価値に重きを置きませんでした。

 事例判断的な面は否めないにしても、受注妨害等の立証のハードルが高く理解された例として参考になります。

 

労災の不支給決定は何度でも争えるのか?

1.再度の労災申請

 確定した判決には、「既判力」という効力が発生します(民事訴訟法114条1項)。これは紛争の蒸し返しを防ぐための効力です。当事者は既判力の生じた判断と矛盾する主張をすることができなくなりますし、裁判所は既判力の生じた判断と矛盾する判決を言い渡せなくなります。そのため、一度判決が確定してしまった事件は、改めて訴えを提起したところで、裁判所の判断が変更されることはありません。

 ただし、これは訴訟で対象とされた権利義務についてのみ発生する効力です。

 例えば、

一度労災を申請し、不支給処分を受け、それに対して取消訴訟を提起し、裁判所の請求棄却判決が確定したとしても、

同じ給付について、改めて労災を申請し、不支給処分を受け、それに対して取消訴訟を提起することは、

既判力に抵触しません。改めて行われた不支給処分は、当初の不支給処分とは、別の処分だと理解されているからです。

 しかし、このような訴えは、実質的には前訴を蒸し返すものと言えなくもありません。それでは、改めて行われた不支給処分に対し取消訴訟を提起することは、法的に許容されるといえるのでしょうか?

 この問題を考えるにあたり、参考になる裁判例が、近時公刊された判例集に掲載されていました。東京地判令3.5.27労働判例ジャーナル115-52 国・大阪南労基署長事件です。

2.国・大阪南労基署長事件

 本件は被災者の遺族が提起した労災の不支給処分に対する取消訴訟です。

 本件の特徴は、先行事件が存在することです。

 事業主(本件事業主)に雇用されていた亡Dは、平成23年8月22日から同年9月26日まで肺癌及び転移性脳腫瘍(本件疾病)により入院し、同年10月17日に死亡しました。

 亡Ⅾの妻である原告は、本件疾病が業務上の事由によるものであるとして、

平成23年9月26日に、同年8月22日から同年9月26日までの休業給付の支給請求を、

平成23年10月31日に、遺族給付及び葬祭給付の支給請求を、

平成23年11月7日に、未支給の保険給付支給請求を

行いました。

 処分行政庁は、本件疾病と通勤及び業務との間に相当因果関係が認められないとして、いずれも不支給とする決定を行いました(前回各処分)。原告は、審査請求、再審査請求、取消訴訟と争いましたが(本件前訴)、平成25年3月27日、裁判所は、前回各処分の取消請求を棄却する判決を言い渡しました。判決は控訴されましたが、控訴状の却下を経て、本件前訴の判決が確定しました。

 それから時を経た平成30年9月18日、原告は、本件疾病がDの通勤によるものでるとして、改めて、

平成23年8月22日から同年9月26日までの36日間の休業に係る休業給付の支給請求、

遺族給付の支給請求、

未支給の保険給付(休業給付及び遺族給付)

の支給請求を行いました。

 これに対し、処分行政庁は、時効により既に請求権が消滅しているとして、改めていずれも不支給とする旨の決定(本件各処分)を行いました。

 この本件各処分に対する取消訴訟が本件です。

 この事件では、原告の請求が、前訴の蒸し返しとして信義則上許容されないのではないかが問題になりました。

 しかし、裁判所は、次のとおり述べて、訴え自体は適法なものとして扱いました(ただし、消滅時効を理由に請求は棄却されています)。

(裁判所の判断)

「前記前提事実のとおり、本件各給付請求は、前回各給付請求において請求した葬祭給付が請求から除外されたことを除くほかは、前回各給付請求と同様の内容であり、本件各処分は前回各処分と同一の請求に対する応答処分である。そうであるとすれば、本件訴えは、実質的には既に確定した本件前訴における紛争の蒸し返しであるとの評価もあり得ないではない。」

「しかしながら、本件前訴は、原告が前回各処分の取消しを求めるものであり、本件訴訟は、原告が本件各処分の取消しを求めるものであるから、訴訟物自体は異なっており、本件訴訟の訴訟物に本件前訴の既判力が及ぶわけではない。

このような本件訴えは信義則等に反するものではなく、不適法であるとまではいえない。

3.この裁判例を覚えておいてどんな意味があるのか?

 一度取消訴訟までやって敗訴判決を受けた給付について、改めて同じ給付を請求するという場面は、あまり想定できません。同じ材料で勝負しても、同じ結果になるのが関の山だからです。そう考えると、この裁判例は、一見すると、単なる講学上・理論上の論点を明らかにしたものにすぎず、あまり実務的な意義がなさそうにも思われます。

 しかし、私は、案外、重要な判断を示しているのではないかと思っています。

 この裁判例は、一度裁判所でダメだと言われたとしても、その後、新たな医学的知見が得られたり、新たな証拠が発見したりした時に、労災申請の再チャレンジが妨げられないことを意味するからです。

 もちろん、取消訴訟の判決が確定するまでには、かなり長い期間かかることが多く、時効の問題はあります。それでも、新知見・新証拠に基づく再チャレンジを試みる余地を認めたことは、かなりの意義を持っているように思われます。

 活用できる場面はそれほど多くなさそうですが、単に講学上・理論上の論点に対する判断を示したという以上のインパクトを持っていることは確かだと思います。